プロローグ
ねぇ、リナさん?
何故こうなったのか、あなたは分からないんじゃないですか?
確かに、あなたは誰よりも聡い。
あなたの考えの中では、これはあるはずの無い事。
『負の感情を糧とする、魔族にとっては有り得ない事』だと。
でも、知っていました?
実は、これも一種の『負』の感情だという事を。
「ん・・んっ・・ん・・ふぅっ・・はぁ!!」
彼女の喘ぎ声が木霊する、薄暗い室内。
きちんと整頓された部屋には不釣合いなほど大きい、ゆったりとしたダブルベッド。
それは、彼女の買ったものなのだろう。
彼との行為をするために。
「やぁ・・あっ・・んん!・・ひゃっ」
「感度がいいですね?」
「うるさ・・っ!んぁ・・あっっ!!」
彼女との契約は簡単な物だった。
『負の感情提供するから、あたしが寂しい時にあんたがあたしを抱く。
お互い損になるわけじゃないし、いいでしょ?』
彼女がこんな事を言い出したのは、彼女が彼と結婚する1年前の事。
その時には、彼女は彼に数度抱かれた後だった。
「あぁっ!!だめっ・・!!んっ・・ふっ!!」
初めて彼女と体を交わしたのは、契約をしたその日。
『安心してよ。あたしはあんたを好きになったりしないわ。それに、あんたは魔族だし。<BR>
後ろめたいことは無いでしょ?』
『そうですね。それじゃ、契約完了、といったところですか』
「リナさん・・契約内容を覚えていますか?」
「え・・っ?な・・に・・?ん!ふあぁ・・ん・・」
「いえ、何でもありません。それより・・」
そろそろ限界ですね。
あえて口には出さず、腰の速度を速める。
全ての動きに敏感に感じる彼女の口からは先ほどまでよりも強い喘ぎが発せられる。
「んっっ・・ふ・・ん・・ん・・っ・・んぁぁっ!あぁぁあぁ!!ひゃぁぁぁぁあ!!!」
大きく跳ねる彼女の身体。
イった事を確認して、僕自身も動きを止める。
「・・はぁ・・はぁ・・ん・・」
肩で息をしながら、ベッドに倒れこむ。
「今何時?」
しばらくして、彼女がだるそうに起き上がる。
「20時・・もうすぐ30分ですね」
「そう。じゃ、もうすぐガウリイが帰ってくるわ。『契約のモノ』は今度あげるから、今は一旦帰って」
下着と、シャツを身に着けた彼女が僕に背を向けたまま言う。
「ねぇ、リナさん。僕がさっき言ったこと、覚えてます?」
「はぁ?戯言はいいから、さっさと帰りなさいよ」
「リナさん、契約の内容覚えてますよね?」
「だから、また今度まとめて渡すって言ったじゃない!」
彼女が、先ほどまできていた服に手を伸ばす。
それを遮って、彼女の両手を彼女の頭の上で押さえる。
「何?ふざけないでよ!?」
「僕の話聞いてます?」
彼女から流れ込む負の感情。
目を細めて堪能すると、彼女の真紅の瞳が見開かれる。
「やめてよ!あたしから負の感情を取らないで!」
「『契約』にはあなたからとっちゃいけない、なんて聞いてませんけどね」
「いい加減にして!あんた、何が言いたいの?」
聡いあなたの事だから、そろそろ気づいてもいいと思ったのですけどね?
「あなたは言いましたよね?『魔族だから』と。何故ですか?」
「決まってるでしょ?人間だったらそこに感情が流れるわ!そんな面倒くさいもの必要なかったのよ!」
「人間で言う『愛』というやつですか?」
彼女がちらりと壁にある時計に目を向ける。
「ねぇ、ゼロス。お願いよ。お願いだから今日は・・」
「この状況、ガウリイさんがみたらどう思うでしょう?」
「!?」
「多分、あなたとガウリイさんの2人から極上の負の感情が流れるのでしょうね」
ガウリイさんはどちらに負の感情を向けるのでしょうね?
裏切ったあなた自身でしょうか?
最愛の人を奪った僕でしょうか?
どちらにせよ、これ異常ないぐらいの極上な味がするでしょうね?
「ゼロ・・」
「さっきの話の続きですけどね、魔族に『愛』という感情は無い、とあなたはいいましたよね?」
「?」
「確かに、魔族はそんな感情は持ちません。魔族にあるのは『負』の感情のみ」
「知ってるわよ。そんな事」
何が言いたいの?と、目で語る彼女。
いつもの強気な瞳とは違う、少し焦りが混じった瞳。
「でもね、リナさん。魔族に『独占欲』はあるんですよ」
「何言ってるの?あんた・・」
「それこそ、人間の『愛』に酷似した、とても歪んだモノですけどね」
「ゼ・・ロス?」
「あなたは、ガウリイさんが帰ってきたら、彼の腕に抱かれるのでしょう?
この白い肌も、小さな乳房も、髪の一筋まで、彼のものになるのでしょう?」
その瞬間、彼女が赤くなるのが分かった。
「とても大事に、壊れ物を扱うように彼に抱かれて。彼が少し離れると、また僕を呼ぶのでしょう?」
「いい加減にしてよ!!!!もうやめて!!!!!帰って!!!!」
「不思議に思いませんでしたか?僕があんな契約にのるなんて」
「やめてよ!!!」
「あなたたちの言葉で言うと、愛してますよ。リナさん」
「!!!!」
彼女の瞳から流れ落ちる涙を舌でそっとぬぐう。
「やめて・・あたしを惑わさないでよ・・」
「僕を好きになったりしないんじゃなかったんですか?」
「ガウリイを愛してるわ・・っ」
「あなたは何度彼を裏切りましたか?」
「それでも・・っ・・あたしは・・!!」
彼女の身体が一瞬反応する。
「帰ってきちゃいましたね?」
「あ・・・」
ゆっくりと近づいてくる、彼の足音。
「ねぇ、リナさん。僕のモノになってくださいますか?」
「・・ゼロ・・」
「愛してますよ。リナさん。僕なりに、ね」
『リナ?もう寝てるのか?』
彼の声が廊下に響く。
「・・・いいわ。連れてってよ。何処でもいいから」
「いいんですね?」
「・・・もう二度と、彼に会わない所に・・!」
「分かりました」
彼女に深く口付けをしながら、空間を渡る。
『リナ?』
彼が部屋に入ったとき、彼女はもう既に無かった。
まるで、存在していなかったかのように。
乱れたはずのベッドも整頓されて、彼女の匂いすら残さず・・2人は虚無に消えた。
「あんたの望みはなんなの?」
「もちろん、あなたを手に入れることですよ?」
「・・・あたしの何が欲しいの?」
「『あなた』自身が欲しい。ただ、それだけでいいんですよ。リナさん」
「・・ねぇ、あたしのこと、愛してる?」
「愛してますよ?僕なりに・・」
「・・・あたしも・・愛してるわ。あたしなりに・・」
それ以後、2人の姿を見たものはいない。