桜井智樹の朝は、イカロスから始まる。  
 朝、目が覚めたとき、毎日毎朝寝顔を覗き込むイカロスの顔を視界一杯に納めるのが、智樹の目覚めの合図である。  
 
 以前はそのまま説教に雪崩れ込んでいたのだが、諸々のイベントを経た結果、最近のイカロスはそのまま智樹とキスをするまで動かなくなった。  
 エンジェロイドとしての性質かはたまた矜持か、智樹の手で引き寄せられるか、一言許しの言葉がなければ口付けることはない。  
 だが、初めは「両手」を付いて顔を覗き込んでいたのがいつのまにやら「両肘」を付いて顔を覗き込むようになっているので、そのうちイカロスにキスをされながら目覚めるようになるかもしれない。  
   
 ともあれ、ここ最近はそんな起き方をするのが日課となっている。  
 
 だがせっかくなので、今日は少し焦らしてみることにした。  
 
 じっと見つめてくるイカロスから目を反らさず、こちらからもじっと見つめ返す。  
 すると、最初は戸惑ったような表情を浮かべて――いるような気がして――いたが、だんだんとうろたえるような表情になってきた――ようにも見える――。  
 夜にはあれだけ可愛い声も上げられるのに、やっぱり基本無表情なイカロスである。  
 
 そんな様子を観察していると、しまいには顔を赤くしはじめ、目が涙で潤み始めた。  
 そろそろ少しかまってやることにしよう。  
 
「んっ……?」  
 
 まっすぐ顔を覗き込んでくるイカロスの額に手をやって、前髪を払ったり、梳いたり、撫でてみたり。  
 そのたびに表情こそ変わらないものの、もじもじとくすぐったそうに動くのが面白い。  
 
 もう片方の手も参戦させてみる。  
 顔の横についている手の甲に指を這わせ、そのままゆっくりとイカロスの腕に指先で触れながら上っていく。  
 こっちもくすぐったいのかぴくぴくと震え、眉間にわずかだが皺がより始める。  
 
 それでも振り払おうとすることはなく、頬に手を添えてやれば嬉しそうにすりすりと頬擦りをしてくる。  
 なんというか、落ち着きのある大型犬を撫で回しているような気分になれる反応だった。  
 
 イカロスの肌はきめ細かくすべすべで、こうして触れているだけでも心地よく、結構楽しい。  
 
 だが、何か訴えるような眼差しは変わらない。  
 
 さすがにこれ以上焦らすと泣きが入るかもしれないから、許しを出すとしよう。  
 
「イカロス」  
「……はいっ! マスター」  
 
 一言名前を呼ぶだけで、イカロスは許しが出たのだと正確に理解する。  
 返事は、とても嬉しそうな声――に聞こえた――。  
 
 ゆっくりと顔を近づけながらまぶたを閉じて、そっと自分と智樹の唇を重ねるイカロス。  
 イカロスはどうやらゆっくりと優しいキスをするのが好きらしく、啄ばむように唇をこすり付けてくる。  
 
「はぷっ……ん、……んん〜、はぁ……んっ」  
 
 智樹の頬に手を添えて唇同士を擦り合わせ、舌でくすぐり、吸い付いて、と思うがままにキスを続けるイカロス。  
 ゆっくりと後ろ髪を梳くように頭を撫でてやると、喉の奥から嬉しそうな吐息が漏れて、智樹の頬を滑っていく。  
 
 これはこれで大変心地良いのだが、イカロスは放っておくと比喩でなくいつまでもそうしてくるので、そろそろ終わらせようと考える智樹。  
 智樹を潰してしまわないようにと、おっぱいは擦りつけつつも体重がかからないよう体を離していたイカロスの腰と背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。  
 体に圧し掛かってくるイカロスの体重とぬくもりを感じながら、回した腕にさらに力をこめる。  
 
 驚いたイカロスは反射的に体を離そうとするが、後頭部の手で頭を掴んで今度はこちらから唇を奪っていく。  
 
 隙間に舌をねじ込んで、奥にあるイカロスの柔らかい舌を絡め取る。  
 最初は抵抗の様子を見せていたイカロスも、頭を離そうとするのを無理矢理押さえつけてディープキスをしているうちに目を蕩けさせ、積極的に舌をからめるようになってくる。  
 実は、イカロスはこうして半ば無理矢理のようにされるのが一番好きなようだ。  
 
「ちゅっ、んちゅ、ちゅぱっ、じゅる……あ、まふふぁ……はぁぁ……んっ」  
 
 そういえば、寝起きで喉が渇いていたな、と思い出した智樹は、イカロスの舌を軽く吸う。  
 それだけで智樹の望みを察したイカロスはしばらく舌を引っ込めてもぐもぐと口を動かし、次に舌を差し込むときにはたっぷりの唾液を流し込んできた。  
 
 智樹はイカロスにも聞こえるようわざと大きな音を立てて、全て飲み干した。  
 その後、今度は体を入れ替えてイカロスを布団の上に組み敷き、逆に自分の唾液をイカロスの口へと注ぎ込む。  
 イカロスは躊躇なく、むしろ待っていたとばかりにそれを飲み、もっと、とねだるように智樹の口の中に舌を差し込んだ。  
 
 だが、それに応えていては本当に際限がない。顔を離す。  
 
 頬は赤く染まり、目は蕩け、だらりと口からはみ出たイカロスの舌からは、智樹の舌へと繋がる透明な唾液の糸が伸びていた。  
 
「はぁ……はぁ……おはよう、ございます……マスター」  
「ん、おはよう、イカロス」  
 
 毎日大体こんな感じで、桜井智樹の一日は始まっている。  
 

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