ようやく本来の目的だったリンゴを買う事が出来た智樹は帰路についていた。  
 (は〜・・・今日はなんだか疲れたな・・・)  
 アストレア、ハーピィ、イカロス・・・  
 眉目秀麗のエンジェロイド達に好意をもたれてまんざらでもなかったが、それでも疲れるものは疲れる。  
 しかもニンフにモテ男ジャミングを解除してもらうまでその効果は続く。  
 (あいつの風邪がすっきりするまで、部屋に閉じこもったほうがいいかもな)  
 できるだけ今日はエンジェロイドとの接触を避けたい智樹は帰ってから今日一日部屋に閉じこもる決心をした。  
 そんなとき、  
 「ねぇ、愛をおしえてあげようか?」  
 耳元で声が聞こえたと同時に背中に強烈な痛みが走った。  
 「うぐ・・!!」  
 とっさに振り返る。  
 振り返った先には・・・あの修道服を着た第二世代エンジェロイドがいた。  
 「お・・・お前なんでここに・・・!?」  
 激痛によってしゃべるのもはばかれたが、それでもそうしないとその瞬間に殺される気がしたので智樹は話し続けた。  
 「イカロスが・・・海に沈めたって・・・」  
 「・・・」  
 しかし無言のカオス。  
 いつもなら醜悪な笑みをしているカオスがぽかんと口を開けたまま微動だにしていない。  
 (そっか、こいつもモテ男ジャミングの影響で・・・ならせめてもっと優しくしてくれよ・・・)  
 ついに限界が来たのか智樹はそこで意識を手放した。  
 
 「う〜ん・・・ここは・・・?」  
 目を覚ました智樹は体を起こし辺りを見回した。  
 どうやらここは公園で、自分はベンチで眠っていたらしい。  
 「あれ?なんで俺公園に?たしか家に帰る途中で・・・っ!?」  
 そこで智樹は自分にあったことを思い出した。  
 (そうだ!確かカオスにあって・・・それで背中を何かで刺されて・・・)  
 おそるおそる背中に手をやる智樹。  
 しかし服が破れていて背中に触れた感触はあったが、手に血はついていない。  
 それどころか痛みすら感じない。  
 不思議に思った智樹は背中を見ようと思い振り返ると、面妖な笑みを浮かべているカオスと目がばっちり合った。  
 「うあぁ〜!!」  
 思わずのけぞった智樹はベンチから転げ落ちた。  
 今度は確かに背中に痛みが走った。よってこれは現実。  
 智樹が驚いた顔でカオスを見つめていると、彼女はゆっくりとベンチを乗り越えて智樹に顔を近づけた。  
 「私が傷を治したの。えらい?」  
 まるで幼子が親に褒められるのを期待するかのごとく顔を輝かせていた。  
 「え?あ、あぁ・・・ありがとな、カオス」  
 智樹はもとあと言えばお前のせいだろ!、とは思ったものの恐怖からかそう答えてしまった。  
 「ほめられちゃった」  
 カオスは先ほどよりも口の端を三日月状に吊り上げ、さらに智樹に顔を近づけた。  
 「じゃあ愛をあげるね?」  
 「は?」  
 その途端、カオスの拳が智樹の顔面めがけて飛んできた。  
 そはらによって耐性ができていたため、智樹はその拳を瞬時によけることができた。  
 カオスの拳はものすごい音とともに、一秒前まで智樹の頭があった地面にクレーターをつくった。  
 「な、なにすんだよっ!!」  
 「え?だって痛みを与えることが愛なんでしょ?」  
 「は?」  
 「イカロスお姉さまがそういってたの」  
 智樹はショックを受けた。  
 痛みを与えることが愛・・・?それをイカロスが・・・?  
 あわてて聞き返す智樹。  
 「イカロスが・・・そういったのか?」  
 「うん。イカロスお姉さまがますたーのことを考えると動力炉に痛みが走るって。だから私思ったの。痛みを与えることが愛なんだって」  
 カオスがさらりと恐ろしいことを言った。  
 「だから・・・愛(痛み)をあげるね」  
 語尾に音符でも付きそうな意気揚々とした声でカオスは智樹に死の宣告をした。  
 
 「ま、まてまてまて!!!!!」  
 「なぁに?」  
 「イカロスがどういう意味で言ったかは知らんがそれはまちがいだ!」  
 智樹はなんとか最悪の事態を免れようと必死だった。  
 「じゃあ、なぁに?」  
 無垢な目で訊ねてくるカオス。  
 ここで間違った答えを出せば確実に殺される。  
 半ばパニックになりかけながら智樹は必死で考えた。  
 「それは・・・好きな人と一緒にいたいとか・・・まぁそんな感じのことであって、決して痛みを与えるのとは違うからな!まぁなかにはそういうのが好きな人もいるが、俺は断じて違うからな!」  
 後半は意味不明になったが智樹は必死に照れくさい事をいった。  
 「一緒に遺体?」  
 「一緒に日常を過ごしたいと思う事!!」  
 なにやら嫌な変換をされたと思い、智樹は恥ずかしい事を大声で繰り返す羽目になった。  
 「一緒に過ごす?じゃあエンジェロイドにとってますたーとずっと一緒にいることが愛なの?」  
 エンジェロイドにとってマスターと・・・  
 智樹はここでもエンジェロイドの悲しい性を思い知らされた。  
 「[マスター]じゃない。お前が本当に一緒にいたいと思う人だ」  
 「?ますたーでしょ?」  
 「・・・なら一度その鎖を引きちぎって自分でマスターを選べ。そしてそいつと一緒にこれからを過ごすんだ」  
 やはりエンジェロイドにとってマスターとはなくてはならないものなのか。  
 「自分で選ぶ?」  
 「そうだ。自分からマスターになってほしい人にインプリンティングを頼むんだ。ちゃんと考えてから決めるんだぞ?」  
 まるで親にでもなった気分で智樹はカオスを諭した。  
 カオスもきっといいマスターにめぐり逢えたらもうイカロスやニンフを傷つけることはしないだろう・・・  
 「それならもう自分からいんぷりんてぃんぐしたよ♪」  
 「え?もう?」  
 まさかあのろくでもない奴に自分からお願いしたのか・・・?  
 しかし突然智樹の頭にある可能性がよぎる。  
 (そいやぁコイツ、さっきから俺のこと一度も名前で呼んでないよな・・・ま、まさかっ!?)  
 智樹は自分の掌をみて鎖をイメージした。  
 通常なら掌に鎖が出現し、それがイカロスの首輪にまで伸びるはずだ。  
 ・・・まぁここにはいないが、きっと自分の家に向かって伸びていくはずだ。  
 智樹が鎖をイメージすると掌に鎖が現れ、それはするすると伸びていき、あるところに行きついた。  
 最悪の可能性が現実となった瞬間だった。  
 「ますたー?」  
 智樹はついにイカロス以外のエンジェロイドとインプリンティングしてしまった。  
 
 「な・・・なんで・・・?」  
 智樹はもうなにがなんだかわからない状態だった。  
 カオスは対照的にこれでもかというくらいに口の端を吊り上げて笑っている。  
 「ますたーが眠っているときにいんぷりんてぃんぐしたの」  
 はっきりいってこれは智樹にとって非常にまずかった。  
 まず第一にカオスのマスターになったという事はカオスと一緒に暮らすことを強制される。  
 幼い女の子を家に連れ帰る。  
 警察、学校、会長、そはら・・・  
 誰に見つかってもジ・エンドである。  
 そして・・・イカロス以外のエンジェロイドとインプリンティング(しかも無断で)。  
 ニンフやアストレアならイカロスも分ってくれるだろう。  
 しかし・・・  
 ハーピィのときを思い出す。  
 あのときはインプリンティングしていなかったからまだ事は小さくて済んだ(まぁハーピィ達は・・・)。  
 しかしこの自分の掌とカオスの首輪をつなげている鎖。  
 確実にマズい・・・  
 (やはりここでカオスにたのんでこの鎖を・・・)  
 「どうしたの、ますたー?」  
 (うわぁ〜!!こんな純粋な眼でみられたら・・・俺は・・・俺はぁぁぁぁぁぁ!!!!!!)  
 こんな子を突き落とすようなことを智樹には言えなかった。  
 よって・・・諦めざるを得なかった。  
 「そっか、それなら・・・これからよろしくな、カオス!」  
 「うん!」  
 「それから!家に帰ったらイカロスとニンフにちゃんと謝るんだぞ!」  
 「どうして?」  
 「どうしてって・・・この間二人を散々傷つけただろ!悪いことをしたんだから謝りなさい!」  
 「ますたーがそういうのならそうする〜」  
 まるでわかっていないようなカオスだったが、智樹はまぁこれからいろいろと教えていかないとなと思った。  
 智樹は立ち上がって先ほどからカオスが持っていたリンゴを受け取り、もう片方の空いている手をカオスに差し出した。  
 それをきょとんとしながらみつめるカオス。  
 「手、つないでかえろうか」  
 それを聞いてカオスはまた口を三日月にして手を握り返した。  
 (はぁ〜娘を持つ父親ってこんな気分なんだろうな〜)  
 少しだけ幸せな気分に浸る智樹。  
 (なんでだろ?コイツは娘みたいなものなのに・・・まるで愛人と一緒に家に帰る気分だ・・・)  
 智樹はこれから起こるだろう修羅場を想像しながら再び帰路についた。  
 
 

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