どうしよう。
こんなの、いやだ。
いや、な、はずなのに。
部屋に響く音たち。
時計の針の音、シーツが擦れる音。
あたしの声、と。
あたしをいじめる低くて甘い声。
それらが混ざっていたのに、ふと静寂が訪れた。
井上の手の動きが止まったからだ。
「い、のう…え…?」
井上の手は内腿を這っていた。
あと少しで待ち焦がれていた場所に触れてもらえる。
もう1秒もあればきっと触れていただろう。
でも、井上は止まった。
「…笹本さん、さ」
「な、んだよ…」
「ちょっと手貸して下さい、左手」
言われるがままにシーツの上に投げ出していた左手を差し出す。
井上の手があたしの手首をつかむと、さっきまで触れられてたところへ引っ張られた。
「!?おま…っ、何す…」
「いーからいーから」
「よくな…、やっ、やだって!!」
井上が何をしようとしているかわかった。
正確には、何をさせようとしているのか。
「大丈夫ですって」
「ふ、っざけんな…っ」
「…笹本さんが触んないなら、俺も触んないよ?」
「っ、そんなのっ…!」
「ほら、触ってみて…」
絵里が、自分で触ってるとこ見たいな
耳元でそう囁かれる。
低く、甘く、溶かすように。
もう、それだけで。
魔法をかけられたみたいに、あたしの指がそこへ伸びていった。
その熱さに驚いた。
その量にも、その感触にも。
おそるおそる指を動かす。
井上の前でこんなことしてる自分がとてつもなく恥ずかしくて、意志とは関係なく涙が出てきた。
「…っ、お、まえ…最悪…っ」
「そんなこと言って、指動いてるよ?…泣くくらい気持ちいいんだ?」
「…ち、が…っ!」
甘い痺れがじんわりと広がっていく。
自分の指に、自分の腰がはねあがる。
どうしよう、こんなの望んでないのに。
「絵里、気持ちいい?」
「や…あっ、んぅっ」
「へー、そういう風にするのが気持ちいいんだ…」
「見、るな…っ」
見られたくないなら、指を止めればいいのに。
止まれというあたしの脳から発せられた命令が指まで伝わらない。
「絵里かわいい…」
「んっ、や、だ…っ!」
「絵里すっごいえっち…めっちゃかわいい」
「やぁ、だ…!」
「何で? ほんとかわいい。ねぇ、指入れないの?」
「……っ」
違う。
入れないんじゃない。
そうじゃなくて。
「……、い…」
「え?」
「か、おる、が…いぃ…っ」
あたしが求めるものは
快楽そのものじゃなくて
おまえ自身だから
「…っ、やば」
「な、に…んんっ!」
「ごめん、ちょっと我慢できないかも。ごめんね?」
「え、な、んぁっ!!」
「今のすっごいキた…マジ絵里やばい。かわいすぎ」
そこからは上手く返事が出来なくなってしまった。
呼吸さえも許されないくらいに深いキスと同時に、突き上げられる感覚。
いつもより乱暴に、激しく動かしながら、井上は囁き続ける。
耳元に興奮した吐息がかかって、背筋だけでなく心まで震える。
あたしの至る所に火をつけて、井上があたしを燃え上がらせていく。
熱いあつい炎の中で、あたしは井上だけを感じることが出来る。
何度も何度も名前を呼んで、その存在を確かめて。
何度も何度も呼び返されて、その愛を確かめて。
燃えながら、泣きながら、
あたしは今日も、井上に溺れていく。