今宵の夜空は、大きな満月が支配していた。
室内に灯るいくつもの蝋燭に劣らず、月は眩い光を放つ。
それを漫然と眺めるエリーザベトの頬に、窓枠の影が落ちている。
先刻の、兄との謁見を振り返っていた。
あの場にいた者は皆、寝耳に水のごとく目を見張り、そして憂いの表情をエリーザベトへ向けた。
それでも、揺るぎない決意を告げて自室に戻る彼女を、誰も止めはしなかった。
怒り心頭であろう兄も絶句し、鎮座したまま、エリーザベトの背中を食い入るように見ていた。
――私は、間違っていない。
候女としての自分は、今や世間に顔向けできないほど落ちぶれた。
穀潰しも甚だしい、無用な飼い殺し。聞こえよがしの絶えない噂話に、耳は慣れてしまった。
――もう、思い残すことはないもの。
幼い頃のように、エリーザベトの瞳にまで月は満ちていく。
目を奪うくらいに輝いていた、少年の笑顔。今この時と変わらない、大きな大きな存在。
エリーザベトは徐々に顔を歪ませた。
こうして月が雲の間から姿を表すたび、二度と肉眼では見ることのできない笑顔を思い出しては、胸が張り裂けそうになるのだった。
彼女の目尻に、じわりと涙が滲み始めた時、急き立てる音が戸を叩いた。
配慮のないリズムから、使用人やヴァルターではないと、エリーザベトは瞬時に判断する。
もう夜更けだというのに。おおよその検討はつくが、傷心を悟られまいと静かに答えた。
「――はい」
「私だ。……扉を開けろ」
有無を言わせない命令。嫌な予感を抱きながら、エリーザベトは兄を招きいれた。
相手が妹であろうと、礼節を持った淑女の部屋に伝言もなく、突然の訪問とはいかがなものだろう。
曲がりなりにも権威ある諸侯、一貴族なのだから、そんな常識を知らないはずがない。
思惑――。そう、彼は悪い話を持ってきた。
エリーザベトはなるべく顔を見ないようにしたが、兄の口から出る話題は、先刻の続きだと知っている。
「いつもこんな時間まで、その格好でいるのか」
チェストの上に蝋燭台を置き、ビロードのガウンを着た兄はエリーザベトを叱咤する。
だらしがないと言いたいのだろうが、もし寝巻きだったとしたら、まず兄は迎え入れられなかっただろうに。
今の自分は常識外れなことをしていると、承知のうえだろうか。
エリーザベトは内心不満を零しながら、「物思いに耽っていたのです」と言った。
「呑気なことだな。少しは明日の我が身を案じろ」
「何のことでしょう」
「……とことん、お気楽な娘だ」
兄は歩を進めると、努めて視線を外していたエリーザベトの顎を持ち上げ、無理やり目線を合わせる。
彼には彼女の言葉が虚勢に見えた。
しかし、いざ面と向かってみると、長いまつげに縁取られた蒼く美しい瞳には、ただ一つの想いしかないのだと思い知らされる。
それに負けじと、兄は語気鋭くエリーザベトに迫った。
「恩義を忘れ、なおも役目を果たさない者など当家には必要ない。
お前はこの先ものうのうと、ヴェッティンの名に泥を塗って生きていくのか?」
世間知らずの箱入り娘でなければ、これほどまでに彼を想うことはなく、たった一つの光が、ここまで胸を満たすことはなかったのかもしれない。
彼と出会わなければ、懸命に甦らせてくれた母の思いを無下にすることも、なかったのかもしれない。
それらの可能性を考えてみても、エリーザベトにとってはどれも本心が望むものではない。
嘲られ、疎まれようと、彼――メルツへの気持ちは、何にも代えがたき人生そのものだった。
エリーザベトは、謁見時と同じ眼差しで兄を見据える。
「お兄様の仰ることは分かります。恥ずべき存在だということも、とうの昔に自覚しています。今日まで生き長らえていることでさえ、自責の念に苛まれるのです。
このような身ですもの、私はあなたにとって無価値な人間で構わない。私は……決して、後悔いたしません」
しばしの沈黙。ピリピリとした空気が漂うなか、突如大きなリボンを飾った腰が、兄の方へと抱き寄せられる。
戸惑いで息を詰めたエリーザベトをよそに、低い囁きが彼女の鼓膜を揺らした。
「それがお前の選択か。いいだろう、その決断を存分に悔やむが良い」
腰を深く抱かれたかと思うと、今度はねとりとした舌が、エリーザベトの口内を襲った。
そうして、小気味良い張り手の音が室内に響く。
手を震わせながら、肩で息をするエリーザベトにぶたれた兄は、いたって冷ややかな表情で見返す。
すると彼女の腰を抱いたもう片方の手が、更に音を立てて白い頬を打った。
「立場をわきまえろ。未婚の娘の勘当など、容易いものだからな」
兄の射るような眼光に、エリーザベトはたじろぐ。それでも眉をひそめることで拒絶の意思を示し、大きく息を吸い込んだ。
「――誰か! 助けっ……」
使用人に助けを求めることも、力の男女差を前にしては無謀なことだった。
咄嗟に口を手で塞がれては、手首を捻りあげられ、二度目の張り手で透き通った両頬は血管が浮き出、真っ赤だ。
立て続けに起こった出来事を上手く飲み込めず、茫然自失としたエリーザベトは空虚を見つめ、つう、と涙を流す。
それが顎を伝い零れると、兄は舐め取り、掴んだ手首を引っ張ってエリーザベトをベッドまで引きずった。
そこで押し倒されてやっと、エリーザベトはこれから自分の身に起こることを理解する。
大きな体躯が身体の前面に圧しかかり、身動きが取れない。ジタバタと両足をバタつかせても、虚しく空を蹴るばかり。
「いやっ、やめて、お兄様!」
荒い呼気が、後れ毛の垂れるうなじにかかる。
身を捩り浮き上がった胸元のボタンを、兄は一つ一つ外し、露になった鎖骨に口付けを落とした。
肌理細やかな肌を吸い上げ、噛み、舌を這わす。
うっ血した朱色の跡が増える度に、エリーザベトの頬を流れる雫も数を増していく。
「どうして、こんな……」
――こんな仕打ちを受けねばならないの。
二度目の生を受けた瞬間から、自分は世界から許されない存在だと、エリーザベトは長い孤独のなかで痛感していた。
それでも、周囲からは選帝侯の娘として、そして一個の尊厳ある貴族の人間だと、そう認識されていると思っていたのに。
手入らずの妹を犯そうとする者を、どれだけ蔑視すれば良いのだろう。
兄の傲慢な態度にはほとほと嫌気がさしていたが、今はひたすらに嫌悪しかない。
悔しさに歯を食いしばる彼女の感情に構わず、シュミーズははだけ、形の良い乳房が外気に触れる。
エリーザベトにとって、異性に女性の象徴を見られるのは、この時が人生の初めてだった。
必死に覆い隠そうとしても、すぐさま腕を押さえつけられ、どうすることもできない。
「……なかなかのものではないか」
「あぁっ!」
恥辱に頬を染める間もなく、乳房の先端を弄られると、エリーザベトはか細い声をあげた。
円を描くように滑る舌と、それに呼応する身体。
今まで体験したことのない刺激に腰が浮き、胸の谷間はますます兄の顔を埋める。
「あぅ、う……」
「戸惑っているか。どうだ、嫌だと思っていても、未知なる感覚を前にはなすすべもないだろう」
兄の手は乳房の裏をなぞり、唾液に濡れた先端をいじっては爪を立てた。
「――っ!」
エリーザベトの嫌悪感は、次第に得も言えぬ痺れに溶けていく。
不快感極まりないのに、清純な彼女には直に触れる他人の肌と唾液が、麻酔のように意識を鈍らせる。
スカートを盛り上げる幾重の薄布をめくり、兄は乙女の秘所に手を伸ばす。
「お、お止めください! どうか、それだけは……」
「何を今さら……少し触れただけで、私の手が汚れてしまったぞ」
さらけだされたそこは、一方的な愛撫によりすでに熟しきっていた。
エリーザベトは兄の卑しい顔を直視できず、瞼を伏せ、頬を赤らめる。
そうして、濡れた花弁に太い指が差し込まれた。エリーザベトの全身がびくりとはねる。
指の腹で小さな突起を擦りながら、指先は柔らかな内膜を指圧する。
あまりにもすんなりと進入を許すものだから、指を二本に増やしても、じゅくじゅくとした熱い壁は余裕の表情を見せた。
次々と湧き出る愛液が内膜と指に絡み、粘着音を立て始める。
「ああ、あ……んっ」
始めは眉根を寄せたエリーザベトの表情も、指の動きが激しくなるにつれ、悦楽のものに変わっていく。
悲鳴に似た喘ぎは吐息が混じり、もう拒否の態度は消えうせ、兄の愛撫に従順になっていた。
「気持ちが良いか」
「そん、なっ……あぁっ」
「自分で慰めるのとは、段違いだろう。私がこうせねば、お前はこの快楽を知らずに死んでいた」
縫い針を持つ彼女の細い指と、剣を持つ彼の太い指では刺激する範囲が大きく違った。
自分が感じるところは自分自身が良く知っているが、予測不能な他人の動きもまた、エリーザベトには新鮮だった。
「それにしても……やけに敏感な身体だな。どんなに寂しい思いをしていたのだ、お前という者は」
秘密である行為を見透かした嘲笑に、膣内がきゅっと引き締まり、うごめく指は前進を阻まれる。
しかし、それを壊すには力で挑めば何てことはなかった。
浅く屈折していた指の関節を伸ばし、肉の壁を掻き分け、根元まで飲み込ませる。
さすがに自分では触れたことのなかった聖域なのだろうか、一瞬にして上気した頬がひきつった。
「い、あ、痛い……っ」
挿入された異物を押し戻そうと、内膜は何度も収縮を繰り返す。
やっと引き抜かれたと思えば、すぐさま埋め込まれ、また引き抜かれる。
その間隔が早まるほど、彼女の股から聞こえる粘着音は大きくなった。
身体は徐々に解されてはきているものの、無理な指の動きにエリーザベトは呻いた。
ただただ目の前にある兄のガウンを掴み、涙ながらに苦痛を訴え、先ほどまでの蕩けるような感覚を乞う。
口には出さなくとも、兄はエリーザベトの表情を読み取り、ふと笑った。
「あの取り澄ました顔はどこへ行ったのだろうな、エリーザベト。可愛げのない娘に育ったと悲観したが、今のお前はことに美しいぞ」
そう言うと兄は、濡れそぼった唇を舌でこじ開けて蹂躙し、膣に収まった指を出し入れしながら、親指で性感帯を強く擦った。
「んっ――んんん!」
心臓が縮こまるような、足元が浮くような、力が抜けるような。
そんな形容しがたい感覚が頭の天辺から足の爪先まで貫き、悲鳴じみた嬌声は、唾液の溢れる口内に吸い込まれた。
甘い痺れは麻酔さながら、愛液の分泌はとどまることを知らない。
強固な壁が次第に柔らかくなると、多少動きが大仰になろうが難なく受け入れる。
「ふあ、ふっ……あぁああっ!」
襲い来る快感の波に耐え切れず、エリーザベトは荒々しい舌から逃れるように顔を背け、きつく目を閉じた。
鼻にかかった喘ぎを漏らす、火照った唇。
その端からは、二人の交じり合った涎が垂れ、蜜蝋を塗りたくったかのように、薄紅をより一層輝かせた。
浮遊感漂う意識のなかエリーザベトは、これは汚らわしい行為だと理解していながら、されるがままの自分にひどく驚いていた。
初めて密になる他人との触れ合い――否、そんな穏やかなものではない。
守り抜いてきた百合を暴く、乱暴で強情な欲望。
それを突きつけるのは、立場上、兄であり父である者。これほどの屈辱があるだろうか。
人恋しさにどうしようもない夜は、後ろめたさに襲われながら月光の少年に想いをはせた。
もし彼が生きていて、愛を確かめあえたなら――。
そう夢想し、自身の疼く場所を慰めていた。
年端の貴婦人となってもなお、行き場のない愛を救済するにはそれしかなかった。
「あ、はあ、ああ……」
エリーザベトは男を知らない。夢の中の彼しか知らない。
彼はエリーザベトを優しく抱き込み、指先の一つ一つに言葉のない愛を乗せるのだ。
彼が触れてくれるならば、痛みさえ愛おしく感じる。
しかしそれは虚構だ、と。
エリーザベトの抱く男たるものは、もうこの世に存在しないのだと、そう兄の凌辱は語りかける。
「あぁ、んっ……も、うっ……!」
一段ときつく、膣内が指を締め付けた。
エリーザベトの腰が震えたかと思うと、すぐさまベッドに深く沈む。
乳房は忙しなく上下に動き、呼吸を整えようと息が弾んでいる。
「ふん……いったか。どうだ、良かったと認めざるを得ないだろう」
ゆっくりと瞼を開けたエリーザベトは、得意げな兄を毅然とした態度で見つめた。
――そう言えば、すべてが許されるとでも?
気丈な振る舞いも、兄にしてみれば幼稚な強がりでしかなく、嘲笑いで軽く一蹴する。
「あっ……」
膣から根元まで、愛液を纏った指が引き抜かれた。
爪が内膜を少し引っ掻いたせいで、落ち着いていたエリーザベトの疼きが、再び顔を出し始める。
そうして、兄はもう片方の手でガウンを開く。
エリーザベトの目に飛び込んできたのは、蝋燭と月夜が浮かび上がらせた、すでに昂っている兄のそれ。
手についた愛液を擦り込み、陰茎はぬめりとした光沢をつける。
それは紛れもない異性の生殖器で、突然のことにエリーザベトは思わず顔を覆った。
その初心な反応に、兄は意地悪く問うた。
「そうか、男の物を見るのは初めてか……。お前にはこれがどう見える。羞恥か、恐怖か、羨望か」
エリーザベトは逡巡する。未知なるもの。
想像していたよりも、ずっと生々しく異形だ。
先ほどの快感の余韻は消え、これからの動向を考えると、それはただ――恐れしかない。
「もう、もう……十分でしょう。お兄様は私を辱めた。日陰で暮らすには事足りましょう。
お願いです、これ以上は――あうっ」
身体を俯かされ、涙交じりの懇願は遮られた。
顔に当たるシーツが、だんだんと溢れる涙を吸い取り、染みになっていく。
兄はエリーザベトの背中に覆いかぶさり、耳たぶを食みながら囁いた。
「何を言うか。本当の辱めと快楽はこれから、だろう」
ドレスを脱がすのも煩わしいのか、兄は細い腰を抱き上げ、太ももを舐めるように撫でる。
そしてスカートの裾を捲り上げると、開かれた入り口に自身の先端をぴたりと当てた。
ほんの少しの面積でも感じる、奇妙な質感。
粘膜と粘膜が触れ合うとエリーザベトは、恐怖でいよいよ泣き喚いた。
「いやあ、あ、や……っ、やめ、やめて下さい! お願い、お願いですからぁ!」
拘束が解けるはずがないと分かっているのに、もがいて脱出を試みるも、やはりそれは叶わない。
兄は鬱陶しそうに顔をしかめ、ふと一思いに突いてしまえば、この喧しい口も静かになるだろうかと考えたが、その瞬間に大声を出されては困る。
何にしても、口煩い女体などを抱いては萎えてしまう。
盛られたぐちゃぐちゃの髪を後ろへ引っ張ると、エリーザベトの喉は反り上がり、一度悲鳴は途切れる。
ぜえぜえと空気を取り込んでいる隙に、彼女のチャームポイントである腰のリボンを解き、一本の布となったそれを口元に当てた。
「うぅ、う……」
「少しの辛抱だ。恐怖など、すぐに忘れてしまうぞ」
そう言って、頭の後ろでリボンを結われると、本格的にエリーザベトの背中が重くなる。
一際大きな涙が零れ落ちた刹那、心臓までをも裂きそうな重圧が、エリーザベトを痛めつけた。
指とは比べ物にならない圧迫感。腹の中の違和感に、確実にそれが入っていると分かる。
とっくに慣らされた膣内は易々と兄を包み込み、奥へ奥へと誘う。
吸い付くような肉の感触に、兄は嘆息しながら腰を押し進めた。
反してエリーザベトは、止めどない悲痛を抑えきれない。
頭も下腹部も、心も、まるですべてが引き裂かれる痛みに、喉がかれそうになるまで叫ぶ。
誰に向けているのかも分からない、助けを求めて。
ただ、それは口を塞ぐ布地を通し、この空間だけに留まった。
二人以外の者の耳に届くことはなく、兄の嗜虐心を煽るだけの無為な叫び。
「ふ、ぐう――んんううぅっ!」
ずしっ、と、重しが加わった。先刻の前戯で瓦解しかけていた壁が、不意の一突きで崩れきる。
兄のすべてを飲み込ませると、腰の動きを止め、震えるエリーザベトを卑しめた。
「ふはは、これでお前は女となったわけだ。ありがたく思え、もうお前を嫁に迎え入れる家はあるまい。
――その歳まで生娘でいた自分を恨むのだな」
そうして兄はゆっくりと腰を引く。
陰茎が抜け出る感触に、エリーザベトの肌が粟立った。性器同士が愛液で密着し、内膜まで外へと引っ張り出されそうだ。
そそり立った形のまま、兄の猛るものは外気に触れた。
全貌が見えると、その先端からは透明と赤の混色した液体が糸を引いている。
ぽたり、とそれがシーツの上に落ちた時、すかさず挿入がされた。
目指す場所を一気に突かれ、またしてもエリーザベトの顔に歪みが生じる。
そこからはひたすら兄の独擅場だった。
飢えた獣のように快楽を貪る兄に抵抗できず、だからといって善がることもできず。
エリーザベトは際限なく流れる涙でリボンを濡らし、固くシーツを握ることしかできなかった。
「ああ……。いいぞ、エリーザベト。もっと中を締めろ」
腰の揺れる間隔が早くなる。ベッドは不安になるほど大きな軋みがし、エリーザベトの耳にかかる吐息は荒く乱れている。
背中に当たる心音を聞いて、エリーザベトまでも鼓動が早まった。
「――っ、出すぞ!」
思い切り奥を突かれたかと思えば、エリーザベトは瞬く間に腹の中へなにかが流し込まれているような気がした。
それは途切れ途切れに子宮口に当たり、そのつど兄の身体も揺れ動く。
寸刻の間が、とてつもなく長く思える。
徐々に動きがなくなってくると、兄は陰茎を抜き、代わりに二本の指を入れた。
行為は終わったのだと思い、虚脱していたエリーザベトは戸惑いながらも、膣内に出された白濁液を掻き出す動作に身を硬く、息急いた。
内部から下り落ちていくもの。その感覚は月のものに酷似していたが、今あるのは紛れもなく、兄の吐き出したもの。
純潔を破ったという証拠。同時に流れ出た鮮血も、周期的に訪れる遣いではなく、生涯一度の破瓜の血。
その事実を前に、エリーザベトの頭を、裏切りという言葉がよぎった。
――私は裏切ってしまった。神を、母を、使用人たちを、自分を――彼を!
なぜこうなってしまったのだろう。ただ一人だけを愛する、その想いを貫きたいだけなのに。
あるべき運命に背いたのがいけなかったのか、一時の快感に溺れたのがいけなかったのか、これはその罰なのだろうか。
女としての自分を抑えきれず自慰に耽り、そこをつけ込まれたのは当然の報いだというのか。
エリーザベトは弱い自分を責めながら、理解に苦しんだ。
なぜ肉親の手で傷物にされたのか、なぜ散々な目に遭いながら、またしても兄の愛撫に反応してしまうのか。
「はっ、ん、ふ……」
「……なんだ、まだ足りないようだな」
お互いの呼吸が落ち着くのを待たず、再び彼女は彼を飲み込んだ。
滑りの良くなったそこは摩擦で液体に気泡が混じり、陰唇から泡が零れ落ちては、ぐちゅぐちゅと淫らな音を立てた。
兄は揺れる乳房を両手で鷲掴み、腰を打ちつける。
あれだけの量を吐き出したのに勢いは劣らず、足りないのはむしろ兄の方だった。
「んんっ!」
突如、エリーザベトの強張っていた腰の力が抜けた。
散々弄られた奥深くの敏感な部分を、一寸の狂いもなく突かれたのだ。
なおも最奥を目指す、先ほどの乱雑な動きとは違い、今度は形を変えながら探るように膣内をうごめいた。
加えて、ゆっくりと内膜を擦るさまは効果的だったらしく、エリーザベトの苦痛と快楽の境界が曖昧になってくる。
あの吐きそうなほどの嫌悪と痛みが、まるで膣内から皮膚の上に拡散するように広がり、馴染み、緩和する。
穏やかながら、それは確実に着々とエリーザベトを官能の方向へ傾かせた。
「ん、ん、んっ」
脆弱な場所をとらえられ、今まで以上に悦んでいる身体。
様変わりした兄の動きが、穏やかにエリーザベトの奥底を溶かし、蜜を溢れさせる。
頃合いを見て口を塞いでいたリボンが外されると、エリーザベトは思う存分、空気を肺に取り込んで甘い声で鳴き、自然と兄の方へ腰を押し付けた。
肌が汗ばんでいることも、顔が様々な体液でぐちゃぐちゃになっていることも気づかないほどに、一点を求めていた。
最初はちぐはぐだった二人のリズムが次第に揃い、間際に乳房をもみしだかれ、首筋に口づけを落とされ。
エリーザベトは目まぐるしい快感に酔いながら、それを生み出すのがもう兄とは思えない。
兄は――力づくで女を捻じ伏せ、我が物にする獰猛な、暴力的な人間なのだ。
それがどうだろう、今現在エリーザベトを抱く者はまるで別人のようだった。
女を悦ばすための腰使いと愛撫、利己的な欲望はなりを潜めている。
「あっ、はぁあ、あ」
「もう一度聞こう。気持ちが良いか」
「……っ、う」
最後の理性が思いとどまらせ、エリーザベトは答えに窮する。
しかし、頭の中は問いのままの言葉しか浮かんでこない。
そうなれば吐露させるのも苦なく、ただ弱い部分を攻めれば良いのだ。
「ひぁっ」
乳房の淡い先が、摘まむというよりは捩じるかたちで弄られれば、白い喉元はか細い音を鳴らした。
兄の手によって、次々と変形する乳房。
そうして次々と開かれる扉。何重もの錠で閉ざされ、誰も開けることのできなかった扉の数々。
強欲という名の鍵が、真白い小さな扉の前に立ちはだかる。
「――気持ちが良いだろう、エリーザベト」
「あん、あっ、ああ、は……いっ、んく」
乳房をまさぐる厚い手の上に、エリーザベトは片手を重ね、もっと、と言わんばかりに促す。
堕ちたな、と。兄は優越感に口角をあげ、望んだとおりにした。
時折、背後から唇をついばんやると、腕に収まる彼女は悦んで喘ぐのだった。
エリーザベトの視界にあるのは、乱れたシーツでもなく、窓枠から覗く満月でもない。
目を閉じ、暗闇の中浮かび上がる少年の、まだ見ぬ――もう見えぬだろう、彼女の幻想である――姿に身を任せる自分を見ている。
彼は兄と違って、優しく彼女を包み、快楽へ導く繊細な、愛しい人間なのだ。
今、エリーザベトの乳房を愛撫し、膣内を刺激し、口づけを落とすのは、兄ではない。
兄の支配欲も虚しく、最後の扉の鍵は、やはり夢の中の彼が握っていた。
下半身からぞわぞわと、電流が走る。先刻より強く感じる波に、エリーザベトは達すると瞬時に理解した。
「あ、やぁ……だめ、あ、あん、ああぁ……メ、ルっ……!」
来る、と息をのんだその時、腰の律動が止んだ。
「え、あ――あぐっ」
暗闇に浮かぶ彼の姿が一瞬にして、白く弾け飛んだ。鋭い痛みで甦る現実。
もがれそうな勢いで乳房を掴まれ、兄の指と指の間からは、柔肌が苦しそうにはみ出している。
「……いつまでも忌々しい死人に縛られおって」
たおやかな曲線が、潰れそうなほど無様な形となってエリーザベトを幻想から引き戻す。
爪を立て掻かれたせいで、先端の毛穴からは赤い血が、小さくぷくりと浮き上がった。
婚約に対して埒のあかない言い分を繰り返す、聞き分けのない娘に折檻する意図で犯した行為が、自尊心を傷つける始末。
エリーザベトの真摯でありながら、周囲を省みない一途な態度に長年頭を悩ませてきた兄には、すでに同情の余地なく、怒りの感情しかない。
亡き母の置き土産は、兄の代わりに母の愛情を一身に浴びた不貞の子。
それだけでも忌々しい相手だというのに、兄としてはこの転変は面白いわけがない。
「どちらにしても、お前は厄介者に変わりない。母上がどう願おうが、今のヴェッティンにとってはもう価値のない人間だ。……ここ以外はな」
「んふ、ふっ、あっあ」
今しがたの行為とは打って変わり、幻想を見せる暇なく内部を突く乱暴な動きでさえ、すでにエリーザベトは痛みを快感と変換するに至った。
相手が兄だろうが、メルツだろうが、そんな思考は頭の隅に追いやられ、ただただ快楽の虜になる。
誰かの名を紡ぐことを忘れ、喘ぎ続けるエリーザベトを、兄は静かな心火を燃やして犯し続ける。
二人の交差することのない感情が、その瞬間だけ、一つの先を目指した。
「あっ――あああぁっ!」
「ぐっ……」
陰茎が引き込まれると思えば、内膜が大きく波打ち、収縮する。
その刺激で吐精を余儀なくされ、膣内は再び兄の吐き出したもので満たされた。
未経験の激しい絶頂に痙攣していたエリーザベトが、がくりと脱力し意識を手放した。
ベッドへ崩れ落ちようとする間際、繋がったままの兄は咄嗟に彼女の腹を抱え、ゆっくりとベッドへ伏せさせる。
手入れの行き届いた金糸の髪は、今や乱れに乱れ一本一本が絡み合い、汗や涎の体液で濡れ、上気した頬に張り付いている。
その淫らさたるや、つい先刻まで処女だったにしては魅惑的なものだった。
否、処女だからなのか、彼女だからこそなのか。
ずるりと陰茎が抜け出ると、花弁の口からは残滓が流れ落ち、エリーザベトのドレスを汚す。
自身をガウンの中にしまい、兄は窓の外を睨み付け、呟いた。
その言葉は、気を失った彼女にも、生を失った人間にも伝わらず、ただ葉擦れの音に掻き消されるだけだった。
エリーザベトが覚醒した時には、すでに満月は欠け、朝日が昇り始めていた。
梢に止まった、鳥の囀りが聞こえる。
夢かうつつか、朧気なまま上体を起こすと、着衣や髪が乱雑になっているのに気づく。
そうして、下半身にある不快感が、昨晩の記憶を呼び戻した。
「あ、あ……」
信じがたくも憶えのある出来事。エリーザベトは顔を手で覆うと、もう片手で恐る恐るスカートをめくり、股に触れた。
二人分の体液、そして血の混じった液体は半端な水分を保ったまま、彼女の薄い茂みや太ももに張り付いている。
確かにそれは、行為の産物、過ちを犯した結果だった。
「わ、私、は……なんて、ことを……」
真実を受け入れようとすれば罪悪感が襲い、全身が震える。兄に犯されたのは紛れもない事実。
しかし、無理やり組み敷かれながらも、あの大きな身体の下では、悦んでいる自分がいた。なんとおぞましい真実だろう。
――早くしないと、侍女が来てしまう。
太陽が目覚めると、夜が明けるのは早い。
蝋燭はとっくに溶け切り、空は一秒の猶予もなく白み始めている。
震えながらも気だるい身体に鞭打ち、ベッドの端に投げ捨てられたリボンに手を伸ばそうと腰を上げた。
「――ひっ」
陰唇から、生温かいものがどろりと流れ出る感触。
手に取ったリボンはくしゃくしゃによれ、濡れた跡がある。
紛れもない、事実の確たる証拠。
もはや気品さの欠片なく、みすぼらしい街娘となんら変わりない姿で、エリーザベトはむせび泣いた。
相手が夢の中の彼であれば、どんなに良かったか。
それならば、この涙は喜びの証だったろうに、現実は罪悪感の涙でしかない。
「……メル、メルっ……。ごめんね……」
すべてを捨て、周囲を押し切ってまでこの愛を信じたこと。一人の女として、一人の人間を想い続けること。
こうなってしまうことが、覚悟の上だったとしても、
――私は、間違っていなかった?
〆
お粗末さまでした。