声がする。ああ、私が死なせた部下たちの怨憎の声か。これは私が死ぬまで
背負う十字架だ。
声がする。………歌声だ………
ラギが目を覚ますと同じ寝台に横になったゲルダが、素肌にシーツをまとい、ラギ
の長い髪に細い指を絡ませていた。
「ごめんなさい、起こしてしまって」
外は、雨だ。次々に落ちてくる雨の雫がこの宿の屋根をポタポタと鳴り響かせる。
この北の古い港町にそろそろ嵐がやってくるのだろう。
「そんなことはない。目覚める時間だ」
ラギは優しくそう言い、ゲルダの頬に手をそっとあてがう。温かい。
「ゲルダ、今夜はきっと嵐だ。次の街へ行く船もでないだろう。今日はここにもう一晩
泊まることになるだろう」
「はい。ラギ」
雨と風が奏でる演奏は、さながら天使たちの吹く喇叭と我々人間の混声合唱だ。
二人は服を着て朝食を食べに階下の食堂へ向かう。そこは二人と同じく嵐に閉じ込め
られた宿泊客で混雑していた。二人は空いた席を見つけてそこに座る。やがて黒パンに
チーズ、熱いスープが運ばれてきた。ラギは大きな固い黒パンをナイフで切り分け、ゲルダ
の分のパンにバターを塗ってやる。
「ラギ、ありがとう。神よ、今日の糧に感謝します。いただきます!」
がやがやと喧騒の中で二人は朝食を摂った。
再会からこれまで歩んできた旅路の中、ラギはいつも寡黙だったがゲルダはいつも彼の
自分に対する愛に包まれてきた。そしてこれからもそうだろう。
朝食を終え二人は部屋に戻った。
「今日はどうするの?雨だけれど町に出てみない?それに海に雨が降って綺麗…」
嵐の前の静けさか、雨もひとまず小雨になってきていた。二人は雨の町へと出かけた。
海沿いのこの大きな港町は雨でも賑わい、取れたばかりの魚を売る漁師のかけ声や
買い物客たちの話し声でごったがえしていた。
二人は混雑する市場をざっと見学すると町の高台にある装飾専門店を訪れた。ここ
は昨日ラギとゲルダが発見した店で、ゲルダはウィンドウに飾られた繊細な造形のクリ
スタルのネックレスに見入っていた。
ラギは遠慮するゲルダの手を引き、シャンデリアが眩しい店内に入る。
「ウィンドウのあのネックレスを」
「ラギ!」
間もなく店員が運んできた蒼い石のネックレスはシャンデリアの光にきらめいていた。
ラギは金貨を3枚支払った。
「ラギ…ありがとう…」
店を出て小さな小奇麗な包みを持ってゲルダが言う。
「それはお前の瞳の色によく似合う。すぐつけるといい」
宿に帰った二人は部屋へ入ると待ちきれないとばかりにくちづけを交わす。
ラギはネックレスの包みを丁寧に開け、ゲルダの首にネックレスを飾ってやった。
「ラギ…本当にありがとう…」
「こんなものはお前への本当のお礼にはならない。お前は私を信じてついてきてくれた。
それだけで私は…」
「いいえ、私こそ、この宝石よりもラギの事が比べ物にならないくらい大切なの…」
二人はまたくちづけを交わす。その時、ラギはゲルダの額に手を当てる。
「ゲルダ!熱が出ている」
ラギはゲルダを寝台に座らせると熱をはかった。
「そういえば少しふらふらするし、寒い…」
「薬を買ってこよう。安静にしているんだ」
そう言うとラギはまた雨の中へ出て行こうとした。
「待って。寝ていれば治るから。傍にいて」
ラギとゲルダは一緒の寝台に潜りこむ。ラギはゲルダをそっと抱き寄せた。
「ごめんなさい。ラギに風邪がうつる…」
「それでもいい。私もお前のそばにいたい」
「…ラギ、…ありがとう…」
ゲルダもまたラギの髪に指を絡ませた。ネックレスの蒼い石が光った。
「明日もまたここに泊まることにしよう…」
ラギは優しく言うとゲルダに微笑んだ。
やがて二人は深い眠りの中に吸い込まれていった。