陣形も取れないまま乱戦に陥ったザーフラク隊の竜戦士1000とルドーラ奇襲部隊の魔法生物300。
数の上では3倍以上のザーフラク隊だったが、縦一杯に伸びきったところに横腹を突かれた格好になったため、数の優位を生かし切れない。
やがて薄皮の様な防御網を突破した魔法生物たちが、馬上のザーフラクに迫る。
「剣を」
供回りの差し出した愛剣をスラリと抜いたザーフラクは、馬の横腹を蹴ると自ら剣を振るって敵集団に向かって突入していく。
「大君主様っ。ここは一旦退いて陣形を・・・」
恐らく前後の道にも伏兵があり、自分が単騎になるのを待ち構えていると見抜いたザーフラクは、供回りの注進にも耳を貸さず、その場に踏みとどまり斬り合いを始める。
それに彼は今自分が引けば、狼狽えた全軍のたがが外れ、取り返しのつかない事態に陥るであろう事を肌で感じていた。
またこの戦いに敗北すれば、兵士に魔王軍に対する苦手意識が植え付けられてしまい、勢いを取り戻したジャドウには2度と勝てなくなることも・・・。
「数はこちらの方が圧倒的に多い。包囲陣形を取って1人の敵に3人で当たれっ」
魔法生物の首をすっ飛ばしながら、ザーフラクは兵に理解しやすいように簡潔で具体的な指示を飛ばす。
大君主自らの奮闘に最初の混乱から立ち直った兵士達は、勢いを取り戻し魔法生物を押し包んでいった。
一方、ジャドウ隊に向かっていったギャリンとドミニムの隊は散々の目に遭っていた。
「ひぃぃぃっ。何なのよ、あの坊やは」
男色家で知られる第2騎馬隊長ギャリンは、縦横無尽に戦場を駆け回り麾下の部隊を切り刻んでいくジャドウの奮戦を目の当たりにして既に逃げ腰になっている。
「これじゃ、ジャドウを討ち取るどころか大君主様の盾にすらならない」
騎馬隊と並ぶフラウスターの花形軍団、重装歩兵部隊を率いる女指揮官ドミニムとて、決して弱くは無いのであるが、必殺技抜きでもジャドウの強さは群を抜いていた。
最初の勢いはどこへやら、醜態を晒した2大部隊がジャドウの部隊に突破されるのに時間は掛からなかった。
「目指すはザーフラクの首、只一つ」
精強なスケルトンの群れを率いたジャドウが、ザーフラクへ向かって最後の突貫を試みる。
しかしルドーラ部隊を蹴散らしていたザーフラク本隊は山岳地にまで下がり、大君主の前に波状攻撃の陣形を取り終えていた。
大君主の無言の合図で3列に展開した兵士達がジャドウの部隊に向かって突撃を開始する。
通常攻撃の3倍とも言われる波状攻撃、それをもってしてもジャドウの進撃を止めることは出来なかった。
錐のように一点突破を図ったジャドウ隊は、1段2段と波状攻撃群を突破していく。
「むぅっ・・・」
さしものザーフラクも顔をこわばらせて戦いの趨勢を見つめる。
しかしようやく疲労の色が見え始めたスケルトン部隊が勢いを弱める時が来た。
3列目の突破に手を焼いたジャドウの軍勢が、引き返してきた1,2段群に挟み撃ちにされ防戦一方となる。
「ようやく決まったな・・・」
ザーフラクが初めて勝利を確信した時、彼はとんでもない光景を目にした。
ジャドウ後方に展開していた自軍の兵士が、いきなり地獄の底から湧いて出たような業火に焼き尽くされたのである。
「魔招・・・煉獄・・・?」
ザーフラクはこの世で只1人、その技を用いる事の出来る魔族の正体を知っていた。
ザーフラクが海岸方向に目をやると、沖合から接近してくる見慣れぬ艦隊が視野に入った。
「キース同盟軍・・・何故・・・」
艦隊のマストに翻った旗は、魔族の住むという北海の島国のそれであった。
(つづく)