「はぁ、はぁ!」
何が起こったのかよく分からなかった
けど
「はぁ…はぁ…ゲホッ……はぁ…。」
唯一つ、ここにいては危ないと分かった。
「お姉ちゃん…! お姉ちゃん!!」
少女は走った。目的も知らず。ただ離れようと、逃げようと。
駆けて、駆けて、駆けた。
後ろは振り向けない。振り向いたら死がすぐそこまで来てるような気がする。
「はぁ…はぁ…。」
少女が逃げた直後、風の都は一変した。少女は最初自分のせいだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。よく分からないけど、奴隷は歓声をあげながら何処かへと走り去り、支配する階級の人達は血走った目で残った奴隷を探していた。
少女はそんな混乱の中でどちらの人々からも見付からぬように隠れていた。そして後、逃げた。
「そっちはどうだ!?」
「くそ! こっちの奴らも皆奴についていきやがった!」
「馬を走らせろ! 急げ! 早く伝えるんだ!」
男達がせわしなく彼方へ行ったり此方行ったり。見付からないように、見付からない少女は息を潜めて逃げ出す。
「はぁ……はぁ…。」
誰にも見付からないように、少女は荒野を駆けて行く。
そして、ようやく風の都からやや離れた岩場で腰を下ろす。
「お姉ちゃん…。」
呟くのは優しかった姉の名前。いつも少女のことを大事にしてくれていた。
今だってそうなのだ。
その事実がまた少女を苦しめる。
「ごめんなさい…ごめんなさい…。」
夕暮れのイリオンを遠くに置き、少女は震える膝を抱いて咽び泣く。
岩場が織り為す陰に身を沈める少女に、小さく死が笑った気がした。
…その時、足音が聞こえた。
少女は泣くのを止め耳を澄まして硬直する。足音は複数のようだった。
少女は目を閉じて、彼らが早くこの岩場から離れるよう祈る。
「――――。」
「―――! ――!!」
しかし声は遠ざかる気配を見せない。
「……お、姉ちゃん…。」
握っていた手に力を入れて震える膝を押さえる。膝が白くなっていた。
見付かったらどうなるのか…。
姉の様子を見せつけられた少女の脳内には嫌な映像が浮かんでは消える。
「お姉ちゃん…お姉ちゃん…!」
けれども、その映像はやがて大好きだった姉の映像へと
『ヘカテ! ヘカテ!』
笑顔が眩しい綺麗な姉。少女の自慢の姉。
「お姉ちゃん……。」
少女は自分の頬を伝う涙に気付き、姉のいない今をまた叩きつけられる。
…姉の最後の願い。
『……………
………………。』
「おい、見つけた! こっちだ!! おい!」
その声にびくりと顔を上げると、黒い髭をたくわえた大男が少女を見下ろしていた。
「……っ!」
反射的に少女が逃げ出す。
「あ、おい! そっちだ! 捕まえろ!!」
大男の声が少女の後ろから響く。少女は駆ける。
だが、少女が駆け出した先には男が二人。逃げられるはずがなかった。
「…いや……!」
「嫌じゃないんだよ!!」
男の声が響く。下卑びた笑い声もまた岩場に反響する。
「いや…お姉ちゃん! お姉ちゃん! お姉ちゃーん!!!」
…死が笑った気がした。
天球を覆い尽す星々は様々な事を人に教えてくれる。
それは天気であったり、方角、収穫の時期だったり
さらには未来、人の運命までもを指し示す。
人は滅びへ向かう星々の瞬きに、その瞬きよりも短い人の一生を見つけ
指し示す瞬きは、運命となって人々に降り注ぐ。
産まれるのが運命なら、死に往くのもまた運命。
運命は物語を紡ぎ、歴史を奏で音は地平線を渡る。
女神がどんなに残酷でも、立ち向かう白い翼を
…今の私にはまだ無いかもしれないけど…それでも、いつかきっと。
………………
「エレフで構わないぞ。」
「いくらなんでもそれは駄目です。」
「…何がダメなのか知らないが、役職などで呼ばれても俺がしっくりこないだろ。」
「ですから、エレフセウス様と…!」
将軍様、と呼んだ直後の会話。生まれて初めて馬に乗せられた私は、彼が後ろから支えてくださるお陰で未だ一度も落馬していない。
…でも実は結構高くて怖い。
…って言うか何でこの人こんなにフレンドリーなんだろう?
「呼ばれ慣れてない名では反応も遅れるだろ。」
…この人は私をからかっているのか…よく分からない。馬に乗りながら後ろを見る程まだ乗り慣れてない私は、この方をちょっと不思議に思う。
「では、エレフ様で。」
「…うーむ…。」
何が不満なんだこの人は…。
先程とは全く違う様子を見せる彼に私は少々困惑する。
…もしかしたら、私を気遣って話してくれるのだろうか…?
…だとしたらとても悪いような気がする。
「…うーむ…。」
…何か本気で悩んでるような気がしないでもないけど。
「今からどちらに向かうのですか?」
私はとりあえず話題を変える。このままだと、女の私がでしゃばって彼の言う通りに呼び捨てで呼んでしまいそうな気がしてきたからだ。
「まずは陸路でトラキアに向かう。後、北へ行くことにしている。」
…聞いておいてなんだが、トラキアと言う場所は初めて聞いた。
「北で用事を済ませたら、海路でテッサリアを中継しアルカディアへと向かうつもりだ。」
北での用事…。
「まだまだ先のことさ。」
エレフ様は軽い口調でそう言った。地理に疎い私はそれ以上尋ねることもなく、ただ「…そうなんですか。」と黙りこくった。
「私はこのまま北へ行くのだが、セレネはどうするんだ?」
少し落ちそうになった私を支えて彼は聞いてきた。
…私の故郷アイトニアはここから随分遠くにあるらしい。
故郷に帰っても残っているのは抜け殻となった町だけなのだけれども、そんな事実が私には大きな郷愁の情をもたらした。
けれど、それ以上に心配なのはヘカテのこと。…探してもらってはいるが、もし見付からなかったら? …どうしよう…。
「私に着いてこない人々も沢山いた。」
私がだんまりしてる所に、エレフさんが静かに話し出す。
「彼ら、或いは彼女らは抜け殻となった町を新しく復興すると言っていた。
誰にも屈しない、彼らの為の町らしい。」
馬の背中が股に当たって痛い。そんな私の脇腹を支えてくれた。痛みが和らいでいく。
エレフ様は続ける。
「セレネの妹もきっとそこにいるはずだ。今だったらまだ向かうのは間に合うぞ。」
馬は走り続ける。
「……。」
…そこでなら、ヘカテは私がいなくても幸せに生きていけるのだろうか。
…獣躙される自分を見つめる妹の瞳が蘇る。
「…行きます。連れて行ってください。お願いします!」
…考えがまとまる前に言葉が飛び出していた…それは嘘かもしれない。
「…そうか。」
エレフ様の表情はもちろん分からなかったけど、彼はそう言うと馬の横腹を足で叩いた。
雄々しく鳴いた馬は速度を上げ駆けていく。
風の都は、やがて見えなくなった。
連れていかれた場所は本当に廃墟であった。それ以外に形容する言葉を見付けるのが難しいくらいに廃墟。人が住んでいたかも疑わしい場所だった。
「…やだっ! やぁだ!!」
一人の少女の声がそんな廃墟に響く。
その声の大きさに紛れてはいるが、その音とは別に幾人かの足音も響いている。
足音は誰もいない廃墟の中でやがて止まった。
「いい加減、うるせんだよっ!!」
男の粗暴な声が響き、大きな物音。
少女は後ろ手に捕まれていた所を勢いよく突き飛ばされた。
「…っ!」
しかし、少女は声をあげずに四ん這いでその場から逃げ出そうとする。
その様子がその男を不快にさせたのか、男は少女の腹部を蹴りあげる。
判別つかない小さな悲鳴をあげて、少女の動きは止まった。
「何逃げようとしてんだよ? あんまふざけてると本当に殺すぞ?!」
蹴りあげた男が四ん這いの少女に対し目線を合わせ、彼女の髪を掴みあげる。
「あ……ぁぅ…。」
「そうだよ。お前はそうやってずっと脅えて従えばいいんだ。殺しはしない。な? いい話だろ?」
男の言葉に後ろにいた連中も下品な笑い声をあげる。
涙と泥にまみれた顔を歪ませて少女、ヘカテは恐怖した。
「さぁて、やるか。お前らもこいよ。」
にじりよった男達からなるべく離れるようにしても、後ろはすぐ壁。逃げ場は無い。
「さぁてと、ほら……くわえろ。」
男は股間のモノを少女に露出させ、顔前へとつき出す。
目をつむり口を堅く閉ざしてうつ向くヘカテに対し、男は大きな舌打ちをする。
「…指の一本や二本切り取ったっていいんだぞ?! あぁ!?」
大きな怒号を放つ。ヘカテは恐怖に体を震わせた。
しかしそれでも開かない口に対し、男はまた舌打ちをした後で左手で顔面を殴った。
次の瞬間には少女は脇へと転がり、少女の地面に放り出された手足は他の男が抑える。
「やだ…! 助けて! お願いぃ!!」
「勘違いすんなよ。逆らわなければ殺さない、と言っただろうが。」
「やだ…! やだぁ…!」
手足の自由が聞かなくなった所で余計に緊張したのか、ヘカテは泣き叫ぶ。
「………。」
男は無表情でもう一度殴った。
ベチ、と乱暴な音がする。
「…ぁ……。」
「いいからくわえろって言ってんだろ。」
ようやく静かになった、と呟いた男は自身を少女の口の中へと押し込んだ。
「んんんんんー!!! んーんー!!!」
「はは! 何言ってるか全然分かんねぇ!」
男はやや満足そうに笑い、後ろの男も釣られて笑う。
「おい、こいつもらしてるぞ。」
足を押さえていた一人がふいに大きな声をあげ、男達からまた笑いが起きる。
「んだよ…きったねーなぁ…。」
「いいからとっととやれよ。後がつかえてんだ。」
男達はそんな言い争いをしてるうちに、少女は口の中を出入りするそれに口を犯されていく。
ゴスッゴスッ、と男が腰を振る度に後頭部が地面にぶつかる音がする。
「んんんんー…んんん!」
「あー、そろそろだわ。」
「は? お前早すぎだろ!」
ぎゃはは、と下品な笑い声をあげる男とは対照的に、少女の小さな抵抗はいっそう激しさを増す。だが、そうした所で抑えつけられてる力に敵うはずもなかった。
「なんだよこいつ! 自分から腰振ってやがる!」
「ションベン垂らして腰振るなんて、とんだ変態じゃねぇか!」
「んんーっ! んー!!!!」
目尻からは大粒の涙が溢れ地面を濡らす。抑えつけられた手で地を掴む。爪が割れるほどの力で掴んでも、感じるはずの激痛はどこか遠くのもののような気がした。
「んんー! んんんー!!」
「うるせぇガキだな! ほら、出してやるよ!!」
男の腰の動きが急に緩やかになる。と、同時に少女は喉の奥の方に異物を感じる。
どんな味か、なんて判ずる前に、背中を伝う毒々しい色をした芋虫のような不快感を感じ、勢いよく吐き出そうとする。
「んんんん!!」
「おいおい、吐き出すつもりかよ……っと。」
しかし、男は放出した後も抜こうとはせず、逆に口を塞ぐようにくわえさせ続ける。
「んん! んごぉ! おぉ!」
「ははっ! まるでブタみたいだな!! どうだ、おいしいか?! ぎゃははは!!」
見開いた目。口の端からは涎を垂らして、ヘカテは泣いた。声を出すことさえ出来ずに、代わりにその口は男のそれを呑みこんで。
男はようやく満足そうに腰を少女の口から離した。
「……おげぇ……おぇ……。」
逆らうことの出来ない感覚に、一度喉を過ぎたものが口へと戻っていく。勢いよく横を向いて吐き出すと、吐き出したそれは黄味ばった白色をしていた。
「あとはいいぞ。好きにやれ。」
少女が吐き出したこともどうでも良さそうに男が言うと、彼女の服は数瞬としないうちに破かれる。
「……ゃだよ……お姉ちゃん……お姉ちゃん……。」
少女の小さな呟き声も男達の笑い声に消えた。