この日、ニンフは風邪で寝込んでいた。  
 「今イカロスが薬を買いに行ってるから、もうちょっと我慢しててな」  
 「・・・うん」  
 このような場合、いつもならイカロスが看病するのだが、この日は祝日もあってか智樹が看病をしている。  
 最初智樹が買い物に行こうとしたのだが、なんとなくニンフがさびしそうな目をしたので今に至っている。  
 「なにかしてほしいこととかあったら遠慮なく言っていいんだぞ?」  
 智樹はニンフの額に乗いてあったタオルを取りながら尋ねた。  
 タオルは温かく、ニンフの熱がかなりあることを物語っている。  
 「・・・うん、ありがと」  
 新たに乗せられたタオルが気持よかったのか、ニンフは目を閉じながら答えた。  
 「それより智樹は何かしてほしいこととかない?なにかお礼したいの」  
 「あ〜、・・・ならまた今度モテ男ジャミングかけてくれよ」  
 本当は「別に何もしなくてもいいよ」と言いたかったのだが、エンジェロイドの性としてここではそう答えるとニンフが落ち込むと思い、智樹はとっさに切り替えた。  
 ニンフは体がだるいせいもあってゆっくりと智樹の額に手を伸ばし始めた。  
 それを見た智樹はあわてて、  
 「いや、今じゃなくていいから!!また今度、な!?」  
 と言ったが、  
 「それぐらいなら今でもできるから。お願い、お礼させて・・・」  
 そうニンフに目を潤ませながら言われたら、智樹は黙って従うしかった。  
 (熱も結構出ててつらいはずなのに・・・)  
 ニンフは震える手を智樹の額に当ててモテ男ジャミングをかけた。  
 「ありがとな、ニンフ。ほら、もう目つむっておとなしくしてろよ」  
 たとえ眠ることはなくても、そうしたほうが幾分か体が楽になる気がして智樹は言った。  
 ニンフは智樹のいうことを素直に聞いて目をつむり、そのままおとなしくなった。  
 それを確認した智樹は静かに部屋を出て玄関に向かって歩いた。  
 (そいや〜あいつ、薬だけを買いに行ったよな。冷蔵庫には確か何も入っていなかったし・・・)  
 病人にはりんご。  
 ニンフを一人にするのは少し気がひけたが、智樹は八百屋に向かって歩き出した。  
 この時智樹はニンフがかけたモテ男ジャミングのことをすっかり忘れていた。  
 そしてそれがいつものモテ男ジャミングではなく、風邪で朦朧としていたニンフが間違えて対エンジェロイド用のモテ男ジャミングを智樹にかけてしまったことも・・・  
 
 
 
 みなさんこんいちは。いいお天気ですね。  
 お腹が空きました。  
 そういえば最近ろくなもの食べていません。  
 一番最後にご飯を食べたのっていつだっけ?  
 おととい?三日前?  
 「あー!イカロス先輩のご飯が食べたいっ!」  
 アイツやニンフ先輩は毎日ご飯食べれていいな。  
 「っ!そうだムシの家に行けばご飯がたべられる!」  
 今日の私って頭いいかも!?  
   
   
 
 「う〜ん、やっぱ一人にしてきたのまずかったかな?」  
 (でも何か食べてからじゃないと薬は飲めないしな〜。)  
 いろいろ考えながら智樹が八百屋に向かっていくと、前方からいかにも瀕死状態のアストレアが歩いてきた。  
 (なんでアイツあんなふらふらなんだよ・・・。まぁいいか、これでアストレアに頼めば戻る時間も省けるしな。)  
 「お〜い、アストレア〜!!ちょっと頼みがあるん・・・?」  
 智樹に気付いたアストレアがいきない硬直した。  
 顔がビックリするほど真っ赤になっている。  
 「大丈夫かアストレア?」  
 (まさかこいつも風邪か?)  
 心配した智樹がアストレアに近づく。  
 ドキッ!  
 アストレアの顔がさらに赤くなっていく。  
 「おい、本当にヤバ「バ・・・ババ、バーカバーカバーカっっ!!」っ!?」  
 そのままアストレアは来た道をふらつきながらも、全速力で戻って行った。  
 「・・・なんなんだあいつ?」  
 智樹は結局そはらに頼むことにした。  
   
   
 
 「ハァ、ハァ」  
 何なの一体・・・  
 「私は・・・ハァ・・・シナプス最高の・・・ハァ・・・近距離戦闘用エンジェロイド・・・タイプΔアストレア。」  
 なのにドキッって何!?  
 なんでアイツの顔見ただけでこんなあわてないといけなの!?  
 もしかして私本当にアイツのことが・・・  
 ブンブン!!  
 「そそそそんなことあるわけないっ!きききっとお腹が空きすぎてアイツが食べ物に見えただけよっ!」  
 そうよ、絶対そうよ!  
 それであいつを見た瞬間に飛びつきたくな・・・  
 「って、い゛や゛ーーーーーっっ!!」  
 私はシナプス最高の近距離戦闘用エンジェロイドシナプス最高の近距離戦闘用エンジェロイド・・・  
 「もう一度アイツに会って確かめないとっ!」  
   
   
 
 「あれ?」  
 アストレアが先ほどの場所に戻ったとき、そこには智樹はもういなかった。  
 「あ・・・れ・・・?」  
 体力の限界によりアストレアはそのまま力尽きた。  
 
 
 「おい、ハーピィ1,2はいるか?」  
 「「はっ、なにかご用でしょうか?」」  
 「お前ら今からサクライトモキを殺しにいけ」  
 「しかし・・・アイツにはウラヌスクイーンが」  
 「それに電算能力0(バカ)とはいえあのアストレアも・・・」  
 「それは問題ない。イカロスは今近くにはいないし、アストレアは先ほどから倒れたきりピクリともしていない。」  
 「「かしこまりました!タイプγハーピィ(1,2)出撃します!」」  
   
   
 
 そはらにニンフの看病を任せた智樹は再び八百屋に向かっていた。  
 (それにしてもさっきのアストレアは何だったんだ?)  
 出会った瞬間に顔を赤くして走り去っていったアストレア。  
 あの後彼女はどこへ行ったのか。  
 (ま、あいつのことだから変なもん食って急に腹でもいたくなったとかそんなところだろうな・・・)  
 そんなことを考えながら歩いていると、頭上から羽音とともに聞いたことのある声がした。  
 「よぉ。あの時はよくもコケにしてくれたな」  
 「たっぷりお礼をしてやるよ」  
 それは以前ニンフを襲撃したハーピィの声だった。  
 驚いた智樹はとっさに上空を見上げた。  
 「お前ら・・・あのときの!?」  
 智樹の中ではニンフの羽をむしった極悪非道のイメージしかないハーピィ。  
 勝てないと知りつつも襲撃に備えて身構える。  
 (今度の狙いは俺か!?)  
 そう考える智樹であったが、いつまでたってもハーピィ達からの反応はない。  
 「?」   
 不思議に思いまじまじとハーピィを凝視すると、二人とも顔が沸騰していた。  
 「あ・・・あ、あ・・・」  
 「バ・・・バカ・・・な!?」  
 次の瞬間、ハーピィ1(姉)がとんでもない発言をかました。  
 「マ・・・マイ、マスター・・・」  
 「ちょっ!姉さん!?」  
 そのままハーピィ1は智樹のそばに降り立ち、腕を絡ませる。  
 腕に当たる大きな胸の感触。  
 その瞬間智樹の思考は昇天した。  
 「あ〜・・・なんでこんなに素敵なんですか、ますたぁ〜・・・」  
 ・・・・・・  
 場が凍った。  
 あのハーピィが猫なで声でじゃれついてくる。  
 徐々に覚醒してきた智樹は前回のことを深く思い出してみることにした。  
 
 (さっさとPステルスシステムをかけろ!!)  
 (もう片方の羽もむしっとくか)  
   
 確かこんなことを言ってたはず。  
 やっぱりニンフを襲った事は間違いない・・・はず・・・  
 それならこれは夢?  
 でもさっきから腕にやたら生々しいくて柔らかい感触が・・・  
 この感触は・・・うん、間違いなく現実だな!  
 「って、なにやってんだよっ!!」  
 何かの罠か?、そう思ってハーピィ1を振りほどこうとしたが、その瞬間アポロンでロックオンされたかのような顔をするので抵抗をやめてしまった。  
 十中十以前のキャラとは別人になっているハーピィに対して、智樹はとりあえず率直な疑問をぶつけた。  
 「・・・俺はお前のマスターじゃないだろ?」  
 「な、なんでもしますからそんないけずなこと言わないでください!!」  
 「い、いけず!?」  
 完全に智樹はパニックに陥った。  
 さらに追い打ちをかけるように、  
 「姉さんばっかりズルい!!私もサクライトモキのエンジェロイドなんだから!!」  
 ハーピィ2も智樹の腕にすがりついて、トモキのエンジェロイド宣言をした。  
 二体は智樹がマスターであると信じてやまない雰囲気である。  
 (おい二人とも何をやっている!!目的を忘れたのか!!)  
 空から(元マスター)の声が聞こえても、  
 「「うっさい黙れっ!!」」  
 そう言って鎖を引きちぎる二人。  
 (・・・なっ・・・)  
 もはや空のマスターは言葉を発することさえもできなくなった。  
 「ちょっと、あんたはあいつ(空のマスター)のとこにでも帰んなさいよ!」  
 「いやよ!姉さんこそ万年進歩しないクズ(略)の元にでも帰ればいいじゃない!お互い失敗してばかりなんだからきっとお似合いよ!!」  
 「それはあんたもでしょーがっっ!!」  
 そんな二人のいがみ合いをわずか10cm離れた距離で聞いている智樹は、  
 (う〜ん、やっぱりこれは夢だな・・・こんな夢を見るなんて・・・俺は末期だな・・・)  
 智樹はショックを受けた。  
 まさか未確認生物相手に欲情されたいと思っていたのか。  
 (まぁ、でもそはらの夢にくらべれば・・・まだマシっていうか・・・むしろ普通だな・・・)  
 ここで智樹は大切なことに気付いた。  
 自分にとってはお金よりも価値のある発想。  
 (これが夢なら・・・何しても問題ないよな?あんなことやこんなこともしても・・・ウヘ、ウヘヘ・・・)  
 「「マ・・・マスター??」」  
 (イカロスはアレでもそはらやアストレア、ニンフにあんなことやこんなことを・・・)  
 「ってそうだニンフ!!」  
 「「っ!?」」  
 (ヤバイ!!すっかり本来の目的を忘れてたっ!!)  
 急にSD化したり真顔になったりした智樹に対して、ハーピィは驚きと若干の恐怖を覚えた。  
 「あ・・あの、どうかしましたか?」  
 「ニンフがどうとか・・・?」  
 「それがニンフが風邪をひいちまってさ〜。だから今リンゴ買いに行く最中で・・・」  
 答えてから智樹はしまった、と思った。  
 さきほどから何となくじゃれあったりしていたが、ハーピィは以前ニンフの羽を引きちぎった敵である。  
 そんな彼女らに、あまつさえ今ニンフが弱っていると言ってしまった。  
 智樹が後悔の念にとらわれているとハーピィがまた予想を裏切る発言をした。  
 「私リンゴが何か分からないので手に入れることができませんが、かわりに風邪に良く効く薬を持っています!!」  
 シナプスで拾ったんです!、と怖いことをいいながらハーピィ1はカードから何かを出した。  
 
 それは智樹もよく知っているものだった。  
 ところがそれが薬だという事は初めて聞いた。  
 「これが・・・薬?」  
 ハーピィ1の取りだしたものはシナプスに行ったときにも見た・・・どんぐりだった。  
 「はい。以前シナプスにいたクソチ・・・ニンフが風邪をひいたとき私の元マスターがこれを薬だと言って大量に飲ませていました」  
 「え?」  
 「その薬を飲んだニンフはすぐに元気になっていました」  
 恐ろしいことをまるで日常茶飯事のように語るハーピィ。  
 (それってもう飲みたくなくて無理やり風邪を治したんだろ!!)  
 ニンフ・・・なんて不憫な・・・  
 帰ったら優しくしてあげよ・・・  
 ってか空のマスター殺すっ!!  
 「いや・・・それは薬じゃないから。それに薬なら今イカロスが買いに行ってるからいいよ」  
 「「ではりんご・・・とはなんなのですか?」」  
 「普通の食べ物だよ。水分が多くて病人でも食べやすいんだ」  
 それなら、と今度はハーピィ2がカードから何かを出した。  
 今度こそ智樹は絶句した。  
 ハーピィ2の取りだしたものは血のべったり付いた肉の塊だった。  
 「プレミアもの(1000年前)のマンモスの肉をそのままの状態で保存したものです。水分(血分)も多いです。」  
 まるで褒めてもらえるという様な恍惚とした顔のハーピィ2。  
 そして手柄を取られたかの様な顔をするハーピィ1.  
 そんな二人の表情を見て智樹は・・・  
 (そっか、アストレアは馬鹿じゃないんだ。イカロスとニンフが天才すぎるだけなんだ)  
 と思った。  
 「まぁそれもいいとして、二人ともありがとな。俺、二人のことちょっと勘違いしてたわ」  
 う〜ん、こいつら根は悪い奴じゃなさそうだな・・・  
 そんな智樹の思いを受け感極まる二人。  
 「「マ、マスター・・・」」  
 ・・・ジ〜ン・・・  
 「それから・・・そのマスターっていうの勘弁してください。ってかほんとにお前らのマスターじゃないから!」  
 「なら今すぐインプリンティングして下さい!!」  
 「お願いします!!」  
 上目使いで智樹を見つめる二人。  
 「い・・・いや・・・そんな急に言われても・・・ほら、物事には順序ってものが・・・」  
 なんだかつられてしまいそうな智樹。  
 しかしじれったいのか、ついにハーピィ1が行動に出た。  
 「それならこれでよろしいですねっ!!」  
 ハーピィ1が智樹の唇にかぶりついた!!  
 「「っっ!!!!」」  
 驚く智樹とハーピィ2.  
 「・・・んっ・・・」  
 我関せずとキスをしまくるハーピィ1。  
 しかもDEEP。  
 ・・・坊・・・とも坊・・・  
 (その声は・・・じいちゃん!?)  
 
 
 〜心(天国?)の会話〜  
 「とも坊、お前こんな真昼間の道端でしかも相手の妹さんの目の前でとは・・・14にしてなかなかやるのぉ・・・」  
 「いや、これは俺の意思じゃないから!!」  
 「言い訳はいい・・・それよりこれで文字どうり深い仲になったのじゃからあとは・・・のぅ・・・」  
 「でもじいちゃん俺には・・・」  
 「とも坊、お前はそうやって一人のおなごに縛られるのか?・・違うぞとも坊・・・見るべきはわしの人生じゃっ!」  
 「そっかっ!!じいちゃん、俺やるよ!!」  
 「よくいったとも坊!!それでこそ我が孫じゃっっ!!」  
〜心の会話終了〜  
 
   
「って、できるかーっっ!!」  
 とっさにハーピィを突き放す智樹。  
 (危うく未確認生物に欲情するところだった・・・それにじいちゃんの人生の最後はバッドエンドじゃん)  
 冷静になったところで突き放したハーピィが心配になり、智樹は様子を伺った。  
 ハーピィは怪我はなかったが、かわりにぶつぶつと何かをつぶやいていた。  
 耳をすましてみると・・・  
 「・・・ターとも・・たい・・・ターともっと・・・したいマスターともっとキスしたいマスターともっとキスしたい」  
 はっきりと聞こえた瞬間、智樹は心の中でニンフに謝ってから全速力で家に向かって走った。  
 一刻も早く家に帰りたくなった。  
 はやくイカロスのぽけ〜っとした顔が見たくなった。  
 この際会長でもいいのでとりあえず誰かの元に行きたくなった。  
 しかし儚い智樹の願望は数秒で潰えた。  
 何かが口にぶつかった。  
 ハーピィ2の唇だった。  
 「ん〜っ!!」  
 「・・・んっ・・・んあっ・・・」  
 本日二回目(二人目)のキス。  
 
・・・バサッ・・・  
   
 「ちょっ!?なにしてんだよテメーっ!!」  
 グキッ!!  
 ハーピィ1が智樹の首を90°回転させた。  
 「いでっ!!なにす、んっ!!」  
 3回目のキス。  
   
 ・・・ゴゴ・・・  
   
 「姉さんばっかりずるい!!私も!!」  
 グキッ!!  
 4回目のキス。  
   
 ・・・ゴゴゴ・・・  
   
 「智樹は私のマスターなんだ!!だから私のものなんだよっ!!」  
 グキキッ!!  
 5回目。  
   
 ・・・ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・  
   
 (ん?地震かな?)  
 「何言ってんだ!!智樹はあたしんのだ、この年増っ!!」  
 6回目。  
   
 ・・・キュイッ・・・  
   
 (オ、オヤオヤ〜?き、聞き覚えのある音だぞ?)  
 「肉体年齢は一緒だろーがっ!!(ビーッ、ビーッ!!)ってか目標捕捉してんじぇねーよ!!」  
 「それはこっちのセリフだろ!!(ビーッ、ビーッ!!)」  
 「「えっ!?」」  
 二人はお互いに状況を確認しあった。  
 「でもさっきから(ビーッ、ビーッ!!)ミサイルアラートが鳴りっぱなしなんだけど・・・(ビーッ、ビーッ!!)」  
 「私の(ビーッ、ビーッ!!)方も(ビーッ、ビーッ!!)・・・?」  
 困惑するハーピィ's。  
 この状況を智樹だけが理解した。  
 そして思った。  
 (アストレアだったらいいなぁ〜・・・)  
 三人は同時に振り返る。  
   
 
 「マスターに・・・なにを・・・しているのですか・・・?」  
 先ほどまでは会いたかったはずなのに、なぜか今はいてほしくない人がそこにはいた。  
 真っ赤な目をしたイカロスさんだった。  
 

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