春の陽気は眠気を誘う。ずっと寝ていられたら、夢の中くらいは未確認生物も新世界フェチのド変態も殺人チョップ女とも無縁な、ムフフな『平和』を謳歌出来たことだろう。  
 幸い妄想の種ならごまんとある。うつらうつらと微睡みながら、今日はどんな淫夢に浸ろうかと夢に夢見た桜井智樹十四才の春の一日は――  
 
「さっくらいくぅ〜〜〜〜〜ん。お祭りよぉ〜〜〜〜〜〜〜!」  
 
 ――窓の外から届いた史上最凶の外道の声で、儚くも地獄と化す事を運命づけられてしまいましたとさ。  
 発作の如く飛び起きて外を眺めたら、選挙カーみたいな街宣車がおれの家の前を通り過ぎている最中だった。  
 っていうかマネキンの件からおれのこと狙い撃ち過ぎませんか会長!?  
 
 * * *  
 
 どうせいつもの●ョン・ウーな世界観背負った展開になるんだろうなあ、なんて先が読めてるからやる気なんて出る訳がない。昨日の残りをご飯と一緒に書き込むと、普段着で家を飛び出した。  
 春のお祭りは神社でやってる縁日じゃなくて、地域主催のバザーみたいな感じで、開催時間も朝から夕方までと言った、明るい雰囲気のお祭りだ。  
 ……こんな平穏もブチ壊されるんだろうなと思うと、やるせないことこの上ないな。  
 溜息一つついて行き交う人波をふらふらよけていたら、ご近所の顔なじみがこっちにぶんぶん手を振っていた。  
 殺人チョップ女こと、"おっぱいが……大きいんだ。"でお馴染みの、見月そはらだ。  
 
「トモちゃん遅いよー、もうイカロスさんもニンフさんたちも先行ってたんだから」  
「こんないい天気なんだし、寝かせてくれたっていいだろー」  
「もう、トモちゃんおじさんくさいよー。もっと若いんだから元気だして!」  
「……あれ、イカロスとニンフ、先行ってたって」  
「……トモちゃん、まだ寝ぼけてるの? 大丈夫?」  
「ん、いや、別に……」  
「何にやけてるの? もう、変なトモちゃん」  
 
 ――そういや、馴染みの顔は朝起きたときには既に家にはいなかった。  
 それはつまり、囚われの天使《エンジェロイド》たちが、少しずつ鳥籠《マスター》無しで行動出来る自由を獲得しつつあるということだ。巣立ちが近づいている証拠に他ならない。  
 あんまり気乗りのしなかった春祭りだったけど、いいこともあるもんだな。  
 
「そっかそっか。へへっ、じゃあ、折角だから楽しみますか!」  
「ぼーっとしたりはしゃいだり……。えへへ、トモちゃんは忙しいねえ」  
「……どうせいつものが来るんだ。それまで楽しまなきゃ、損じゃね?」  
「そ、そうだよね、あはは……」  
 
 夏に冬に秋に――そはらも幾多の地獄を乗り越えてきた女だ。『いつもの』で通じるところがまた哀し過ぎる。  
 それでもまあ、今年はムフフなお店も町の外から来た綺麗なお姉さんも多くて、総じて楽しいお祭りでした。  
 
 本当に楽しい、お祭りでした――そう、奴らに会うまでは。  
 
「もう、トモちゃんったら! すぐにえっちな事ばっかりするんだから……」  
「そはらだって興味津々だったくせに……。大体、なんで着いて来てんだよ」  
「そ、そんなことないよっ! わたしはトモちゃんが暴走しないようにって」  
 
 幼馴染と馬鹿を言い合い、笑いあう、ほんの一時の日常に――。  
 
「なんだ桜井、来てたのか」  
「……トラブルあるところ、守形英四郎あり、って感じですね。嵐を呼ぶ男ですか」  
「出会ったエンジェロイドたち全員に、悉く懐かれた桜井には負けるがな」  
「ぐぬぬ、そ、そりゃそうですけど……」  
 
 銀髪メガネ野郎の新世界フェチ・ド・変態が加わり。  
 
「あー、来た来た! トモキだよ、オレガノちゃん!」  
「……ぽ。お久しぶりです、智樹さま」  
「よー、オレガノー! ……と、バカ一名も」  
「バカにいわれたくありませーん、ぷすすー」  
 
 羽の生えた巨乳《ヴァカ》とお淑やかな和服美人が加わり。  
 
「遅いわよ、デルタ。アルファも待ってるんだから早く来なさいよね!」  
「……うんうん、成長してるなぁ」  
「な、何よトモキ……。や、やだっ! 成長してるって、どこ見て言ってんのよ!」  
「……そこはもう成長止まってただろ」  
「〜〜ッ! この、アホトモキー!」  
「ニンフ、マスターにそれ以上いけない……」  
 
 スイカ柄のボールを抱えたおっとり目の天使《天然娘》と、つるぺたひんにゅーの生意気な天使《ツンデレ娘》――巨乳《ヴァカ》と和服美人も含めて、  
そらのおとしものたちが全員集合してしまえば、日常はあっというまに非日常へと様変わりしてしまった。  
 これだけ大所帯でお祭りの人波の中を闊歩すれば、もう衆目の注目浴びまくりである。……一人でも十分耳目を惹くけど。個性的だからなあ、みんな。  
 
「それにしても、あいつらエンジェロイドがおれを放っといて自分たちで遊びに出られるようになったなんて。おれ、感動しましたよ!」  
「……ん?」  
 
 せっかくなんで、フランクフルトを頬張りながら歩く天才にして変態の守形先輩に、そっと心情を告白してみた。自称清純派の変態だけど、そこら辺ちゃんと分かってるのだ、この人は。  
 
「んぐんぐんっ、うむぅうむむむ」  
「……食べ終わってから答えて下さいよ」  
 
 やっぱどこか頭のねじゆるんでそうだけど。  
 
「いや、イカロスもニンフも自分の意志では無いぞ。呼ばれてきたんだ」  
「ええっ!? そんなぁ……。ま、まあ、呼ばれて来たのも、自由意志の選択の成せる技、ですよね? 先輩?」  
「恐怖で支配される事が、自由意志かどうか……」  
「……ここ来るまでずっと避けてたのに、そんな露骨に言わないで下さいよ」  
「いつかは『現実』に向き合う日が来るだろう。それまでのトレーニングだ」  
「残酷なトレーニング過ぎますよう……」  
 
 この人がおれをからかうときは、時折『現実』と言う言葉を口にして、酷く物憂げな表情を見せていた。何考えてるのかはよく分からないけど、凄く心配してくれているのだけはよく分かる顔だ。  
変態の意図なんんて正直汲み取りきれないけれど、想いだけは伝わってくる。有難かった。  
 ……世界の先輩と言う先輩が、せめて守形先輩並の気遣いを備えてくれれば良かったのに。  
 
 遠くから白い鳩が、飛んできた。  
 それも群れで。  
 
「さっくらいくぅぅん〜〜〜〜〜!」  
 
 遠くから悪魔の声が聞こえた。  
 ――おれはもう、ダメだと思った。  
 
 * * *  
 
 緑溢れる芝生の広場の中央を、白いテントが我が物顔で占拠していた。周りを取り囲む旗には、立派な家紋――五月田根の標が描かれている。  
 並び立つ変態群雄割拠+おれたちを待ち構えていたのは、女王様笑いが板に着きすぎて最早新時代の松井●桜子なんじゃないかって貫禄の五月田根の娘、五月田根美香子と、銃器と葉巻の似合う偉丈夫、テキ屋の親父の二人組だった。  
 美香子先輩は我が中学の会長様でもあります。分かり易い絶対権力者だ。  
 そしてテキ屋の親父は全然テキ屋っぽく無い。絶対本職殺し屋だよアレ。  
 
「もう覚悟してます……。先に賞品の話をしましょうよ、会長」  
「あらあら、そんなに悪いことばかりじゃなかったでしょう? 桜井君だってマネキン貰ったじゃない。そんなに苛々したら会長こわーい」  
「あんたの方が危ないし恐いですよ! 権力的にも人間的にも!」  
 
 テキ屋の親父と組んだ美香子先輩は無敵だ。振り返ってもトラウマしか思い出せない。  
 歴戦の変態共も同じ気持ちらしく、無表情《ポーカーフェイス》のイカロスさえ纏う雰囲気に影を差してしまっていた。  
 負の感情まで覚え始めたのかよ、エンジェロイド《時計仕掛けの天使》なのに。  
 
「春も来たぜ――!」  
「うん来てるね分かってるから顔近えよテキ屋の親父っ! 銃口むけんな!」  
「撃っていいわよ〜」  
「ちょま許可すんな! ぎゃああああ! 乱発禁止ぃっ! 死ぬっ死ぬっ!」  
 
 健全で安全なシャバだった筈の空見町村民会場に、硝煙の匂いが立ちこめ、薬莢がそこら中にばら撒かれていく。  
二丁拳銃で足下を撃つテキ屋の親父に操られるがままに、命がけの死の舞踏など踊る羽目になってしまった。  
 銃弾一発かすめるたびに、心臓が口から飛び出しそうになる。  
 遠くではウチの学校の女子連中が、ゴキブリ桜井がリア銃だとか弾丸充だとか言ってるし。ああ、死の間際って感覚鋭敏になるんだね……。  
 
「トモキが言っても説得力無いんですけど……」  
「一人だけギャグ時空に生きてるような奴だからな」  
「トモキ様、相も変わらず素晴らしい生存能力です」  
「お前等にだけは言われたくねー! どっちかつうとそっちの方が非日常だから! おれ日常なの! 現実なの!」  
 
 現実ってざんこくだ。  
 肉体的に鉛玉一発じゃびくともしないような天使や、生身でガン=カタばりの回避術を持ってそうな奴を標的にはしないんだ。  
 
「ト、トモちゃん、がんばれぇ……」  
「おろおろおろおろおろおろおろ」  
「ぷすすー、分かってるのに来るなんてやっぱバカだよねー」  
「空見町が誇る最強戦力軍団の癖に逃げ足はええ。助けて下さいよお……」  
 
 そして、明らかに強そうな、というか確実に強い奴も狙われない。  
 ……ああ、そういえば俺、一時期ニンフに命狙われてたんだっけ。  
 これも刺客ですか!? 空のマスターさんとやらの差し金ですかっ!?  
 
「じゃあ、桜井君がテキ屋さんに遊んで貰ってる間に、今回のルールを説明するわねぇ」  
「はぁーい」  
「ねえおれ要りますか!? もう帰りたいんですけど! イカロォォォス! 命令だあああっ! おれをここから逃がしてくれぇぇぇぇ!」  
 
 おれの必死の哀願を見つめている、緑色の目は悲しく輝いていた。  
 全く笑うのは超絶下手くそなくせに、こんな目だけは得意らしい。  
 わーきゃー言いながらばたばた地を駆けずり回っていたおれに、イカロスが見せた表情は――重くて辛い、決意を抱えた真剣なものだった。  
 
「……申し訳ありません、マスター。マスターの命令でも……出来ません」  
「……お前。自分で決められるようになったのか」  
「も、申し訳ありませんっ! で、でも、マスターの、ますたーの……」  
 
 造られた時に仕込まれた、鳥籠《マスター》の命令には絶対従えというくそったれな存在意義に背くことはどれほど勇気の要ることだっただろう。  
イカロス、ニンフ、アストレア、オレガノ――そして、忘れられないあの子も幸せに生きてよかった筈なのに。それを力尽くで捻じ曲げる最悪なんて、捨てていいのに。  
それでも捨てられない鎖《きずな》なのだ。親子の縁のようなもの――それも生き方さえ縛るなんて、馬鹿らしいし下らないが、存在意義ってそういうものらしい。  
 
 いま、普段は落ち着き払って生きているように見えた女の子は、目に涙を溜めるほどの、本気の狼狽を晒してしまっていた。  
 でも、それが自分の限界を乗り越えようとする姿だと分かってしまえば。  
 心配させちゃいけないから、せめておれは笑顔でいようと、そう決めた。  
 まだ、いまのところは……、仮にもおれが、イカロスの鳥籠《マスター》なんだから。  
 
「……自分で決めたんならしょうがないよな。そっちの方が、命令なんか聞くより、ずっと良い……良いに決まってるだろっ」  
 
 高速でステップを踏んだ千鳥足を止めると、掃射の雨もにわかに止んだ。空気読んでくれるのが憎らしいが、今は許そう。  
 イカロスはおれより背が高いから、顔を俯いたくらいがちょうどいい高さだ。桜色の柔らかい髪を優しく撫でてやると、怯えに震えた声色も、元の穏やかさを取り戻していった。  
 
「マスター……ありがとうございます。――エンジェロイドは、マスターの命をお守りするのが使命ですから」  
「え」  
「今逃げれば、会長さんが」  
「何、言ってんだ、イカロス」  
 
 最初に驚いたのは、彼女がそんな名目で動くことから自由になれる――そんな期待が幻だったと知ったから。  
 二度目は勿論、今この瞬間、頭の中から抜けていた――全ての元凶の名前が出たことにある。  
 
「『空見町の町おこしの為に、三百六十五日、年中無休でお祭りを開くわ〜』と、おっしゃっておられましたから」  
「……よくやった、イカロス」  
「申し訳ありません、マスター。でも、会長は『良い人』ですから……」  
 
 困った表情に朱を差した未確認生物は、またいつもの『ごしゅじんさま』へお伺いを立てるような、切ない表情で俺を見つめていた。  
 参ったことに、状況はエンジェロイドとか人だとか言う次元を超えている。  
 ……誰が彼女を責められようか。空の女王様《ウラヌス・クイーン》だって、『良い人』に頼まれたら誰だってそーする。俺だってそーする。それが絶対権力者って奴だ――。  
 
 * * *  
 
 麗らかな春の陽気に浮かれた空、空砲がパンパンと煙を立てて鳴り響く。  
 どこからともなくわき出た黒服さんたちが組んだやがらの上に立つ会長が、高らかにゲームの開催を宣言していた。  
 
「第四十九回っ! チキチキ! サバイバル叩いて被ってジャンケンポン〜」  
「えええ!? 規模ちっせえええええ!!」  
 
 と思いきやなんと空見町がリングだ! とのことで町中にヘルメットを被ったハンマー戦士が溢れる羽目になりました。  
 ……もうここからはダイジェストで構わないでしょうか?  
 だってどうせ分かってるだろ? オチなんて! いっつも俺が痛い目合うんですから!  
 
 まず先にベストバウトを紹介しておくとしよう。  
「ツインテールまで昆布ですね。憐れ乳のコンブ先輩」  
「殺おおおおおす! きしゃああああああっ!」  
 荒ぶるツンデレ猫、コン……もといニンフ、トラップマスターオレガノに嵌められ無念の敗退。  
 
「――っ! 流石ししょう! 本気でエンジェロイドとやり合えるなんて……ふふっ、燃えてきましたあぁ――ってほんとに燃えるぅ!? ぎゃああっ!?」  
「うふふふふぅ、お似合いよぉ、アストレアちゃぁん」  
 非現実だから、エンジェロイドだからっていいのかそんな火炎瓶戦法! 微笑即殺ジェノサイダー五月田根美香子、近接最強エンジェロイドアストレアを無残にも完封。所要時間23秒なり。  
 
「わ、わたしだって……トモちゃんの幼馴染なんだからぁっ!」  
「分かってます……でも! わたしも、想う気持ちに嘘はつけないから!」  
 暴走と清純の一騎打ち。バーリトゥード飛び交う戦場でちゃんと座って叩いて被ってじゃんけんぽんをやってた美月そはらといつの間にか来てた風音日和、互いに譲れなさ過ぎたらしく時間切れドローにて失格。  
 
 そして、おそらくは空見町史に残るであろう一戦が二つ。  
 
「機械の頭脳が――どこまで曖昧《ファジー》に対応出来るのか、実に興味深いな」  
「マスターの為になら、計算し尽くしてみせます」  
 ハングライダーで跳ぶ変態に、自動追尾の光の矢が襲いかかる! 尚も交わしまさかの空中戦を展開して見せた守形英四郎VS最強のエンジェロイド、イカロス戦。余りに人智を越えすぎて勝敗すらつかず。仕方ないね。  
 
 そして残りの一つが――お、思い出すだにトラウマなんですけど……。  
 
「踊れよ、マンマボーイ……くははははっ!」  
「ぎああああああああああああああっ!?!!!?」  
 
 テキ屋の親父に狙われ続けた、俺、桜井智樹の命がけの逃避行、でした。  
 銃器恐い銃こわいじゅうこわいがくがくぶるぶるがたがたびくびく。  
 
 
 * * *  
 
「優勝は、オレガノちゃんでーす!」  
 
 死屍累累の町に力なき拍手が沸いた祭りの終わり。俺はイカロスに背負われながら家路を進んでいた。  
 
「大丈夫ですか、マスター……」  
「い、生きてる……おれ、生きてるよ……」  
 
 その隣を歩いていたのは、初めてあった頃のように凄く口が悪い頃に戻っていたニンフちゃんと、何故かアフロヘアーになっていたアストレア。  
 
「あんの糞性悪ビッチ……次こそはコロス、殺してやるッッ……!」  
「さ、流石ししょうでした……ううぅ、鍛え直さないといけないかも……」  
 
 聞けばアストレアは『火傷しちゃいました……』とのことである……それは空見町住民全員に当てはまることでもあるが。  
 五月田根家に触れりゃあ火傷する。近づかなくても追いかけてくるから、逃げられはしないのだけど。  
 
「……すみません、マスター」  
「うん?」  
「……ご期待を、裏切ってしまったようで」  
 
 背中越しに聞こえた、イカロスの申し訳なさそうな声。……そーいうのがいけないんだけどなあ、とは思うけど、仕方ない。  
 安全な鳥籠《マスター》からそう簡単に育つ雛ばかりでは無いのだろう……迂闊に育ちすぎたら、また町が一つ潰されるってことも経験したし。  
 
「……少しだけ、成長したよな」  
「マスター?」  
「あのさ、会長が一年中祭りするって聞いて、判断してくれたんだろ? 祭りに参加した方がいいって。あはは、全くめんどくさいよなあ」  
「やはり……逃げた方がよかったでしょうか」  
「いや……イカロスの判断は正しいよ。第一、演算特化型エンジェロイドだろ? 俺が考えるよりよっぽど賢いから、信用してるし」  
「……ありがとうございます」  
 
 言葉は硬いが、響きは踊っていた。自分より大きな背丈の女の子におぶられながら歩くのなんて恥ずかしいにも程があるけど、こんな暖かい音色を側で聞けるんだから、まあ、そんなに、悪くないかも知れない。  
 ……いいんじゃね? いいよね。おっぱいもあるし。  
 
「お祭りの度に、色々あったよな……イカロスとも」  
「……はいっ」  
 
 夕陽に照らされた世界は、ニンフも、アストレアも、イカロスも真っ赤に染めていく。冷たい空の下で暖かい温もりに抱えられ、今日もまた夜になる。  
 
「トモキー、お腹空いたー」  
「せんぱーい、ご飯は大盛りですよっ、大盛りぃーっ!」  
 
 先を往くエンジェロイドたちは気楽なもんで、お腹が空いたと大合唱。  
 
「あはは、全く子どもみたいだよな。こっちまで親みたいな気分だよ」  
「……お父さんと、お母さん、ですか?」  
「うん。うちはいないからな。だからなんか……こういうのも悪くない」  
「……ま、マスターがお父さんと言うことは」  
「あはは、ごめんなイカロス。家事も洗濯もやらせちゃって。お母さん役になっちゃってるな」  
「――っ!」  
「わわっ、羽根拡げてどうした、イカロスっ!?」  
「な、なんでもありませんっ! ……か、回路が、おーばーひーとしただけです!」  
「お、大事じゃないか! また記憶無くしたりするんじゃないぞ!」  
「は、はい……マスター」  
 
 何故か顔から湯気を立てるイカロスを頭を撫でて宥めてみたけど、冷たい夜の下でも、余計に熱くなるだけだから不思議だ。  
 でも、照れたイカロスを撫で回すのは、悪い気はしなかった。  
 兵器でも機械でもない、ただの女の子だって思えるから、安心する。  
 振り回されるだけの一日で得たものは、以外とかけがえのないことだった。  
 

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