顔を洗い終えて――ついでにニンフといちゃいちゃし終えて――居間に向かうと、既に朝食の用意ができていた。  
 
 ちゃぶ台の前では、用意が終わって暇だったのか、イカロスが人形を弄って待っていた。  
 つい先日までこけしの首を外したりつけたりしていたのだが、どこから掘り出してきたのか最近は智樹が子供の頃に遊んでいたロボットが気に入っているらしい。  
 剣から槍、ハンマーから分銅まで多彩な武器が売り。  
 五体の鳥型戦闘機が合体して生まれる一昔以上前の戦隊一号ロボである。  
 
 正直、番組自体は智樹が生まれる前に放送されていたこの戦隊のロボがなぜ家にあるのかは大きな謎だ。  
 
 それはさておき、朝食である。  
 白米はふっくら、塩鮭は焼き加減も絶妙で皮の焦げた香りもかぐわしく、ほうれん草のおひたしは青菜の香りに鰹節の風味が最高のアクセントになっている。  
 豆腐の味噌汁は明らかに味噌も豆腐も智樹が一人暮らしをしていた頃とは別物で、これだけでご飯一膳平らげられそうなほどのもの。  
 漬物も出来合いのものではありえない糠の香りからするに、自家製だろう。  
 イカロスが糠床をかき混ぜているところなど見たことも無いが。  
 
 そんなこんなで、イカロスの手になる朝食は今日も大変に美味だった。  
 
 しかし、桜井智樹はそんな朝食を堪能するときでもイカロスとニンフへのちょっかいを忘れない。  
 手が届きそうなところにある漬物をわざわざニンフに取って貰い、ほんの少しだけ指先でニンフの手に触れて赤くさせたり、何の脈絡もなくイカロスに「今日の朝飯、美味いな」などと言って赤くさせたり。  
 
 そうしているうちに、(主に智樹一人にとって)楽しい食事は終わりを告げる。  
 
 イカロスに片づけを任せ、学校へ行く仕度を整える。  
 着替え中に窓越しにそはらが声をかけてきたので、窓を開けて軽くセクハラ発言をしたら真っ赤になって色々物を投げられた。  
 さすがに彫刻刀は勘弁してもらいたいのだが。  
 
 準備を終えて出掛けるころになると、イカロスが台所で食器を洗っている傍ら、ニンフはさっそくお菓子を取り出してテレビタイムとしゃれ込んでいた。  
 まるで休日の熟年夫婦のようである。  
 ちなみに、智樹とイカロス達の生活は爛れたハーレムのようである、という報告が守形から会長に上げられている。  
 
 閑話休題。  
 
 今日はイカロスが家事に専念するらしいので、久々にそはらと二人だけでの登校となる。  
 いかにも幼馴染らしい、他愛のないことを喋りながらぷらぷらと歩いて学校へ向かう。  
 このまま行けば、それほど余裕はないが充分遅刻せずに学校へ着けるだろう。  
 
 何事もなければ、の話ではあるが。  
 
「あっ!」  
「ん?」  
「あ、アストレアさん」  
 
 田舎らしい、未舗装の道の脇にある森の下草を掻き分けて、アストレア参上。  
 あちこち葉っぱやら枝やらを突き刺しつつ腕の中に怪しいきのこや野草を抱えているところを見るに、また森の中で食べられるものを探していたのだろう。  
 すっかり貧乏野宿暮らしが板に付いたもんである。  
 
「……っば!」  
「ば?」  
 
 そして、出てきて早々片手で智樹を指差し、一言。  
 
「バーカ!」  
「なっ、誰がバカだ! バーカバーカ!」  
「バーカバーカバーカ!」  
「バカバカバカバーカ!」  
 
 大体こんな感じで、アストレアに一言バカと言われればそのままバカという言葉がゲシュタルト崩壊を起こす勢いで低レベルな罵りあいが発生する。  
 
「バーカバーカ!」  
「バーカバーカバーカ!」  
「あっ、ともちゃん!?」  
 
 アストレアが森のほうへと向かって駆け出したので、智樹はその後を追いかける。  
 
 多分、学校は遅刻になるだろう。  
 
 
「ふっふっふ、追い詰めたぞ、アストレア!」  
「……くっ、ば、バーカ!」  
 
 森の中、ひときわ大きい木に背をつけて、こちらを睨みながらもまだバカバカ言ってくるアストレア。  
 最近はこれがアストレアの鳴き声なんじゃないかと思うようにもなってきた。  
 未確認生物だし、そのくらいあってもおかしくないかもしれない。  
 
 ゆっくりとアストレアに近づき、顔の横に手を付いて逃げられなくする。  
 お互いの顔の距離は近く、アストレアの顔がだんだんと紅潮してくる様子がとてもよくわかる。  
 
「……アストレア」  
「なっ、なによ、この……バー……んふぅっ!?  
 
 この期に及んでまだ言い募ろうとするアストレアの口を閉じるため、その唇を唇で塞いだ。  
 
 どうやら、アストレアがバカバカ言うのは、キスして欲しい合図だと最近気付いた智樹である。  
 
「んんーっ! んー! ……んちゅっ、ちゅぷ……な、なにふぉ……ばー……んんっ」  
 
 体を揺すり、なにやら言い募ろうとするアストレアだったが、智樹はかまうことなく唇を奪い続ける。  
 そもそも人間の腕力でエンジェロイドを押さえつけておけるわけもないのだから、抵抗とはいっても形だけのものである。  
 
「ふーっ、ふーっ、……ん、ちゅぅ……んむっ、むぷっ……ちゅぱっ」  
 
 そうしてキスを続けるうち、だんだんとアストレアの抵抗が弱まり、今度は積極的に舌を絡めるようになってくる。  
 
 こうなれば、後は任せておけば良い。  
 
 さんざん「自分で考えろ」と言ったりしたせいか、アストレアは自分からキスをしてくるのが好きなようである。  
 とは言っても、キスのテクニックにはまだまだ拙いものがある。  
 度々口を離してぜいぜいと息継ぎをしなければならないほどに熱中してしまうし、イカロスやニンフのようにねっとりとした絡みつく舌の動きは期待できない。  
 
 しかしそれを補って余りあるほどに、アストレアのキスは貪欲だ。  
 
 今もそう。  
 さっきまで智樹がアストレアにキスをしていた形だったのに、今ではアストレアが智樹の顔を掴んで体の位置も入れ替えて木に押し付け、貪るように舌を口内で蠢かせている。  
 
 歯列の一本一本まで舌を這わせ、歯茎をつつく。  
 舌を捕らえては自分の口の中にすすりこんで、たっぷりと唾液をなすりつけながら唇をすぼめて舌をしごき上げる。  
 
 真っ赤に染まった顔で目をきつく瞑り、いっしょうけんめい、という言葉そのもののようにキスを求めてくる姿には、行為の淫らさとは裏腹な微笑ましさが感じられた。  
 
 ちなみに、イカロスやニンフと一緒のときにアストレアとこういうキスをすると大変なことになる。  
 二人とも張り合って、ただでさえキスが上手いというのに際限なく智樹の唇を求めてくるので収拾がつかなくなったことが今までに何度かあった。  
 
 そうしてしばらくアストレアの好きにさせていたが、そのうち智樹も自分からアクションを起こしたくなってきた。  
 息継ぎのために顔を離して、再びキスをしようとしたところで狙いを外し、頬を舐めまわしてきているアストレアに、そろそろ反撃をするとしよう。  
 
「んぐっ、ぷふ……んちゅぅ……んおっ!? れろっ、るちゅ……ふぁに……れぇあああ」  
 
 柔らかい舌を長く伸ばしてべっとりと頬に這わせるアストレアから一端顔を離し、空中に突き出されたアストレアの舌を、自分の舌で捕まえた。  
 ちょうど二人の顔の間の空間で、お互いに限界まで突き出した舌同士が絡みあう。  
 まるで異形の生物の交尾のようにも見え、森の中の清涼な空気に似合わない淫靡に過ぎる光景が、文字通り目と鼻の先で繰り広げられている。  
 
 アストレアはこういうのも気に入ったのか、うっとりとした表情で絡み合う舌を見つめている。  
 智樹も同じく興奮していたが、同時にこうも考えていた。  
 
 油断したな、バカめ。  
 
「れろっ、んふぁ……っちゅ。……んぐっ!? ふぁああああああ!?」  
 
 機嫌良く蠢かせていたアストレアの舌を、智樹はいきなり自分の口の中に引きずり込んだ。  
 アストレアの口に喰らいつくような勢いで舌を口内へと飲み込み、そこで今までのお返しとばかりにたっぷりと弄ってやる。  
 
 アストレアの舌に絡みつくお互いの唾液は全て吸い尽くし、外気に晒されて乾き、ざらつく表面の感触を唇で確かめる。  
 逃げ出そうとするアストレアの動きは舌の根元を軽く甘噛みして抑え、口の中一杯に溜めた唾液の中でアストレアの舌を溺れさせる。  
 
 そうして、たっぷり楽しんだ後はアストレアの口の中に戻っていく舌と一緒に自分の舌を差し込み、溜めた分の唾液を全て流し込む。  
 アストレアがどうしたらいいのかと混乱している間に、口腔内に溜まった唾液をアストレアの舌ごと攪拌して楽しんでいたが、色々と覚悟を決めたのか飲み込み始めたので、おとなしく引いてやることにする。  
 
「んぐっ……ごきゅ、ごきゅ……っはぁぁぁ〜……」  
「ぷはっ……」  
 
 力が入らなくなったのか、地面に膝を付いて肩で息をしているアストレア。  
 智樹のほうもなんだかんだでキスに没頭していたのでかなり息が荒くなっていた。  
 
 智樹は木の幹に背中を預けて呼吸を整え、アストレアはその目の前でへたり込んでいる。  
 智樹から見えるアストレアの白い肌は赤く上気していて、朝の光に透ける金髪とまばゆいばかりの白い翼が見事なコントラストを示している。  
 
「はぁ……はぁ……アストレア」  
「ふ……ふぅっ……な、なによぅ」  
 
 声をかけられ、智樹を見上げるアストレアの視線にはキスの後半でいいようにもてあそばれた羞恥と屈辱の色が見て取れる。  
 唇をへの字に引き結び、上目遣いで睨んでくる姿は小さな女の子が拗ねているようで、智樹の胸中にかまってやりたいという心を芽生えさせる。  
 智樹はゆっくりとしゃがみこんでアストレアと目線を合わせ、一言。  
 
「おはよう、アストレア」  
「っ! ……お、おは……よう。……バ、バーカ!」  
 
 それでも懲りずに罵るアストレアだったが、赤くなった顔を逸らし、横目でちらちら見ながら言っていては智樹を喜ばせるだけだと気付くのにはまだまだ時間がかかりそうである。  
 
 こういった登校風景も、週に二度は繰り返されている。  
 

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