「あれ、トモキ?」
居間にトモキがいたから私も来てみたんだけど、いつの間にか眠っちゃてる。
「他のみんなも、いないわね」
改めて見回してみるまでもなく、さっき調べたとおり、居間には私とトモキしかいない。
「ウホホ……」
「だらしないカオしちゃって。一体どんな夢見てるのよ」
夢、か。夢を見るってどんなカンジなのかな。
こんな風に幸せそうな顔をして眠ってるヒトを見てると、少しだけ興味がわいてくる。
でも、今はそれより……
「トモキのコトだから、どーせエッチな夢でも見てるんでしょ」
チラチラとトモキの顔を見てしまう。
ついでに周囲の気配を探る。……うん。誰かが近付いてくる気配もない。
なら、ちょっとくらい、いいかな。
「こ、このままだと風邪引いちゃうかもしれないし。しょ、しょうがないなぁトモキは」
誰もいないのは散々確認したのに、なんとなく言い訳してしまう。
起こさないように注意しながら、トモキの頭を膝の上に載せてみた。
膝枕。前に昼ドラで見て、一度やってみたいって思ってた。
「こんなカンジで、いいのかな……?」
寝苦しかったりしないか、少しだけ不安になる。
ちゃんとキモチよかったらいいんだけど。
「んっ……ふぅ……」
さっきと同じ、ううんちょっとだけさっきよりも、幸せそうなカオになった気がする。
私の膝枕、キモチいいのかな? だとしたら、とっても嬉しい。
「トモキ。私、役に立ててるかな?」
そっとトモキの頭を撫でる。
「んんっ……すぅ」
くすぐったそうに声を漏らした後、また寝息を立て始めた。
ゆっくりとした時間。膝が、温かい。
こんな時が、いつまでも続いたら、いいのに……。
「イカロスせんぱーいっ! お腹空きましたーっ!」
「…………」
続いてくれないのよね、どうしても。
「デルタ! ちょっとは静かにしなさいよ!」
そっとトモキの頭を畳の上に下ろして、声を張り上げる。
穏やかな時間を終わらせた張本人に、どうしても一言ガツンって言ってやらないと気が済まない。
「ゴメンなさいアストレア。今からごはん、作るから」
「そん、なっ……!」
バタリと倒れる音がすぐ近くでした。居間の前にいたらしい。
「…………」
というか、倒れられたらこれ以上文句を言いようがないじゃない。
……ここは私も、アルファの作るご飯が出来上がるのを待つしかないかな。
別にお腹空いてるワケじゃないけど。
「ん……」
それにしても。そばで眠るトモキを見ながら、ふと思う。
いつもアルファの作るご飯を美味しそうに食べるトモキ。
それを見てるアルファの顔は、いつも穏やかで。
「やっぱり、美味しいって言ってくれたら、嬉しいのかな」
疑問を持つまでもない。想像してみればそれだけで答えは出る。
もし自分の作った料理を食べて、トモキが美味しいって言ってくれたら。
ついでに『これからも俺のために飯を作ってくれ』なんて感じで命令してもらえたら。
「…………」
ちょっと、ううん、かなりいいかもしれない。
「私もちょっと、お料理頑張ってみようかなぁ〜」
トモキもデルタも寝てるし、アルファはゴハンを作ってる。
誰に聴かれてるわけでもないけど、なんとなく遠回しな宣言。
頭の中では、既に全速力でチョコレートケーキのレシピを検索していた。
「じゃ、始めましょうか」
翌日。材料を集めた私は、台所に立っている。
今日は誰も中に入れないようにってアルファにお願いしてある。
別にほとんどの人は台所に入ってきてもなにも問題はないんだけど。
たった一人、ゼッタイに台所に入ってきちゃいけないヤツがいるから。
「喉が渇いたな。どれ、麦茶でも……」
「――っ!」
そんな事を考えてると早速ピンチ。
このままじゃトモキが、お茶を飲むためにこっちに来ちゃう。
「はいトモキ、お茶!」
「あ、ああ。ありがとニンフ」
一瞬で麦茶を注いで、居間にいるトモキに渡す。
ついでに当分は同じ事が起こらないように、すぐ横に麦茶の入ったペットボトルを置いた。
というかはじめからこうしておけばよかったんじゃ……。
「気を取り直して、まずはスポンジ作りからね」
ようやく調理に取りかかる。
まずは分量を量っておいた材料を耐熱性のボウルに入れて、温めながらかき混ぜる。
チョコレートが少しずつ溶けていって、生クリームと混ざってく。
なんか、ずっと見ていたくなるくらい面白い。模様がどんどん変わってゆく。
「えっと、次はメレンゲを作って……」
卵白に砂糖を加えて泡立てたもの。
たったこれだけなのに、混ぜたら綺麗な白色。ピンってやわらかい角が立つ。
「…………」
見てたらなにかを思い出しそうになるけど、それは今は置いとこう。
……………。
………。
……。
「ん、こんなカンジでいいかな?」
用意しておいた型に生地を流し込む。これから、オーブンでこの生地を焼く。
「今のところは順調ね」
オーブンの中に生地を入れて、操作してゆく。
開始のボタンを押せば、後は焼き上がるのを待つだけ。
「私の手作りケーキって教えたら、トモキどんなカオするかな」
今はとにかく、それが楽しみで仕方ない。
驚いてくれるかな。褒めてくれるかな。
食べて、美味しかったら、また作ってほしいってお願いされるかもしれない。
これから毎日お菓子を作れって、命令してもらえるかもしれない。
「エヘヘ……」
思わずヘンな笑い声が出ちゃう。
早く、焼き上がらないかな。
「…………」
私は電子戦用エンジェロイドタイプβニンフ。
私は今、とても落ち込んでいる。
「なんで、なのよ……」
トモキに食べてもらおうとケーキを作り始めて結構な時間が経った。
だけどケーキは一向に完成しない。失敗作のスポンジだけが、どんどん増えてゆく。
膨らまなかったり、焼き過ぎて焦げちゃったり。どうしてきちんと出来ないんだろ。
「ニンフセンパーイ! これも貰っちゃっていいんですかー?」
「いいわよ。もう、好きなだけ食べちゃいなさい」
「わーい! ケーキいっぱいー!」
仕方ないから失敗作は全部デルタに食べさせてる。
この子も喜んでるんだから、別にいいわよね。
「さて、と。次こそは……っ」
だけどこのままデルタのエサを増やし続けるワケにもいかない。
私の目的は、そんな事じゃないんだから。
いい加減、成功させないと。
……………。
………。
……。
「センパーイ……もう食べられません……」
「…………」
決意を新たにしてからさらに一時間経過。ついにデルタが倒れた。
というかあのデルタに『もう食べられない』って言わせるとか、どんだけ失敗してるのよ、私。
「きゅぅ〜……」
「…………」
眼を回してるデルタを見ると、さすがにヘコむ。
私にお菓子作りなんてムリなのかなって。
だけど、それでも。
私はこのケーキを自力で完成させて、トモキに食べてもらうんだから。ゼッタイ。
だから、まだまだ諦めるわけにはいかない。
あと何回だって、挑戦してやるんだから。
「……わ」
思わず声が出た。オーブンから出てきたスポンジケーキは、ちゃんと膨らんでる。
黒く焦げてたりもしない。
やっと、出来た。
「まったく、手間をかけさせてくれたわね」
口元が緩みそうになるのを抑えながら、出来上がったスポンジケーキをテーブルの上に運ぶ。
しばらく冷まして、今度はデコレーションに入る。
とりあえず冷ましてる間にクリームを……
「おーい、ニン――」
「あっち行ってて!」
「――フぅっ!?」
部屋に入ってこようとしたトモキを拳で追い出した。
私は電子戦用エンジェロイドタイプβニンフ。
直接戦闘は得意じゃないけど、それでもパンチ一発で人を吹き飛ばす事くらいは出来る。
「というかアルファはどうしたのよ。見張りを頼んでおいたはずなのに……」
多分アルファの事だから、トモキに通りたいって言われたら、強く出られなかったんだろうけど。
どっちにしても、これでしばらくは入ってこないでしょ。イタかっただろうし。
「……ゴメン、トモキ」
少しだけ、罪悪感。
でもこれも、美味しいケーキを完成させる為なんだから。自分にそう言い聞かせた。
「えっと、生クリームとチョコレートを耐熱容器に入れて……」
今はケーキ作りに集中。これ以上失敗しないようにしないと。
「こんな感じでいいのかな?」
三等分にした生地のそれぞれにクリームを塗って、生地を重ねた。
実はこの生地は、さっき冷ましていたやつじゃない。
さっきの生地は型から取り出すのに失敗してグチャグチャになっちゃった。
ただ、もう一度最初から作りなおしたスポンジケーキは、一回で成功した。
ちゃんとコツを掴むことが出来たみたい。
「うん。キレイに塗れたわね」
クリームに覆われたケーキを少し離れて眺める。
こんな風に形になると、ガンバったって実感できる。
「あとはココアパウダーをたっぷりふって……うん、出来た!」
私が一人で作った最初のお菓子。チョコレートケーキ。
とりあえず見た目は、とっても美味しそうに出来てる。
「トモキ、さっきはゴメンね。そのっ……」
一番最初に食べてもらいたい人は、もちろん決まってる。
私は、出来上がったばかりのケーキを抱えて、台所を飛び出した。