夜。4係には静かに書き物に没頭する男とキーボートをたたく女。
先ほどまでいたはずの小太りな男は果たしてどこへ行ったのか。
そのデスクにもうPCはなく、椅子にはコートと鞄が置かれているのを見るともう仕事は終わっているのだろう。
「係長?」
不意にこの部屋に響くにふさわしい声色で女が後ろを振り返らずに声を発した。
背後に何かを感じて。
呼ばれたはずの本人は答えない。相変わらず振り返らないまま言葉を続ける。
「なにしてるんですか」
その声は自分の肩にふれ、そっと髪を撫でる無骨な手を咎めているのだった。自分の上司に対して。
同じ手はやはりその声を無視してキャスターつきのそれをそっと引くと軽い力で向きをかえ、正面に向かい合わせた。
「係長、」
答えないのは後ろめたいことをしようとしているのだとわかっていて、それを許すわけにはいかず声を強める。
目の前の彼を役職名で呼ぶのもそれに気づかせたいからだ。
「かかりち…っ!」
不意に細い腕を強い力で引き寄せたかと思うと、もう片方の手を背中に回し逃げられないようにする。
鼻と鼻がふれあいそうなほど近づいた距離。時折、互いの吐息が頬をかすめる。
「なに考えてるんですか」
「なんだと思う?」
「ふざけないで。ここじゃ駄目」
「だめ?」
「山本戻ってきますよ」
「大丈夫だよ」
「だ・・・っ」
拒否しようとした言葉は重なった唇にさらわれた。触れるだけのそれはそれでも甘い痺れを全身に伝える。
「笹本」
耳元で囁かれて、その体がびくりと震えた。
「…尾形さん、帰ってから・・・」
「駄目だ」
「ちょっ…」
「おいで」
尾形が笹本の手を引く。後ろめたさを感じながらそれでもふらふらと笹本は尾形に続いた。
導かれるまま狭い部屋に入れられると仮眠室の薄いドアが閉まる音に続いて響いたカチリという音。
尾形が後ろ手に鍵を閉めた音だ。
その音はすでに深く唇を塞がれていた笹本の耳には届いていない。
「はぁ・・・」
唇が離れ、ぼんやりとした表情の笹本がベッドの端に腰掛ける。
その頭のてっぺんに口付け、尾形が上着を脱がそうとした。
「だ、め・・・」
「どうしてだ?」
「聞こえちゃう…」
「声我慢しろよ?」
「ぁ…」
さらに抵抗しようとした笹本の口内に尾形の熱い舌が滑り込む。
いつの間にか邪魔だった上着は脱がされゆっくりとその体がベッドに倒された。
ばさりという音がして尾形もそれを脱ぎ捨てたのがわかる。
今にも折れそうな首すじに顔を埋めながら無骨な指が一つひとつ小さなボタンをはずしていく。
「ね…ほんとに・・・?」
「今さらやめろって?」
「ぁ…ん・・・っ」
耳の裏側にちゅ、と口づけて笹本の口から甘く声が漏れたのを聞いて満足する。
咎めようとする瞳はただでさえ潤んでその意味をほとんどなしていなかったのに、
尾形の愛撫にそれは静かに瞼の裏に隠されてしまった。
「あ、」
「え・・・?」
「消えてる」
そういった尾形がはだけた部分をそっと指でなぞった。笹本の体がピクリとはねる。
「敏感、」
くすりと笑った尾形が今なぞった場所に強く吸い付いた。
「んぁっ…ば、か…」
「もう黙って」
耳元でそう囁いた尾形の首に細い腕が絡まる。答えるようにその体を強く抱きしめた。
「っ…っ…ぁ」
中途半端に絡んだままの衣服が妙にその色っぽさを増長させている。仮眠室の頼りないベッドがギシリと音をたてた。
声を抑えようと必死に自分の指を噛んでいる笹本の口からわずかに吐息が漏れる。
目にいっぱい涙を溜めているその姿がなんだがいじらしく、状況も忘れ尾形は笹本をなかせたいと思った。
「ひゃ、ぁんっ」
淡く色づいて存在を主張していた蕾を指先で不意に弾くと、突然の刺激に驚いたのか大きく声をあげた。
「だ、め・・・っおがたさ…んっ」
ふるふると首を振る笹本を見下ろしながら、熱く潤っているであろう其処に手を伸ばそうとしたとき―――
ガタンッ
「っ!」
不意に物音が響き、薄いドアの向こうに人の気配を感じた。
笹本はびくりと体を震わせ尾形に縋るようにしながら「もうやめて」と訴えている。
「っあぁ…!」
それを無視した尾形が下着の上から湿った其処を撫で上げると笹本が声をあげる。
必死でそれをさえようと唇を噛む笹本の大きな瞳から涙が零れた。
「も・・・だ、め・・・っ!」
「大丈夫だよ」
遠のいていく足音を冷静に聞き取りながら、頬を伝う雫を舐め上げて尾形が言った。
いつの間に薄い下着は尾形の手によって脱がされ其処に直接指が這った。
「あっ…ぅ…んん」
「びしょびしょ」
「や、だっ…!あぁ、んっ…」
囁かれるたびにまたとろりと内側から溢れだすのがわかる。それが恥ずかしくて身を捩るとそれを楽しむように捕らえられる。
「あっ…あぁ…っ!く、ぅっ・・・」
奥までかき回すように差し入れられた指の動きに、笹本はびくびくと体を震わせながら耐えていた。
けれど尾形がそれを浅いところに移動させようとすると内部がひくひくとそれを引き止めるように蠢く。
「あっ・・・!」
突然引き抜かれた感覚に吐息交じりの声があがる。
ぬらぬらと光る指を丁寧に舐めたあと尾形がそっと笹本を抱き起こした。抱きついて答える笹本の虚ろな目が尾形を見つめる。
「入れるぞ」
「っや…あ…はぁぁ、んっ!」
ゆっくりと押し入ってくるその容量に苦しげな声が上がる。
自らの体重でさらに深く埋め込まれるそれに笹本は喘ぎを漏らすしかできなかった。
「んッ!んっ、んっ・・・あぁ…」
「声ださないの?」
「だ、めぇ・・・ッ、ぁんっ」
下からずんと突き上げるとそのたびに上がる声はもう泣き声に近かった。許容を超えた刺激に笹本が尾形に縋る。
首の辺りに顔を埋めていたはずの笹本が尾形の鎖骨に噛み付いた。
「っ…」
「ぁ・・・」
無意識に力のこめられたそこにわずかながらじわりと血が滲んだ。途端、笹本の顔が泣きそうに歪む。
「ごめ、んなさ・・・っ」
「気にするな」
けれど熱に浮かされた表情の笹本はそのまま赤く濡れた舌をその傷に這わせた。
その姿はひどく官能的で、尾形は残していたわずかな理性を手放した。
「あっ…あっ…ああぁっ!!やっ、あぁっ!!」
深く深く繰り返すたび激しさを増す律動にがくがくと身を震わせて笹本が喘ぐ。
大きく反る背中。揺らぐ腰を尾形の手が支え、さらに深く突き上げる。
「んんっ、あ…ああぁっ!!も・・・っ、やぁっ…!!はぁ、ぁあっ!!」
尾形を強く締め付けて嬌声を上げた笹本が中で熱いものが弾けるのを感じながら意識を手放した。
「ん…」
額にふれるやさしい指先に笹本がゆるゆると目を開く。
そこではなんともいえない表情を浮かべた尾形が自分を見下ろしていた。
縋るように両手を伸ばした笹本に答えるように尾形がその体を抱きしめると深くため息をついて肩に顔を埋めた。
「ばか・・・」
「悪い…」
「そう思うならしないでください…」
「…」
「もう・・・」
叱られた子供のような顔で笹本の顔を覗き込んだ尾形に笹本は目を伏せ小さくため息を漏らす。
その手がそっと尾形の頬に添えられゆっくりと撫でた。
「そんな顔しないで…」
「嫌いになった?」
「だから…ん・・・」
壊れ物にふれるようにそっと押し当てられる唇に笹本は怒る気力を奪われる。
「言ってるそばから」
「悪い」
「2度目はなしですよ…?」
そう言って疲れたという表情でそれでも甘えるように擦り寄ってきた笹本をそっと抱きしめた。
「あぁ…」
やわらかい猫のような体に頬を寄せ尾形が目を細める。
はやくここを動かなければと思いつつ、心地よい体温に笹本はもう少し…と自分に言い分けてもう一度目を閉じた。