――バタン  
 
 
扉が無機質な音をたてて閉じるのを意識の片隅で聞きながら、私はゆっくりとその身を起こした。  
気だるい躰。痛む腰と、上手く音を紡がない喉。起き上がった刹那 閉じられた身体の奥からドロリとした物が流れ落ち、私は一人 息を飲んだ。  
寝台に染みを残す粘ついた液体。それが『彼』が此処にいた事を 思い出させる。  
“一夜限りの情事でも構わない…”  
そう言ったのは 私の方。『彼』には『彼』の愛する人がいると知っていて誘ったのも、私。体だけで良い、それで良いから…と言ったのも 私だった。  
自分が望んだ夜の終焉。別に『彼』が私が起きるまで一緒にいてくれるとは思って無かったし、『彼』がこの不毛な行為の後 すぐに立ち去るであろう事も想定の内だった。  
 
「…別に 気になんて・・・」  
 
呟いた独り言は 掠れていたはずなのに一人ぼっちの部屋にはやけに響いて。それが私を更に寂しくさせた。  
『彼』は 私の物にはならない。私の待つ所には来ない。帰るのは、別の女の部屋…。  
――叶わない恋だとはわかっていた。  
『彼』と会うには 季節が遅すぎたのだ。私が『彼』と出会った時には 『彼』の隣には、もう彼女がいた。  
 
何故相応しい季節に逢えなかったのか。  
それだけが悲しくて。そして…それでも諦め切れなくて。何度も何度も 『彼』への愛の言葉を囁いた。  
それを嗤われながらも ただただ、思い続けた。『彼』に振り向いて欲しくて。女として見て欲しくて。慣れない赤い髪留めなど着けて 『彼』だけを追っていた。  
 
――その結果が…これだ。  
 
体を繋げて 一時だけでも『彼』を独占したと思っていたのに。熱が冷めてしまえば、以前より遠い関係に逆戻りしてしまっていた。  
どうして。何故…『彼』と寝てしまったんだろう。あんなに望んでいた事の筈なのに、今になってそれを後悔する私がいた。  
 
ぽたり。  
 
「…あ・・・っ」  
 
俯いた拍子に 敷布に涙が落ちた。それはいくつも降り注ぎ、瞬く間に布を濡らした。  
悲しいのか 寂しいのか。悔しいのか恨めしいのか。それすら分からず私はただ泣き続けた。  
 
「嗚呼…お父さん…お母さん…」  
 
実にならない種を蒔かれた腹を撫でながら 私は低く咽ぶ。――この子は生まれては来ないだろう。ぼんやりと そんな予感がした。いくら私が望んでも、きっとこの子の未来は 生まれるより前に死が待っているに違いない。…だって、不義の子なのだから。  
 
――でも それでも私は夢を見ていた。『彼』と、『彼』の子と 林檎の木を囲んで穏やかに過ごせる日常を。  
無駄だとはわかっていても・・・  
 
「――それでも、私は 幸せになりたいのです・・・っ!」  
 
 
叫ぶように言った言葉に応える声は無く、無意味に余韻を残して消え逝くばかりで。  
暗く灯りのない部屋の中 私はただ一人 、夜が明けるまで ぬめり溢れる蜜をかき集め むせび泣いていた・・・。  
 
 
 
 
 
終幕  
 

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