「こんばんは」
月のない、暗い夜。星の僅かな明かりだけでは、窓からの訪問者の姿は見えない。
訪問者は窓枠に腰掛け、細い脚を組む。
「久しぶりね、ゼル」
その甘い声。二度と聞けないだろうと、諦めていた声。
「───リナか」
「そうよ」
音を立てずに、高い窓枠から、床へ飛び降りる。さらに深い闇が、
訪問者の身体を包み込む。長い髪がふわりと揺れたことが、風と匂いで伝わってくる。
「何をしに来た。お前は、ゼロスのものになったんじゃなかったのか」
『あたし、ゼロスと行く。だから、あんたには二度と会えない』
数十年前に聞いた言葉が、今でも鮮やかによみがえる。
それは恋じゃないと思っていた。
愛じゃないと思っていた。
だから、無くしても平気だと思っていた。
『あたし、』
恋なんてしていない。
『ゼロスと行く。』
愛してない。
『二度と』
なぜ、
『会えない』
こんなに心が痛いんだろう。
きっと、心の一部を彼女のために開けておいたから。
初めて逢ったときから、惹かれ続けていたから。
たぶん、恋じゃないとしても。
リナは、音を立てずに歩き、そっとゼルガディスのベッドに滑り込んでくる。
冷たい、小さな手がゼルガディスの頬に触れる。
「キメラを元に戻す方法、結局見つからなかったのね」
「お前には、分かるのか?」
「……ううん。ただ聞いてみただけ。だから、ゼルは一生アメリアのお城へは
行ってあげなかった」
「……ああ」
「後悔してる?」
「哀しい」
「そうよね。アメリアに、恋してた?」
「たぶん」
「アメリアも、ずっとあんたを待ってたわ。でも、半分諦めてもいたみたいね。
最期のやまいにかかったとき、アメリアは言ってたもの。『決して手に入らない
もの……どうしてひとは、そういうものを望んでしまうんでしょうね』って」
「で、どうしてお前はここに来たんだ。俺には、お前にしてやれることなんて
何もないぞ」
「でも、あたしがあんたにしてやれることはあるわよね? ゼル」
「何の……つもりだ」
闇の中で、リナはゼルガディスのパジャマのボタンをそっと外し始めた。
「あんたの中にずっとあった、あたしのための場所。あたしのための空白」
「違う……」
「何が違うの?」
「お前はガウリイの旦那のものだとずっと思っていた。だけど、お前はゼロスを
選んだ。そして、忌まわしい契約を交わして、かりそめの不老不死を手に入れた」
「そうよ」
リナはゼルガディスの肩から、パジャマをやさしく引き抜く。
「でも、あんたは待っててくれたでしょ? こういう夜が来るのを」
「それは、我が儘な俺の気持ちだ。現実のものにしようとは思ってない。帰れ。
ゼロスだって、お前がこんなところにいるのを許さないはずだ」
「ゼロスはね、今夜は獣王様のお仕事で、帰っては来ないわ。
ねえ、はっきり言って。こういう夜が来るのを信じていてくれたでしょ?」
「……ああ」
「あたしたちは、今夜、一度だけ過ちを犯しましょう……」
花の匂いのする小さくて柔らかな身体を抱きしめる。リナは、
エルフと同じ形をした、ゼルガディスの尖った耳に、舌を寄せる。
「くっ……」
「気持ちいい?」
「妙な気分だ」
「妙?」
リナが首を傾げるのが分かった。
「俺は、俺の想像の中で何度もお前を抱いた。今、この時間が俺の妄想じゃないと、
誰が保証してくれる? そもそも、お前は本当にお前なのか?」
くすくすと笑い声が響いた。
「誰も、何も保証してはくれないわ。だから、その身体で感じ取って。
この夜を身体に刻み込んで」
リナの舌が、ゼルガディスの胸の突起に触れる。
「あ…あ」
「そうよ。もっと感じて。この夜は一度しか訪れない。覚えていてね、この感触を」
リナの舌は、執拗に乳首を責めていたが、不意にそこを離れ、
ゼルガディスのズボンをくわえた。
「リナ……」
「口で、脱がせてあげる」
リナは器用にボタンに噛みつき、全て外すと、ズボンを引き下ろした。
そのまま下着の上からゼルガディスを愛撫する。
「や……めろ。もう……」
「どうして? 気持ち、よくない?」
「俺もお前に触れたいんだ」
「ふうん……」
目に慣れない闇の中で、リナが微笑んだ、気がした。
「じゃあ、あたしの服を脱がせて……」
ゼルガディスは、リナの薄い生地のワンピースのボタンを一つ一つ外す。
情熱のたがを外す。
「ライティ……」
「駄目よ」
リナに唇で口を塞がれる。
「今日は月すらあたしたちを見ない。闇の中だけであたしを感じなさい」
「お前が着ていたこの服が、何色か見たかったんだ」
「黒よ。この闇と同じ色」
ゼルガディスは、リナの小さな乳房に触れ、その先端が尖っているのを感じる。
理性が崩れ、ゼルガディスはリナの乳房にむしゃぶりつき、歯を立てた。
「ああ……」
リナの甘い声が、さらに理性を削り取る。指を、リナの下着に滑り込ませる。
「ん……あっ」
そこはもう充分に潤っていた。指に絡まる蜜を、ゼルガディスは舐めた。
「やだ、何してるのよ……」
「感じてるのか」
「分かるでしょ。ゼルに……感じてるの」
ゼルガディスは指を一本、リナの花びらに入れた。蜜がさらに溢れ、
柔らかな粘膜が指を締めつけた。
「あ……あ、ゼル……意地悪……しないで」
「もっと欲しいのか?」
指を二本に増やす。
「ああっ」
リナの身体がびくん、と跳ねた。
「ゼル……ゼルが欲しい」
「性急だな」
「あたし……口でしてあげる……」
リナは、身体を起こすと、ゼルガディスの脚の間に割り込み、
ゼルガディス自身をくわえた。
「んっ……ふ、んん……」
きつく吸い上げられ、一瞬出してしまいそうになる。
「リナ……も……やめろ。持たない」
「いいのよ。……夜はまだ長いわ。一度くらい、口にちょうだい」
そういって、リナはさらに激しく責めてきた。
「ふふ……ゼルのここ、泣いてる。塩辛くて、透明な涙で……」
先走りを舐め取られ、陰嚢を柔らかく揉まれる。
「あ、だんだん、太くなって……」
「もう……駄目だ、リナ、出すぞ」
リナの喉の奥に、ゼルガディスの精液が叩きつけられた。
「んっ……ん」
リナは、ゼルガディスを口に含んだまま、その温かい液体を飲み干した。
「もう……いい。口を離せ」
くぐもった声でリナが答える。
「やだ……もう一度、おっきくする」
そしてリナは、小さな唇で、ゼルガディスの肉茎をしごき始めた。
それは、またすぐに勢いを取り戻し、リナの口の中をいっぱいにした。
「んんっ……」
ぴちゃ、くちゅ、と絶え間ない水音。
「リナ、お前……自分でしてたのか」
リナは、空いた手で自分の花弁と芽をもてあそんでいた。
「だって……ゼルが欲しくてたまらないんだもん……」
こみ上げるいとおしさ。
「わかった。リナ、本当にいいんだな?」
「いいに決まってるでしょ……でも、ゼルのそういうとこ、あたし好きよ。大好き」
ゼルガディスは、哀しいほどに細くて柔らかい、
数十年前の少女のままの身体のリナをベッドに押さえつける。
そして、脚をかかえ、リナの中に入った。
「ああっ……ゼル、すごく、気持ちいい……」
「リ、リナ……いいぞ……」
ゆっくり動いているだけで、達してしまいそうになるのを、
ゼルガディスは必死でこらえた。そして、身体の下のリナに口づける。
その唇から、一筋唾液が頬に伝っている。リナは、自分から腰を擦りつけ、
嬌声をあげる。
「あ、ああん、ゼル、いっちゃう……いっちゃうよお…ゼルも……一緒に……」
リナの身体が震えた。
「あああ……!」
びくびく痙攣する膣の刺激で、ゼルガディスも達した。
「うっ……リナ……好き……だ」
その後も何度か抱き合って、二人は荒い息をついてベッドに横たわった。
「……ねえ、今夜のこと、忘れないわよね」
「忘れようったって忘れられるか」
「あたし、とっても良かったわよね?」
「ああ。最高の女だ」
「あたしのこと、少しは好きでいてくれたのよね?」
「少しじゃない。リナ、ずっと、心の中にお前だけの場所があったんだ」
リナは、ゼルガディスに口づけると、床に散らばった服を身につけた。
「もう……行くのか」
「夜明けが近いもの。あたしの姿を見られたくないの」
「俺は、お前が見たい。もう少しだけここにいてくれないか」
「だーめ」
リナはくすりと笑った。
「あたしはゼロスを、あんたはアメリアを裏切った。月の生まれていない、
この夜だけに許された、たちの悪い想い出。あたしは行くわ。朝日が昇ったら、
あたしは思い出の中だけに存在する、架空の存在になるわ」
そして、リナは遠い昔のように、あの言葉を口にする。
「もう、あんたとは二度と逢えない」
「リナ……」
ゼルガディスは手をのばした。だが、リナがいた空間は既にからっぽだった。
ゼルガディスは、リナに脱がされた部屋着を身につけ、ベッドに横になった。
すぐに、暁の光が部屋に満ちた。
(暁の光……)
それは、リナの瞳の色。
(せめて……瞳の色くらい見たかった)
そして、ゼルガディスはほんの少しだけ涙を流した。彼女のための空間は
満たされたが、彼女を求める心は今でも残っていたから。
「リナ」
口に出す。それは、形のない呪文のように思えた。
「リナ……」
新月の恋人。今度こそ、たぶん、もう二度と逢えない。