「いっ、や……あ!」  
 襲い来るその手の動きは、もし彼女が平常心を保っていたなら何でもないものだったかも知れない。  
 しかし恐怖と嫌悪のまぜこぜになった精神はどういう訳か、女の躰をこの上なく鋭敏にしてしまう。  
 挙げ句、この躰に媚薬が働いているならなおのこと。  
 
 触れてくる手の動きがどれだけ稚拙であろうとも、泉からは透明な液体が滾々と溢れ出し、捻り上げられた乳首は果実のように硬くそそり立つ。  
 女が自分の躰で特に大事にしている場所は容赦なく開け広げられ、鮮やかなピンクの花びらの奥で、粘液に守られた宝石は鞘から顔を出していた。  
 
「キレイだぜ、リナのお○○こ……」  
「や・めっ……!! あ、あぁあっ?!」  
 ゼルの唇が陰核を啄む。既に充血しきってぷっくりと腫れ上がったそこは、ほんの僅かな刺激でさえも、絶頂してしまいそうなほどに感じ入ってしまう。  
 一度目の大波に腰を浮かせたと思えば、断続的にゼルの舌が真珠を舐る。  
 鞘の根本をなぞられている内に、波が鎮まっていく。彼女の呼吸が落ち着き始めると、再び真珠を盾に舐り上げる。しかも舌全体を使って、表面をこそげるようにするものだから、まるで柔らかなヤスリをかけられているようで、リナは痛みなのか快感なのか分からぬ刺激に、絶叫に近い嬌声を上げ続けた。  
「いっ、あ、あぁっ!! や、やめ……やめて、ヤメテ止めてぇっ!!」  
 バンダナでベッドヘッドに括り付けられた手首をこれでもかと暴れさせても、それは鈍い音をさせてベッドを少しばかり揺らすだけ。  
 叫ぶ声は風の結界に阻まれることもなく、空気を震わせて屋敷中に響くがその声を聞きつけて助けに来てくれるものは居ない。  
 
 くすんだ色の天蓋から目を逸らし、かび臭いシーツに顔を埋める。溢れた涙がシーツに滲んだ。  
 涙に震えた呼吸を繰り返すと、あばらの浮いた胸とリナの花びらが大きく蠢く。  
「素直になれよ、リナ。ほんとうは気持ちよくて仕方ないんだろうが?」  
 言うと、ゼルの舌が更に奥を穿つ。内壁を直接舐られて、リナの腰が殊更大きく跳ね上がり、ゼルの舌から逃げ出そうとした。  
「ひゃあぁぁ……っ!」  
「逃げるな」  
 腰をぎっちりと押さえつけられ、一度は抜け落ちたゼルの舌先が、再びリナの膣内に潜り込んでくる。  
 ヌプヌプと卑猥な音をさせて、舌がまるでアレのように抜き差しされて、同時に指で陰核を責められた。  
 
「や、だ、ばか……ゼルの馬鹿ぁ……」  
 リナの抗議など意に介さず、ゼルの責めは止まない。  
 これほどに彼がしつこいのは、もしかしたら彼自身にも媚薬が働いているのだろうかと、リナは何処か遠く思う。  
 抜き差しされる舌、激しく擦りあげる指、リナの躰を苛む媚薬。  
 次第にリナの理性も意識も、感覚の全てがゼルの一挙手一投足に向けられていく。  
 触れられる部分が熱い。絶頂が近付く。  
「一度イかせてやろうか?」  
 脚の間から囁かれた言葉は、酷く甘い毒を含んでいた。  
 
 睨み付けたい。  
 けれど、リナの躰はせつなく疼いて終焉を待ちかねる。  
「……て……」  
 か細い声は、あのリナの、呪文を唱える声だとは思えないほど頼りない。  
「なんだって?」  
「……い……イかせ……て……お願い」  
 屈辱に震える声で懇願する。  
 頭の隅でこのお礼は三倍返しにしていつか返してやるんだからと言い聞かせながら、リナはわざと腰をくねらせ、男を誘った。  
 自分の躰から発せられるみだらなにおいが、一瞬鼻を突いたような気がした。  
 
 ぎしりと古ぼけたベッドが軋んで、ゼルガディスはリナの上へと這い上がってくる。  
 関節の浮いた男の指が、するりとリナの頬を滑って落ちる。  
 耳朶を掠めたその感触が、次は脇腹へ来るのか、それとも乳房を掴むのかと身を固くしていたが、それはリナの予想に反して、彼女の栗色の髪を掬い上げた。  
 
「そう簡単にイかせて貰えると思うか?」  
 にぃっ、とゼルの唇の端が吊り上がる。  
「……そ……んな……っ」  
 媚薬に躰を灼かれ、ゼルガディスに弄ばれて辛酸をなめて。  
 その終焉も許さないと言うのか。  
 
「嘘だよ」  
 笑みの形に歪んだ唇が落ちてくる。  
 抵抗を許さないディープキスに舌ごと意識を持って行かれそうになって、リナはきつく拳を固め、掌に爪を食い込ませた。  
「っく……ンッ」  
 唇の端から零れた唾液が首筋まで垂れて気持ちが悪い。  
 しかしそれよりも、激しいキスの息苦しさよりも、ゼルガディスの手が悪戯に体中を這い回るのが不快で、そして―――気持ちよかった。  
 
 キスに気を取られている隙に、リナの脚の間でゼルが動く。  
 薄い胸に寄せられた彼の胸板が邪魔ではっきりとは分からなかったが、淫裂に触れる粘膜の感触を、媚薬に燃えた身体ははっきりと感じ取っていた。  
 
「んっ、んー……!」  
 ゼルのソレがそのまま、一言の断りもなく突き進んでくる。  
 口を塞がれたままであるため、リナの声はくぐもった音としか認識されずに、広い空間に虚しくフェードアウトしていく。  
 無遠慮な侵入者をリナの膣内はぎちぎちに噛み締める。  
 男と交わるのは初めてではないが、リナの体躯に比べてゼルのソレは巨きく、慣れない彼女はソレの形が腹に浮き出ているのではないかと疑うほどだった。  
 
「……凄いな、お前」  
 ようやくリナの舌を解放したゼルが、今度は彼女の双乳をくじりながら呟く。  
「挿入れただけで、こっちがイきそうだ……名器だって、言われたことあるだろ?」  
「……知、るかッ……そんな、こと……ぉ」  
 リナが答える前に抽送が始まり、引き抜かれる感覚にリナは引きつれたように背筋を仰け反らし、かび臭い枕に頭を沈めた。  
「んんっ……くぁ…………あ!」  
 子宮を突き上げる鈍い衝撃と粘膜同士の摩擦で、快感が静電気みたいにぴりぴりと、体中を駆けめぐる。  
 下腹部から沸き上がる電流は、淋しく放って置かれた乳首をせつなく疼かせ、やり場のないもどかしさにリナは戒められた手をばたつかせた。  
 
「そう暴れなさんなって。手首が折れるぞ」  
「……だ、ったら、こ、これ……解い、て、よ……に、逃げた……り、しな……いから……ぁ」  
「仕方のない奴だな……」  
 錆びたベッドヘッドをギシギシ軋ませるリナの暴れように呆れたのか、ゼルは片手を伸ばして戒めを解く。  
 驚くことに、あれほど力を入れてもびくともしなかった結び目はゼルが端を引いただけではらりと解け落ちる。  
 きつい戒めに血の流れの堰き止められた手はまだ白く、手首には鮮やかな縄目が刻まれていた。  
 ゼルは腰の動きを緩めてその片腕を取り、薄く血の滲んだ手首に舌を這わせる。  
 そして慈しむようにその手首を、手の甲を辿って指先を、執拗なほどに指で舌で愛撫した。  
「ふ、ぁ」  
 直に性器を弄くられるのとは違う快感が、ぞくんと背筋を直撃する。  
 指先もさることながら、指の付け根を舐られると、もう声を抑えることも出来ない。  
 それに気付いたゼルガディスが、真っ直ぐにリナを見下ろした。指を舐りながら。  
 
「なんだ、お前さん、指が弱いのか」  
「…………るさいっ」  
 弱点を知られたのが恥ずかしくて、悦楽に酔いそうな浅ましい自分が恥ずかしくて、力の入らない腕でゼルの手を振り解く。  
 ぱたんと力無く、その愛らしい胸に落とされた腕を再び取り上げて、ゼルは悪戯っぽく笑った。  
「恥ずかしがる事ぁないさ。指と口だけでもイケるらしいし……もっとも、俺はこっちでイくほうがいいけど、な」  
 リナの指先を柔らかく噛んだまま、ゼルはいきなり腰を突き出した。  
「ひゃ・あぁっ?!」  
 それまで緩慢だった刺激が、急に針のような鋭さを帯びる。  
「あっ、あ、ヤ、駄目……そんなっ、は、激し……ッ!」  
 脳天まで響いてくる突き上げに、いつもは滑らかすぎるリナの舌も回らない。  
 涙の幕の向こう側、目の前で自分の指を唾液まみれにさせている男の顔が酷く官能的に見えて、目を奪われた。  
 
 そんなリナの視線に気付いたのか、腰を打ち付ける激しさは変わらないままに、ゼルガディスは上体を倒してリナとの貌の距離を急激に狭める。  
 他人の指をくわえ、舐めしゃぶる、その舌の動きと表情。  
「……舐めて」  
 ゼルの声がいつになく甘く、耳朶を打つ。  
 間近に迫ったゼルガディスの表情に当てられたのか、それとも突き上げられる快感に狂わされたのか。  
 荒い呼吸と嬌声を吐き出す唇にゼルの硬い指があてがわれても、リナはためらいもせずに舌を差し出した。  
 
 躰のそこかしこが熱い。  
 縛られていた手はまだ少し冷たかったが、それ以外の場所は燃えそうに熱い。  
 腰を揺さぶられるたびに淡い胸が前後に揺れて、ゼルの胸板に擦れる。  
 接吻できそうなほどに近づけられた顔の間、互いに互いの指を舐り合う。  
 自由を取り戻しつつあったもう片方の手をようやく持ち上げて、唇の隙間に指を差し込んだゼルの手に、そっと添えた。  
 
 舌が絡んでいるのか、指が絡んでいるのか分からなくなってくる。  
 ねばついた唾液が透明な橋を架け、音もなく消えていく。  
「んっ……あァ……あ」  
 あれほど拒絶していた性交なのに、今は自らソレを望んでいるように思える。  
 否、事実、望んでいるのだ。  
 
 腰を打ち合う速度が速まっていく。  
 躰同士のぶつかる音、古びたベッドの軋む音、そして荒く濡れた吐息と嬌声に混じって粘ついた水音が微かに聞こえるのは、指を舐る舌の所為か。  
 
「んんっ、ん、んぅああぁああぁぁぁ……!!」  
 口に滑り込んできたのが舌なのか指なのかも分からない。  
 きつくベッドに押しつけられ、隙間無く寄せられた躰。  
 絶頂の瞬間、無意識にもっと深く繋がりたくて、ゼルの腰へと足を絡ませる。  
「あ……あ」  
 言葉など何も出てこなくて、ただ躰の奥を満たす熱を、リナは受け止める。  
 熱に浮かされた合成獣の顔を、薄く開いた視界に収めたまま。  
 
 ふたりは廃墟に似つかわしいにおいの毛布にくるまって、行為の余韻に浸っていた。  
 先程まで作用していた媚薬はどうにかその効果を薄めつつあるようで、あれほど熱かった躰も、狂おしいほどの疼きも、次第になりをひそめていく。  
 どういう訳か、済ませた後もゼルガディスはリナの手を離さず、今なお緩慢な動作でリナの指を撫で続けていた。  
「……ゼル、手……」  
 離して、と言う前に、ゼルは小さく「悪かったな」と呟いた。  
 謝罪にしてはあまりに慇懃なその態度に、リナは「はぁ?」と聞き返す。  
「謝るくらいなら最初からしないで」  
「勘違いするなよ、リナ。  
 俺が言ったのは手首の傷だ。一眠りしたら治癒(リカバリィ)かけてやるが……  
 大体な、こんなハメになったのはお前さんの所為だろうが」  
 
 言われてリナはぎくっと身を竦ませた。  
 考えてみれば、この廃墟(元は怪しげな薬剤師の屋敷だったらしい)を探索中に、彼女が薬品棚を倒したのが原因だ。  
「あ、あれは……そのぅ……事故、そう、事故よ、事故! あたしに責任はないわ」  
「薬品棚が開かないからって蹴りを入れるのは過失だろう」  
 お陰で、床に撒き散らされた薬品の一部が二人にかかったのだ。  
 付け加えるなら、リナを庇ったゼルガディスの方が、余計に。  
 そしてその薬品が、屋敷の元の持ち主が調合した媚薬だったと言うわけだ。  
 
「本当ならもう少し、詫びを入れてもらいたいところなんだ。  
 ……手ぐらい好きに触らせろ」  
 
 結局リナは何も言い返せなくて、ゼルの肩に額を押しつけた。  
 ふて寝しようと眼を閉じると、ゼルの指の感触だけが鮮やかに浮き上がる。  
(ま、いいか……)  
 舌で愛撫されるのとは違う優しい心地よさに、リナはゆっくりと眠りに吸い込まれていった。  
 

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