桜井家の玄関。  
「ほら、メモ。頼んだぞ」  
「うん」  
 カオスに渡したのは商店街で買う物をメモした紙。  
 今日はこいつに一人でおつかいに行かせることにした。  
「知らないおじさんに声をかけられても付いていっちゃダメだからな。  
 あとお金は少し多めに持たせてるからなにか欲しい物があったらちょっとくらいなら買ってもいいぞ」  
「しってるオジさんにこえをかけられたら、どうするの?」  
 思ってもみない質問が飛んでくる。  
 けどま、知ってる人と出会った時にやることなんて決まってる。  
 年上の兄ちゃんとして、無邪気な子どもにしっかり教えてやらないと。  
「知ってる人に声をかけられたら、挨拶。元気な声でな」  
「わかった。じゃあ……」  
 頷いたカオスは手を伸ばしてドアを開いて、  
「いってくるね、おにいちゃん」  
 笑顔で出発の挨拶をして、初めてのおつかいへと向かった。  
   
「ニンフ。カオスの位置は?」  
「まだそんなに進んでないわ。トモキに飛んじゃダメって言われてるからちゃんと歩いてるみたい」  
 カオスが家を出て数分後。(いろんなイミで)心配だからニンフのレーダーでカオスを追ってもらう。  
「カオス、大丈夫でしょうか?」  
 イカロスも不安なのか、胸に抱いたスイカを撫でながら俺に訊いてくる。  
「大丈夫だって。あいつもだいぶこっちに慣れてきたはずだし」  
 こいつらみたいにカオスが家に住みつくようになってから結構経つ。  
 最近はアストレアや風音の所に遊びに行くことも多いし、ここらでおつかいなんてやらせてみるのも良いだろう。  
「ところでトモキ。カオスにはなにを買ってくるように頼んだの?」  
「ああ。まずはニンジンだろ、タマネギそれとジャガイモ……」  
   
   
   
「あれ? カオス?」  
 しょうてんがいをめざして歩いてたらアストレアおねえさまと会った。  
「こんにちは、アストレアおねえさま」  
 しってる人に声をかけられたら、げんきにあいさつ。  
 おにいちゃんに言われたの、これでいいのかな?  
「ちょうどよかった。今からみんなのトコに遊びに行くつもりだったの」  
「みんなのところ?」  
「うん。イカロス先輩とニンフ先輩と……あとついでにあのバカに会いにね。カオスはどうするの?」  
 アストレアおねえさま、こないだみたいに遊んでくれるかな。  
 でもいまはダメ。帰ってきてから遊んでもらおう。  
 
「わたし、おにいちゃんにおつかいたのまれたの」  
「へぇ」  
「おねえさま?」  
 フシギなかおでわたしをみつめるおねえさま。どうしたんだろう。  
「ううん! なんでもな――」  
「うぃーアイスーアイスはいらんかねぇー」  
 わたしたちのすぐとなり、しらないオジさんがちいさなクルマをひいて歩いてる。  
「アイス……」  
 アストレアおねえさまが、オジさんをジッとみてる。  
 おにいちゃんに、しらないオジさんにはついていっちゃダメって言われたけど。  
 でも、アイスを買うのはいいよね、おにいちゃん。  
「オジさん、アイスちょーだい」  
「はい毎度!」  
 オジさんがクルマを止めてうしろの方にいく。  
 アイスをとってくれてるのかな。  
「アイス……」  
 やっぱりアストレアおねえさまはそっちをみたまま。  
 うーん……  
「オジさん、アイスふたつちょーだい」  
「ん? ダメだぞー。お嬢ちゃんがいっぺんに二つも三つもアイス食っちゃ! オジさんは一個しか売らないからなー!」  
「んーん、ちがうの」  
 わたしはおねえさまのほうを見る。  
「アストレアおねえさまにも、アイスあげたいから」  
「そっかそっか。姉ちゃんにプレゼントかー。お嬢ちゃんは優しいなー」  
 オジさんもアストレアおねえさまのほうを見て、うなずいた。  
「やさしい?」  
「ああ。姉ちゃんも幸せだな。妹にこんなに愛されてよ!」  
 オジさんはわたしたちを見て、わらった。  
「愛……」  
 わたし、アストレアおねえさまに愛をあげられたのかな。  
「ほら、出来たぞ」  
「わーいアイスー!」  
 アストレアおねえさまが、笑顔でアイスをもらった。  
「ほら、お嬢ちゃんも」  
「うん……」  
 わたしも、オジさんにアイスをもらった。  
「ありがとう、カオス!」  
 アストレアおねえさまに、抱きしめられた。あったかかった。  
 アストレアおねえさまに、愛をかえしてもらえた気がした。  
   
   
◎Зカオスの現所持金◎З  
3000えん-150えん×2=2700えん  
 
 
「ぐ、ぐふぅ……」  
「マスター……」  
 なんてこった。ニンフの質問に答えただけなのにぶん殴られてしまった。  
「カオスになんてモノ買わせてんのよっ、バカトモキッ!」  
 何やらニンフさんかなりご立腹の様子。  
「エロ戦士だって。毎月3日発売で1冊700円」  
「発売日とか値段とかどうでもいいのっ! ……大体あの子、買えるの?」  
「う……」  
 確かに、見た目幼稚園児かそこらくらいのアイツだ。  
 そんな子どもにエロ本を売る奴がいたらむしろ問題だなぁ。  
「これは、カオスにいきなり難易度の高いお願いをしちゃったかもな」  
「マスター。いざとなったら私とニンフでサポートします」  
「ああ、頼んだ」  
「えっ? 私も!? というかトモキも頷かないでよっ」  
   
   
 アストレアおねえさまとおわかれして、わたしはおつかいにもどった。  
 まずはいちばん近くにあるほんやさんでおにいちゃんにたのまれた本をかう。  
「ん……」  
 エロせんし、どこにあるのかな?  
 ほんだなをなんこかみてると、  
「あった」  
 エロせんし。まちがいない。  
 わたしはおにいちゃんにたのまれた本をかかえて、おみせのオジサンのところに行く。  
「…………」  
 おじさん、ムズかしいカオしてる。どこかイタイのかな。  
「あのな、この本はオトナしか読んじゃいけないアブない本なんだ。だから君には売ってあげられないんだよ」  
「そうなの?」  
 どうしよう。お兄ちゃんにたのまれたエロせんし、買えない。  
「もう、しょうがないなぁ」  
「ニンフおねえさま?」  
 こまってたらニンフおねえさまがおみせに入ってきた。  
「貸して。私が買ってあげるから」  
「ゴメンね。お姉ちゃんでもちょっと売ってあげられないかな」  
「…………」  
 ニンフおねえさまもダメって言われた。  
「ニンフおねえさま、わたしとおそろい?」  
「…………」  
 ニンフおねえさまがわたしのムネを見る。  
 そのあと自分のムネを見た。  
「……うあああああっ!」  
「!?」  
 とつぜんニンフおねえさまがさけんだ。  
 おみせのオジサンもビックリしたみたい。  
「エロせんし……」  
 それより、お兄ちゃんとのやくそく、どうしよう。  
 このままじゃおかいものたっせいできない。  
「……ハッキング開始」  
「え?」  
 ニンフおねえさまがおみせのオジサンにハッキングをかけはじめた。  
 
「これで問題ないわよね。エロ戦士、売ってくれない?」  
「ああ。まいど」  
 ニンフおねえさまがオトナの女の人に見えるようにしたみたい。  
 おねえさまのおかげでエロせんし、ちゃんと買えた。  
「まったく。トモキがバカなせいでエラく手こずっちゃったじゃない」  
 エロせんしをわたしてくれるニンフおねえさま。  
「ありがとう、ニンフおねえさま」  
 たすけてくれたおねえさまに、わたしはおれいを言った。  
「……! べ、ベツに大したことはしてないわよ。それよりまだ買い物は残ってるでしょ? ガンバリなさいよ」  
 ニンフおねえさまは少しだけカオをあかくした。  
「うんっ」  
 おつかい、楽しいな。みんなわらってる。  
   
   
「つぎは、お肉やさん」  
 たすけてくれたおれいに、ニンフおねえさまに買ってきたタイヤキをあげて、わたしはおつかいの続き。  
「いっぱいある」  
「いらっしゃい。おつかいかい? エライねぇ」  
 お肉やさんのおばさん。今日も元気そう。  
「おばさん、お肉たくさんあってわからない」  
「アッハッハ! そうだねぇ。オバちゃんに買い物のメモ、見せてもらってもいいかい?」  
 かいもののメモ? もう1回見てみる。  
 やっぱりお肉としかかいてない。これじゃわからない。  
「はい」  
 おばさんにわたしてみる。  
「ふんふん……こりゃ今晩はカレーだね。ならこっちのお肉がオススメだよ」  
「すごい。わかるの? おばさん」  
「あたしゃお肉屋さんだからねぇ。この野菜たちにラッキョウが加われば間違いないよ」  
 おばさんはすぐにたくさんのお肉を紙につつんでくれた。  
「はいよ、500円。そのおっきいのが1枚ね」  
「んっと……はい」  
 おばさんに言われたとおりにお金をわたす。  
「はい毎度。またおいでよー」  
 おばさんにお肉をわたされて、手をふられてお肉やさんをでた。  
   
「あれ?」  
 つぎのお店にむけて歩いてたらヘンなもの見つけた。  
 どうしてこんなところにダンボールがあるんだろ。  
 気になったからダンボールのフタをあけてみた。  
「にゃー」  
「ネコさん……?」  
 どうしてネコさんがダンボールの中に入ってるんだろ。  
 ダンボールの中を見たら、わかんないコトふえちゃった。  
「にゃー……」  
 でもわかった。このネコさんがおナカをすかせてるのは。  
「にゃー、にゃー」  
 わたしの持ってるおかいものブクロを見つめて、ずっとないてるから。  
「ゴメンねネコさん。これはおにいちゃんにたのまれたものだからあげられないの」  
 すこしだけおかいものブクロをネコさんからとおざける。  
「でもね、いまからネコさんのゴハン買ってきてあげるから。だからまっててネコさん」  
「にゃー」  
 わたしはネコさんのゴハンを探すために歩きはじめた。  
 ネコさんとってもおナカすかせてるから、いそがないと。  
 
 ……………。  
 ………。  
 ……。  
「ネコさん、買ってきたよ」  
「おかえりなさい、カオス」  
 もどってきたら、ネコさんのそばにいた人。  
「イカロスおねえさま」  
「…………」  
 イカロスおねえさまはだまったままうなずいて、ネコさんのほうをゆびさした。  
「ネコにゴハン、食べさせてあげて」  
「うん」  
 そうだ。はやく食べさせてあげないと。  
 わたしはフクロをあけてネコさんのゴハンをダンボールの中にバラまいた。  
「カオス、これを」  
「おみず……」  
 そっか。ネコさんきっとノドもかわいてるから。  
「ありがとう、イカロスおねえさま」  
「ん……」  
   
「カオス。あなたはマスターに頼まれた買い物を続けて」  
「え……?」  
 たしかにお兄ちゃんにおかいものをたのまれた。  
 でも、ネコさんのことも気になって。どうしよう、わたし。  
「大丈夫。このネコの面倒は、私が見るから。マスターにも家で飼えないか訊いてみる」  
 そんなわたしに、イカロスおねえさまはそう言ってくれた。  
「ホントっ、イカロスおねえさまっ?」  
「…………」  
 しずかに、おねえさまはコクリってうなずいてくれた。  
 よかった。イカロスおねえさまにならネコさんをまかせても安心。  
「じゃあおねがい、イカロスおねえさま。またね、ネコさん」  
 わたしはイカロスおねえさまとネコさんとわかれて、またおつかいにもどった。  
   
   
◎Зカオスの現所持金◎З  
2700えん-700えん-100えん(タイヤキ)-500えん-500えん(キャットフード)=900えん  
 
 
「おばあさん、ありがとう」  
「またおいでねぇ〜」  
 つけものやさんでラッキョウを買った。300えんだった。  
 あとはやおやさんでおやさいを買うだけ。そう思ってあるいていたら、  
「うえぇぇんっ!」  
「?」  
 わたしよりも小さな子どもが泣いてる。どうしたんだろう?  
「あなた、どうしたの?」  
「ママー! ママどこぉー!?」  
 ママ? なんだろう、わからない。  
 でもその”ママ”がいないから泣いてるんだってことはわかった。  
   
「はい、これあげる。だからゲンキだして」  
「あう……」  
 買ってきた100えんのジュースと90えんのチョコレートを子どもにあげる。  
「いっしょに”ママ”をさがしましょ。どこではぐれたの?」  
 泣きやんでくれた子どもにきいてみた。  
 子どものはなしかたから”ママ”っていうのがニンゲンだっていうのはわかった。  
「……あっち」  
 指さしたほうをみる。ニンゲンがたくさん。  
「わかった。ふたりでさがしてみましょ」  
「……うん」  
 子どもの手をひいて、わたしはニンゲンたちの中にもぐりこんだ。  
 ……………。  
 ………。  
 ……。  
「本当にありがとうね、お嬢ちゃん」  
 ちゃんとママ、見つけることができた。ママも子どもも、わらってる。  
   
   
「ヘイ、らっしゃい!」  
 すこしよりみちしちゃったけど、やおやさんについた。  
 おやさい、かわないと。  
「えっと、ジャガイモ、ニンジン……」  
 メモに書かれてるヤサイをあつめてく。  
「これでぜんぶ」  
 やさいぜんぶをかかえて、おじさんのほうにもってく。  
「全部で600円だ。いやーそれにしても小さいのにエラいなぁ!」  
 600えん。えっと……  
「……あれ?」  
 おサイフのなかのおかねをぜんぶ出して、かぞえてみる。  
 ……410えんしかない。  
 どうしよう、おかねたりない。おヤサイ買えない。  
 お兄ちゃんに、おつかいたのまれたのに。  
「…………」  
「ん? どうしたんだ?」  
 おじさんがフシギそうな顔をしてのぞき込んでくる。  
 どうしよう。おかねがたりないならおヤサイをうってもらえない。  
 
 どうしよう。  
 どうしよう。どうしよう。どうしよう。  
「お嬢ちゃん?」  
「――!」  
 おこられる。そう思って、わたしは空ににげた。  
   
「どうしよう」  
 なんどもそう言って、そう思った。  
 買ったものはちゃんともってる。おヤサイは、ちゃんとおいてきた。  
 でもホントは、おヤサイもないとダメなのに。  
「カオスちゃん?」  
「ひより、おねえちゃん……?」  
 お兄ちゃんのおともだちとあった。  
 ……………。  
 ………。  
 ……。  
「そうだったんだ」  
「……うん」  
 おかねが足りなくなっちゃったこと、ひよりおねえちゃんにおはなしした。  
「ひよりおねえちゃん。わたし、どうすればいいかな?」  
 ひよりおねえちゃんはわたしのしつもんにすこしだけかんがえると、  
「私が育ててる野菜、分けてあげる。それでどうかな、カオスちゃん」  
「ホント?」  
 もしホントにおヤサイもらえるなら、おつかいはたっせいできる。  
「ふふっ、本当。付いてきてもらってもいいかな?」  
「うん」  
 歩きだすひよりおねえちゃんについてく。  
 まっててお兄ちゃん。もうすぐおつかい、終わるから。  
 
「ただいま、お兄ちゃん」  
「おう、おかえりカオス」  
 無事戻ってきた。とりあえずは素知らぬ顔で、訊かなくちゃいけない事がある。  
「それで、頼んでた物は全部買ってこれたか?」  
「……うん」  
 少しだけ迷って、けどカオスは頷いた。  
 俺の方に買い物袋を渡してくる。  
「……うん、全部あるな」  
 台所の方で買ってきた物をチェックする。  
 カオスに頼んでおいた物は、全部入っていた。  
「ところでカオス。お金、ちゃんと足りたか?」  
「――!」  
 ピクッとカオスの身体が震えるのが判った。  
「…………」  
 しばらく黙ったまま。なんて答えればいいのか、考えているみたいだ。  
 正直に言ったら怒られる。ひょっとしたら、そんな風にも考えているのかもしれない。  
「ゴメンなさい。お金、たりなかった」  
 けど悩んだ末、カオスは正直に言った。  
「そっか……」  
 ホントは全部知ってる。イカロスやニンフ、アストレアが、カオスの様子を教えてくれてたから。  
 けど今カオスに言うべき言葉。  
「きっとカオスがいい子だったから、親切な人が助けてくれたんだな」  
 お金は確かに足りなくなったけど、カオスはほとんどのお金を自分以外の誰かのために使った。  
「わたし、いい子?」  
「ああ。すっげーエラいぞ」  
 その思いやりは、ちゃんと褒めてあげないといけない。  
 カオスが子猫や子どもを助ける優しい心を持ってくれたから、風音に助けてもらう事が出来たんだ。  
   
「マスター。カレーが出来ました」  
「おっ、じゃあ早速食べるか。ほらカオス、メシだぞ」  
「……うんっ」  
 自分が初めてのおつかいで買ってきた物で作られたご飯。  
 きっとカオスにとっても俺たちにとっても、特別な味がするだろう。  
 

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