当直は嫌いじゃない。  
 何か突発的な出動が起きるなんてまずないし、起きたら起きたで目が覚める、と考えている自分はとても不謹慎だ。  
 
 ちらりと時計を見やる。午前2時。交替の時間だ。  
 そろそろ仮眠室に笹本を起こしに行こうと、井上は席を立った。  
 
 仮眠の順番を決めるじゃんけんに勝ったのは自分だった。  
 だけど先に笹本を送り出したのは、単純にそんな早い時間に眠れないという理由だけだった。  
 笹本はいつでもどこでも寝れる。特技の一つだ、と大きな口を印象的に歪めてにかりと笑った。  
 反面井上は、寝付くのに時間がかかるし、眠りが浅い。  
 ほんの些細な物音で目が覚める。  
 例えば水道の蛇口からぽたんと垂れる水音一つで。  
 
 神経質すぎる、と精神科医に不本意な分析を受けたこともあるが今のところ問題はない。  
 ショートスリーパな体質は、SPという特殊な仕事をこなす上で大いに役に立っている。  
 
 仮眠室のノブに手をかける。  
 笹本と交代するのはいいが、まだ眠気は訪れない。  
 そもそも枕が変わると眠れないのだ。  
 明日は非番だし、帰宅をしてから慣れた気配のなかで穏やかに酒でも飲んでから眠る方が、よっぽど健全な気がした。  
 笹本を起さないままの勤務を続けるのもアリか、と一瞬思ったが、そんなことをしたら後で彼女が烈火の如く怒るのは目に見えていた。  
 何で起さなかった、と口と同時に手が出てヘッドロックがかまされるに違いない。  
 交わすのは簡単だが後が面倒だ。  
 厄介ごとは避けたい。  
 そうならば彼女を起こして、二人で眠気覚ましのおしゃべりか、最近ハマっているなぞなぞに興じるのも悪くない、と一瞬で判断して、そろりと音をたてないようにノブを回した。  
 
 潜むような行動に意味はない。ただの癖だ。  
 
 するりと身を滑らせた仮眠室は薄暗く、幾分暗闇に得意な自分でもしばらく目が利かない。  
 だけど慣れた動作で、足音を殺して笹本のベッドに近寄り、そっとカーテンをまくる。  
 
 死人のように横たわる笹本が、そこにいた。  
 薄い掛け布団がその薄い身体を覆っているため詳細は不明だが、たぶん直立の寝入ったままの姿勢を崩さずに眠る笹本の、伏せた瞼になぜか欲情をした。  
 ――お前って、関鯖みたいだな。  
 いつか酔った笹本が、両の腕を井上の首に絡ませて、アルコール臭い吐息混じりにくちびるの間近でそう囁いた。  
 ――なんスか、急に。  
 出来るだけ冷静を装った井上の返答に彼女は、面白くなさそうに眉根を寄せて、あっという間に身を引いた。  
 その後はいつもの潔癖とした距離を保ち、まるで男同士であるかのようなさばさばとしたその態度に好感を持ちつつも、  
もう少し押してくれたら自分もそこに乗っかったのに、などと、井上は見苦しく思ったのだった。  
 
 そっと、笹本の紅のないくちびるを人差し指で撫でた。  
 ぴくりとその形のいい眉が震えた。  
 たまらなくなって乾いたくちびるを重ねる。  
 軽く触れたそれを身を捩って笹本は嫌がって、もぞもぞと腕を抜き出してガードするかのように顔を覆い、もう片方の腕を枕に摺り寄せて身を丸めた。  
 
 その仕草に、また意味もなく欲情をする。  
 瞼を覆う、五分袖のブラウスから除いた細い前腕筋。  
 見なれた自分のものとはまるで違うその筋肉の付き方に、井上は興奮をする。  
 ただ細いだけではなく、形よく鍛えられた笹本のその身体こそが、まるで関鯖だと、それを食べたこともないのに井上は思った。  
 
 ふと、湧き出た悪戯ごころが抑えられなかった。  
 剥き出しになった手首を片方ずつ軽く捕らえると、珍しく腰にぶら下がった手錠を右の手首にかしゃんと巻きつけて、無機質なベッドのポールにチェーンをくぐらせたのちに左の手首も同じように拿捕してしまう。  
 
 そこでやっと、違和感に気がついた笹本が薄く眼を開く。  
 両の手を頭上に預け、寝起きのぼんやりとした大きな瞳で井上を見上げるその様はいっそ扇情的だった。  
 
「…………いの、うえ?」  
「笹本、サン……時間ですよ」  
「……あー? ……うん、悪い、」  
 条件反射で身を起こそうとした笹本の両腕から伸びた鎖が、かしゃんと耳障りな金属音を立てた。  
 は、と一瞬にして意識を覚醒させた笹本の顔色がさっと変わる。  
 だけど笹本は、見事なまでに冷静だった。  
「お前、なにしてんだ?」  
「……あの、病院んとき、拘束されてた笹本さんが、すげえエロかったから再現してみました」  
 かっと今度はその顔を赤く染めて、蹴り上げた足首は、だけどその身を覆う掛け布団に衝撃を吸収されて井上にダメージを全くと言っていいほど与えなかった。  
 ばさりとその布団をベッドの足もとへ追いやると、悪人がするその表情を出来るだけ忠実に再現をして井上は笑いながら、靴を脱ぎ捨てて笹本の腰の上に跨る。  
 
「おまっ……!」  
「笹本さん。俺、関鯖じゃないですか」  
「死ね、今すぐ死ね。……死ぬ前にこれ外せ」  
「壮絶な矛盾っスね」  
 嘲笑を浮かべながら身をかがめて、笹本に口付けるべく顔を寄せる。  
 柔らかなくちびるに触れた瞬間に、下くちびるを、がりと強く噛まれて、井上は不快を露に顔をあげる。  
「いって」  
「お前、レイパーか? 同僚犯すほど溜まってんのかよ」  
「出来たら和姦がいいんですけど」  
「死ねよ、マジで死ね。こんなにも殺意を抱いたのは久々だ」  
「……俺ってドMかもしんない。笹本さん、冗談じゃなくなってきました」  
   
 手を伸ばして笹本の首に触れる。  
 思いっきり顔を背けた笹本が、ぎゅっと目を閉じて下くちびるを噛んだ。  
 その口から洩れる声が聞きたくて、前触れもなく井上はその耳朶を口に含む。  
「……く」  
 突然の刺激に驚いた笹本が、決して色っぽいとは言い辛い悲鳴を漏らす。  
 唾液を含んだ舌をぴちゃりと耳の穴に差し込むと、指先に触れる首筋がかっと熱くなった。  
「こないだ、溜まってるって言ってたじゃないスか。俺も溜まってんですよね……相手、してもらえません?」  
 鋭いまなざしで井上を睨む笹本は、この上なく官能的だった。  
 
 ぴぴぴぴぴ、と笹本の頭上で小型の時計が高い電子音を響かせる。  
 ああ、目覚ましか。  
 そうだ、普通に考えれば仮眠を取る人間は目覚ましぐらい用意している。  
 なぜ起こしに来なくてはいけない気がしたのか。起こせと頼まれていたわけでもないに。  
 答えは井上自身がよく知っている。  
 もうずっと、こうしたかったのだ。  
 笹本を、組み伏せて喘がせたかった。  
 あわよくば、とどこかで期待していた。  
 
 井上が手を伸ばしてアラームのスイッチをオフにしたと同時に、ぐっと寄せていた眉根を緩め、軽く眼を閉じて息を吐いた笹本は予想外にも、いいよ、と呟いた。  
 井上は両眼を見開いて、彼女のその大きな瞳を覗き込んだ。  
「…………マジで?」  
「マジだからこれ外してくれない?」  
 ああ、そういうことか。  
「だめ。抵抗されるとやり辛いし」  
 井上は悦びに口元を歪めて、また嫌そうな表情をしてみせた彼女にキスをする。  
 いいよと言った手前なのか何なのか、今度は噛みつかれたりはしなかった。  
 固くこわばるそのくちびるをぺろりと舐めて強引に舌を割り入れると、その口内を思うままに蹂躙する。  
 逃げるように奥に丸まった舌を攫って絡めあう。  
 唾液を流し込んで笹本に嚥下させると、それだけで彼女を征服したような満ち足りた充足を得た。  
 
 くちびるを離す。  
 作りもののように整った小さい顔を間近で見つめた。  
 ガラス玉のごときその瞳に自分が写りこんでいた。  
 あまりに小さすぎて、その表情はうかがえないけれど、きっと獣のような顔をしているんだろう。  
 
 頬に口付けながら、ひとつずつブラウスのボタンを外す。  
 丁寧に、緩慢に、確実に。  
 くびすじに舌を這わせて熱を与える。  
 笹本の息が軽く乱れたようだ。  
 ボタンをすべて外し終えると、そっと前をはだける。  
 機能性を重視して色気のない下着に包まれた、笹本の迫力あるバストがそこに現れた。  
「…………笹本さんって、やっぱでかいっすよね。スーツだと隠れちゃうからもったいないなぁ。……F、いやGかな」  
「当てんな、変態」  
「当たってんだ」  
 にやにやと意地悪く笑いながら、背に手を回してそっとホックを外してしまう。  
 浮いた下着をずり上げて、片手に有り余るそれをぐっと揉みしだいた。  
「……ん、……」  
 笹本が小さく声を上げる。  
 手のひらに伝わる、温かくて柔らかなその感触と、色の含まれた声音に下肢が熱くなる。  
 ついで、とばかりに張りつめたそれを笹本の股間に押しつけると、彼女が余裕なく身を捩る。  
「……あ……っ」  
 漏れた声をかき消すようにくちびるを噛む笹本を、乱れさせたいと井上は思った。  
 
 ふるふると立ち上がりまるで彼を誘うようですらある乳首を口に含んできつく吸い上げた。  
 もう片方のそれもきゅっと指でつまむ。  
 その刺激に笹本が、言葉にならない高い声を上げる。  
 気を良くして執拗に攻め続けると、かしゃん、と耳障りな金属音を立てて笹本が身を捩る。  
 ふと見上げると、そのふわふわとした髪に包まれた頭頂が、無機質なポールにぶつかっている。  
 苦笑いを浮かべて、ずる、とその身体を引いた。  
 
 ついでにスラックスのボタンに手をかけて、素早く下着とともにはぎとってしまう。  
 抵抗は諦めたのか笹本は、素直に腰を浮かせてそれに助力する。  
 
 細い足を無理やりに開かせて、いきなりに濡れた秘所に舌を這わせた。  
 すでに溢れていた愛液を掬いあげるように舌を押しつけて、犬のようにぴちゃぴちゃと艶めかしい音を立てながら丁寧に溝をなぞる。  
「……い、のうえ! や、いやだッ……やめろ!」  
 腕の中でばたばたと暴れる腰を、ぐっと抑えつけて攻め続ける。  
 真っ赤に充血した小さな尖りに吸いつくと、また止め処なく液がこぼれる。  
 余裕なく甘い声を漏らす笹本の頭上で、がちゃがちゃと鎖が触れ合う音が騒がしく響いていた。  
「あ……ぁあ、い……っん!」  
 そのまま指を突き立てて、ゆるゆると抜き差しをするたびに笹本の口からは余裕のない嬌声が漏れ、内部からはとろとろと蜜があふれ出した。  
 
 ふと、己が服を着たままだと気がついて、身を起こした。  
 上着を脱ぎ捨て、腕のボタンに手をかける。  
 出来るだけ素早くシャツのボタンを外しながら、笹本を見やると彼女は潤んだ瞳で井上を睨みあげていた。  
「…………なんすか?」  
「お前、それ、わざとか? プレイか?」  
「なにが」  
「くっそ、後で覚えてろ……焦らすな」  
「ふぅん?」  
 ばさりとシャツを足もとへ放りながら、薄暗い室内でもそれと判るほど赤く染まった笹本の顔を見つめた。  
「じゃ、おねだりしてみせて」  
「お前……っ!」  
「このままでいい?」  
「っ、…………」  
 息をのんだ笹本が、迷うように瞳をそらしたのち、また切なげに井上を見上げる。  
 
 その目線にどくん、と自身が張り詰めるのを自覚した。  
「……さ、わって……」  
「…………こう?」  
「あっ! ぁあん!」  
 蜜をからめた指先を割れ目にスライドさせると、びくりと盛大に背を仰け反らせて笹本が喘ぐ。  
 普段自分の性を邪魔なもの、と言い切る笹本が、女であるが故の快楽に支配された甘い声を上げる。  
 どうしようもない興奮に捕らわれた。背中がぞくぞくする。  
 くちもとに浮かんだ笑みが上手く消せない。  
 ついでに、もっと彼女を泣かせたい、などと思ってしまった。  
 
 身をかがめて再びそのはしたなく立ち上がる花芯に吸いつく。  
「あ、……ッん! いや…ふっ……」  
 びく、と揺らした腰を、押しつけるように揺らして笹本が喘ぐ。  
 彼女が望むままに刺激を与え、やがてその身体が絶頂を迎えようとびくびくと震わせた頃にその動きを止める。  
「……ん……?」  
 はあ、と息を吐きながら違和感に眉根を潜めた笹本に、睨まれた。  
「……感じてます?」  
「おま…っ、あっ!」  
 意地悪く問いながら、指だけは緩慢に笹本に快楽を与える。  
「や……ぃや、ん……あ、ぁ……」  
「笹本さん?」  
 ごつごつとした己の指に腰を擦りつけて絶頂を得ようとする笹本を巧みに交わしながら、井上は薄笑いを浮かべる。  
 激しく首を振って髪を乱していた笹本が、ついに諦めたような吐息混じりの囁く声音で言った。  
「…………い、かせて……井上……」  
「了解」  
 従順に懇願をして見せた笹本の望みどおりに、乱暴とも思える激しさで秘部を蹂躙する。  
「あ、ああ、んっ……ぁ! いやだ、井上っ……やだ、やだぁ!」  
 名を呼ばれてかっと全身が熱くなる。  
 受け入れた井上の指をびくびくと締め付けながら笹本が、予想以上に可愛らしい声を洩らしつつ全身を硬直させた。  
   
 余韻に浸りながら、逃れるように腰を引いて井上の指をその内部から引き抜こうとした笹本に執拗に口付けた。  
「…………ん、ぅんんっ……の、うえっ」  
 重なったくちびるの下から、喘ぎに混じって名を呼ばれる。  
 なんですか、と涙目の笹本を見下ろす。  
「も、むり……入れ、ろ……」  
 ふてぶてしくも可愛らしい懇願に、井上は満足する。  
 いっすよ、とうきうきと返事をして、財布に常備していた避妊具を取り出して、スラックスと同時に下着を脱ぎ捨ててそれを装着する。  
 咎めるような目線を投げかける笹本と、目が合った。  
「……なに?」  
「遊び人かよ……常備してんのか」  
「マナーですよ」  
 さらりと告げてキスを落とす。  
 大人しく受け入れる彼女を不思議に思いながらも、井上はその張りつめた欲望をどろどろに溶けた秘部に突き立てる。  
 
 引けた腰を抑えつけて、自らを突き立てる。  
 先端をめり込ませて、入り口で弄ぶように小さなストロークを繰り返すと、誘うように笹本のそこがひくひくと収縮を繰り返した。  
 まるでもっと、と井上を欲しているようだ。  
 愛液の助けを得て奥までぐっと腰を押しつけると、久々の快楽にほう、と思わず息が漏れた。  
 
 ぎりぎりまで引き抜いて、ずん、と再び突き上げて肉をぶつける。  
「あ、く……ぅ…んん……」  
 深く浅く抽挿を繰り返すと、そのたびに衣服を纏わりつかせた豊満な乳房が揺れた。  
 最奥で動きを止めて、身をかがめて桜色に張り詰めた乳首にぎゅっと吸い付いた。  
「ああっ!」  
 がしゃん、と一層大きな音が響いた。井上は顔をあげる。  
 ぐっと拳を握りこんだ笹本が、ぎりぎりとその手首を引いていた。  
「……笹本さん、跡、残りますよ」  
 乱暴に首を振りながら、歯を食いしばった笹本がふるふると身を揺らす。  
 そっとその手首をなぞると、眼尻にうっすらと涙を溜めて笹本がくちびるを震わせた。  
 
「…………動けよ……お願い」  
「ああ、可愛いっすね、笹本さん」  
 本心からぽつりと漏れて、急に恥ずかしくなった井上は誤魔化すように激しく腰を揺らす。  
「あ、ぁあっ…く、んんっ! 井上っ……も…っと……!」  
 ひとつ井上が突き上げるたびに、笹本はこらえきれない鳴き声を漏らして小刻みに彼自身を締め付けながら快楽を貪る。  
 ――楽しんでる。  
 井上はそう判断する。  
 心おきなく自分も、柔らかく溶けてすっかりと甘くなったその身体を貪る。  
 
 ぐい、と片足を大きく持ち上げると、更に深く繋がって奥をえぐる。  
「あ……やだ、いやだ……っ、井上……あっああん!」  
 上り詰める。  
 早く吐きだしたいのに、永遠に今が続けばいいと、快感に白く濁った頭でも自覚できるほど矛盾した感情を抱きながら井上は、双方の絶頂に向かってぐいぐいと腰を押しつけた。  
 
 やがて精を吐きだして、はあ、と笹本のうっすらと汗ばむ大きな胸の谷間に顔をうずめて、熱い吐息を漏らす。  
 
 相変わらず両手を頭上に拘束された笹本も、熱い息を整えながら余韻を楽しんでいるようだ。  
 かしゃ、と小気味よく鎖を慣らしながら、肩甲骨のあたりを歪めてううんと伸びて、長く長く息を吐く。  
 
 ずるりと身を引き抜いて、手早く後始末をする井上の様子を、笹本のすっかりと理性を取り戻した瞳が観察するように見つめていた。  
 居心地の悪い視線を受け流しつつ、床に脱ぎ落とした自分のスラックスのポケットから鍵を取り出して、笹本の頭上に手を伸ばす。  
 かちり、とロックが外れて、その拘束を外す瞬間に、笹本の襲撃に備えて身を硬くしたが彼女は意外にも、気だるそうに上体を持ち上げて手首をさすっただけだった。  
 
「…………痕、残りましたね。だから言ったのに」  
 沈黙に耐えかねて淡々と述べた彼をちらりと見やると、笹本はその濡れたくちびるで、井上、と場違いな爽やかさで彼を呼んだ。  
「はい」  
「お前、意外に上手いんだな。遊び人」  
 印象的な口元を豪快に歪めて、にや、と笑う。  
 その態度に面食らった。  
「あーあ、2回もイかされた。屈辱だ」  
「……じゃ、リベンジします?」  
 そうだなあ、と呟いて、両腕を後ろに回して下着のホックを器用に止めながら笹本が首を回す。  
 まんざらでもなさそうなら、と、井上の胸が身勝手な期待に高鳴った。  
「また、相手してもらえます?」  
 調子に乗ってくちびるを寄せた頬を、笹本の白い手がぱちんと軽くはたいた。  
「って」  
「お前とはもうやんない。何がドMだ、可愛い顔してんのに極限性悪ドSかよ。信じらんねー」  
 
 生憎マゾじゃないからさ、といつものからかうような口調でからからと笑いながら、笹本は井上の目の前で大胆に衣服を身につけて整える。  
 まるで恥じらうそぶりがない彼女に、未だ全裸の自分のほうが恥ずかしくなる。  
   
 シャツがしわになったと小言を言いながら、ジャケットをばさりと羽織って笹本が、うし、と気合を入れるように腰の辺りで両手の握りこぶしを引いた。  
「交代だろ? 井上寝てけよ。じゃな」  
「笹本さん」  
 カーテンを握った笹本を呼び止めた。  
 
 振り返らずに無言で足を止めた笹本に、あの、と言い訳じみた声音が漏れた。  
 彼女が震えているような気がした。  
 泣いているような気がした。  
 
 確かに泣かせたかったけど、見たかったのはこんな顔じゃない。  
 
「…………俺、あの……」  
「謝んなよ。謝ったら殴る。二度と口効かない」  
「でも」  
「勝手に被害者にすんな。今のは和姦だろ? ゴウイのウエでお互い楽しんだ。違うか?」  
 勢いよくこちらを向いた笹本が、欧米人のような大げさなジェスチュアで肩をすくめて片手を上げる。  
「あたしは抵抗しなかった。やらせろと言われてOKを出した。関鯖なお前の身体に満足した。でも二度目はない。以上。OK? 井上?」  
 びし、と右手を銃の形にして、銃身に見立てた人差し指でこちらの眉間を狙う笹本をぼんやりと見上げた。  
 
 二度目はない。  
 その言葉が重く井上にのしかかる。  
 取り返しの付かないことをした。  
 常識的に考えて、順番を間違えた。  
 当たり前の手順をすっ飛ばしたけど、笹本なら許してくれる気が何故かした。  
 ふざけんなと口汚く井上を罵って、自分が許しを請い、笹本がそれを受け入れて元通り、あわよくば彼女の欲しがるオンリーワンに、などと繰り広げた酷い妄想は、見事こなごなに散った。  
 笹本は深く冷静に怒っている。泣いている。  
 背筋が冷えて、乾いたくちびるが震えた。  
 強い焦燥を覚えた。胸が痛い。締め付けられて息苦しい。  
 
 何か、何か言わなくては。  
 
「笹本さん、好きです。だからもう一回やらせて」  
「マジで死ね」  
 表情を変えないまま、ずどん、とくちびるで発砲をして、笹本は的確に井上の眉間を打ち抜いた。  
「じゃな。ちゃんと服着て寝ろよ」  
 今度は止める暇もなく笹本がカーテンを捲り上げて出て行ってしまう。  
   
 馬鹿だ。知っていたけど、俺は馬鹿だ。  
 
 一人残された薄暗い仮眠室の無機質なベッドの上で、相変わらず間抜けに全裸のまま井上は深く深くため息を落とす。  
 
 まずかったのは好き、なのかやらせろ、なのか。  
 通常なら後者だろうが、笹本の性格からしてどちらかというと前者な気がする。  
 
「……ほんとなのに」  
 好きなのも、やりたいのも、どちらもほんとうだ。前者だけは間違いなく信じてはもらえないけど。  
「笹本さん………………好きです」  
 吐息とともに零れた馬鹿な男の独り言を、聞いてやるものは誰もいなかった。  
 
 

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