エンジェロイドは眠らない。  
 しかし彼女らが仕えている人間は、夜になれば眠りに就く。  
 だから普段は智樹が眠りに就くと、イカロスは朝まで智樹の傍にいる。  
 ニンフもたまにそうしている。  
「ウヒョヒョヒョヒョ」  
 が、イカロスを部屋の外にやる日が、度々ある。  
 今、智樹が布団の上で読んでいるのは所謂エロ本。  
 それだけなら別に締め出す必要はない(少なくとも智樹はそう思っている)。  
「ヤベェ、そろそろガマン出来なくなってきた」  
 自分のズボンの中に空いた手を突っ込み、モノを取り出す。  
 自慰行為、俗な言い方をすればオナニー。  
 そりゃお年頃、増してや彼ならば、おかしくもなんともない。  
「ンッ、ン……」  
 要するに、そういう事なのだが。  
「トモキ、あの……ん?」  
「……………」  
 それでも一緒に住んでいる以上、こういう危険は常についてくるもので。  
「(しまったああああっ! ニンフの方に言っとくの忘れてたああ!!)」  
 イカロスのように毎日来るわけではないから生まれてしまった油断。  
 よりにもよって、今日来るとは。  
「ちょっと、何してるのよ!?」  
「そっそっちこそ何いきなり入ってきてんだよ!」  
 今更だが布団をかぶせて、丸見えだったモノを隠す。  
「う……そりゃ、ノックもしなかったけど、  
 しょうがないじゃないっ、こんな事してるなんて思わなかったんだからっ!」  
「……………」  
「……………」  
 お互い、しばし黙り込む。  
 ややあって、  
「……で、何しに来たんだ、ニンフ?」  
 とりあえず話題を振って、空気を正常に戻す事にする。  
「あ、その……お礼が、したくて」  
 それを察してか知らずか、ニンフも智樹の質問に答える。  
「お礼? なんの?」  
 智樹が本気で解らないという顔をした事に、一瞬驚くニンフ。  
 けれど、思い直す。  
 だからこそ、彼なんだろう、と。  
「あの子のこと許してくれたし、飼っても良いって言ってくれたから」  
「ああ。まぁイカロスもスイカ育てたりヒヨコ飼ったりしてるしな」  
「だからお礼。なにかしてほしい事とかない? なんでもするよ?」  
「してほしい事、ねぇ……」  
 自分としては特にそういうつもりで言った事ではなかったのだが、好意は素直に受け取っておこう。  
 とはいえ、何をお願いしようか。しばし考える智樹。  
 が、あんな事をしていた直後。  
 加えて、控えめに見ても美少女と言って良いニンフが『なんでもする』と言ってきている。  
「そうだな。……」  
 一瞬、ソッチのお願いが脳裏を掠め、それが視線にそのまま表れる。  
 しかしその一瞬が致命的。  
「……って!」  
 視線が自身の下半身にいったのを、ニンフに気付かれてしまった。  
「なに考えてんのよ、このヘンタイ!!」  
「ぐはぁっ!?」  
 思いきり殴られる。  
「ちっ、違っ! 今のは別に……!」  
 慌てて弁明しようとする智樹。  
 その言葉が、ニンフに遮られる。  
「……なら」  
「え?」  
 ただし、  
「その、どうしてもって言うなら、してあげてもいいけど」  
 あまりにも予想外な言葉で。  
「私、なんでもするって言っちゃったし」  
「ちょっ、ニンフ……!?」  
 顔を紅潮させて、ニンフが迫ってくる。何かスイッチが入ってしまったらしい。  
 いや、ひょっとすると智樹の自慰を見た瞬間からかもしれない。  
 すると殴ったのは怒りではなく、照れ隠しだったのだろうか。  
「(って、今はそんな事よりこの状況をなんとかしないと!)」  
 いつもはエロで頭が一杯の智樹だが、いざこういう場面になってみると、焦る。  
 そもそも、免疫があるというワケではないのだから。  
「うわ……!」  
 頭の中がぐるぐる回転しているうちに、ニンフに押し倒されてしまう。  
 さらに這いより、細い指で竿を握られる。  
「えっと、こうすると、気持ち良いんだっけ?」  
 上目遣いで訊かれる。  
「(あ、ヤバ……)」  
 可愛い。そう思ってしまった。  
「んっしょ……」  
「っ――!」  
 一度そう思って、竿を擦られて快楽を与えられてしまえば。  
 もう、止める気にはなれなかった。  
   
   
「んっしょ……」  
「っ――!」  
 勢いに任せて、智樹を押し倒してしまった。  
 そして今、智樹に奉仕している。  
 ……最初は純粋に、お礼がしたくて、智樹の部屋に来た。  
 けれど今のこの状況は、”お礼”という名目で、智樹を襲っているのではないだろうか。  
「うっ、ふっ……」  
「(あ、トモキ、気持ち良さそう……)」  
 そう思っても、止められない。  
 それは、主に奉仕する為に生まれたエンジェロイドの性ゆえだろうか。  
 それとも……  
「ニンフ、出来れば、口で咥えて……」  
「あっ、うん……」  
 ただ今は、続けたい。  
 そう思っている事だけは、事実。  
 近づけていた顔。智樹との距離を完全に埋め、口を開く。  
「あ……ん」  
 次に口を閉じた時、ニンフの口は智樹の先端を覆っていた。  
「りょーひゅれわ(どうすれば)いーの?」  
「くっ――!」  
 この先の事が分からないから、智樹に訊く。  
 だがそれが何かまずかったらしく、智樹が苦悶の表情を浮かべる。  
「ご、ゴメン! 痛かった!?」  
 慌てて口を離す。  
「あ、いや、なんていうかシビれて」  
「シビれ……?」  
 無意識にハッキングをかけて、麻痺でもさせてしまったんだろうか。  
 真剣にそう考える。  
「だからその、なんだ、気持ち良過ぎて」  
「あ……」  
 智樹の方”も”ハズかしいのだろう。そっぽを向いてしまう。  
「な、なら、続ける……ね」  
「あ、ああ」  
 再び口に含んで、仕切り直す。  
 
 陰茎は熱を帯びている上に堅く、彼女の小さな口の中で、これ以上ないほどに存在を誇示している。  
「先っちょとか横とかに、舌を這わせて」  
 今度は、軽く頷くニンフ。  
 言われたとおりに、舌を動かす。  
   
   
「うっ……」  
 今回のは、さっきの不意打ちと違って来ると判っていた刺激。  
 しかもいつまでも翻弄されていては格好がつかないからと、密かに身構えていた。  
「あっ、ニンフ……!」  
 けれどそんなものは、何の役にも立たなかった。  
 自分以外からの性器への刺激を受けた事がなかったから。  
 それも、ここまで強い快感を得ている理由の一つではあるだろう。  
「んっ、あっ、れろ」  
 けれどそれ以上に、一生懸命自分に奉仕してくれているニンフを見ていると、自然と愛しさが込み上げてくる。  
『相手は未確認生物なんだから』  
 そんな考えは、この状況になってから一瞬で吹っ飛んでしまっている。  
 或いは、弾き出されてしまったのかもしれない。  
「ニンフ……」  
 どんどん増して、心を占めてゆく、彼女への想いに。  
 自然と、健気に頑張ってくれている少女の頭を撫でる。  
「っ〜……」  
 一瞬驚いた顔をしたが、すぐに眼を細める。  
 気持ち良いみたいだ。  
「……って?!」  
 繰り返し撫でていると、ニンフが自分の頭を前後に振り出した。  
「ニンフ、ちょっ……!」  
 陰茎がニンフの喉の奥まで飲み込まれ、粘膜で擦られる。  
 今まで感じていたものよりもさらに強い刺激。  
 正直、頭を撫でる余裕さえなくなってしまった。  
 先端に欲望が登ってきているのが判る。  
「んっ、じゅぷっ、れるっ……」  
 ニンフも、智樹が限界を迎えている事には気づいているだろうに、ペースを緩めようとしない。  
 どころか、さらに激しくているようにも思える。  
「ニンフ、もう……!」  
「……あっ!」  
 ……かと思ったら、寸前で性器から口を離す。  
 そして細い指の先を智樹の額に当てる。  
「でr――えっ?」  
 このままだと、ニンフの顔めがけて射精してしまう。  
 危惧と幾らかの期待は、けれども裏切られた。  
 快楽は限界まで高められている。射精したくて堪らない。  
 なのに、射精出来ない。  
 まるで”射精”という行為そのものを、封じられてしまったかのように。  
「ニンフ、まさか……」  
 
 
「ニンフ、もう……!」  
「……あっ!」  
 つい夢中になって、行き過ぎてしまった。  
 ここで射精させてしまったらダメだ。  
 そうしたら、続きが出来ない。  
 でもここでただ奉仕をやめても、智樹の射精を止める事は出来ない。  
「(やだっ! これで終わっちゃ――)」  
 そう思って無我夢中で、智樹の脳にハッキングをかけた。  
「でr――えっ?」  
 行ったのは、射精という行為へのプロテクト。  
 けれど、  
「(あれ……?)」  
 智樹の、苦痛に歪む顔。  
「ニンフ、まさか……」  
 射精を寸前で、無理矢理止められたらどうなるか、それが答えだった。  
「ゴメントモキ! そんなつもりじゃ!」  
 すぐにプロテクトを解除する。  
 ……やはり緊張しているのだろうか。  
 行動が短絡的になってる。  
 さっきといい、  
「ってお前、いきなりプロテクト解いたら――」  
 今といい。  
「えっ……きゃっ!?」  
 頂点まで登りつめられ、止められていた欲望。  
 ストッパーが外れれば弾けるのは当然の事。  
 勢いよく飛び出した欲望が、ニンフの顔を、髪を、白く汚してゆく。  
   
「で、なんであんな事したんだ?」  
 怒ってる。きっと。  
 あんな事をしたんだから、当然だ。  
「……ヤだった」  
 良い口実も思いつかず、正直に言う事にする。  
「? イヤって、何が?」  
「だからその、最後まで出来なくなるのが」  
「なんだ、そんな事か」  
 智樹は本当に、下らない事のように言った。  
「そんな事ってなによ! 私は――」  
 けどそれは、決して下らない事だというわけではなくて。  
「えっ……?」  
 布団の上に、強引に押し倒される。  
「お前みたいに可愛い女の子にこんな事されて、健康な男子が一回で終われるワケないだろ」  
「か、可愛いってアンt――んむっ」  
 反論しようとしたら、その唇を唇で塞がれた。  
「お前が悪いんだからな。もう止めきれねー」  
「あっ――」  
 そうして半ば強引に、二戦目が幕を開けた。  
 
 

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