――明かりをつけたままの部屋。あたしは一糸まとわぬ姿で彼の前に立っていた。  
ただし、一番隠したい胸は手で隠している。  
「隠すなよ、リナ」  
彼のその言葉に、胸を隠していた手を降ろす。  
見せたくないものを見せるという、恐怖に近い羞恥。  
顔を背けたくなるが、それは許されないだろう。  
ベッドに座ったままこちらを凝視する青い瞳。  
覚悟を決めて顔を上げ、その視線の前に完全に全身を晒す。  
すると思いがけないほどに優しい声で、彼は言った。  
「よし、いい子だ」  
あたしの手首を大きな手で引き、自分の膝の上に乗せたガウリイに、今夜は逆らうつもりはなかった。  
 
――こんなことになった原因は、あたしにあるのだろう。  
あたしはガウリイとの行為の最中も、いつも胸を隠していた。触らせもしなかった。  
今のように関係を持つ前、彼にずっと小さい小さいと言われていたため、余計に気にするようになっていたのだ。  
無論、ただの軽口の範囲内だったが、好きな男にそう言われ続けて気にしないわけがない。  
だから最初のうちは彼も、あたしがそこまでコンプレックスを持つ一因が自分にあると思って、隠すのも触らせないのも許してくれていた――昨夜までは。  
昨夜、あたしはいつものように、小さな胸を隠しながら彼の愛撫に身を委ねていた。  
そしてガウリイもまたいつも通り、胸を隠したあたしの腕をそっとどけようとした。  
いつもなら、あたしが拒否し、彼が苦笑しつつ額にキスをくれた後は行為が続行された。  
でも昨日は事情が違った。  
昼間、彼が胸の大きなウェイトレスを目で追っていたのを思い出し、言ってしまったのだ。  
「触りたいなら他の人にしてよ」  
…言った瞬間、自分が何を言ったのかわからなかった。  
自分が発した言葉の意味に、あたしが気づいたのは、彼が低くつぶやいたのを聞いてからだ。  
「…誰でもいいと思ってると思ってたのか?…リナだから、触りたかったんだ」  
「………」  
服を整えて彼が部屋から出て行くのは見えたけれど、何も言えず、無言のままドアが閉ざされる音を聞いた。  
 
今朝はいつも通り、ゼルとアメリアも含めた四人で朝食を取り、宿を出発した。  
しかしガウリイとは会話も交わせず、気まずいまま夜を迎えた。  
アメリアが心配するので、夕食を抜きはしなかったけれど、食欲もないままに頭の中ではガウリイに何と言って謝るかだけを考えていた。  
 
――夕食後、あたしは部屋にひきとり、何と言って謝るかを考え続けた。  
異性である(しかもこの手の話の似合わない)ゼルにはもちろん、胸が大きいアメリアにも相談する気にはなれなかった。  
結論が出ないまま、入浴を済ませ、出来る限り髪や服を整えて、ガウリイの部屋のドアをノックした。  
部屋の中からは返事が聞こえず、また人のいる気配もなかった。  
酒場に行ったのだろうか?  
そう思ってまわれ右した瞬間、お約束と言うべきか、部屋の主とぶつかりかけた。  
ガウリイが鍵を開け、ドアを開けた時、ようやくあたしは口を開いた。  
「入ってもいい…?」  
彼はあいかわらず無言だったが、ドアを大きく開け、あたしを通してくれた。  
ドアを閉め、ベッドに座って、彼が初めてあたしに声をかけた。  
「…?…座らないのか?」  
あたしはいつも部屋に押しかけて無遠慮に座るから、立ち尽くしてる姿を見て不思議に思ったらしい。  
少し、自分でもわからない理由で、嬉しくなった。  
「あたし…謝らなきゃ」  
「………」  
「昨日…あんなこと言って、ごめんなさい」  
「………」  
「…もう二度と…あんなこと、言わないから」  
やばい。泣きそうだ。  
「ね、許して、もらえる?」  
沈黙につい焦ってしまう。急かすなんて子供じみたこと、したくないのに。  
いよいよ泣きそうだ。…その時、声がかけられた。  
「…隠さない、触るのも拒否しないって約束するならいいよ」  
許してもらえるなら何でもいいくらいの気分でいたあたしは、即座に言った。  
「約束する…!」  
堪えていた涙が、頬を伝った。  
 
彼の手が手早く服を脱がせていく。  
温かな手が、気恥ずかしいけど心地いい。  
部屋が明るいことが恥ずかしくて仕方ない。  
あっという間に一糸まとわぬ姿にされた。  
反射的に、一番見られたくない胸を手で隠す。  
「明かりは消してよ…ベッドサイドのランプでも充分でしょ?」  
この明るさでは、あまりにもよく見えすぎる。  
だが、彼は首を横に振った。  
約束したけど、やっぱり恥ずかしい。  
いや、怖いのかも知れない。  
あたしの胸を見た時に彼がどう反応するか。それを想像すると怖いのだ。  
しかし、約束は約束。  
「隠すなよ、リナ。約束しただろう?」  
彼のその言葉に、胸を隠していた手を降ろす。  
ベッドに座ったままこちらを凝視する青い瞳。  
覚悟を決めて顔を上げ、その視線の前に完全に全身を晒す。  
すると思いがけないほどに優しい声で、彼は言った。  
「よし、いい子だ」  
手首を大きな手で引かれ、ガウリイの膝の上に乗せられた。  
 
背中を優しく撫でられた。  
不器用だがあたたかなその感触。  
一日離れていたあたかさに、すっかり満たされた気分になる。  
「…ガウリイ…」  
高いところにある彼の首に腕を回すと、優しいキスが降ってきた。  
 
容姿には、自信があった。  
あたしを可愛いと言ってくれる人は、何人もいた。  
けれどここまで愛情を込めてキスをしてくれる人は、ガウリイぐらいだ。この瞬間、心底そう思った。  
首に回した手を降ろし、広い背中に回した。  
「…ううん、もっと前からわかってた」  
「リナ?」  
「ガウリイ以上にあたしを大事にしてくれる人はいないって、わかってた」  
「ん?いきなりどうしたんだ?」  
「けど、無条件で好きでいてくれるからつい…自動的に優しくされるように錯覚してただけ…」  
譫言のように、呟く。  
強く強く抱きしめられた。  
耳元に、世界で一番好きな声が、囁いた。  
「たった一つ、約束してくれたら…自動的に大事にしてやるぞ――これからも」  
これからもこんな風に優しくしてもらえるなら、どんな約束でも守る。  
そう口にするほども素直じゃない、けど。  
「…約束って…何…?」  
「『ガウリイ・ガブリエフがリナ・インバースを――リナ・インバースだけを好きだってことを忘れない』って約束してくれたら、誰よりも大事にしてやる」  
嬉しくて仕方ない。  
どうしていいのかわからない。  
この思いは言葉にならない。  
無言のまま、小指を差し出す。彼の指が、そこに絡まった。  
いつもと違いすぎる二人。こんな夜も、悪くない。  
 
唇が重なる。  
軽く触れるだけのキス。  
「もっと、してよ」  
離れた温かさが寂しくて、黙ってされたままにしておけばいいのに、続きをせがんだ。  
既に何も着ていない全身を、大きな手が撫でる。  
文字通り、全身だ。  
触られていない部分がない、というぐらいに。  
当然、胸も。  
今まで自分で触ったことはあった。  
揉んだら大きくなるっていうし。  
でも人の手に委ねたことはない部分だ。  
その部分を凝視され、背中を向けたい衝動に駆られた。  
「リナの胸、可愛いな」  
そう言いながら、ガウリイは既に堅くなっている先端をきゅっと摘む。  
「…っそんなこと、ない…っ…」  
恥ずかしさに身を捩りながら、なんとか言葉を口にする。  
しかしせっかく口にした否定の言葉を封じるように、先端を口に含まれてしまう。  
「んんっ…!」  
自分の手では絶対に得られない初めての感覚に慄えた。  
思わず、金色の頭を強く抱き締める。  
そんなあたしに気を遣ってか、ガウリイが訊く。  
「リナ、辛いか?」  
無言で首を横に振った。  
くすぐったいけど、表現しがたい疼きも感じる。  
「…ふぁ…あ…」  
声とも吐息ともつかない、喜びが漏れた。  
 
身を捩る。抱きつく。声をあげる。  
それは出来るだけ快感を逃がそうとする行為なのかも知れない。  
胸から、ガウリイの唇が離れた。  
その唇はあたしのそれに重なり、今度は強く、深くキスを交わした。  
キスをしながら、彼はあたしの胸から下腹部へ、さらにその下へと指を滑らせた。  
片手で強く強く抱きしめられたまま、もう片手は既に濡れた秘所をなぞる。  
「…っん…んん…」  
唇を塞がれているため、くぐもった声しか出ない。  
指が、差し入れられた。  
「ふ…ぅん…っ!」  
指で掻き回される感触。秘所から聞こえる水音。抱きしめられた腕の強さ。唇や舌で感じ取る熱。  
その全てに、あたしは狂わされていく。  
膝の上に乗せられているため、逃れようもない。  
濡れた指に花芽が弄ばれる。  
「…んんんっ…!!」  
神経に触れられるような感覚に身体が跳ねる。  
唇が、いったん離れる。  
激しく呼吸していると、背中を撫でられた。  
 
息が整わないまま、あたしは言った。  
「…ガウリイ…お願い、もう…」  
「ん?どうした?」  
――わかってるくせに。あたしに言わせる気なわけ?  
「言わせないでよ…」  
「言わせたいんだ」  
沈黙。恥ずかしくて言えない。  
あたしが黙っていると、ガウリイがまた、キスをしてきた。  
口をさっきみたいに塞いだまま、指がまた中に入ってきた。  
「んっ…んん…」  
声が出せないと、快感が外に出ずに身体の中で渦巻くようだ。  
首を左右に振って逃れる。  
「…言う気になったか?」  
からかうような口調。  
言わされてしまうなんて癪だ。  
でも、限界。  
抱きついて、囁く。  
「…入れて…」  
その瞬間、頭から突き抜けそうな感覚に、あたしは叫んだ。  
 
「あああっ…!」  
一気に奥まで突き入れられた。  
あたしの身体はまだ、挿入に慣れないのだろうか。  
中を無理に押し広げられるような感じがして、少し苦しい。  
しかし圧迫感は、ガウリイが動き始めたことによって、灼熱した快感に変わっていった。  
まだあたしはガウリイの膝の上にいる。  
向かい合って座っている状態だ。  
彼に腰を支えられて自分からも動く。  
「…っく…あ…はぁ…っ…」  
次第に思考が奪われていく。  
今はこの熱さが、あたしの全て。  
「…ふぁ、あ、あっ、あ、ああっ…!」  
軽く、達してしまった。  
ガウリイの胸にもたれる。  
突然、身体が浮きあがった。  
驚いていると、背中にシーツの感触がした。  
 
どうやら繋がったまま、体勢を変えられたらしい。  
正常位の体勢だ。  
「…んっ、あ、はあっ、っく…」  
激しく突かれて、あたしは身体の左右のシーツを掴み、ひたすら快感の波に揺られていた。  
「ひぁ…っ、あ、あうっ…」  
頭が溶けそうな気分だ。  
このままあたしは、砂のお城が波に洗われるように、静かに崩れていくかも知れない。  
感じたことのない、灼けるような強い感覚に、そういうありえない恐怖さえ覚える。  
だが――  
「…くっ…リナ……リナ…っ…」  
その声があたしの名前を呼んでいると気づいた時、身体の中に、熱い何かが弾けた。  
自分が何か叫んだ気がするが、あたしの耳にはその声は届かなかった。  
 
頬にキスが落とされる。  
くたくたになったあたしを見て、ガウリイが言う。「…ちょっと、やり過ぎたのかな?…ゆっくり寝ろよ、リナ」  
あたしは返事をせず、隣に寝ころぶガウリイの左胸に頭を預けた。  
――伝わってくる心音が心地いい。  
二人とも、何も言わない。  
――どれぐらいそうしていたのだろう?  
身体が落ち着いてきた頃、時計を見るために起きあがった。  
ガウリイはすでに眠っているようだ。  
その寝顔を見下ろして、囁いた。  
寝てる相手にはいくらでも素直になれるというものだ。  
「リナ・インバースはガウリイ・ガブリエフだけを好きなんだからね――約束はしなくていいから、覚えといてよ?」  
「了解♪」  
「∋∀ÅЖ凵浴c!!」  
返事が返ってきたので驚く。  
 
寝ているはずのガウリイが青い目を開いて、こちらを見ている。  
幸せそうな笑顔で。  
どう見ても「寝てたけど声で目を覚ました」という感じではない。  
聞かれたことと、世界の幸福を独り占めしているかのような表情に焦る。  
「ガウリイ!?あ、あんた起きて…っ」  
ガウリイが右腕を伸ばして、慌てるあたしの唇に人差し指をあてた。  
これ以上何も言うなと言うように。  
あたしが黙るとその指をはずし、今度は小指を差し出した。  
その指に、あたしは自分のそれを絡ませた。  
そして絡めた指をそのままに、珍しく自分からキスをした。  
「約束は、一生破らないから」  
その言葉の代わりに。  
 
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