「井上」  
はいっと振り向くと、笹本さんの笑顔が目に入った。  
不気味な程機嫌が良さそうだ。  
「何すか」  
「嫌いなんだよね」  
何が、と問いかけようとしたらネクタイを引っ張られた。  
お互いの顔が近くなって、余計に笹本さんの眼差しを感じる。  
「あんたがさ、大っ嫌いなの」  
そんな台詞をニコニコしながら言うものだから聞き間違いかと思ったけど、同じ言葉がまた繰り返されたから空耳ということはない。  
「井上が大っ嫌い」  
パッとネクタイを離すと、笹本さんはスタスタと自分のデスクに戻った。  
唐突に何でそんなこと言うのか分からなくて呆然とする。もし笹本さんの気に障ったことを俺がしたんだったらあんな笑顔なわけがないし、頭を捻る。  
その時肩を叩かれて、後ろを見ると尾形さんがいた。  
「井上、自分のデスクの整理をしろ」  
「どうしてですか?」  
「青森県に左遷だ」  
えっと思わず硬直した。左遷?青森?思考回路がショートする。  
すると尾形さんはクスクスと笑って肩をポンポンと叩いた。  
「冗談だよ」  
冗談?上段?その時にようやく今日が何の日か理解した。  
笹本さんを見ると、こっちを見て笑っていた。  
「笹本さん」  
近くに行って周りに聞こえないようにこっそりと呟いた。  
「明日になったら大好きって言ってくれます?」  
「いいよ」  
珍しく笹本さんが素直でやった!と思ったけど、すぐに真意に気付いた。  
ケチ、と拗ねると笹本さんはまたニコニコと笑った。  
かわいいなぁ、と思いながら、俺はささやかな仕返しを考えるのだった。  
 

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