始まりはほんの些細な事だった。
冥府にしては明るい、多分昼くらいの時だ。
「そういえばタナトスって他の人とした事があるの?」
がしゃーんっ。
向かい合ってお茶を飲んでいた、タナトスがカップを見事に落とした。
「‥‥‥‥あるな。」
「ごめんごめん、気にしないで…‥って、あるのっ?!」
数拍置き言われた言葉に、思わずミーシャもカップを落としかける。
奥手そうだと思いきや、とんでもない事実だ。ウッカリ今日を「今日は貴方がカップを落としたからカップ破壊記念日」In 冥府 にしてカップを割りまくる日にする所だった。
流石に存在している年月が違うからな、と思わずツッコむタナトス。
「‥‥といっても、余り良いモノでは無かったが。」
「その口振りから言うと、された側だったのね。」
男色に捕まったんじゃ大変ね、としみじみ呟くと、彼の動作が綺麗に固まった。
「どうしたの?」
「イヤ、ナンデモナイ。」
妙に上擦った声で答えるタナトス。
その声にニッコリ笑いながら、生者の国仕込みの拳を用意するミーシャ。
「確か神様に、両性持ってる人、居たわねぇ?」
以前彼女の兄を器としようした事がバレた(隠したつもりは毛頭無かったが)時にその鉄拳を食らいかけた冥王は思わず身構えた。
「たっ、確かに我もそうだが、別に打ち明けなくてもいいではないかっ!」
地味に こんぷれっくす なのだぞ!と視線を逸らす彼にミーシャは猛撃する。
「何言うのよっ、夫婦なんだから夫のナニを全部知りたいのは当然じゃないっ。」
「我は死だから、生を司る母上やミーシャのような孕む性は似合わないのだっ」
「私は運命の器でも貴方の花嫁よ?死に属しても私は女、タナトスもなったって構わないじゃない!」
見てみたい、というミーシャの押しに観念したのか、タナトスは溜息を吐いた。
ふわり、と闇を揺らめかせ風が吹く。似合わないからあまり見て欲しくない、と言いながら顔を上げたのは、
「貴方、何処の美少女よ?」
長い黒髪に白い肌。
少し低くなった背のせいで多少ずるようになった黒服、男の時より細身になり 更にくびれた、腰。
鼻筋の通った顔に綺麗な細い眉、更にその下には以前より少し大きめに配置された紫色の瞳。
その姿はまだ薫る事を知らない華だ。
が。
「‥‥‥‥無い。」
悲しいほどに胸の部分の布は真っ平らに落ちていた。
「無いって……ちょっと待て、ミーシャッ!?」
後ろに回ったミーシャに突然胸を掴まれ、驚きの声を上げるタナトス。
「あら、ちゃんとあるわね。まな板に近いけど。」
最初離せとばかりに暴れていた自分の夫が黙ってる事にふと気付く。肩幅の狭くなった背中をよく見てみれば、震えていた。
「怒ってる?」
首を横に振るが、此方を振り向かない。
不審に思いもう一度問うと漸く口を開いた。
「‥‥っは、そういう訳じゃ、なくって……ッ…!」
思考一時停止。
吐息が混じった声は若干どころか普段より更に艶っぽい。
「・・・・もしかして感じちゃった?」
「だから嫌だ、と言ったのにっ。」
演技かと思い、余り無い胸を潰すよう撫でれば、びくり、と体を震わせる。
「みっ‥…ミーシャぁ‥‥っ‥。」
頬を染めて無意識に涙ぐんでいる姿は、
「‥‥‥‥‥ごめん、誘ってるようにしか見えないわ。」
正直かなり可愛かった。
勢いのまま床に押し倒せば、軽い音を吸わせ 冥府の闇より昏い黒髪が散らばる。
長い睫の奥に伏せられた濃紫がよく映える 血色の悪い白い肌、薄いが柔らかそうな唇。軽く指や髪が肌を撫でる度に零れる嬌声は甘く とても愛らしい。
というより。
「もっと早めに気付けば良かった‥‥こんなに感度が高いなんて。」
黒衣の前面を肌蹴させながら、真顔で言うミーシャ。体を倒し腹の辺りにそれなりに撓む自分の胸がつかせ、つつくよう まだ子を為せない娘のように芽吹いたばかりの飾りを弄る。
「‥‥ぃやぁっ‥、そんな事、言わないで‥くれ…‥っ‥。」
妻のしなやかな手から逃げるよう身体を捩らせ、柔く首を横に振る。青白い肌の指が刺激を与えられる度にピクリと跳ねた。
穏やかな丘から胸骨、前の割れ目へと指を滑らせていく。
「ッあ…‥!」
「!?」
手に感じた違和感に 彼、今は彼女の服を取り、再度驚く事となった。
自分はじんわりと湿気を帯びたのに対し、愛液が腿を伝いそうになっている。‥‥ちょっと地味に傷付くのは何故だろう。
対する彼女は涙を浮かべ、そんなに見ないでくれと苦情を出した。自分もした癖に随分な注文な気がするが、当時処女だった筈の自分より余程処女っぽいので文句も言えない。
「じゃあ聞くけれど、女のままと男で続行されるの、どちらが良い?」
たっぷり数十秒。
紫の伏せ恥らいを含んだ瞳で此方を見詰めた。
「・・・・なら、このままにする‥‥。」
そのままでいいのか。そのままで。
アルテミシアは心の底からツッコミを入れた。確かに男で犯されたら嫌かもしれないけど 寧ろ犯されてて良いのか!
何より、こんな可愛i…否淫らな姿を他の誰かに見せたのだろうか。
ふとそんな疑問が頭をよぎった。
アルテミシアは無言で脚を上げさせ、自分の肩に渡す。急に同意なしで自分を明らかにされ 動揺するタナトスに、ミーシャは言い放った。
「分かった。今からタナトスがしてくれたみたいにするから。」
髪を掻き上げ、後ろにする。そして開かせた奥にある蜜を零している割れ目へと舌を沿わせた。
「っぁ‥…、ミ…っ‥ーシャ!そんな事、我はしてな…‥ぁあッ!」
途端に脚を閉じようとするが 慣らすよう入口に浅く入りながらなぞる感覚に震える。大分感じているのか、嫌がる表情すら惚としている。
口から零す 禁欲的な言葉に対し、対照的な体。ズッとその胎内に舌を埋めると、背を反り返らせた。奥にある液に濡れた尖りを口に含み、舌でつつくように舐める。
途端に狭くなる内壁。
「っ…‥、ミーシャッ、熱い‥‥ぃッ‥!」
何の事かと問おうとする度 舌を締め上げられそうになり、漸くミーシャは何が原因か思い当たった。
「‥…舌の事?」
涙を零しながら頷くタナトス。半ば開いた艶を帯びた唇が歪む。
「ミーシャは、体温、があるからぁ‥…っ。」
言われてみればそうだ、と今更気付くが、既に取り返しがつくような状態ではないという現状だったり。(特に彼が。)
状態を見る為に舌を抜くと切なげな声をあげる。其処は自らを荒らした熱が無くなった事を惜しむ様に収縮し、蜜をとろとろと下に溢れ落とした。
「こっち向いて。」
唇で薄く開いている唇を埋めると 己の体温が残るその舌に惑う素振りを見せたが、空いた場所に指を挿れてやると容易に受け入れ 表情も快さに塗り潰される。
声にも息にもならない短く浅い音と蜜が掻き乱される音がした。
恥らった息継ぎの間に逃げようとする彼を捕らえ、挿れていない方の手で対の芯をこねる。
二本、三本と胎内で蠢かす数を増やす度に強い締め付けと甘く溶けそうな声が喘いだ。
「っぁ‥‥み、しゃ…‥あぁッ…!」
一瞬大きく息が入り ガクン、と身が崩れる。
彼の胎から指を抜けば、衝撃で閉じた眼の睫が震えた。
ミーシャも興奮にも似た眠気に襲われるまま、床に身を倒した。
声がする。
「‥‥しゃ、ミーシャ。」
タナトスの声だ。先程は多少やり過ぎてしまったが、それに対する責任を感じさせない声だ。
瞳を開けてみればやはりタナトスがいた。
但し、上に跨った状態で。
‥‥‥何だろう、デジャヴュが。
ミーシャの頭から一瞬にして先程の甘い情事の夢が吹き飛ばされた。視線を落としてみれば平らな――‥‥だが柔く丸い肌ではない胸が目に入る。
つまり今、彼は男だ。
「済まない、ミーシャ。ミーシャはあの様にして欲しかったのだな。」
真顔なタナトスに物凄く嫌な予感がし、ミーシャは自分の背中に嫌な汗が流れていく気がした。
「えと、タナ‥トス‥‥?!」
「安心してくれ、しっかりやるから!」
満面の悪意の無い笑みで、タナトスは答えた。
のちにミーシャは、余り余計な知識をタナトスに吹き込まないよう、心に決めたとか決めなかったとかいう。
おしまう