「何よ!何なのよ、この糞スレはっ!!!」  
 
2つの世界をめぐる戦いが終結して1年も過ぎた頃。  
もはや召喚される事も滅多に無くなったクラスターの私兵達が駐在する詰所にそんな叫び声が響いた。  
 
「ありえない、頭のてっぺんから尻尾の先までありえないがぎっしり詰まってるわよっ!!」  
 
急にそんな奇声を上げ出した少女を傭兵たちは済ました顔で横目に見ながら通り過ぎていく。  
「あら、またなの・・・?最近大人しいと思ったのに」と闘剣士。  
「まー、最近また気温が上がってきたからね」と罠師。  
「おーい、誰かあいつの頭をアルミホイルでコーティングしてやれー」と奪人。  
 
そんな生ぬるい空気の中、一人の兵士が少女に声をかける。  
「どうしたんですアサギさん。またいつに無く荒れちゃって。人様が立てたスレを高い鯛焼きみたいに」  
「どうしたもこうしたも割り下も靴下も釣りでしたもないわよっ!!今すぐCTRL+F押してみなさいよ!!  
 何でこのスレにはこの銀河宇宙美少女アイドルにしてソウルクレイドル裏ヒロインのあたしの名前が  
 どこにも無いのよ!!『アサギ様のSSが欲しいです』ってレスが来すぎて、  
 しかもあたしの魅力を再現できる職人なんて現れなくてそのまま1000まで埋まるのが当然の  
 流れでしょ!!常識的に考えてっ!!」  
 
アサギと呼ばれた少女はちょうどいい八つ当たりの相手を見かけたとばかりに更にヒートアップして  
まくし立てた。兵士の首根っこを掴んでぐわんぐわんと揺らす。  
間違いなくそっちの方が糞スレだ、などと兵士が突っ込む隙は無い。  
 
そんなやり取りにスルーを決め込んでいた傭兵たちも野次馬モードに突入している。  
「あら、あいつもいい奴ねぇ・・・わざわざ電波女を相手してあげててさ」と闘剣士。  
「まー、類は友を呼ぶとかそんなんじゃない?スレとかSSとか意味不明な単語で分かり合ってるし」と罠師。  
「おーい、来てみろ面白い見世物がやってるぞー」と奪人。  
 
そんな中アサギの勢いは更に増していく。  
その細身のどこにそんな腕力が隠されているのかという勢いで兵士を前後に揺する。  
「ねぇ?おかしいでしょ!?意味不明を通り越して因果系に矛盾が生じるレベルでしょ!?  
 それとも何?こいつらの所持してるSCはあたしが出てこないバグが発生しているとでも言うの?!  
 さっさと無償交換しなさいよ日本一っ!!暑中見舞い申し上げますじゃないわよ!」  
見物客が増えてきて既に晒し者と化している上に頭を揺らされすぎて、兵士の肉体と精神には深刻なダメージが  
蓄積されつつあった。ちょっとした出来心でアサギに話しかけたことを後悔しつつ、  
(いや、誰だってそんなに鼻息荒くして昼間っから騒ぎ立てる女性はちょっとどうかと思うと・・・)  
という突っ込みを飲み込んで宥めた。  
「ほ、ほら、あれじゃないですかね。連中、出し方知らないとか、フィーヌに実力で勝てないとか、  
 そんなんばっかりなんじゃないですかね?実際、アサギさんが言っている様にアサギさんを知っていて  
 そのSSを望まない生命体なんてこの世のどんな論理体系から考察した所で決して存在し得ないわけですし」  
もうこの際道化になろうが何になろうが早くこの場から解放されたいという一心でアサギに合わせて  
適当に言いくるめようとする兵士。これにはアサギも悪い気はしなかったようである。  
「なるほど・・・そういう考え方もあるのかしらね」  
 
これには野次馬も不満気である。  
「あら、何てヘタレなことを言うのかしら。つまんない展開。空気呼んで欲しいわね」と闘剣士。  
「まー、とりあえずヘタレのおかげで静かにはなりそうな方向だし、いいんじゃないの」と罠師。  
「おーい、山田君、ヘタレの座布団全部持ってちゃってー」と奪人。  
 
兵士は数十秒でヘタレを襲名することになったこの状況を呪いつつ、  
1秒でも早い自由を求めて言葉を続けた。  
「そうですよ!ハーフニィス界でも屈指の美少女アサギ様ですよ?誰であれアサギ様の魅力から逃れきれる者など  
 いませんよ!その吸引力にブラックホールが出来ちゃいそうです!」  
そうやって言葉を一つ一つ連ねていく内に、兵士は自分の仲間内での格が急降下していくのを肌で感じていた。  
ていうかヘタレとか格好悪とか負け犬とかマジつまんねとか奴隷根性丸出しとか、普通に聞こえてきた。  
尊厳とか誇りとか自負とか矜持とか、何かそういう大切なものが液体として体外にだだ流れしていくような、  
そんなヴィジョンまで見えた気がした。  
(何というか・・・ヒエラルキーってこういう所で作られていくんだなぁ・・・)  
 
「そっか・・・なるほど・・・そうよね。確かに、このスレの住民が皆救いようの無いカスゲーマーで、  
 SCのオープニングにしてエンディングであるあたしのイベントを見逃していると考えた方が、ずっと自然ね」  
アサギの機嫌が治まりそうな気配に安堵しつつ、ぶんぶんと首を上下に振って肯定する兵士。  
実はこれ以上心にもないことを口にして自分を裏切らないための苦肉の策だったりする。  
がくがくと揺すぶられた首が痛い。  
そんな兵士の様子にアサギは満足したようだった。  
「ていうか、よく考えたら、あんなすっとこどっこいでオヤジキラーなだけの面白髪飾りとか、  
尻丸出し痴女とか、頭のねじが片っ端から抜け落ちた牛女とかに、あたしが劣る要素なんて  
何一つ無いもんね。うんうん」  
こうしてアサギの機嫌は直り、オステカの街に平穏と静寂が戻った。  
と、思いきや。  
「アサギさん、今何て言いました?」  
ここで初めて兵士が突っ込みを入れた。今までの泳いだ目が引っ込み、シリアスな空気を纏う。  
「え?何?急に?すっとこどっこいとか淫乱とかアホの子とかよりあたしのほうが魅力的って話でしょ?」  
が、空気を読めない事にかけてはハーフニィス界でも右に並ぶものの無いアサギはそんな事には気付かない。  
「アサギさん、このスレの住人をいくら莫迦にしても僕の知ったことじゃありません。  
 どんな妄想を垂れ流しても、適当に流してあげるだけの器量はあります。  
 でも、ダネット隊長を侮辱する事は許しません。今すぐ先ほどの発言を撤回してください」  
ここまで言われて、やっとアサギも兵士の雰囲気が今までと違う事に気付く。  
そういえば大戦時はこの兵士はダネットの隊に所属していたのだったか。  
「ふ、ふん。アホにアホといって何が悪いのよ」  
多少たじろぎながらも、あっさり前言を撤回出来るようなアサギではない。  
兵士は無言でアサギを睨み付けている。  
「ていうかあんたってダネットに気があったんだ。バカっ娘萌え?それとも巨乳フェチって奴?  
 ま、どっちにしろ今頃あの娘はリベア(男主)とよろしくやってるんだから希望無いけどねー  
 あいつも本っ当に趣味悪いっていうか何ていうか」  
慣れないシリアスな雰囲気に逃げ出したくなるアサギは自分を鼓舞する様に兵士を  
莫迦にする台詞を吐く。  
「お前っ!」  
その内容に激昂した兵士はアサギに飛び掛る。  
「こ、この、単なる汎用ユニットが裏主人公であるあたしに喧嘩を売る気!?」  
 
当然、ギャラリーは大興奮。  
「あら、思ったよりヘタレ君男気あるねぇ。俄然面白い展開になってきた」と闘剣士。  
「まー、ヘタレ君のレベルはアサギさんより500くらい下だけどね」と罠師。  
「おーい、どちらが勝つか賭けようぜ。俺は勿論大穴狙いでヘタレな」と奪人。  
 
<GUN=KATA>  
銃撃戦の統計学的分析の元、敵の死角に身を置き、瞬時に相手を倒すそれは、剣道、空手を始めとする東洋武術と  
銃の技術を融合させた無敵の「型」である。銃を構える多くの敵の前に平然と姿を晒し、  
相手の弾丸をギリギリでかわしつつ、たちどころに敵の生命を絶つ。(「リベリオン」パンフより)  
 
・・・いや、何の話だ。  
 
何だかもうフルボッコでやられすぎて、何やら兵士の耳に何か幻聴が聞こえてきたようだ。  
アサギは強かった。ギグの力には敗れ去ったとはいえ、「誰よりも強くなった」と自称していただけのことはある。  
場数を踏んでいて、テクニカルで、そして速い。数合打ち合っただけで両者の実力の差は歴然だとわかった。  
紙を裂くより容易に死角に回りこまれた。ライスシャワーのようにしこたま鉛弾を叩き込まれた。  
鉄球とうれしはずかしファーストキッスをさせられた。明らかにこの世界のデザインラインから逸脱した重火器もお見舞いされた。  
兵士も気合で耐えたがそこはそれ。根性やら努力やら勇気やら、精神論では越えられない壁がある。  
兵士は5分ほどで地面に倒れ臥す結果となった。  
 
「ちんけな喧嘩に、華麗に勝利〜!!」  
兵士の背中に片足を乗っけつつ、アサギは勝ち名乗りを上げた。  
「全く、この程度の実力であたしに挑んでくるなんて可愛いわね。勇気と無謀の意味を100回くらいググって来るのね!!」  
「くそ・・・隊長の名誉も守れなくて、何が兵士だ・・・これではただの負け犬じゃないか・・・」  
兵士が悔しげにつぶやく様を見て、アサギは更に追い討ちをかける。  
「アホな隊長にマヌケな隊員。よくこんな奴らがガジル界で生き残れたもんだわ。  
 こんな様じゃ、愛しの隊長さんに相手にされなくて当然ね」  
ここまで徹底的に敬愛する隊長を侮辱されては黙っていられない、兵士は気力を絞り、抵抗する事にした。  
すこし傷をつけてやるか。  
「相手にされなかったのは、アサギさんも同じ事じゃないですか?」  
「は?何の話よ」  
兵士の発言の意図が汲み取れず、聞き返した。  
「リベアさんに、ですよ」  
そう言われた時の彼女の表情の変化を見て、少し兵士の気持ちは満たされた。やはり、図星か。  
目を見開き、頬を紅潮させたその顔は全く絵に描いたような驚愕の表情という他無い。  
というより、絵に描いてもこう見事な驚きを表現するのは難しいだろう。  
「まあ、気付かないはずがないですよね。ギグさんの支配のシステムを知っている人間なら」  
硬直して動かないアサギにさらに言い連ねる。思いのほか気分がいいな、と感じた。  
「支配っていうのは名ばかりで、嫌になったらいつでもそれを拒否できるんですからね。  
 ただ悪ぶった言葉を使うのが好きなギグさんがそう名付けただけ。  
 必然、リベアさんの下にいるのはそうしたいと思っている人だけです。  
 後はアサギさんと遭遇した時のメンバーを考えれば自明の理ですね」  
ああ、小説の探偵というのはこんな快感を日々味わっているのか。  
アサギは俯いて動かない。では、締めと行きますかね。  
「そんな性格じゃ、リベアさんに相手にされなくて当然ですけどね」  
アサギはその言葉でビクンと震える。思いのほか堪えたようだ。  
兵士は若干気の毒に思えたが、自業自得だと思う事にした。  
 
次の瞬間まで。  
 
「うう・・・ひっく・・・うぇぇん」  
「げ」  
さっきまでのささやかな勝利感はどこへやら、兵士の胸に動揺が走る。  
どうしよう、やりすぎた。まさかあの傍若無人をこの世に具象化したような少女が泣くとは。  
兵士としては完全に予想外の事態である。喧嘩に負けたときには、少し痛いところを突いて  
一矢報いて、それでキれて蹴散らされてもいいや、と思った。  
そんな覚悟でこの手法をとったが、ここまで効いた場合の事は想定していなかった。  
周りを見渡してみるが、興味本位の野次馬たちなどに頼りになる人物はいない。  
 
「あら、そろそろ夕食でも摂りに行かないとね」と闘剣士。  
「まー、それなりに見ものでしたって事で」と罠師。  
「おーい、この場合、賭けはどうなるんだよ」と奪人。  
 
「おまえら・・・まじファッキン・・・」  
兵士は自分のキャラも忘れて悪態をつき、途方にくれるのであった。  
 
「ぐすっ・・・だって・・・魔界では強くないと生きていけなかったんだもん・・・」  
 
そして結局、アサギを慰めている兵士。こいつは何の為に喧嘩をしたのか。  
「で、ですよね、アサギさんは何も悪くないっていうか、見る目の無い世間にこそ問題があるというか・・・」  
 
あれから、一応の責任として兵士はアサギを彼女の部屋まで送った。  
正直な所それでおさらばしたいというのが兵士の本音だったが、ベッドに座らせたアサギが急に独白を始めてしまい、  
帰るに帰れなくなったのであった。  
 
「あたしだって・・・こんな事ばっかりやってたら嫌われるって分かってたわよ・・・  
 でも、ずっとこんな風に生きてきたんだもん・・・  
 すぐに変われないもん・・・」  
うっ。  
「他の女の子のほうが魅力あるのも、リベアが私の事なんか見てないのも知ってたわよ・・・」  
ぬぅ。  
「莫迦な事ばっかり言って、皆に呆れられてるのも理解してたけど・・・  
 でもあんただけは毎回律儀に宥めてくれて、相手してくれるから結構いいやつだと思ってたのに・・・  
 けど、すごい傷つく事言われて・・・ぐすっ・・・」  
あああぁぁ・・・。  
 
「うわぁ・・・すいません・・・」  
(うぅ・・・アサギさんの一言一言が僕の心の柔らかい部分をナイフで抉るぅ・・・)  
もうやめてあげてほしい。とっくに兵士のライフポイントは0である。  
 
「もう、いいわよ・・・」  
いや、そんな涙ぐみながら消え入りそうな声でいいと言われても、と兵士は思った。  
「本当すいません。憧れの隊長を悪く言われて、ついカッとなってしまって・・・」  
更に謝らずにはいられない兵士。しかしアサギに泣き止む様子はない。  
むしろ、更に気分を悪くした様に、かぶりを振って言い返す。  
「うるさい!もういいって言ってるでしょ!出てけぇ!」  
「うわぁ!す、すいませんでしたぁ!失礼します!」  
その剣幕に、兵士は部屋から退散するしかないのであった。  
 
「隊長隊長隊長って・・・。今あんたの前にいるのはあたしでしょうが・・・」  
 
あれから、アサギは姿を見せていない。ずっと部屋に篭っているままだ。  
 
「う〜ん、今回はさすがにまずかったよなぁ・・・」  
兵士はひとりごちる。  
よくよく考えてみれば、失恋の傷を抉るというのはさすがにかなり非道な手法だった気がする。  
自分とて、いまだにダネットがリベアと仲良くしているのを見ると胸が痛むというのに。  
 
「ああ、僕ってすごい嫌な奴・・・」  
 
アサギの泣き顔を思い出す。あのプライドの高い彼女が人目も気にせず泣き出すなんて、  
受けた傷はどれほど深いのだろう。それを思うと、兵士の心の内も暗澹とする。  
笑顔、怒り顔、すまし顔。昨日まではくるくると変わっていた彼女の表情を雨模様一色にしてしまったのは自分だ。  
 
「よし、うん。決めた。もっとちゃんと謝って、慰めて、仲直りしよう」  
 
そんな言葉が自然に出てきた。彼女の元気はときに迷惑だけど、それでもやっぱり彼女には豊かな表情が似合う。  
そう思って、兵士は自分の発想に少し驚いた。昨日までは只々困り者だと思っていたはずなのに。  
 
「まあ、それはそれとして。どうすれば元気出してくれるかな?」  
 
その手法を思索する。アサギの事だ。ただ謝りに行っても部屋に入れてすら貰えないだろう。  
何か一発で彼女を元気づけられる。そんな手法はないだろうか。  
そんな兵士の脳に、一筋の雷光が翔ける。  
 
「・・・元々今回の発端が、全く需要がなかったせいで怒ってた事だからね。これしかないでしょ」  
 
そう言って不敵な笑みを浮かべた兵士は、『我々』の方を向いた。  
「スレの皆!!彼女が元気を取り戻せるよう、  
『アサギ様ばんざーい!!』って書き込んでくれっ!!」  
 

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