――――――喪失。
それが意味するものは、一つではない。
時には、『消失』
時には、『略奪』
時には、『別離』
時には、『忘却』
時には、『死』
数多の形を取りながら、その地平線は常に他の全ての地平線と平行し、
黒い腕は彼らを自らの元へ引き込まんと詠い続ける。
その存在に意味は無いのだと。
その生き方に意味は無いのだと。
苦しい存在を続けることは無いのだと。
在り続ける事が苦しいのならば……
――――― いなくなってしまえばいい、と ―――――
それは、ある意味では真実。
しかし、ある意味では虚言。
深き暗い水底へと誘う、せせら笑いながらのその囁きを…
真実として受け入れてしまうのか、虚言として強く否定するのか……
それを決めるのは…他でもなく――――
「…………ん…」
徐々に意識が目覚めだし、ライラはそっと目を開く。
ゆっくりと見渡せば、見えるのは明かりの消された部屋。
ふと気付けば、ずっと鳴り続いていた雨音はもう、消えていた。
窓は閉じられていたため景色は見えないが、雨自体はもうやんでいるのだろう。
そして、窓から反体へと目を向ければ…
ベッドの横に置いたイスに腰掛け、静かに目を閉じるシャイタン。
あれからずっと、隣にいてくれたのだろうか…
そっと上半身を起こすと、彼の緩くウェーブの掛かった赤髪に触れる。
「……………ありがとね…」
その時、閉じられていた両の眼が静かに開き、
緋色の瞳がライラに向けられた。
「…モウ目ガ覚メタノカ、ライラ…」
「昼の間ずっと寝ちゃってたからね…けど、ゴメンなさい、貴方も起こしちゃったわね」
「別ニ謝ルホドノ事デハナイ」
もともと、通常の睡眠自体あまり必要としない体の彼だ。
いまでこそライラの生活に合わせてくれているが、やろうと思えば
不眠など何十日と続けたところで苦ではない。
ちなみに、普段からシャイタンは就寝時はベッドを使わずにイスで寝る。
一応彼の分のベッドも用意しているが、本人曰く、
横になるよりこの体勢の方がなんとなく楽なんだとか。
「……気分ハ、ドウダ」
「うん…お蔭様で、大分落ち着いた…結局、なんの夢見てたのかはわかんないけど…」
「……………………」
少しだけ俯いたライラの頬に、そっとシャイタンは手を添える。
「………………」
「………………」
互いに見つめあい、沈黙が続く。
ここで、彼女に優しい一言でもスッと言えればいいのだが……
普段から口数自体があまり多くないが故に、いざ面と向かうと言葉が思うように出てこない。
そんな彼の性格を知ってるため、ライラにはシャイタンの顔が、
表情に出さずとも段々困りだしているのがよく分かる。
「…………………クスッ」
普段の暮らしで何度見ても、そんな彼の様子が可笑しくて…
それ故に、彼女はシャイタンが喋るその前に…
そっと顔を近づけ……互いの唇を重ねた。
ずっと一緒にいた。
ずっと一緒に暮らしてきた。
そして…これからもずっと……
だからこそ、その後の行為に至るのに、言葉も必要しなかった…
「はぁ……ぅ……」
絹の様に白くなめらかな少女の肌を、ゆっくりと舌が這う。
闇の中に灯された炎を連想させる黒と赤の衣服を脱ぎ捨てた、
一糸纏わぬその姿は…『悪魔と契約した者』と言うにはあまりにも白く…美しい。
そして、ライラを愛撫する赤き悪魔の体も、この美しい少女に見合っていた。
雄雄しい衣に隠れた普段からは分かりづらいが、余計な筋肉の無い、意外と細身の身体。
しかし、決して華奢でもない、無駄の無い引き締まった肉体は、男の体としても十分に美しいと言えた。
彼女の柔肌を傷つけない為だろう。鋭い爪と翼はなくなり、頭に生えた角以外、
今の彼の姿はほとんど人間と大差ないものとなっていた。
「ん……!ふぁ……ぁ……!」
小振りながらも形の良い少女の乳房の先端を、舌がゆっくりと這って行く。
生暖かいざらりとした感触に、ライラの小さな身体は敏感に反応した。
シャイタンの指が、舌が、まるで壊れ物を扱うかのように優しく、愛しげに少女の四肢を触れる。
緩やかな刺激は、ゾクゾクとライラの身体の中を走り、ある意味でのいじらしさと共に、
少女の肉体に少しずつ快感を蓄積させていく…
「ふぁ…!はぅっ……!あぁ………」
口から漏れるのは、普段と比べずっと艶を帯びた声…
決して大人の女ではない、されど、少女の域に留まっても居ない。
幼い愛らしさと成熟した妖艶……中間にいるゆえに、その両方の色で彩られた美しさ……、
愛撫し続けるシャイタンも、そんな彼女を素直に…綺麗だと感じた――――
「はぁ…ぁ…シャイ、タン……私も、貴方の………」
「………ワカッタ」
そっとシャイタンが愛撫を止めると、ライラは起き上がり彼のモノに手を触れる。
「(熱い……)」
触れた手から伝わる熱。そっと触れただけで感じるその熱さは、彼を現す焔のようで……
ドクリ、ドクリと指先に感じる脈動。彼の中に流れる…そして自分にも分け与えれられた、『永遠』の鼓動。
「ん………」
「………………ッ」
恐る恐るといった感じに、ライラはゆっくりとその先端に舌を伸ばす。
舌先が触れた瞬間、ピクリとシャイタンの身体が僅かに反応する。
「ん……はむ…チュッ……チュク、クチャ……んん………」
たどたどしくも、じっくりと舌を這わせ奉仕するライラ。
熱く、固くそり立つソレは、少女の小さな口では収まりきれない大きさだが…
「んん……!ん…クプ…チュ…クチュ…んっ…ん……ケホッ…!」
喉に当たる度のえづきを堪えながら、懸命に奥までくわえ込む。
ライラの口の中で、シャイタンのモノはさらにその熱さと固さを増していく…
「ライラ……ッ……!」
奉仕し続けるライラの頭を撫でる……チラリとライラがシャイタンの顔に目を向けると、
その顔は普段どおりの無表情を維持しようとしてはいたが…時折ビクッと反応し、
緋い瞳は仄かに甘く艶を帯び…白い顔を僅かに朱色に染めていた。
「(ちゃんと、シャイタンも気持ちよくなってる……)」
そう感じて安心すると同時に、ライラは動きを少しずつ早くする。
「んっ、んっ、んっ、んっ……!」
「ッ…ゥ………!」
手も使い、しごきながら舌と同時に刺激する。
動きを早めるごとに水音が淫らに部屋に響いていく…
口の中のモノがビクビクと震えだしたその時――――
「ラ、ライラ……モウ、ソレクライデ、イイ……」
「んっ…ぷはっ……え…?」
「…………ソロソロ、君ト繋ガリタイ」
「っ…! ………うん」
頬を赤らめながらも頷いて、ライラは再び横になる。
シャイタンが彼女の脚をそっと開くと…そこは、もう十分に艶めき、濡れていて……
「ライラ…力ヲ抜ケ…」
「うん…ゆっくり、ね……」
「ワカッタ……」
入り口へあてがい言葉通りゆっくりと、ゆっくりと……シャイタンは腰を沈め…二人は繋がっていく。
「ッ!!……ッ……!…ッ………!」
「ライラ……」
「ア、ハハ……やっぱり、まだ…慣れ、ないね……」
押し殺した声。なんとか笑みを浮かべるが、その顔はどう見てもやせ我慢をしていて。
少しでもその痛みを紛らわせる為に、繋がりながら深く口付ける。
初めてではなくても、やはりライラの小さな体にシャイタンのソレは大きい。
それでもどうにか全部納まって…馴染むまでシャイタンはジッとライラを抱きしめる……
「ライラ……ソロソロ、動イテモイイカ…?」
「………うん」
しばしの静寂の後、再びシャイタンはゆっくりと腰を動かし始める。
「はぁ…!う……!はぅ…ッ…!」
ゆっくりと引き抜き…そしてまた押し入れる。
ズキン、ズキンと彼の動きに合わせて響く痛みは、しかし、少しずつ甘い痺れへと変わっていく…
「ふぁ…!ん…!あっ…!あっ…あっ…あっ……!!」
自らの奥に先端が当たる度に、水音と共にライラの声にも艶が増していく。
それを感じたシャイタンも、少しずつ動きを早めていった。
自分の中で動く熱。甘露に脳に広がっていく快感……
感じるこの熱さが、僅かに残る痛みが…彼が、自分が、いま共にいるという証―――
“ ――――――けれど、それは別れが来ないという証ではない ”
「(…………………………え?)」
……………甘い快感に浸っていた頭の奥に、『その声』はなんの脈絡も無く唐突に響いた―――
“ いまこの瞬間に得られる幸せは 裏を返せば いずれは失う飾り物に過ぎない ”
“ いまの幸福を記憶して その代わりに 過去の涙を忘れる ”
“ 温かな現在の暮らしは受け入れて 血塗れた聖戦の誓いは記憶の底へ沈めるのかい ? ”
“ 嫌な事は全部 照らされることの無い最奥へ押しやって 穏やかな記憶へと逃げるのかい ? ”
“ その温かく煌く宝石もまた 泥沼へ投げ込む愚行の為の物でしかないというのに―――― ”
「(この……『声』………)」
頭の中を侵していく『声』……
響く……あの笑い声が響く…… 黒いノイズが……暗い水の底から聞こえてくる――――
「(…あ……あぁ…ああぁぁ……・・・!)」
真っ黒に塗り潰された記憶が滲み出す……
あの声が……あの嗤い声が……あの冷たさが……あの笑みが……あの泥が……!
“ 美しく生きようと 醜く生きようと 所詮失うものは失うんだ――― ”
“ どこまで逃げたって 君の喪失は終わらないんだよ ”
“ ただ 君が空っぽになるまで そして空っぽになっても その円盤は止まらない ”
その声は、やはり鼓膜に響く音ではなく……まるで自分が思っているかのように、
次々と頭の中に浮かんでは消えて…水面に広がる波紋は…脳を浸し……意識を冒していく……
“ ねぇ―――― 君は今度は―――――― ”
“ な に を 忘 れ な に を 失 う の ? ”
―――――― 深い深い水底で あの昏い瞳が ニタリと嗤ったような気がした ――――――
………………………刹那。
ズンッ―――!
「はうっ――――!?」
いきなり、シャイタンが一気に奥まで突き出した。
突然の衝撃に、暗く沈みそうになった意識が強制的に引き戻される。
その瞬間、途端にシャイタンの動きが早まった。
「やっ…!あっ!あっ!シャ、シャイ…タン…!?やっ…!あっ…!激、し―――!?」
動きの急速によって、与えられる快感が一気に増加する。
先ほどの緩やかな刺激とは打って変わって、ライラの全身を熱い衝動が巡りうねる。
黒い声も、淀んだノイズも、全てかき消して…頭の中をまっ白に染め上げる。
「あっ!ああっ!あぁ!ぁん…!シャイタン…!シャイ、タ…!ああぁっ!!」
「ライラ…………」
互いに強く抱きしめ、更に深く二人は繋がる。
もはや余計なことなど考えずに、ただただその快感に身をゆだねる。
「イクっ…!あ…!イッちゃう!シャイタン…シャイタン!!…あああぁぁ!!」
「ライラ……ウッ……!」
ビクンッと……ライラの身体が大きく振るえた――――
絶頂を迎えると同時に、いまだ残る快感の余韻と心地よい疲労感と共に意識が沈みだす。
ライラの意識が途切れるその前に……シャイタンはその身を抱きしめ…そっと呟いた。
「………ライラ。忘レテモイインダ――――」
「忘レタノナラバ、マタ思イ出シテイケバイイ…時間ハ、沢山アルノダカラ』
「ソレ以上ニ……我々ハ、“ 永遠 ”ダカラコソ……
コノ一瞬ヲ、大切ニ積ミ重ネテ……生キテイクンダ」
「……失ウコトハ、恐レル事デハナインダ 」
「ッ…………!」
短くまとめられた言葉…それでも、その声はどこまでも優しく、力強く響き……
そして……ライラの意識は途切れた―――
―――――どれくらい時間が経っただろうか。
ゆらゆらと、心地よい感覚が身体を包んでいる…
ベッドの上とは明らかに違った……まるで、水の中を漂っているような……
いまだ閉じたまぶた越しに…陽光の様な柔らかな光が差し込んでいるのが分かる。
すると……唐突にライラに向けて声が響く――――
『 永遠の存在は、同時に無限の喪失をし続けるのと同義……けれど失うと同時に、何かを得ている事も事実 』
それはあの『声』と似ていたが、アレとは明らかに違う……
『忘れないで…現在は過去があるから存在できることを。そして、過去は現在があるから残っていることを』
泥のように黒く、澱んでなどいない……止まることなく流れ続ける、澄んだ水のような…少女の囁き。
『永遠に続く未来は…いまの一瞬で出来ていることを……振り返らなくてもいい。でも自分が歩んで来た道を忘れないで…
たとえ忘れてしまっても、沈めてしまっても…それは本当に消えてしまったわけじゃない。思い返すことが出来るから…』
揺らぐ水底で、単調ながらもしっかりと温かみを持った声が語りかける……
『忘れないで……貴方の詩にも意味があることを。永遠を共に生きる、彼の存在を……
忘れないで……貴方に残された永遠を、貴方は誰と共に生きると決めたのか――――』
うっすらと瞳を開ければ……透き通った水の中で、差し込む光を背に、一人の少女がいた…
穢れの無い白が…日差しの様な金色が……静かに、微笑みを浮かべていた――――
『永遠ゆえの小さなひと時を抱きしめて―――――――ただ、流れてゆきなさい』
「ッ――――――――」
……そして、ライラの意識が完全に目覚め…彼女は、あそこにいた。
見渡す限りの水面、見渡す限りのぼやけた青空、途絶えることなく響く水音……
「………………………」
自分が居る場所を、ライラはいまはハッキリとわかっていた。
しかしライラは戸惑うこと無く、ただ一度大きく深呼吸をし……そして、歩き出した。
底の見えない水面を、しっかりと踏みしめて…少女は真っ直ぐ進み続ける。
何処までも続いていく世界。進んでいく方向も、どれほど進んでいるのかもわからない同じ景色。
それでも、ライラは立ち止まらない。一歩一歩を踏みしめて、ただ前を見て歩んでいく。
―――――その時、そんな少女が歩んだ水の道…その深い底から這い出た、黒い腕……
水面から出るとすぐさまソレは無数に枝分かれし、音も無くライラの背後へと近づいていき…
その穢れた魔手が、ライラの首を掴もうとした刹那―――
「…………私は、もう立ち止まらない」
後ろを振り返ることなく、歩みを止めることなく……ライラは静かに言った。
その瞬間、黒い腕はピタリとその動きを止める。
「貴方が失うまで逃がさないのなら、私も逃げない。失っても、忘れても…それでも前に進む。
出逢いも別離も、会得も喪失も……その一瞬を噛み締めて、私は…彼と生きる。
永遠の中で失い続けても…永遠の中で忘れ続けても………私は、私の永遠を無駄にしない…!」
その声に、その瞳に……もう怯えは無い。恐怖は無い。迷いも、無い……
それ以上の言葉も無く、ライラはただ……前を向いて歩み続けた。
『…………………ハァ…そういう反応が、一番面白くないんだよ』
背後から、あの少年の声が、ひどくつまらなそうにそう呟いて……
そして……昏い気配は、再び水底へと沈んでいった……
――――――きっと、これで終りなんかじゃない。
歩みを止めずに、ライラは静かにそう思った。
アレはいつだって、自分達の傍に潜み纏わり続ける…自分が永遠なら、アレも確かに、永遠なのだから…
いや、きっと…あの闇は自分が思っている以上に消えにくいモノなのだろう…
そしてそのしぶとさは、そのまま人間のしぶとさに繋がる。
たとえ、かの冥府を統べる死神が、全ての仔らを愛でようと……
たとえ、かの黒き予言の書に記された魔獣が歴史を屠り尽くしても……
それでも、何処かで……別の地平線の果てで、ズレた時間の中で…人間は詩を続けるはず。
故に、あの少年も決してその存在を消すことは無く……永遠で在り続けるだろう…
存在を喪失へ誘い続けるが故に、自らの存在が消えることはない、矛盾の化身。
常に記憶の奥底で自分達を嘲笑いながら、その中に在り続ける虚ろな影……
……けれど、だからこそ。自分たちは存在に、生に執着する。
存在の無意味を投げかけられるからこそ、存在することの意味を見つめ直す。
自らの喪失を受け入れるのではなく……喪失し続ける生を受け入れる。
あの少年を……闇を抱きながら、それでも流れ、生きいていく……
それが、少年への唯一の対抗策にして…存在し続ける、本来の在り方なのかもしれない……
「だから私は……訪れる未来を、去っていく過去を……大切に生きていく」
嘆き悲しんだ聖戦も、彼との出逢いも、そして彼と共に生きる明日も…
自分の永遠を形作る、かけがえのない欠片なのだから……
歩み続けるライラの視界が、周囲が、徐々に眩しい光に包まれていった―――――
「ん…………」
そっと目を開ければ…最初に目に映るのは、自分を優しく見つめるシャイタンの顔だった。
ゆっくりと身を起こすと、その緋い瞳をじっと見つめ……自然と、彼の胸に顔をうずめた…
「…今度ハ、随分トスッキリトシタ寝顔ヲシテイタナ…」
「…うん。とりあえずは……もう大丈夫」
彼の体から聞こえてくる鼓動…それが、自分の鼓動と綺麗に重なった……
そっと顔を離し、ライラは澄んだ笑みを浮かべて…ただ一言紡いだ。
「ありがとう、シャイタン……」
そのたった一言で、充分だった。
ふと、雨戸で閉じた窓の隙間から挿す光に気が着いて、勢いよく開ける。
視界に入ってくるのは澄み切った青空と、既に幾らか昇った、眩く輝く太陽。
「降リ続イテイタ雨ガ、ヨウヤク晴レタナ」
「うん…!」
差し込む日の光に答えるように、少女の顔に普段通りの笑顔が戻る。
「……さあ、早く服を着て、たまった洗濯物干さないと!手伝ってよ、シャイタン!」
「…フッ。アア、任セロ」
失うことを恐れずに…忘れることを恐れずに……
永遠の中の一瞬を、最も愛する人と共に噛み締める……
そうして少女と悪魔は今日もまた……明日を笑って生きていくだろう―――――
fin