「ねえねえ、エルさん」
レッドがシミュレーションを受けに行ってしまい、エルがアスモデウスで暇を持て余していると、不意にショコラが話しかけてきた。
「何ですか、ショコラさん」
「エルさんってさ、胸小さいの気になる?」
「っ!?」
突然の質問に、エルの体毛がぶわっと盛り上がる。一方のショコラはというと、どこか不安そうにも見える目で、まっすぐにエルを
見つめている。
「い、いきなり何なんですか!?わ、私の胸は、別に、ど、どうでもいいじゃないですか!」
「特に気にしてない?」
「いや、それはっ……だ、だからどうしてそんなこと聞くんですか!?」
「お兄ちゃんに、揉んでもらったりしてるのかなーって思って…」
「っっっ!!!」
もはやエルの顔は体毛越しにわかるほど真っ赤に染まり、言葉は詰まって出てこない。それでもエルは、必死の思いで何とか言葉を絞り出す。
「そっ、そっ、そんなことしてないっ!レッドさんはそこまで積極的になってくれな……じゃなくて、そのっ…!」
「じゃあ、お兄ちゃんには揉んでもらってないんだね?」
念を押すように尋ねるショコラ。エルが真っ赤な顔のままコクコクと何度も頷くと、ショコラは不意にホッとした表情を見せた。
「よかったー!あのねあのね、男の人に胸揉まれると、怖い病気になっちゃうんだって」
「……は?」
まったくもって意味がわからず、エルは気の抜けた声で聞き返した。
「それは一体、誰に吹き込まれたんですか?」
「メルヴェーユさんの持ってた、難しい本に書いてあったんだよ。えっと、『乳がん?は、男性にもまれながらできる』って」
「……それ、本当にメルヴェーユさんの持ってた本ですか?」
「ほんとだよー!この前お兄ちゃんがシミュレーション受けに行った時、見せてもらったんだよー!」
他の者ならいざ知らず、この国でも屈指の天才であるメルヴェーユの持ってた本だとすると、その信憑性はかなり高いだろう。最初は
懐疑的だったエルも、その情報が間違っているとは思えなくなってきた。
「で、でも、なぜ男性に揉まれるとなんですか?誰が揉んでも同じだと思うのですが…」
「わかんないよー、私は読んだだけだから。それとね、別の本には『好きな人に揉んでもらうと胸が大きくなる』ってあって…」
「それもメルヴェーユさんの持ってた本ですか?」
「ううん、そっちはファラオで読んだ本だよ。エルさんは、お兄ちゃん好きでしょ?」
「それは、まあ……嫌いでは、ありませんが…」
彼の義理の妹相手には非常に答えにくいものがあったが、当のショコラはまったく気にしていないらしい。
「だからね、もしかしたら胸大きくするために、お兄ちゃんに揉んでもらってたりするのかなって思って。でも、よかったー。
まだお兄ちゃんには揉んでもらってないんだね」
「ええ……まあ……はい…」
これは手の込んだ嫌がらせだろうかと、エルはつい疑いたくなってくるが、ショコラはいつもと変わらぬ純粋な表情を浮かべている。
「もし気になってるならさ、エルさんの胸、私が揉んであげようか?」
「え!?ショコラさん、な、何を言ってるんですか!?」
これまた突然の言葉に、エルはひどくうろたえていたが、ショコラは屈託のない笑みを浮かべている。
「私もさ、エルさんのこと大好きだよ!それに女の子同士なら、病気になる心配もないよね」
「す、好きの意味が違うんじゃないでしょうか…」
「えー?でも、女の子じゃダメとは書いてなかったし、好きなのは同じだと思うよー」
「………」
実際のところ、エルとしても胸の大きさは気になっていた。元々非常に小さく、おまけに300年ぶりに成長が始まったと言うのに、
胸の大きさは一向に変わっていなかったからだ。実年齢でも外見年齢でも年下のショコラにさえ、胸の大きさだけは一歩譲っている。
現状はアスモデウスに二人きりであり、なおかつショコラの言葉は純粋な親切から出たものである。それらのことを鑑み、彼女に
少しだけ魔が差した。
「……ほ、本当に、揉んでもらうと大きくなるんですか?」
「うん、そう書いてあったよ」
本に書いてあっただけ、というのは気になったが、仮に間違いだったとしても、悪いようにはならないだろう。そう考え、エルは気持ちを
落ち着けるように、大きく息をついた。
「……じゃあ、その、お願い、できますか…?恥ずかしいですが…」
すると、ショコラの顔がパッと輝いた。
「うん、いいよー!えへへ、私もエルさんの役に立てるね!」
嬉しそうに言うと、ショコラは早速エルの前に立ち、胸に手を伸ばした。ばふっと何の遠慮もなしに触られ、エルはビクッと体を震わせる。
が、それ以上の動きはない。正面から触ってはみたものの、ショコラはどうしようかと悩んでいるようだった。
「……え〜っと、これで手を動かせばいいのかな?」
「そ、そうですね。適当に動かし……っ!」
躊躇いがちに、ショコラの手が動き始める。それは揉むと言うより撫で回すと言った方が近いものだったが、それも仕方のないことだろう。
「どう、エルさん?痛かったりしない?」
「っ……だ、大丈夫です…」
「もうちょっと強くしてみる?」
言いながら、ショコラはより強く手を押し付ける。
「くっ…!」
強まった快感に、思わずエルが呻き声を漏らすと、ショコラは慌てて手を引っ込めた。
「あ、ごめん!痛かった?」
「え……あ、いえ、そうじゃなくて……ごめんなさい、大丈夫です。続けてください」
「そう?ほんとに、痛かったら言ってね?」
さっきの反応で不安になったのか、ショコラの手つきは覚束ないものとなっていた。だが、その頼りない手つきから来る、
触れるか触れないかという微妙な刺激は、エルにとってひどくもどかしく、むしろ快感を高める結果となってしまう。
「……っ……ふっ…!」
「あっ、ごめ…!」
「ち、違うんです!」
再び手を離しかけたショコラに、エルは慌てて声を掛けた。
「あの、気持ちよくて声が…」
「気持ちいいの?」
思わず漏らした本音に、エルは慌てて弁明した。
「あっ、いえっ!そのっ、ほらっ、あれですよ!肩を揉まれて気持ちいいみたいなっ…!」
咄嗟についた嘘を、ショコラは何の疑いもなく信じたようだった。
「あ、そうだったんだー。それじゃ、もっと強くしても平気かな?」
「え、ええ。お願いします…」
ただ胸を揉まれることが、これほど気持ちいいとは、正直なところ、エルは予想もしていなかった。この手がレッドだったらと思うと、
それだけで脳が痺れるような感覚に襲われる。
「くぅ……はっ、ふっ……はぁ…!」
「エ、エルさん本当に平気?なんか、苦しそうだよ?」
ショコラの声に、エルはハッと我に返った。
「あっ、いえっ!その……えっと、服!そう、服が引っ張られてちょっと…!」
慌てて答えたわけのわからない言い訳も、ショコラはやはり信じてしまった。
「あ、そうだったの?じゃあ、上脱ぐ?」
「ええ!?な、なんでそんなっ……あ、いえ、脱ぐのはちょっと…!」
「あ、そっか。急に誰か来たら恥ずかしいもんね。ちょっと捲るだけにしよっか」
妙な言い訳をしたせいで、状況はどんどん妙なことになっていく。ショコラはエルの服を捲り上げると、少しその胸を眺めていた。
体毛以外で、膨らみらしきものは、ほとんどない。水を流せばそのまま真っすぐ滴りそうな胸に、ショコラは直接手を這わせる。
「くぅっ……んん、んっ…!」
「エルさんの胸の毛、さらさらだね。いいなあ、こういう毛も」
しばらくの間、ショコラはエルの胸より体毛の手触りを楽しんでいたが、不意にその手を離した。
「ん……ショコラさん…?」
「あ、ごめんねエルさん。ちょっと手が疲れちゃって……あ、そうだ!」
いかにもいいことを思いついたように言うと、ショコラはいそいそとエルの後ろに回り込んだ。
「えへへ、やっぱりこっちの方が楽だね」
「そ、そうですか……くっ…!」
姿が見えなくなった分、エルとしては動きの予想がしにくくなり、また刺激だけに意識が集中する。つい尻尾をピクリと震わせると、
後ろからショコラの小さな悲鳴が聞こえた。
「エルさん。尻尾くすぐったいよぉ」
「ご、ごめんなさい、つい…」
こんな刺激を受け、尻尾を動かすなと言うのはかなりの難題である。仕方なく、エルは尻尾を敷くような形で椅子に座り直した。
ショコラの手が、エルの胸を丁寧に撫で回す。指先が何度も乳首に触れ、その度にエルは、漏れそうになる声を抑えるのに必死だった。
「うくっ……うっ……ふ…!」
「どうエルさん?もうちょっと強くした方がいい?」
「……は、はい…」
つい、そう答えていた。ショコラは何の疑念もなく、忠実に言ったことを実践する。
撫でられるような強さだったのが、捏ねられるような動きに変わる。気持ち程度の膨らみをやんわりと揉みしだかれ、指先が
不意打ちのように乳首を弾く。その刺激に思わず尻尾を動かせば、それは秘部への刺激となってエルを襲う。
「はっ……は、あっ…!うぅぅ…!んっ…!」
あまりに大きな快感に、エルの頭は靄がかかったようになっていく。自身の声が遠く聞こえ、頭の中がジンジンと痺れる。その中で、
ショコラから受ける胸への刺激だけが、変わらず強い快感として感じられる。
呼吸は浅く荒くなり、下腹部が疼くような感覚が芽生える。エルが、その快感に身を委ねてしまおうかと思い始めた時、不意にショコラの
手が止まり、同時に彼女はふんふんと鼻を鳴らし始めた。
「……あれ、何だろ?なんか、知らない匂い…」
どこか夢心地でそれを聞いた瞬間、エルの意識は一気に現実へと引き戻された。そして、ショコラが驚くほどの勢いで椅子を飛び降りる。
「ももも、もう十分ですショコラさんっ!!ど、どうもありがとうございましたっ!!」
「え……あ、うん。もういいの?」
「十分です!!十分に十分です!!」
「そっかあ。じゃあ、また今度してあげるね!」
屈託のない笑みで言い、そこでまたショコラは鼻を鳴らす。
「……でも、ほんと何の匂いだろ、これ?なんか、この匂い嗅ぐと頭がぼーっと…」
「そ、それよりショコラさん!!そろそろレッドさん迎えに行きませんか!?も、もうそろそろ終わってる頃でしょうし!!」
「あ、それもそうだねー。じゃ、エルさん一緒に行こ!」
連れ立ってアスモデウスを出る二人。その時エルは心の中で、本当に危ないところだったと、安堵の溜め息をつくのだった。
その後、またシミュレーションをクリアできなかったと嘆き、パーツショップに向かったレッドを見送ると、エルとショコラは
メルヴェーユの研究室にお邪魔していた。
「男性に揉まれて…?そんな事実はないわ」
「ええー?でも、前に読ませてもらった本…」
「それは『揉まれながら』ではなくて、『男性にも、稀ながら』よ。第一、男と女で同じ胸を揉んで、結果が違うなんて非科学的だわ」
「……やっぱり、間違いだったんですね」
すっかり呆れ顔のエルに、悄然とした顔のショコラ。そんな二人に飲み物を勧めながら、メルヴェーユは静かに笑う。
「でも、確かに誤解を招く書き方ではあるわね。知識がない者が読めば、誤解しても仕方ないわ」
「その調子だときっと、好きな人に揉まれると大きくなるというのも根拠のない話なんでしょうね」
エルが言うと、メルヴェーユはふと顔を上げた。
「ええ、非科学的ね……と、言いたいところだけれど、あながち非科学的とも言いきれないわ」
「え!?」
「ほんと!?」
心底驚いた表情のエルに、パッと顔を輝かせるショコラ。娘でも見るような目つきでそれを見ながら、メルヴェーユは静かに話す。
「ええ。性的興奮を受けて女性ホルモンの分泌が活発化すれば、乳房の大きくなる一因となり得るわ。その際、性的興奮を効率よく
得るには、やはり意中の人に刺激を受けるのが一番ね」
「なっ……なっ…」
「ふーん?じゃあオペラさんは、誰かにいっぱい揉んでもらったのかな?」
エルとメルヴェーユの脳内に、ゲベックの姿が浮かんで消えた。
「それで、そのせーてきこーふんっていうのがあれば、エルさんの胸も大きくなる?」
恐らく話の半分もわかっていないショコラが、至って無邪気に尋ねる。
「可能性としては、十分にあり得るわ」
「それ、私があげてもいいんだよね?」
「ショ、ショコラさん!!」
「………」
メルヴェーユは無表情にエルを見つめ、ショコラを見つめ、そしてフッと笑った。
「構わないとは思うけれど、あなたはどうなのかしら?」
「え!?わ、私ですか!?そ、それはそのっ、あのっ、気持ちはありがたくというかっ、その…」
「ふふ……想ってくれる人が多くて、幸せね。あなたが想ってる人は、なかなか思い通りにいかないようだけど」
メルヴェーユが含みのある口調で言い、それにエルが言い返そうとした時、いつもの聞き慣れた声が聞こえた。
「おーい、ショコラー、エルー!ダブレン群島行こうぜー!」
「あ、お兄ちゃんだ。今行くー!……またエアロボグランプリ出たいんだね。メルヴェーユさん、ごちそうさま!」
カップを置いて、ショコラは部屋を飛び出していく。エルもすぐにその後を追おうとするが、後ろからメルヴェーユの声がかかった。
「あなたがいいなら、別にあの子にしてもらってても問題はないのよ」
「な、何言ってるんですかっ!?」
「ここみたいに落ち着いた場所だと、匂いもよくわかるから、ね」
その意味を理解すると、エルの顔はたちまち真っ赤に染まった。
「し、失礼しますっ!!!」
あまりの恥ずかしさに、エルは怒ったような声で言うと、逃げるように部屋を後にした。そんな彼女を、メルヴェーユは笑いながら見送る。
顔を真っ赤にしながら出てきたエルを、ショコラは不思議そうな顔で出迎えた。
「あれ、エルさんどうしたの?顔赤いよ?」
「い、いえ、何でもありません。とにかく、早く目的地に向かいましょう」
「それもそうだねー。それじゃ、アスモデに戻ろー!」
小さなお尻と尻尾を振り振り、とてとてと走っていくショコラを眺め、エルはメルヴェーユの言葉を思い返していた。
―――ま、まあ、確かにレッドさんにお願いするなんて、とてもできない…。
恥ずかしくて言えないのはもちろんのこと、もしそんなことをされれば最後まで理性を保てる自信がなかった。
―――大きくするだけなら、ショコラさんに頼んでもいい……かな?
何だか道を踏み外しているような気がしつつも、ついついそんなことを考えてしまうエルだった。