モテ男ジャミング〜修羅場へん〜  
 
・・・コトッ・・・   
イカロスがみんなにお茶を配り終えた。  
・・・スッ・・・  
そのままイカロスが音も立てずに静かに座る。  
もうかれこれ5分間誰一人として言葉を発していない。  
・・・ちらっ・・・   
智樹は丸いテーブルを自分の右側から順番に見回した。  
自分の右隣りにはなぜか守形先輩、その横に会長がいる。  
先輩の眼は眼鏡越しでも、「まさかお前がここまでの変態だったとは・・・」と語っているのが分かる。  
先輩、何度も言いますがあなたの方がよっぽどの変態ですよ。  
反対に会長は今まで見たこともないくらいの笑顔をつくっている。確実にこの状況を楽しんでいるのが一目瞭然だ。  
会長の反対隣りには、これまたなぜか全身傷だらけのアストレアがいた。  
しかも眉をキンキンに吊り上げて。  
(ったく、なんでこいつは怒ってるんだ?)  
アストレアの口には大量の沢庵。  
(まさか食べ物が沢庵しかなかったから怒っているのか?)  
智樹はため息をついた。  
とまぁこの3人に関してはそれほど問題はなかった。  
深呼吸をする智樹。  
実際、問題なのはその次からである。  
アストレアの横・・・そこに座っているのはそはら。  
そはらは下を向いているせいで、前髪が顔のほとんどを覆い、口しか見えてない状態だった。  
それが余計に智樹の恐怖心を煽っていた。  
しかも唯一の情報源である口は、先ほどから真一文字で結んだままピクリともしていない。  
智樹は視線を下す。  
そこには湯呑みを抱えているそはらの手がある。  
よく観察するとその湯呑は小刻みに揺れており、そはらの手にもお茶と思われる水滴がいくつか飛んでいた。  
イカロスの入れるお茶はきっかり80℃。  
そして、このお茶を入れたのがついさっき。  
これから分かることは、そはらの手にかかっているお茶は相当の温度であるということ。にもかかわらず、そはらはなんの反応もしていな  
 
いこと。まるでそれすらもどうでもいいかのように・・・  
智樹は本能からか、それ以上そはらを見ることはしなかった。  
そしてそはらの右隣には・・・先ほど皆にお茶入れた御方が座っている。  
その御方は瞬き一つしないでただじっと・・・じっと自分の膝に座っている子を見つめている。  
いや、この場合睨みつけているといってもいいかもしれない。  
なぜならその御方の目が赤一色だからだ。  
最後に智樹はこの状況を創った張本人を見る。  
その子はニコニコと智樹の手で遊んでいた。  
そんな様子に智樹は状況を忘れ、「あぁなんかいいな、こういうのも・・・」、と幸せに浸った。  
そのときふとカオスが智樹に振り返った。  
「どうしたのますたー?なんだか楽しそー」  
カオスがそう言った途端、智樹の幸せなひと時は脆くも崩れ去った。  
・・・ピシッ!・・・  
イカロスの湯呑みにヒビが入る。  
「はぁ〜・・・」  
智樹は本日何度目かのため息をした。  
想像はしてたけどどうしてこうなったんだろう?  
時間を少しさかのぼる・・・  
 
「ただいま〜」  
いつもならここでイカロスが出迎えにやってくる。  
しかし今日にかぎっては出てこなかった。  
ニンフの看病にいそがしいのかな?と思った智樹は、さほど気にせず家に入る。  
とりあえずリンゴを切ろうと思い台所に向かと、その途中で居間の方から何やら話し声が聞こえてきた。  
「ニンフさん、薬飲んで安静にしてるから私たちも静かにしてようね」  
「はい。本当にありがとうございました、そはらさん」  
「気にしないでよ、私にとってもニンフさんは大事な友達なんだから」  
その声はイカロスとそはらのものだった。どうやら話をしていたせいで智樹の声が聞こえなかったらしい。  
(あいつら・・・こんなにもニンフのことを・・・)  
智樹はその会話を聞いて自己嫌悪に陥った。  
こんなにも友達思いな奴らならカオスのことだってきっと理解してくれるに違いないのに、少しでもイカロス達を疑ってしまった事。  
(そうだよな・・・アイツらならきっと分かってくれるはずだ!)  
智樹は一呼吸置いてカオスを見た。  
「・・・みんなに自己紹介しなきゃな。カオスの事を知ってもらうためにも」  
「わかったー」  
カオスが返事をしたのを確認してから、智樹は居間の扉をゆっくりと開けた。  
「ただいま〜」  
その声にそはらとイカロスは驚いて智樹の方に振り返った。  
「マ、マスター!?帰って・・・い・・・た・・・」  
「あ、ともちゃ・・・ん・・・」  
突如として二人は言葉を失った。その視線を智樹の右腕に固定して。  
そのことに気付かない智樹は爆弾を投下した。  
「え〜っと、今日から一緒に暮らすことになったカオスだ。ほらカオス、自己紹介!」  
「わかったー」  
カオスがスッと智樹の前に出る。  
「私は第2世代エンジェロイドタイプεカオス。今日からサクライトモキのエンジェロイドになったの。」  
 
ピクッ!  
   
イカロスの周辺の温度が一気に下がった。  
「お、おい・・・」  
「あと、ますたーが愛は・・・え〜と・・・なんだっけ?死んだ人?あ、そうだ死体だ!ますたーが愛は一緒に死体っていってから私、こ  
 
れからますたーと一緒になるの!」  
カオスの突っ込みどころの多すぎる自己紹介に智樹の心臓は跳ね上がった。  
「違うだろっ!!遺体だろっ!!それも全然違うけど―――」  
「・・・ねぇ、ともちゃん」  
そはらの声色がおかしい。それにそはらの周辺はもう氷点下だ。  
「愛を一緒にしたい?一緒になる?その子にそんなこといったの?ねぇともちゃんそれどういう意味?どういう意味なの?」  
そはらが壊れた人形のように問いかけてきた。もちろん右手はチョップの態勢に入りながら。  
「ち、違うっ!!これは誤解だ!!俺はそんなこと一言もいってない!!」  
まるで浮気が見つかった亭主のように、智樹は必死に弁解した。  
(こうなったらカオスからも訂正してもらわないと!!)  
智樹はカオスに訂正を求めた。  
 
「なぁカオス、それは違うだろ!?愛は一緒にいたい、過ごしたいと思うことだって教えたよな!?な!?」  
「・・・そうだっけ?」  
「そうなの!そう言っただ「・・・アルテミス発射」って待てぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」  
寸前のところで三度目の我が家崩壊を回避することができた。  
「イカロスもそはらも落ち着きなさいっっ!!そしてちゃんと人の話を聞きなさいっっ!!」  
智樹が叫んだことによりイカロスとそはらの目に若干の輝きが戻る。  
(今がチャンスだ!)  
「もう一回簡単に説明するけど、この子の名前はカオスで、イカロス達と同じエンジェロイドで・・・いろいろあって・・・今日から一緒  
 
に住むことになったから!」  
しかし智樹の簡易すぎる説明に女性陣は納得がいかなかった。  
「どういうこと!?いきなり一緒に住むって・・・それもそんな小さい子と」  
「マスター、納得のいく説明をお願いします」  
目には若干の輝きはあるものの、二人の周辺温度は依然低いままだ。  
(う〜ん、困ったな・・・気付いたらインプリンティングしてましたっていっても信じてもらえない雰囲気だしな・・・)  
その時タイミング良く、台所からもう一体のエンジェロイドが沢庵を大量に抱えて出てきた。  
「ふ、ふん!ムシのくせに帰りがおそ・・・か・・・」  
台所から出てきたアストレアが先ほどのイカロスとそはらのリアクションをご丁寧にも繰り返してくれた。  
「なっっ!!なんでお前がここに!?」  
アストレアは突然クリュサオルを持ち出し、カオスに切りかかる。  
「どっせーーーいっっ!!」  
カオスはさらっと避けたが、その後ろにいた智樹の前髪が少し切れた。  
「な・・・なにすんじゃー!!」  
「・・・アルテミス発射」  
智樹の絶叫とともにイカロスのアルテミスが発射される。かわいそうに、アストレアは避ける事も出来ずに全弾直撃した。   
「マスターに危害を加える者は・・・許さない」  
容赦ないイカロス。  
(マ、マズい、イカロスの機嫌が最悪だ・・・)  
アストレアにアルテミスを見舞った後、イカロスはカオスに振り返った。  
「今すぐマスターから・・・離れなさい・・・カオス」  
イカロスは尚も攻撃態勢に入っている。  
「カオスちゃんもだめだよ?その人は変態で危険だから早くこっちにおいで?」   
そはらも先ほどのチョップ態勢を崩していない。  
「やだー!私はますたーと一緒にいるの!」  
さすが第二世代エンジェロイドと言うべきか、カオスはイカロス達を恐れないで智樹に抱きついた。  
「「っっ!!」」  
(誰でもいい、この状況をなんとかしてくれ!)  
智樹は心の中で叫んだ。  
「まあまあ、イカロスちゃんも見月さんも落ち着いて〜」  
智樹の願いがかなったのか、舞い散る木の葉と共に会長が現れた。・・・どこから木の葉が?  
「ここは冷静になって話し合うべきではなくて?」  
「そうだ。まずは智樹から全てを聞かなくてはなにも始まらん」  
ついでに先輩も。  
「会長に先輩!?いったいいつから・・・」  
   ・   
   ・  
   ・  
 
そして冒頭に至る。  
(だ、誰かなんとか言ってくれ〜!!)  
智樹の忍耐が限界に近づいたところで会長が切りだした。  
「ところで桜井君って・・・そういう趣味があったのね〜」  
「ないですっっ!!」  
「そういう趣味ってなに?」  
アストレアがまんまと会長の策略にはまった。  
「そうゆう趣味とはね〜、見た目が子供の女の子しか愛せないことよ〜」  
「っっ!!見た目が子供!?そう言えばニンフ先輩には特別優しいような・・・」  
アストレアの発言にイカロスの目がつり上がった。   
(・・・アストレア・・・てめぇ・・・あとでニンフにチクってやるからな・・・!)   
だが考えとは裏腹に智樹の表情は慈愛に満ちている。そしてイカロスに振り返り、  
「イカロスさん、お・ち・つ・い・て・?」  
「・・・本当なのですか?・・・マスターは・・・私よりも・・・ニンフの事を・・・」  
どうやらイカロスさんは全く落ち着き気がないみたいだ。いや、もしかしたら落ち着いてカオスやニンフを始末―――っ!?  
智樹は恐怖からその先を考えるのを止めた。それよりも早くイカロスさんの思考回路のベクトルを別の方向に持っていかないと。  
 
「ま、待ってってイカロス!お、俺はお前の事が一番好きだよ!」  
 
あまりの恐怖からパニックに陥った智樹は咄嗟に言葉が出た。  
その言葉に辺りが急に騒がしくなる。  
「マ、マスター!?///」  
「と、ともちゃん!?」  
「なっ・・・!?」  
「なるほど。智樹はイカロスを選ぶのか」  
「あらあら〜桜井君って案外大胆なのね〜」  
周りの様子に今さら「やっぱ冗談!」とは言えなくなった。それならば覚悟を決めて直進するのみ。  
智樹は人生をあきらめた。  
「イカロス最高!もうイカロスなしでは生きていけない!大好きすぎて困っちゃうな!」  
(・・・これでいいんだ・・・イカロスは人間じゃないけど・・・おっぱいがあるんだ・・・だからこれでいいんだ・・)  
慈愛の笑みを崩さずにイカロスの方に振り返ると、先ほどまでの禍々しいオーラを消沈させており、なにやらもじもじしていた。  
「・・・嬉しいですマスター・・・そのようなお言葉を頂けるなんて・・・」  
そのまま智樹に近づいてきた。  
「・・・もしかしてマスターは・・・その・・・私とマスターの子として・・・カオスと暮らそうと言ってるのですか?///」  
モテ男ジャミング・・・恐るべし!  
感情制御が劣っているはずのイカロスが暴走した。しかも悪い方向に。  
「こ、子供!?」  
「マスターは私との子供が欲しかったのですね・・・でも私にそんな機能はない・・・だからカオスを私たちの子として・・・」  
全くもって見当違いです。俺は14でパパにはなりたくない。  
と智樹は言いたかった。  
「・・・そ、そうかもしれません・・・」  
だが現実は違った。今のイカロスにはおとなしく従った方がいいと智樹は思った。  
 

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