小声で呪文を唱えて、天井付近に浮かべていた明かりを消した。
暗い部屋の中。あたしとガウリイは、二人きりで向かい合っていた。ほんの
少し手を伸ばせば届く距離で。
「リナ」
最初に踏み出したのは、ガウリイ。
ただ名前を呼ばれただけで、あたしの心臓は痛いほど跳ねた。恐る恐る顔を
上げて、星明かりを頼りにガウリイをうかがう。けれど、長い金髪が落とした
影のせいで、表情は隠されたままだった。そのかわり、息を押し殺したような、
張り詰めた気配だけが伝わってくる。
「ガウリイ」
そんな沈黙の後に、名前を呼んで。
最初のキスはあたしから。両手で頬を捕らえて、唇を触れ合わせる。
「……んっ」
そこへ、唇を割って入ってきた舌が、ねろりと歯列を舐めた。
ぞくりと身じろぎをしたあたしを、逃がさないとでも言いたげにガウリイが
抱く。片腕で腰を支えて、もう片方の手はあたしの後頭部に添えた。キスから
逃げ出さないように。
角度を変えて、ガウリイは何度もキスを繰り返す。逃げることもできずに、
あたしはひたすらそれに翻弄された。
不自由な呼吸。酸素が足りないのか、頭の奥がじんと痺れてる──それとも、
激しすぎるキスのせいだろうか。
「や、もぉ……」
そして、何度目かも分からない長いキスの後。
完全に足腰が砕けたあたしを、ガウリイはひょい、とベッドに抱え上げた。
ベッドに横たえられた時、本当は少し安心した。
これでやっと触れてもらえると思った。なにしろ、今日のガウリイときたら、
やたらしつこくキスばかりを繰り返していたわけで。
──キスだけで足腰立たなくされたって、結構くやしいんだけど。
「……ねぇ」
しかし、そこはあたしも負けてらんない。
上目遣いにガウリイを見ながら、ちょっとだけ甘ったれた声で呼びかける。
大抵の場合、こうすればガウリイはあたしの言いたいことを汲み取ってくれた。
こういう時のおねだりとか──まあ、ほかにもいろいろと。
けど。
「何だ、リナ?」
きょう、まさに今。
頭上から降ってきたのは、穏やかな声のそんな返事だった。
「なっ……聞かないでよ馬鹿!」
「なんでだ?」
まるでいつもの、知らないことを尋ねるときの口調で。
「なんでもよっ! それが乙女心ってもんなのよ!」
「えー……だって、お前さんもう乙女じゃないだろ」
「うるっさいわね! 心は乙女なのよ!」
ああもう、色気もムードもありゃしない。
さっきまでは凄くいいムードだったのに、今のあたしたちときたら、まるで
いつもの旅の途中みたいで。
いっそ今なら、ガウリイに竜破斬かましてもシャレで済むかしら。あたしが
剣呑なことを考え出したころ、ガウリイは「わかった、わかった」と苦笑した。
「お前さん、さては照れてるだろ」
「な゛っ!?」
どげはぁっ!
いきなり核心を突かれて、あたしは思いっきし動揺した。
いくら相手がくらげかスライム並のおつむしかないガウリイでも、さすがに
これじゃバレバレだ。
「……かわいい」
うあそんなこと耳もとでささやくな!
ってゆーかこの体勢って相当ヤバくいか。あたしがベッドに仰向けに転がっ
てて、ガウリイはベッドの縁からそれをのぞき込んでるって。右腕なんか耳の
すぐ横にあるし。しかも顔とか近づいて来てるし!
「ガウリ、」
呼びかけた声は、降りてきた唇に塞がれた。薄い唇がかすめるように触れて、
かと思えば吸い付いてくる。好き放題もいいところだ。
──何がムカつくって、しっかり体が反応してしまうことなんだけど。
「や、ちょっと、ねぇ……ひゃうっ」
頬に、瞼に、それから耳元や首すじに。
服で隠れていない場所を選んで、ガウリイの唇が落ちる。くすぐったいような
感触は、体が熱を取り戻すにしたがって、ぞくりというおののきに変わっていった。
声が抑え切れなくなる。
「ふぁっ……や、もう……」
今日に限って、なんでキスばかりするんだろう。熱に浮かされた頭の片隅に、
ふとそんな疑問が浮かんだ。
キスが嫌いなわけじゃない。でも、今みたいな状況じゃ、キスばかりされて
いても物足りない。もどかしい。
そう思いはするものの、言うのはなんとなく気恥ずかしくて。
「やぁっ……ん」
「嫌なのか?」
それなのにガウリイは、思いっきり見当違いな問いを口にした。
──さっきはあんなに鋭かったくせに、どれだけ鈍いのよこのくらげ頭!
「ちがっ……」
「だって、さっき嫌だって」
鎖骨のあたりに唇を寄せたまま、ガウリイはマヌケな発言を続ける。
っていうか、唇の動きは分かるわ息がかかるわ、くすぐったいんですけど
ちょっとー!
「や、なんて、いってない……!」
思考はめまぐるしく動くのに、うまく言葉にならない。っていうか言えない。
それでもせめて察してほしくて、あたしはガウリイの手首をひっつかんだ。
大人しく引っ張られて
くれるそれを、自分の胸元に添える。
「……ねぇ」
同時に、上目遣いでじっと見上げて。
「こう?」
ガウリイは無事に意図を汲み取ってくれて、大きな手でやわやわと胸を
揉みはじめる。
「あっ!」
ゆるやかな刺激なのに、ビリッという快感が体中を走った。
びくりと大きく背中が跳ねる。ガウリイが笑った気配がした。いつもなら
怒るところなのに、今はなんだかどうでもいい。ガウリイにどう思われるか、
なんてことより、カレが与えてくれる快楽に夢中で。
「も、い……あぁっ……」
声を抑える努力なんて放棄した。あえぎ声なんていくらでも聞かせてあげる。
だから、もっと。
「がうりっ……ねぇっ」
「なんだ?」
そんな余裕面してないで。
「ふく、ぬがせて……」
──もっとたくさん、刺激をちょうだい?
ぱさり。乾いた音を立てて、あたしのパジャマは床に落ちた。
これでお互いに裸。見られたのは初めてじゃないけど、やっぱりちょっと
気恥ずかしくて、視線から隠れるように抱きつく。
音を立てて、小さなキス。
「っ、ひゃぁん!」
ぞくぞくぞくっ!
背中に回ったガウリイの手は、抱きしめてくれるのかと思いきや、つう、
と背筋をなぞり上げた。
同時に、のけぞったあたしの頤をとらえて、喉元にキスが滑り込む。
喉元を下って鎖骨を辿り、腋を吸い上げてから胸の頂へ。
ガウリイの唇が触れるたび、こらえようのない嬌声が上がる。それを嫌だ
とは思わなかった。恥ずかしさはまだ少しあったけど、むしろそのせいで、
どうしようもなく劣情を煽られる。
「んぅっ、……くぅっ……あん……」
ゆっくりと下半身に近づいていく唇。その感触に身をよじるたび、のぼり
つめるような落ちゆくような、奇妙な感覚にとらわれる。
背中に感じるシーツの肌触りがなければ、どこかに飛んでいくのかと錯覚
しそうだ。せめて何かにつかまりたい。そう思うに、力の入らない指先は、
いたずらにシーツをひっかくばかりで。
「ガウリイ、ガウリイっ……!」
こわれた頭で、ばかみたいにガウリイを呼ぶ。そのたびにガウリイは、
あたしの肌に唇を落とし、きつく吸い上げて華を散らした。その刺激にまた
身悶えする。
──もっと。ねえ、もう少しで。
「やぁ、あっ、あぁぁっ!」
口づけを待っていた場所に、かすかな感触が触れた。
「すごい、濡れてる」
「ばかぁっ……ん」
ガウリイが言葉を紡ぐたびに、吐いた息が敏感な場所をくすぐる。
本当は見るなと言ってやりたいのに、言えないのはそのせいだ。口にする
前に言葉が散ってしまう。
言いたいことなんかひとつしかないのに。
──なのに。
「……あ?」
ちゅ、と軽い音がして、太ももに口づけられる。
思いっきり肩すかしをくらったあたしは、くすぐったさに間の抜けた声を
上げた。そこへ、もう一度ガウリイが唇を落として、たまらずにあたしは足を
ばたつかせる。
「ちょ、くすぐったい……」
「ん、なんだって?」
けれど、ガウリイはあっさりその足を抱え込んで、位置をずらして何度も
口づけた。
「もう、やめてってば」
我ながら説得力のない声で、首だけを起こしてガウリイに呼びかける。
と。
「じゃあ、どうしてほしい?」
こちらを見上げているガウリイと、モロに視線が合ってしまった。
「どどどどどうって!!?」
思いっきり赤面しつつ、あたしは慌てて後ずさる──つもりが、ガウリイは
それを許さなかった。
あたしの足は、肩に担ぐように捕らえられていて、それ以上進むことも退く
こともできない。そして、両足の間からは、笑みを浮かべたガウリイの顔が
のぞいていて……これで赤面しないわけがない。
「リナがされたいようにしてやるよ」
その上、こんなセリフまで吐いてくれちゃって!
なまじっか美形なもんだから、イヤミにならないのが困る。ほんとに困る。
ついでに、あたしも惚れちゃってるもんだから、呪文で吹っ飛ばすどころか、
照れてしまうのが困るわけで。
「い……言わせないでよ、ばか!」
「じゃあ、やめてほしい?」
どうしてそういう理屈になるのよ!
裸の男女がムニャムニャしてたんだから、その続きとくれば……当然、
アレしかない。
ただ、それを自分から言うのは、ひどく照れくさかった。だからいつも、
ガウリイが襲ってくるのに任せて、ただしがみついてばかりいたんだけど。
「俺バカだし、リナのしてほしいこととズレてるかもしんないし。な?」
要するに言わせたいだけでしょうがこのスケベ!
ガウリイの魂胆なんか読めてるのに、それを指摘する言葉が出ない。
っていうか、この体勢って相当ヤバい。ガウリイにばっかり……
「リナ、すごく濡れてる」
ぼふんっ!
一瞬で赤面したのが自分でも分かった。とっさに、自由だった両手で顔を
覆ったけど、絶対見られたと思う。ムダに動体視力のいいガウリイが見逃す
はずはない。
「見られるのが好き?」
「ちがっ……」
なんとか絞り出した、自分でもびっくりするような細い声。
ガウリイがじっとそこを見ているのは分かる。視線のせいで興奮してしまう
のも、恥ずかしいけど事実だ。でも、本当に好きなのも、されたいのもそんな
ことじゃなくて。
「なら、どうしてほしいか言えよ。でないとずっと見てるぜ?」
「……それは嫌」
素直に言ってしまえばいい。そう思ってしまう、流されかけたあたしもいる。
どうしてほしいかを伝えれば、ガウリイはきっとその通りにしてくれるだろう。
けど──どんな言葉で伝えればいいのよ。
直截的な言葉は、乙女として断固拒否したい!
「……ガウリイ」
さんざん迷った挙句に。
あたしはそっと、ガウリイのことを呼んでみた。
「なんだ、リナ?」
応えて、ガウリイは面を上げた。体勢は変わらないままだけど、視線が
外れた気配がしてホッとする。
いくら星明かりしかない室内ったって、凝視されるのはさすがに……ねえ?
うう。でも、呼んだだけで先のことは考えてない。
「……言ってみ。どうしてほしいのか」
「……意地悪、しないで」
自分でもびっくりするほどの細い声で、辛うじて言えたのはそれだけだ。
熱を与えられた身体が、触れてもらえずにくすぶっている。それがひどく
つらい。
「さわって……もっと、たくさん」
これで察してくんなかったら暴れる。言った後でそんなことを思った。
意地っ張りのあたしにしては、かなり素直な告白の言葉。それを分かって
いるのかいないのか、視線の先でガウリイはふっと微笑んで。
けれど、抱えた足はそのままで、たださっきのように視線を落として──
「あああああああっ!」
恥ずかしい裂け目を大胆に舐め上げられて、身体が大きくのけぞった。
「すご、甘い……」
「ああっ……くっ、んぅ……」
堰を切ったように流れ出した蜜を、ガウリイがじゅるじゅると音を立てて
味わう。吸い上げられた快感と、派手な音がもたらす羞恥が、身体じゅうを
めまぐるしく駆けめぐった。
たまらずにきつくまぶたを閉じる。ガウリイの感触に溺れたいのに、視覚
なんて邪魔なだけだ。
「びしょびしょになってる。よっぽどガマンしてたんだな」
「やぁっ、そんな、こと……いっちゃ…」
「だって、ほら」
じゅるっ!
「い、あぁぁっ!」
たっぷりの蜜をすくった舌先が、敏感な肉芽に触れる。
「どんどん出てくる。淫乱なんだな、リナ」
「んくぅっ」
吸い込まれる感触に、頭のてっぺんからつま先まで電流が走り抜けた。
意外に器用な舌先が、真珠を覆う皮をめくり上げる。と、今度は唇が動いて、
小さな肉芽を甘噛みした。
「……っあ、あああああああ!」
突き刺さるような快感に、声ともいえない悲鳴を上げる。
「ここがいいんだ」
「ん、う……はぁっ」
からかうような声音に、考えもせずにうなずき返す。
身体はぐったりしていのに、快楽がもたらされるたびに跳ねた。そんな反
応を楽しんでいるのか、ガウリイの舌が、唇が、なおもしつこくそこを責め
立てて──
「や、だめっ……!!」
はじける、と思った瞬間、ひときわ高く身体が跳ねた。
「はぁ……はぁ……」
静かな室内に、荒い呼吸の音が響く。
弛緩しきったあたしの身体に、ガウリイがそっと覆い被さってきた。唇を
重ねると、ちょっとだけ嫌なにおいがする。
「お前さんの味だよ」
真顔であっさり返されて、またもやあたしは赤面してしまったのだけれど。
「……ん」
赤面の原因はそれだけじゃない。
いちど達したあと、ぎゅっと抱きしめられてるのは気持ちがいい。けれど、
ヘタに密着しているせいで、太ももに当たる固いモノの存在を、否応なしに
意識してしまう。
「大丈夫か?」
言葉の意味なんて聞くまでもない。
それを裏付けるかのように、ガウリイの指があたしの中に侵入してきた。
最初は1本だけだった指が、2本、3本と増えてあたしを引っかき回す。じゅぷ
じゅぷと大きな水音が響いて、あたしははしたない声を上げた。別にいい。
どうせガウリイしか聞いてない。
と、その指が不意に逃げ出して。
「いくぞ」
代わりにそこへ、ガウリイが進入してきた。
ガウリイのモノは大きい。比べる対象があるわけじゃないけど、少なくとも
あたしの身体には大きすぎる。
そのせいで、進入はいつもきつきつで、お互いに痛みをこらえることになる。
けれど今日。十分すぎるほどならされた入口は、やすやすとガウリイ自身を
のみこんだ。
「熱いな。お前さんの中」
自身を根元近くまで納めたところで、ガウリイは押し入ってくるのを止めた。
かわりに、少し上体をかがめて、耳元でささやきかけてくる。
「こんなになるほど欲しかったんだ?」
「……によ、ガウリ……って……あんっ」
あんただって、こんなに大きくしてるくせに。
言いかけた強がりは、ガウリイの動きであっさりと遮られた。
ぐちゅ、ぐちゅ、……じゅぷ……
「い、あぁ……や……あふっ……」
ガウリイが腰を動かすたびに、いやらしい音が室内に響く。
奥まで突き入れられる衝撃。あたしの中をこすり上げる感触。そのどちらも
が、我を忘れそうなほどの愉悦を与えてくれる。もっと、もっとたくさんして
ほしくなる。
「嫌なのか?」
「ちがっ、あっ……い、いい、いいのっ」
口ばかりじらすようなことを言いながら、ガウリイは激しい動きをやめない。
「いいっ……ねぇ、ガウリィ……いいのぉっ……」
理性なんかとっくに飛んでいった。それどころか、意識さえ手放してしまい
そうで、あたしはガウリイにしがみつく。どこにも行けないようにぎゅっと
抱きしめてもらう。
閉じた瞼の裏側で、強い光がはじけそうになる。もう、ほんの少しでたどり
着けそうな場所──
「あ、あああああああああああっ!!!」
自分じゃ手が届かないその場所を、ガウリイが思い切り貫いて、そして、
「くっ……ぅあ、イク……!」
「やっ、そこぉ! い、いく、いっちゃう! イクッ!!」
──めちゃくちゃに突き立てられた快感が、あたしの意識をさらっていった。