「えっ……! ウルク様、あの、それはどういう……」  
 
朝食を終えたあとの中庭。  
ここには今私とウルク様、給仕を務める侍女さんの三人しかいない。いつもはここにフェリオさんもいて、食後のお茶を楽しみつつ今日の予定を語り合うはずなのに今日はいない。  
最近騎士団の宿舎に顔を出していないとのことで朝からライナスティさんと連れ立って行ってしまった。  
なんでも増員された王宮騎士団の訓練がうまくいっていないため手伝いをしに行くとのことだ。  
そして、私はまばらとはいえ人通りのあるここでウルク様からとんでもないことを訊かれていた。  
 
「その、リセリナ様はフェリオ様にいつもどういうふうに抱かれているのですか?」  
 
聞かれた私も恥ずかしいが、訊ねて来たウルクさんの顔もほんのりと赤く染まっている。  
彼女もやはり恥ずかしいようだ。  
侍女のティアナさんなんかものすごく居心地が悪そうにしている。  
 
「あの、その……すごいです」  
 
混乱した思考のまま、正直に答えてしまった私を誰が攻められようか。  
なぜ日も明るいうちから中庭でこんな話をしているのか理解不能だ。  
 
ラトロアから無事に帰還した後、ウィータからアルセイフへ特使として滞在している"聖姫"ウルク様と乱世の英雄"王弟"フェリオさん、"戦姫"の私が恋仲になって久しい。  
『先に第一婦人となるのは聖姫か戦姫か?』などと講談師の話題となることも少なくない。  
下世話な噂話のようにフェリオさんの寵愛を争うようなことはないし普段から仲は良い。  
今まで褥のことにふれてくることは無かったのに、それが今日、突然、それもこんな場所でこんなストレートに突っ込んでくるなんて……  
 
「あ、あの、ウルク様。わ、私は、別に、その……」  
 
自分でもなにを言っているのかわからないぐらい混乱してしまう。  
思わず"そのとき"のことを思い出し、顔がとにかく熱くなってきた。  
内乱で目覚しい活躍を見せたフェリオさんは民衆の皆さんにもとても人気が高い。  
フェリオさんの傍で戦っていた私も講談師の方々のおかげか好意的に受け入れられている。どちらが正妻となってもアルセイフの民衆の皆さんは暖かく祝福してくれるはず。  
混乱のあまりこれはもしや正妻の座につくために牽制しているのかとあることないこと勘ぐりはじめた私を見てウルク様が慌てる。  
 
「あ、誤解なさらないで下さい……ただ純粋に聞きたいのです。フェリオ様って、その……リセリナ様に対してはどうなのかなぁって」  
 
なんと返事を返したらよいものか。沈黙がその場を支配する。  
 
「実はですね……」  
 
居心地の悪い沈黙を破ったのはウルク様だった。なんともいえない表情でぽつぽつと話す。  
 
「わたし、ちょっと困っているんですよ……」  
 
「困ってるん…ですか?」  
 
「ええ。あまりにフェリオ様が、その、強すぎて……」  
 
わかります。よくわかります、ウルク様。  
 
「普段はその、鈍いといわれてもしかたのない人だから、乗馬や午後のお茶には私から誘うのですけど…  
夜のほうは誘うなんてはしたないことできないでしょう?それを知ってか知らずかごく自然に褥に呼び込まれてしまって…  
比較対象が姉さまから聞いた話でしかないのですけど、とても上手いし、剣術を学ばれていたことで体力もあるし……」  
 
ふうっと物憂げにため息を吐く。  
 
「昨夜なんてもう、何回――その、されたかわからないのです。最後には気絶までさせられて……」  
 
「それで今日はそんなに疲れた顔をしていらっしゃるんですか…」  
 
納得です。  
 
「でもわかります。私も、フェリオさんに抱かれたら毎回のように失神させられますから」  
 
「毎回っ!?」  
 
驚いたようにウルク様が言う。そして、敏感なのですねぇ、と感心したように…あるいは羨ましそうにそう呟いた。  
 
自分が羨ましそうに呟いたことに気づいたのか軽く目を泳がせるとウルク様はさらにとんでもないことを訊ねて来た。  
 
「あ…、あのですね、リセリナ様が褥に向かう際に注意していることは何かありますか?」  
 
今日のこの人は何故答えにくいことばかり聞いてくるのだろうか。  
まだお昼にもなっていないうちから中庭でする話ではないと思う。絶対にそうだ。  
 
というか今私の目の前で恥じらっているのは本物のウルク様なのか。  
もしや別人の変装? 昨晩の疲れで頭が巧く回っていないのかもしれない… それともシアに人格操作された後遺症?  
 
いろいろと失礼なことを考えていると私のじとっとした視線に耐え切れなかったのかウルク様がぽっと赤面する。  
 
「わ…私の場合はですね、今日こそは気絶しないようにしよう!とか今夜こそフェリオ様に翻弄されないようにしよう!と毎回決意しているのですけど…  
その…失敗続きなのです…我が身の恥を晒すようですが何かしら対策があればぜひお聞きしたくて…」  
 
何となくだがウルク様の気持ちは理解できないこともない。  
 
私のかつての故郷、御柱の向こうの世界では日々生き延びることだけで精一杯。  
とてもじゃないが愛だの恋だのといった夢見がちなことに現を抜かしている余裕などは無かった。  
 
一方ウルク様の方はジラーハの民衆の皆さんに大人気だったけれどそれがイコール恋愛と結びつくことは無い。  
神官同士の茶話会や貴族階級の方が主催する晩餐会などに出席していても参加者の男性から向けられるのは『神姫の妹』という高嶺の花・あるいは立身出世への足がかりを見るものばかりだったと聞いている。  
 
私たちの恋愛方面の経験値が低いことは解りきっている。  
"初恋は実らない"というジンクスが的中しなかったことは喜ばしいけれど無邪気に喜んでもいられない。  
一緒の時間を過ごすのも、手を繋ぐことも、口づけを交わすことさえも一歩一歩手探りで進んできた私たち二人にとって閨事なんて五里霧中にも程がある。  
フェリオ・アルセイフと言う名の底なし沼に首まで浸かっている私たちは、例え手を伸ばした先にあるのが藁であろうと罠であろうとそれに縋るしかないのだ。  
 
「私は特にそういうことは考えていないです。強いて言うなら"最中"に昇華しちゃわないように祈ってからフェリオ様のお部屋に行くくらいです」  
 
私の返答にウルク様が不思議そうな顔をする。  
 
「昇華と言うと…戦っている際に力量が上がるというあれですか?」  
 
「それです。そもそも昇華はですね、普通の人が全身全霊をかけてようやく一瞬発揮できるような力を自由自在に扱えるようにするものなんですよ」  
 
「そういう仕組みのものなんですか…え?でもそれってあまり房事には関係ないような…」  
 
「そうですね。普通はそうです。でも私の場合昇華を自分の意思で扱うことができないんです。極度の緊張や興奮状態に陥ったり切羽詰った恐怖心や切実な命の危険が迫ったときに勝手に昇華してしまうんです。  
その…フェリオ様にですね、愛してもらっているときに…恥ずかしかったりするのが限界を超えちゃうと昇華…しちゃうんです」  
 
私のストレートな告白にウルク様は口をあんぐりと空けたまま固まっている。こんな間の抜けた顔をしていてもそれが可愛く見えるんだから美人はトクだなぁとつくづく思う。  
脇道に逸れていく私の思考に相反するように現世に帰還するウルク様。ぽかんと口を開けていたことに気づいたのか恥ずかしげにおほんと咳払いするおそるおそる尋ねてくる。  
 
「そんなに…その…"最中"は大胆なんですか?フェリオ様は…?」  
 
その問いに対する返答は一つしかない。  
 
「ラトロアのラボラトリに潜入したとき以上にあんなに真剣に『もうダメ死んじゃうッ』と思うときが来るとは夢にも思いませんでした…」  
 
一瞬眼を瞠った後心底同情したような眼差しでこちらを見てくるウルク様。同情するなら対策をくれと言いたい。  
 
「本当…どうしたら良いんでしょうか…?」  
 
「私に聞かれても…」  
 
顔を見合わせて深々と嘆息する。  
 
「こんなこと相談できる方って…いません…よねぇ?」  
 
「ニナ様やソフィア様に相談するわけにもいきませんし…やはり姉様にお聞きするしか…」  
 
「それしかないんでしょうか… あ!でも神姫へのお手紙って検閲されるのでは…? それにノエル様に相談を持ちかけるとカシナート司教にも伝わってしまうんじゃないでしょうか?」  
 
「!! その事をすっかり忘れてました…あぁどうしたら…」  
 
二人揃って頭を抱える中、今の今まで心底居心地悪そうにしていたティアナさんが呆れたように私たちを嗜める。  
 
「お二人とも、深く悩まれているのは分かりますが人目のあるこのような場所で"生々しい"お話は控えた方がよろしいかと。少々…いえ、率直に言ってはしたないと思いますよ」  
 
「はしたないってそんな…」  
 
「わ、私たちにとっては切実な問題なんですよ!?」  
 
「ですから、尚更中庭で話すことではないでしょう?ご結婚のことで注目されていますし、不用意なことは自重してくださいませ。  
 できればお二方の部屋で信用の置ける方とご相談なさった方がよろしいのでは?」  
 
私とウルク様は揃って目を瞬かせた後、こくこくと頷いた。  
そしておもむろに立ち上がると忠告が聞き入れられたことに安堵していたティアナの両脇を二人でがっしりと抱え込む。  
 
「あの、如何して私の腕を掴んでいらっしゃるのですか、ウルク様?」  
 
「確かに中庭でするようなお話ではありませんでしたね。早速ですが私のお部屋に参りましょうか、リセリナ様?」  
 
「ええ、そうですね、まだ王宮に来て日が浅いのに妙な噂の元になるようなことは慎まないと。  
あぁ、ウルク様のお部屋はシアがお昼寝してるでしょうから私の部屋にしませんか?ちょうど侍女さんが掃除を終えたころでしょう」  
 
「リセリナ様も、何故私の腕を取られるのですか!?」  
 
「「何故って…」」  
 
「ティアナさんが仰ったことではありませんか。中庭から私室へと相談の場所を変えるのですよ?」  
 
「それに、私たちにとってティアナさんは信用できる方ですし、ここまで聞かれたからには巻き込んでしまおうかと」  
 
「何を不吉なことを仰られているんですか!?私は了承していませんよ!? あぁお茶もクルスタムも出しっぱなしのまま…」  
 
「まぁまぁ、それはそれ、これはこれ、私たちの直面している危機に比べれば些細なことです。きっとウィータの神もお許しになることでしょう」  
 
「そうですね。大いなる大地の恵みを司るフォルナム神は出産や育児に関わることにも加護を授けてくださるそうですし。善は急げですよ、ティアナさん」  
 
「誰かー!聖姫と戦姫がご乱心です!誰かー!!」  
 
 
  世はなべてこともなし。  今日も今日とてアルセイフは平和だった。  
 

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