「今日からカオスも小学生か………」  
イカロスお姉さまが作ってくれた朝ごはんを食べていると、おにいちゃんが私の方を見てそう呟いた。  
私は今日から小学校というところに行く。  
始めはおにいちゃん達と同じところに行けるんだと思いこんでいたが、どうやらそこは私くらいの子供が集ってお勉強をする場所で、おにいちゃんたちはとっくに卒業したみたい。  
それを聞いて悲しくなったけど、おうちに一人でいるよりは楽しそうだし、なによりおにいちゃんとのお話する内容が増えるのはとても嬉しい事だ。  
ちなみに私が小学校に行くにあたって、おにいちゃんとした約束がいくつかある。それは  
 
1、いい子でいること  
2、困っている人がいたら助けること  
3、誰も傷つけてはいけないこと  
 
の3つだ。  
これは絶対に守らなければいけないこと。ある意味、マスターからの命令と同じ。もし約束を破ればおにいちゃんに怒られて、きらわれてしまう。  
 
きらわれる―――  
 
その言葉が頭よよぎった瞬間、体がゾクッと震えた。  
「どうした?」  
「ううん、なんでもない」  
おにいちゃんに笑顔で答える。  
この場所はとても居心地がいい。毎日大好きなおにいちゃんやお姉さま達と遊んで暮らせる場所。  
何があっても、もう海の中には戻りたくない。  
「準備できたか?」  
「うん!」  
「そっか。よし、それじゃ行くか」  
おにいちゃんが私の手をぎゅっと握ってくれる。  
いつもはイカロスお姉さま達といっしょに出かるけど、今日だけは私がひとりじめ。  
手と胸に暖かさを感じながら、初めて通る道を二人で歩いて行った。  
 
しばらく歩いていると、私と同じくらいの子供が沢山集まって来た。どうやら私と同じで小学校に行くみたい。  
服はみんな違うけれど、ランドセルを持っていたり、黄色い帽子をかぶっているからそうだと思う。  
でも私だけがみんなと違うところがあった。  
「ねぇ、おにいちゃん、どうしてみんなのかみはまっくろなの?」  
私の髪はアストレアお姉さまと同じ金色。なのに、みんなはおにいちゃんと同じで黒色の髪をしている。  
「ん?それは……う〜ん……カオスが日本人じゃなくて、外国(?)の人だから…?」  
「?」  
「いや、俺に言われてもエンジェロイドの事は分からんから……で、でもカオスの金髪は綺麗だと思うぞ」  
おにいちゃんは顔を赤くして私の髪が綺麗だって言った。  
 
綺麗ってなに?  
 
言葉の意味は分からないけど、なぜか急に頬が緩む。おにいちゃんに甘えたい感情が芽生え、握っていた手を離し、その腕に体全体で抱きつく。  
おにいちゃんは顔を赤くしたまま頬をポリポリとかいた後、何かに気付いたように反対の腕で私の頭をポンポンと叩く。  
「ほら、見えるか?あれが今日からカオスの通う小学校だ」  
おにいちゃんが指さした方向を見ると、おうちの何倍もの大きな建物があった。さっきの子供たちもそこに吸い込まれるように入っていく。  
私もみんなについて行こうとしたところで、おにいちゃんによって止められる。  
なんでも私は転校生と言うらしく、今日だけはみんなと同じところからは入らないみたい。  
おにいちゃんといっしょに別の入り口から学校に入り、『職員室』と書かれた部屋のドアを開ける。  
そこには見た事もない大人たちがたくさんいて、一斉にこっちのほうを見た。  
これだけの大人たちを目の前にしたのは生まれて初めて。  
少しだけ警戒する。  
「この子が今日からこの学校に転校するカオスちゃん?」  
一人の大人が私に微笑みかける。イカロスお姉さまよりも少し大人っぽい女の人。  
きっとこの人たちが『先生』。学校での私のマスターにあたる存在。  
「はい、今日からお世話になります。ほら、カオスもみんなに挨拶しな」  
私は警戒を解いてはいなかったが、おにいちゃんにそう言われると挨拶しなくちゃいけない。  
「おはようございます。カオスです」  
ここに来る前におにいちゃんから教わった通りに頭を下げて挨拶をする。  
すると周りから、おはよう、しっかりしていい子だね、と返って来た。  
 
いい子?私、うまくできたのかな?褒められたのかな?  
 
少しだけ期待を込めておにいちゃんの顔を見ると、笑顔で頭を撫でてくれた。  
その瞬間、私が感じていた警戒心が一気に解かれた。  
おにいちゃんに頭を撫でられると、それだけでいやな気持ちが全部なくなり、胸がポカポカと暖かくなっていく。  
今ではこのポカポカの意味が分かる。  
これが、愛。  
エンジェロイドは命令されることが存在意義だけど、私は違う。  
私の存在意義は愛を貰うこと。  
これが私の生きる意味だ。  
 
おにいちゃんは先生と少しお話をした後で帰って行った。  
ここに来る前から聞いていたけど、おにいちゃんが私を置いて帰っていく事にものすごい恐怖を感じる。  
 
もしこのままお別れだったら……?  
 
そんな思考がどんどん浮かんでくる。  
これは愛を貰う事で出始めた副作用。  
始めの方はただただ嬉しくて、純粋に笑えていた。  
でも最近気がついた。私の心はスポンジにそっくり。  
少しの愛じゃ物足りない。たくさん、たくさん貰わなければすぐに乾いてしまう。  
乾いてしまったら……私は壊れてしまう。  
だから怖かった。  
だから本当は今すぐにでもおにいちゃんについて行って、「私もいっしょに帰りたい!」と叫びたかった。  
でもおにいちゃんにいい子でいるって約束したから、そんなことはできない。  
私にできることは、ただおにいちゃんの言うことを聞いてじっと我慢するだけ。  
そうしたら、おうちに帰ったらたくさん甘えて、愛をいっぱい貰うんだ。  
 
 
 
 
おにいちゃんが見えなくなったところで、私は先生といっしょに教室まで歩いて行った。  
同じようなお部屋の前を何度も通り、一番奥の1-1と書かれた教室につく。  
中からは男と女、それも私のような子供の声が聞こえてくる。  
先生に連れられて中に入ると、みんなが私を見て驚いていた。  
「今日からこのクラスに加わるカオスちゃんよ。みんな、仲良くしてあげてね」  
「カオスです。よろしくお願いします」  
さっきおにいちゃんに褒められたときと同じように頭を下げる。  
うまくできた。  
そう自分に言い聞かせて頭を上げると、みんなは先生達とは違う反応をしていた。  
そこにあったのは無言のおどろき。  
「?」  
「それじゃあカオスちゃんの席はあそこね」  
首をかしげながらも、先生に言われた場所に向かう。  
その間もクラスのみんなは私の事をずっと見ていた。  
 
私がついた席は窓際のはじっこ。隣には男の子が座っていた。  
こっちの方をチラッ、チラッと見てくるけど、私が見つめるとあわてて違うところを見る。  
 
―――ズキっ  
 
胸に痛みが走る。  
この痛みは初めて愛を理解した時に似ているけど、暖かさは感じない。  
不思議に思いながらも、私はこの男の子に話しかけた。  
理由はおにいちゃんがお友達をたくさん作れって言ってたから。  
お友達をたくさん作ったら学校が楽しくなるぞって教わった。  
そのためにはお話をたくさんしなくちゃいけない。  
「よろしくね」  
私は笑顔で話しかけた。  
だがその子は一瞬こっちを見た後、顔を赤くして首を反対の方に回す。  
「?……ねぇ、どうして私があなたをみると、あっちのほうをみるの?」  
男の子が向いている方向に指を指す。そこには何もないのに。  
「う、うるせーな!お前には関係ないだろ!いいからあっち向けよ!」  
「え……?」  
私はどうして急にその子が怒ったのかわからない。  
でもその子は私に対して『怒り』を感じていることは分かる。  
 
怒られるってことは、つまり私が悪い子だってこと。  
 
ここでようやく、私はどうして胸がこんなにも痛むのか分かった。  
私はおにいちゃんとちゃんといい子でいるって約束した。  
でも私は悪い事をしてしまったみたい。  
おにいちゃんとの約束を破ってしまった。  
おにいちゃんに……きらわれる……っ!  
「ごめんなさい!ごめんなさい!あやまるから……ねぇ、ゆるして……?」  
「っ!?……う、うるせーって言ってんだろ!俺に話しかけるんじゃねーよ!」  
必死に謝ったのに、その子は許してくれなかった。  
あんなに謝ったのに許してもらえない……どうして……?そんなにひどい事を私は言ったの……?  
そんなに……私は悪い子なの……?  
胸の痛みが大きくなる。それに伴って凍えるほどの冷たさを感知する。  
「えっ!?お、おい……!」  
「うっ……ぇうっ……」  
私の感情制御回路が故障したのか、涙がぽろぽろ出た。  
 
痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い……………………………  
 
お勉強の時間が終わると、みんながいくつかのグループを作っておしゃべりを始めた。  
でも私は何処に行けばいいのかわからない。  
それに……また怒られるのいやだ。  
下を向いてただじっとしていた私に、一人の男の子が近寄って来た。  
私を呼ぶ声に顔を上げる。他の子よりも少しだけ体の大きい男の子が私を見て笑っていた。  
「お前、本当にがいこくじん?なんで日本語しゃべってんだよ」  
「がいこくじん、ってなに?」  
「これは本物か?」  
男の子の手が伸びて、私の髪をつかむ。  
次の瞬間、僅かだけど痛みが走る。  
「ねぇ、かみをひっぱらないでよ。いたいよ」  
「へ〜抜けないな。やっぱり本物なのか」  
男の子は私の言葉を無視して、さっきよりも力を入れて髪を引きぬこうとする。  
エンジェロイドにとってこれくらいの痛みはどうってことないけど、それでもいやなものはいやだった。  
 
こわしちゃおっかな。  
 
そんな思考が一瞬生まれたが、慌てて攻撃本能を抑制する。  
誰かを傷つけてはダメ。  
これ以上おにいちゃんとの約束を破ったら、絶対にきらわれておうちを追い出される。  
例えなにをされても、それだけは耐えられない。  
「おねがいだから、もうやめて」  
「いいだろ、少しくらい。金髪のお前が悪いんだ」  
「……どういうこと?なんできんいろだったらわるいの?」  
そんなわけない。だっておにいちゃんは私の髪が綺麗だって言って褒めてくれた。  
「だって俺たちと違うじゃん、お前。目の色もなんか違うし」  
違う……?私がみんなと違うから悪いの?  
でもおにいちゃんも私やお姉さま達とは違うけど、一度も悪いなんて言わない。  
もしかしたら人間は同じ人間しか認めないのかな。  
それなら私が人間じゃなくて、エンジェロイドだって事を見せればいいのかな。  
「うん、ちがう。だってエンジェロイドだから」  
私の後ろに人がいない事を確認して、刃物にも似た6枚の羽を展開する。  
もちろん、服だって瞬時に戦闘用のものに切り替える。  
「ね、私はみんなとちがうけど、それはえんじぇろいどだから。だから私、わるいこじゃないでしょ?」  
これでようやくいい子になれる。  
男の子は私が悪い子じゃないって気がついてくれたから、髪の毛から手を離してくれた。  
そう確信して嬉しくなったけど、その子の次の言葉で、それが大きな間違いだったことに気づかされた。  
 
「ば、化け物……っ!」  
 
私は笑顔の作り方をわすれてしまった。  
 

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