「なんども なんども 聴いてた あの歌」  
深く帽子をかぶった吟遊詩人のリュートの音に合わせ、年の頃17、18の可愛らしい  
少女が澄んだアルトの声で歌う。  
ここはとある小さな村の宿屋。聴衆たちはこぞって二人の演奏に拍手した。  
ゲルダの帽子の中にはつぎつぎと銅貨が投げ込まれ、詩は真夜中にまで続いた。  
それにしてもこの二人、いったいどういう関係なのだろう?親子?いや年が近すぎる。  
兄弟?いや年が離れすぎている。それでは恋人同士だろうか。  
そんな客たちの興味は少女の無垢な歌声によっていつしか忘れ去られた。  
 
宴も終わり、ラギはゲルダに話しかけた「…ゲルダ、今夜はよく頑張ってくれた。今日はもう休もう」  
「ラギこそ疲れていませんか?いいえっ、疲れてない?」  
ゲルダの故郷から二人で旅に出る前、ラギはゲルダに言った。  
「またつらい旅になるかもしれない。それからかしこまった話し方をしなくてもいい」  
でもゲルダは今だにそればかりは慣れることができないでいた。  
 
今日の二人の部屋は一緒だった。宿が混雑していて部屋が二つ取れなかったのだ。  
この旅を始めてからラギはゲルダの身体に触れることはなかったし、あの墓地でのくちづけ以来  
手も握りあうこともなかった。それでも二人は幸せだった。  
愛する人がすぐ傍にいる、それだけで嬉しかった。  
しかし今夜は…  
ラギは珍しく奢られた酒を飲んで、二人で部屋へと戻った時、ラギのゲルダを見る  
目はいつもとは違っていた。  
突然ラギがゲルダの手を掴んで二つあるベッドのうちの一つに座らせた。  
「ゲルダ…お前の手は冷たい…」  
「ラギがお酒飲んだからでしょ…?」  
予想外のラギの行動に動揺しながらも、いつもの様に平然としたふりをしてゲルダは答えた。  
 
「…ゲルダ」  
ゲルダの隣に座ったラギは彼女の髪を愛撫し、ひとふさを手に取り、髪の香りをかいだ。  
「ラギ?突然どうしたんですか?」  
ゲルダのかすかに震える声に耳も貸さず、ラギはゲルダの髪を愛撫しつづけ  
やがてその手は顔、肩、背中、腰にまで伸びる。いままで二人きりで野宿や  
宿泊もしてきたのに、こんな事は初めてだったので、ゲルダは怖かった。  
(何が?ラギの事は信頼しているし、愛してる…何が怖いの?)  
それは未知のものへ対する本能的な恐怖だということにゲルダはまだ気付かない。  
「…ラギ?どうしたの?怖い…」  
「ゲルダ!愛している。心から…」  
そういうなりラギはゲルダを寝台を押し倒した。  
「ラギッ!」  
ゲルダの心臓の鼓動が高まって、悲鳴も喉からでてこない。  
 
ラギはゲルダの首筋に赤く所有の証を刻み、ゲルダの身体をまさぐり始めた。  
ゲルダのリボンとラウスのボタンを丁寧に外しながら、ラギはゲルダの甘いくちびるを  
あじわった。そのくちびるはさっきゲルダが食べたレモンの味がする。  
そしてあらわになったゲルダの胸を揉み、甘噛みした。  
ゲルダは恐怖した。身体の奥底から溢れでる甘い感覚よりも、恐怖が先行した。待ちきれないかのようにラギも自分の服を乱暴に脱ぎ捨てる。  
そこでゲルダは見た。ラギの裸になった上半身には大きな傷があった。  
ああ、それはあの氷河でできた傷?それとも戦争でできた傷?  
それとも魔王との戦いでできた傷?  
急にゲルダは恐怖を忘れ、自分からラギにしがみついた。  
「ラギ」  
「ラギはいつも私を見守っていて、そして助けてくれた。  
私のこのちっぽけな身体を捧げても、私はもう何の後悔もしない。捧げる…」  
 
スカートに伸ばした手が動きを止める。  
窓から差し込む月光と星の光が、部屋の中を照らしだす。  
その時ゲルダは見た。ラギが涙を流している。ゲルダもまた泣いている。  
「…ゲルダ。私にはお前の傍にいる資格がない。お前にはもっとふさわしい相手がいるだろう。カイ…」  
「…ラギはいつも私を見ていてくれた。ラギが私を信じてくれたように、  
私もラギを信じていた!ラギが私を守ってくれたように…守ってあげたい!ラギを!」  
そしてゲルダはラギにそっとくちづけた。ふっと触れるだけのくちづけだった。  
やがてそのくちづけは深くなり、二人を恍惚へと導いた。  
 
(ゲルダ…お前は私の心の氷を溶かす、春の女王だ…)  
 
数日後、その村の小さな教会で、参列者もパーティーもない秘密の結婚式が行われた。  
花嫁は何より白い飾り気のない質素だが上品なデザインのドレスを。  
花婿は闇を集めたように黒いタキシードを。  
二人に永遠の幸せのあらんことを!  
 

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