玄関の扉を開いて、男は固まった。
夕暮れの光の中、見慣れた女が見慣れぬ姿で立っていた。
潤んだ瞳、上気した頬、まるで全力疾走をしてきたかのように乱れた呼吸。
いつもは美しく整えられている長い髪もほつれ、白金の鎖のように細い頸に張り付いている。
その様子もさることながら、男の目を奪ったのは鮮烈な色彩。
身体に密着したアフタヌン、足先を包む高いヒール、唇を染める色、指先に握られた薔薇、
それから耳や胸に光る宝石に至るまで、その全てが鮮やかな深紅。
女を照らす茜色の光よりも純度の高い、赤の中の赤。
華やかな顔立ちの彼女は華やかな色がよく映える。
色をまとった彼女を連れて歩くと周りの男が振り返る。彼はそれが自慢だった。
けれど、全身を燃えるような色で包まれた姿は美しいというよりも禍々しさを感じさせる。
そんな彼女を見るのは彼は初めてだった。
紅い色の中心で彼女はニッコリと微笑む。
「き、急にどうしたんだい?」
あまりに異様な姿にたじろぎつつ尋ねると、女は答えずに抱きついた。
勢いに押されて男は数歩後じさり、バタンと扉が閉まる。
ぷっくりと熟した唇が男の唇に重なり、その色を移そうというように激しく押付けられる。
男は一瞬戸惑ったが直ぐに女の背に腕を回して受け入れた。
音を立てて舌を絡め貪るように求め合いながら、女は男の足に自らの足を絡め、そのまま
もつれ合うように倒れこんだ。男の肩が椅子にぶつかり鈍い音を立てる。
離れた唇から銀色の糸が細く伸びて千切れ、白いシャツにぽたりと落ち、染みを作った。
女はそのまま圧し掛かるようにして男のベルトを撫で、金具に手をかける。
「待って、寝室に行こう」
玄関から数歩という所で鍵も掛けていない。
郊外の一軒家で既に黄昏時とは言え、誰かが……もし"彼女"が来たら。
非常に気まずい事になるだろう。
そう考え、あせったように女の髪に手をかけていさめる。
けれど女は構わずにベルトを外し、前をくつろげた。
起ちかけていた物に紅い爪をまとった指が絡みつき、握り込むと男も衝動に流される。
「っ、今日は、本当に、どうし、たんだい?」
「欲しいの」
熱を含んだ短い言葉と共に女の頭が寄せられた。
ゆるくウェーブが掛かった柔らかな金糸の束が男の腹をくすぐる。
雫を零す先端にちゅぴっ、と唇が触れ、肌に痕を残す時のように吸われると腰が震えた。
その刺激に声を漏らす間もなく全体が温かな口内に咥え込まれる。
一気に喉の奥まで飲み込まれ、心地良さに喉をそらして息を吐いた。
「くっ、あぁ」
「ん、ふっ、ちゅっ、くふっ、んちゅ、ぢゅぷっ」
柔らかな粘膜で引き絞るように吸い上げられ、舌が這い回る感触に男は何度も身悶える。
切り揃えた前髪の下から、熱烈な感情の篭もった紅い瞳が男を見つめる。
女は喉の奥にこすり付けるように頭を上下させ更に更にと煽っていく。
やがて男が制止の声をかけた。
「は、あ、ぁ、もう、いい、いいから」
「ん……ちゅぷんっ、…はぁっ」
窓から差しこむ宵の月明かりを反射して、濡れた唇と屹立が蜥蜴の背のようにぬらりと光った。
その間を唾液と先走りが混じった粘度の高い糸の橋がつないでいる。
女はその橋が自然に落ちる前に、自らの舌で断ち切って身を起こした。
味わうように唇を舐めながら、ドレスの裾をからげて男の身体を跨ぐ。
下着は穿いて来ていなかった。
手を添え、潤んだ入口を熱い先端でなぞり、ぐちゅぐちゅと淫らな水音を立てるのを楽しむ。
そして、充分と思ったところで男の胸板に両手を付き、一思いに腰を落とした。
「あぁ、はぁあぁんっ!」
「ぐぅ…っ!」
腔内は温かいというよりも熱いくらいだった。その感触に男は荒く息をつく。
女も自分の中に入っている物をじっくりと確かめるように目蓋を閉じる。
それから、すすり鳴くような息を一つ漏らしたかと思うと腰を大きく動かし始めた。
肌と肌がぶつかる湿った音が響き、床が軋んだ声を上げる。
はじめ、女の両腿を掴んでいた男の手は、男が昂ぶるにつれ次第に上に上がっていく。
腰の曲線をなぞった後、たぷんたぷんと誘うように揺れる豊かな球体に添えられた。
持ち上げるように握り込み、指に吸い付き押し返す触感を味わいながら揉みしだく。
尖った先端をこするように摘まむと女は高く鳴いて、がくんと前のめりに身体を倒した。
ばらばらと零れ落ちた絹糸の流れが男の胸をくすぐる。
その柔らかな細い髪を撫で、細い肩を撫で、そして最後に男の手は、女の細い頸を撫でた。
「いいわ……絞めて」
その吐息に促されるように、骨ばった指先が華奢な頸に絡みついた。
その指が食い込んでいくのに応えるように、女の膣壁は無数の小さな指先となって蠢き、
男自身に絡み付いてぎちぎちと締めつける。
「く……はぁ、あ、締まる…っ」
快楽に歪んだ表情で男は喘いだ。
女の濡れた唇が酸素を求めて開閉する度に、ひゅうっと掠れた呼吸音と湿った音が鳴る。
男の上で腰を動かし続けながら、女は右手を傍らに転げてあった花束の中に差し入れた。
快感を貪る事に夢中の男はその動きに気が付かなかった。
気付かないまま女の頸を絞め続け、絶頂の予感に目を閉じる。
ただ指と屹立に伝わる女の感触を味わうことを、ただ昇り詰めて果てる事を求めて、
女の下で腰を突き上げる。
「ひっ、はぁっ、あぁあ!あ、ぁっ、く、ふぅんっ!」
強く揺す振られ甘い声を上げながらも、女の右手は静かな動きで男の上に移動していく。
その手が胸板の上に添えられたのと同時に、男は限界に達した。
「うぁ、あっ、ああ、で、出るっ!」
呻きと共に男の指が震える。
その瞬間、
弾けるような音が響き渡った。
男の目が見開く。
その瞳に映る女は陶然と微笑んでいた。
「え?あ?…あ、あ、……あ」
頸に食い込んでいた指から力が抜け、女の身体を滑り落ち、どさりと落ちた。
男の息が乱れ、ビクビクと身体が跳ねる。爪が床を掻く乾いた音が小さく響いた。
何が起こったのかわからない、という面持ちの男を蕩けた様なまなざしが見下ろしている。
女は恍惚とした表情で自分の下腹部に手を這わす。
断末魔の痙攣と共に彼の精が吐き出されていくのが堪らなく心地良かった。
彼の生涯で最期に放たれる熱が自分の胎内に満ちていく。
うっとりと目を細め、息を吐き、彼の胸に開いた孔から紅い雫が溢れ出し零れていくのを、
白いシャツを自分の纏うドレスと同じ色に染めていくのを、じっと見つめていた。
「……ふ……ふふ…」
指ですくって紅の代わりに唇をなぞり舌に乗せれば、愛しい男の液体は仄甘く、
女の心を陶酔で満たした。
……あぁ、これで、"お揃い"ね。
身体を突き破らんばかりに溢れてくる悦びに、喉を反らして快哉の声を上げた。
「あぁぁああっ!幸せぇえっ!あぁっはははははははっ!!」
仄暗い部屋の中を女の笑い声が支配していく。
それは、途切れることなく響き続けた。
男の身体から流れ出た鮮やかな色が、無慈悲な夜の色に変わってしまうまで、ずっと。
いつまでも、響き続けていた。
−お終い−