「……ふうっ」
王城の中庭をしばらく走ってきたウルクは築山の傍で脚を緩めた。同時に走り出した
ソフィアの姿はもう遥か前方に離れて、角を曲がって木立の向こうへ。
手首で脈拍を測りながら、早めの歩調で築山の周りを巡る。一回りしたらまた走る。
この「間隔をとって訓練」を教えてくれたのはリセリナだ。
結婚してから10年、妊娠中と産後を除いてウルクはこの午後の日課を続けてきた。
今でも体力ではフェリオやリセリナには全く敵わないが、結婚前に比べるとずいぶん強くなったと思う。
結婚前というのはウルクではなくリセリナが結婚する前、フェリオの妻がウルクひとりだった
短い期間のことだ。
あの頃は大変だった。何度か泣いてフェリオに詫びたものだ。
そんなことを思い出しているうちに築山を一周して、再び走り出す位置についた。
走り出す。
リセリナが教えてくれたとおり、わずかに苦しくなる程度の速さまで上げて走る。
たいした速さでは無いのだが、思い出に浸る余裕は無い。ほどよく固い土の上を息を弾ませて走るのは
苦しくはあるけれど、心地よい。
しばらく走ったところで中庭を一周してきたソフィアに追いつかれた。
「ふぅ……義姉さま、ありがとうございました」
走った直後に急に止まってはいけないと言うリセリナの教え通りに、早めの歩調を保ちながら汗をぬぐう。
「どういたしまして」
答えたソフィアは汗びっしょりのウルクとは違い、額に小さな粒状の汗をかいているだけだ。
動きやすい服装のせいで王妃の引き締まった体の線が目立つ。ウルクも太っているわけではないが、
少し羨ましい。
ウルクも夫婦仲の良さでは国王夫妻と変わらないと思うが、ソフィアは寝室でブラドーに手加減を願った
ことは無いだろう。
「ありますよ?」
「も、申し訳ありません」
ウルクは自分が呟いていたことに気づいて赤面した。鷹揚に笑うソフィアの表情は、このところブラドーに
似てきた気がする。クラウス夫妻のような仲の良い夫婦にはあることらしい。
自分やリセリナもフェリオに似てきているのだろうか?
体力だけでも近づきたいものだと思う。たとえば、朝まで意識が持つように。