「ジャドウ、味方本陣に突入せり」  
「キース同盟軍、襲来す」  
 急を告げるクリフ・リフ隊の早馬がランジェの元に到着した時、フラウスター前衛攻撃部隊は既にバイアード、ザラックの両部隊をほぼ撃滅させ城塞内へと追いやっていた。  
「敵は上陸した後、お味方本隊と交戦状態に入れり。敵援軍の頭目は魔王ジャネスの娘ヒロ」  
「えっ?」  
 その名を聞いたランジェの顔が見る見る青ざめる。  
 新生魔王軍の首魁にしてジャドウの妹に当たるヒロ。  
 反目しあっているはずの兄妹だが、衰退著しい魔族にとって最後の砦とも言うべき魔王軍が最期を迎えようとしている今、2人の共闘は充分予測出来る範疇の出来事であった。  
 それ故、メイマイ国を出奔したヒロの行方をユーセ商会の力を借りて必死で探索させていたランジェであったのだが。  
「それで、本隊は?大君主様は?」  
 ランジェの問い掛けに伝令が言葉を詰まらせる。  
「ジャドウ、ヒロ両者による・・・魔界粧が発動。本陣の中心に・・・巨大な爆炎が確認されております」  
 馬上のランジェは息をのんで凍り付く。  
「物見の話では・・・恐らく、一兵のお味方も・・・」  
 次の瞬間、体から全ての感覚を失ったランジェは失神し、馬から転落していた。  
                               ※  
「おいっ、しっかりしろ・・・おいっ」  
 ランジェが目を覚ますと、心配顔のマンビーが必死で自分をゆさぶっているところであった。  
「大君主様がっ・・・大君主様がぁぁぁ〜」  
 マンビーの胸元にしがみついてワンワン大泣きするランジェに部下達は困惑する。  
 体では泣きながらもランジェの頭脳は目まぐるしく回転し、敵味方の兵力や現在位置などの戦況を計算する。  
 5分後、立ち上がったランジェはもう泣いていなかった。  
「大君主様が倒れられた今、求心力を失った我軍は瓦解、敗北する事は火を見るより明らかです」  
 ランジェの言葉に部下達は静まりかえる。  
 
「正面の敵が城塞に立て籠もっている今なら、この地よりの撤収は叶いましょう。マンビー指揮の元、南に逃れた後はヘルハンプールのギュフィ2世殿下を頼りなさい・・・」  
 ランジェは沈痛な面もちで一旦言葉を切った。  
「姐さん・・・姐さんはどうすんだよ」  
 リュウは真っ青になって主君の心配をする。  
「あたしはこれより大恩ある大君主様の仇を討つために、ジャドウの本隊に斬り込みを掛けます。敵わぬとは言えジャドウにせめて一太刀浴びせて大君主様に殉じる事こそ、これまでに取り立てていただいた事へのご恩返しです」  
 それだけ言うとランジェは愛馬に跨った。  
「姐さん・・・」  
「これは個人的な復讐だから、あなた達は連れてはいけません。ギュフィ2世殿下の元で再起を期しなさい」  
 ランジェはそういうと法衣の胸元を開けて紙の束を取り出した。  
「俺・・・俺達の・・・死神の血判状・・・」  
 ランジェは呆気にとられた盗賊共の顔を眺め回すと、手にした血判状を引き裂いて宙に放り投げた。  
「今までホントにありがとね。これでみんな自由だから、後は自分の本心に従って行動しなさい」  
 目尻を白手袋の指先で拭ったランジェは、作り笑いでニッコリ微笑むと馬首を翻し東へと駆けだした。  
 ランジェを見送った後、麾下の部隊は沈黙に押し潰されそうになる。  
「お・・・俺、やっぱ行くわ・・・」  
 いつも主体性が無く、付和雷同的であったリュウが初めて自分の意見を吐くと、馬にムチをくれランジェの後を追った。  
「どうするね?」  
 ギャプが感情を押し殺したような声でマンビーに尋ねるが返事はない。  
「あんたとは長いこと一緒にやって来たが、どうやらお別れのようだな。俺は人に命令されるのは好きじゃないが、あの人のことは・・・好きだ」  
 ギャプは柄にもなく照れたような口調で最後の言葉を付け加えると、乗馬ムチを振りかざす。  
 
「待ちな・・・この勇者マンビー様が女ごときに虚仮にされたまま、借りも返さず放っておくとでも思ってるのか」  
 マンビーは馬に跨ると剣を抜いて振り返った。  
「行くぞっ。マンビー盗賊団の意地を見せてやる」  
 東へ駆けだしたマンビーの後を追う盗賊団、そして負けじとばかりにそれに続く正規兵の面々。  
「大丈夫。これなら勝てる」  
 後を振り返ったランジェは命令ではなく、自らの意思で自分についてきた兵士達の忠誠度と士気の高さをもって、この戦いの終局における勝利を確信した。  
                               ※  
 ヒロとジャドウの合体技、魔界粧・暗黒爆炎の直撃を食らったザーフラク本隊であったが、まだ壊滅したわけではなかった。  
「とんだ直接攻撃対策の予行演習になったわい」  
 まだ焦臭さを残した大気に顔をしかめながら、ザーフラクは4割程喪失した麾下の竜戦士部隊を見回した。  
「兵力はまだまだ互角。魔族共を一気に葬り去れ」  
 魔法攻撃に対する耐性の強い竜戦士達は、歓声をあげてキース同盟軍に殺到していった。  
「うぅっ、そんな・・・」  
 一発逆転を狙った必殺技が不発に終わった事にヒロは愕然となる。  
「お前が狼狽えてどうする。お前を信じてついてきた兵達が指示を待っているぞ」  
 氷の魔女と呼ばれるマユラは涼やかな瞳のまま冷静さを保っている。  
「もっとも、アタイ達はバイアード様が心配でついて来ただけだがね」  
 ラミアとスガタはヒロに冷たい目を向けてあっさりと本音を吐く。  
 魔王軍の危機を魔族全体の危機として捉えるというヒロの説得に応じて援軍を出したマユラだったが、肝心のヒロがこの調子では見込み違いもいいところである。  
「ここでザーフラクにネウガードを落とさせるようなことになれば、奴の進撃を止める機会は永久に失われる・・・行くぞ」  
 ヒロは手勢を攻撃陣形にまとめ上げると先頭に立って突撃を開始した。  
「中央突破でジャドウの隊と合流する。続けぇぇーっ」  
 各個撃破されることを恐れたヒロは敵陣形の向こう側にいるジャドウ隊との合流を図った。  
 
「妙に熱いな・・・はっ?・・・」  
 氷の魔女マユラはいつの間にか辺りに吹き始めていた熱風に気がついた。  
「散開っ、散開しろっ」  
 しかしその声が届く前に虚空から発せられた高温の熱波が、突撃していたキース同盟軍の兵士達を薙ぎ倒していく。  
「俺の灼熱の息にどこまで絶えられるかな」  
 ようやく後詰めのゴルベリアスが戦闘地域に姿を現し、ここに戦況は再度フラウスター優勢に傾く。  
「おのれゴルベリアスの裏切り者めが・・・。ラミアッ、闇門をっ」  
 ゴルベリアスの必殺技は熱風の中でしか使用できない。  
 天候を変えてその技を封じようとしたヒロだったが、今度はその暗闇を利用してクリス忍群の暗殺陣形がキース同盟軍の背後を襲う。  
 風の如く陣内に忍び込んだニンジャ達は、予め狙いをつけていたラミアとスガタに襲い掛かると、2人に悲鳴を上げる暇さえ与えず縛り上げ、馬上の仲間に身柄を渡した。  
「無礼者っ、人間の分際で。はなせっ、はなせぇぇぇーっ」  
 牙を剥き出しにして必死で身をよじる2人であったが、身に食い込む程に鎖で縛られていては、どうする事も出来ずに拉致されてしまった。  
 ヒロとマユラにも魔の手が迫ったが、流石にこの2人相手にはニンジャ風情では格が違い過ぎ、ゲート・オブ・ヘブンの一振りで蹴散らされてしまう。  
「やはり生け捕りは不可能か。引けっ」  
 クリスの命令で未練も残さず敵陣から撤収するニンジャ達。  
 ランジェ率いる戦士部隊が海岸線沿いに殺到してきたのは丁度この時である。  
 そして西の沖合からは、ようやくキース同盟軍の奇襲から立ち直り、体勢を立て直したハネーシャ艦隊軍が姿を見せ始めた。  
「ヒロ、まずい。このままではカーシャに帰れなくなる」  
 マユラはあくまで冷静に戦況を判断して、ヒロに撤退を進言した。  
「ジャドウ、来いっ。生きてさえいれば、今日の借りは必ず返すことが出来る」  
 必死の叫びを上げるヒロ。  
「魔族の未来のためにっ。ジャドォォォーッ」  
 
 ヒロの絶叫はその真心と共にジャドウに伝わったが、この時ジャドウに従う兵士は既に10人を切っており、分厚い竜戦士の囲みは破れそうになかった。  
「もはやこれまでか。かくなる上は・・・」  
 ジャドウは獅子奮迅の戦い振りで敵を自分に引き付け、何とか妹だけでも逃がそうとする戦いに切り替えた。  
「ジャドォォォーッ」  
 その意図を見抜いたヒロは絶叫を振り絞り引き返そうとするが、マユラに引き止められる。  
「ジャドウの考えが理解できたのなら、尚のことそれを無駄にするな」  
 股肱の部下を2名も失い、それでも感情を表に出さないでいるマユラの言葉には説得力があった。  
「ジャドォォォーッ」  
 ヒロは再度兄を振り返ってその名を呼ぶと、目を瞑って波打ち際へと全力で駆けだした。  
「掃討戦に移れ」  
 勝利を確信したザーフラクが最後の命令を下した時であった。  
 闇夜を照らす光の玉が山地の上に現れ、一際高い頂に降り立ったかと思うと、人の姿に変化した。  
「あれは?・・・」  
 背後の異変に振り向いたヒロが眩い光に目を細める。  
「リトル・スノー・・・」  
 空間を越えていきなり出現したプラティセルバの少女君主の姿にジャドウもフラウスター本隊も息を飲んで黙り込む。  
「あいつ・・・やっぱり・・・」  
 キース同盟軍説得のため海を渡る直前のこと、ヒロは非公式にリトル・スノーと会談の席を持ち彼女に助勢を乞うたのであるが、一国の君主である彼女の立場ではフラウスターへの宣戦布告を意味するその申し出は拒否するしかなかったのだ。  
「悲しくて・・・苦しくて・・・ジャドウ・・・私にとっては本当の恋でした・・・」  
 リトル・スノーは慈愛に満ちた口調でジャドウに語りかけた。  
「ジャドウ・・・私を乗り越えて行くのです。貴方の幸せが・・・私の幸せなのです。ためらう事などありません・・・」  
 
 負担の大きい空間移動で気力体力を使い果たしていたリトル・スノーは、消え入りそうな声でそれだけ伝えるとヴィエラージュを発動させた。  
 自らの生命を増幅し他人に分け与える禁断の回復魔法、ヴィエラージュだったが、生憎と天候が暗闇だった事、更には彼女自身の生命の灯が燃え尽きようとしていた事もあり、力の全てを発揮することは出来なかった。  
 それでも数十体のスケルトンが再び立ち上がり、戦列に復帰することが叶った。  
「これなら奴等を突破して脱出できる」  
 不敵に笑ったジャドウの表情が、リトル・スノーを振り返った途端に凍り付く。  
 体を包んでいた光を失ったリトル・スノーは力無くうなだれ、フラウスターの兵士に埋め尽くされた平地へと転落していった。  
「スノーッ」  
 怒りに燃え狂った雑兵達が、意識を失ったリトル・スノーの体に群がり衣服を引き裂いていく。  
「死んじまったか」  
「まだまだ使えるぜぇぇぇ」  
 浅ましい本性を剥き出しにしたフラウスターの下級兵士達が、リトル・スノーの無垢の裸体をまさぐりながら下卑た笑い声を上げる。  
「ジャドォォォーッ」  
 今や指呼の距離に迫ったランジェの部隊を前にして、ジャドウに脱出を促すヒロ。  
 その声に振り返ったジャドウの顔からは憂いの色が消え去り、薄く微笑すら漂わせていた。  
「ヒロ、最後まで兄らしいことは何一つしてやれなかったが・・・許せ、妹よ・・・」  
 ジャドウは最後にそう言い残すと、雄叫びを上げて敵兵群がる真っ只中へと突入していった。  
「ジャドォォォーッ・・・兄さぁぁぁーん」  
 マユラに引きずられるように波打ち際へと向かうヒロの視界が涙にぼやける。  
 やがて敵兵の波に飲み込まれ、ジャドウの姿は見えなくなった。  
 
 悪夢のような攻防戦から12時間後、堅牢を持って知られるネウガード城の城壁も2度に渡るチクの攻城部隊の前に遂に陥落、ここに魔王軍討伐作戦は終結した。  
 しかし城内にはバイアード13世およびザラック達魔将軍の姿は無く、野戦で行方知れずとなったルドーラと共に逃走説や自決説が囁かれたが、事実は分からないままであった。  
 いずれにせよジャドウという求心力を失った彼らが勢力を盛り返すことは、永遠に無いであろう。  
 そのジャドウであるが、満身創痍になりながらも血路を開いてリトル・スノーの元へ駆け寄ると、彼女を抱きしめたまま最後の力を解放、2人は1体となったまま石化したという。  
 直ぐさま手近の兵士により破壊が試みられたが、その石はあらゆる名剣宝刀の類を一切受け付けず、傷一つ付かなかった。  
「結局魔族とは何だったのか」  
 とザーフラクは考える。  
 魔族の長が最期の最期で見せた行為は人間そのもの、否、権謀術数が飛び交う自分の周囲の人間よりよほど人間らしい最期ではなかったか。  
 その是非は別として、ジャドウが最期に取った行為が、ザーフラクの魔族に対する認識を僅かではあるが変化させたのは事実である。  
 
                               ※  
 
 ネウガード城塞の通路を、割り当てられた宿所へと向かうランジェの足取りは重かった。  
 論功行賞の席上で勲功第一に叙せられ多大な報奨金を得たまでは良かったが、その後思いも掛けない受命が待っていた。  
「南西方面軍総司令官に任ず。シルヴェスタ以南を可能な限り早期に占領せよ」  
 独立した司令部を有し、かなりの自由裁量権を与えられる方面軍総司令官への昇進は臣下としてはこの上もないものであったが、それは同時に大君主の元から遠ざけられるという事実をも含んでいた。  
「政治的野心を疑われたのかもね」  
 戦闘終了後に各武将の提出した戦闘詳報を読めば、ザーフラクが戦死したものと錯誤したランジェが、狼狽する他の武将に先んじて自兵を糾合するために、一芝居打ったという事は直ぐに分かる。  
 
 大君主の仇を討った事実が、次の大君主を選出する時にこの上もない実績になる事くらいは誰にでも理解できる。  
 問題は小細工を使ってでも他の武将を出し抜こうとしたランジェの拙速にあり、『最高権力への野心あり』との疑いを持たれると言うことは、家臣として致命的な失敗であった。  
「ダメだろうけど、明日もう一度大君主様にお願いしてみよう」  
 こういう時には、見苦しいぐらいに足掻いてみせる方が、かえってザーフラクに好印象を与えると言うことをランジェは副官勤務を通してよく知っていた。  
 与えられた執務室に入ったランジェはマンビーを呼ぶように小者に命じた。  
「用ってのは何だ?今みんなで楽しく一杯やってるところなんだ。手短に頼むぜ」  
 ほろ酔い気分のマンビーはいつもよりは機嫌良さそうに見える。  
「ご機嫌のようね。血判状が破かれた事がそんなに嬉しいの?」  
 自らの生き血で署名を綴る『死に神の血判状』は、忠誠を誓った者に対する一切の敵対行為を封じる魔符の一種である。  
「ああ、嬉しいね。これで、やっとこさまともな主従関係になったってもんだ」  
 マンビー自身も署名と引き替えに手錠を外して貰った瞬間、いきなりランジェを押し倒し乱暴しようとしたが、恐怖の呪いに邪魔されて失敗、それどころか泣いて許しを請う羽目になった過去がある。  
「言いたいことも言えんようじゃ奴隷と同じだぜ」  
 呪いの効力により、意思に全く関係のない射精を止めどなく繰り返して悶絶、土下座して許しを請うマンビー、ギャプ、リュウの姿を思い出してランジェはクスリと笑ってしまう。  
 最初ランジェが盗賊達を嫌っていた頃は、彼らの発するタメ口程度に対しても呪いの効果は容赦なく現れ、その度大騒ぎになったものである。  
 しかしランジェが彼らの悪態に慣れ、信頼を寄せるようになっていくにつれて、余程の敵対行為が無い限り、呪いの力は発動されないようになっていった。  
 要は血判状の所有者の署名者に対する個人的な感情が、その効力の範囲を左右するのである。  
「なに笑ってんだよ」  
 ランジェの笑い顔を咎めるようにマンビーが鼻白む。  
「マンビーはこれまでだって言いたいこと言ってたくせに」  
 
 迂闊なマンビーはランジェに言われて初めてその事実に気付く。  
「いつ頃からだ・・・」  
 マンビーの思考を打ち切らせるようにランジェが改まった口調で話しかけてくる。  
「今回のご褒美に下賜されたの。こんな業物、私じゃ扱えないからあなたに預けるわ」  
 ランジェは一振りの剣を重そうに持ち上げるとマンビーに取るよう促した。  
「そっ、そりゃあ・・・」  
 鞘の中にあって溢れんばかりの霊気を帯びた剣など、そうは存在していない。  
「魔剣・・・ランシュバイク?」  
「雄剣のね」  
 カイゼルオーンのアレースが持つ魔剣と雌雄一対をなす1本を持つマンビーの手が小刻みに震える。  
「どういう事か分かるわね。今日からマンビー盗賊団もフラウスターの正規兵として認められたって事よ。あなたにも一軍の将として相応しい働きと格式を期待します」  
 ランジェが最期まで言い切らないうちにマンビーはランシュバイクを執務机の上に投げ返した。  
「ふざけるなってんだ。こんなモン返すぜ」  
 当然喜んでもらえると思っていたランジェはマンビーの怒りに満ちた返答に驚く。  
「俺たちゃ盗賊団で充分なんだよ。正規兵なんて堅苦しくってやってられっかぁっ」  
 大きな身振りを交えながらそれだけ言うと、マンビーは振り向きもせず部屋を出ていった。  
「マンビー・・・あぁっ?」  
 失意にうなだれたランジェは、その時になって初めて机の上から魔剣ランシュバイクが忽然と消えているのに気付いた。  
「マンビーったら、いつの間に。流石は盗賊団の頭目ね」  
 ランジェは幾分か明るくなった顔を上げて閉ざされたドアを見つめた。  
 マンビーは正規兵の身分は大君主の直轄兵であり、部隊長にとってはあくまで貸し与えられた物であることを知っていた。  
「それに俺様は、その他大勢の1人になる積もりはねぇ。嫌われててもいいから、アンタとは特別な感情で繋がっていたい」  
 本人に対して言えるはずもない台詞を心の中で叫びながら、マンビーは裏庭へと通じる廊下を進んでいった。  
 
                               ※  
 
 夜も更け流石に馬鹿騒ぎも一段落したのか城塞内は嘘のように静まりかえり、ときおり発せられる小集団の笑い声が異様に響き渡るようになっていた。  
 それでも多忙な副官ランジェは今回の戦旅に掛かった総戦費の算出に追われており、床につくにはまだ少し時間が必要とされた。  
「そろそろ出てきたら如何です?」  
 ランジェは帳簿から顔も上げず、ソファーの向こう側に隠れている侵入者に声を掛けた。「これはお人の悪い、知ってらっしゃいましたか。流石は有能で知られるお嬢さんだ」  
 ソファーの背もたれの裏から姿を現せたのは魔将軍の1人、ルドーラであった。  
「招待した覚えはないけど。ご用の向きは?」  
 眉一つ動かさずにランジェは質問する。  
「この城は今日の昼までは私の住処でしたから、勝手は貴女方より少しは承知しております。秘密の脱出口という物は、逆に秘密の侵入口にもなるわけでして・・・」  
「無礼は許しますから、さっさとその秘密の脱出口とやらから消え失せなさい」  
 寸暇を惜しむランジェは回りくどいルドーラの説明を途中で遮って、速やかな退出を命じる。  
「そうは行きません。今日は無礼を覚悟で、貴女との強制進化を楽しみに参ったのですから」  
 ルドーラは部屋の主人の言葉を無視すると、ふてぶてしく訪問の理由を告げる。  
「そうそう。この部屋には結界を張っておきましたから、幾ら大きな声で楽しんで貰っても、手下の皆様に対するお気遣いは無用です」  
 口調だけは馬鹿丁寧なレイプ予告が終わりきる前に、ランジェは椅子を蹴って逃げに掛かる。  
 ドアに辿り着く寸前、空中から現れた数本のスパークがランジェの体に突き刺さった。  
「キャァァァーッ」  
 全身に流れる電撃がランジェの筋肉を痺れさせ、法衣を散り散りに弾け飛ばせた。  
「如何ですか、爆雷の呪文のお味は?いささか弱目ですが、貴女には充分でしょう」  
 苦手な雷系魔法の直撃を浴びたランジェは半死半生で固い床に転がった。  
「いい格好です。まずは目で楽しませて貰いましょうか」  
 ルドーラは仰向けに倒れ込んだランジェの横にしゃがみ込むと、彼女の体にまとわりついた法衣の切れ端を払いのけていく。  
 
「あぁ・・・あぅぅぅ・・・」  
 叫ぼうにも舌を噛もうにも、神経まで痺れ上がった今のランジェには、顎を動かす力さえなかった。  
 直ぐに小振りな、しかし形のいい2つの乳房が姿を見せる。  
「何だ、意外に小さいではありませんか。いけませんねぇ、上げ底は詐欺、重罪ですよ」  
 無駄口をききながらもルドーラの手は徐々に下へ下へと降りていき、やがてスカートの破片の下から奇跡的に被害を逃れた純白の下履きが姿を現せた。  
「おぉっ、私に脱がされるために、雷のエネルギーから耐えて下さったんですね」  
 変態のようにパンティに話し掛けるルドーラを見て、ランジェは身震いする。  
 今やランジェの体に貼り付いて、彼女を守護しようと頑張っているのは、ボロボロになった肘まである白手袋、膝下までを覆う焼け焦げたブーツ、そして最後の一線を守るには余りに非力なシルクのパンティであった。  
 ルドーラはしばしランジェの惨めな半裸を楽しむと、緩い意匠で作られたパンティの両端に手を掛けた。  
「残念ですがおさらばです。先を急がなくてはならない私の無礼をお許し下さい」  
 ルドーラはパンティに詫びを入れると、一気に両手を開いてパンティを引き裂いた。  
 
                               ※  
 
 ルドーラは一旦ランジェの裾を外巻きにした金髪を見た後、もう一度股間に視線を向ける。  
 頭髪と同じ黄金色があるべき所に艶々と光る黒があった。  
 しかもその黒は毛などではなく動物の革で出来ていた。  
「なっ・・・何ですか?これでは下のお口にご挨拶できないではありませんか」  
 ルドーラは無粋な革のパンティに抗議すると、何とか引き千切ろうとしたが、魔物封じの染料で鞣された『魔女の貞操帯』はビクともしなかった。  
「どうなっているのですか、これは?」  
 どうやら縦横2枚の革ベルトで作られていることは理解できたが、接合部分に錠は無く、4桁分の数字のダイヤルがあるだけであった。  
「これを正しい組み合わせに並べれば言い訳ですね・・・って、一体何通りあると思っているのですか」  
 
 ルドーラは一瞬諦め掛けたが、捨て置くには今日の獲物は余りにも美味しそうである。  
「とても良い事を思いつきました。貴女自身がこれを進んで外して下されば話しは早いのです」  
 
                               ※  
 
 ルドーラは貞操帯の隙間から指をねじ込むとランジェの秘密の部分に『悪魔の媚薬』をタップリと擦り込んだ。  
「お薬が効いてくるまで、別の所で遊んでます」  
 ルドーラは暇つぶしとばかりランジェの両乳首を摘み、指先で引っ張ったりこね回したりを続ける。  
 やがて小さい乳首が精一杯の自己主張をするように尖り始めた頃、貞操帯の下がお漏らしをした時のように溢れかえって来た。  
「困ったお嬢さんですね。警報も無しにいきなり洪水ですか」  
 しかしルドーラの嘲笑は真っ白になったランジェの耳には届いていなかった。  
「ほらほら、こういうのは如何ですか」  
 ルドーラは貞操帯の上からランジェの股間の中心当たる部分を強く刺激し始める。  
「あふぅぅぅ・・・くっ・・・くぅぅぅ〜ん・・・」  
 股間にもどかしいような甘美な疼きを覚えてランジェは切なげな鼻声を漏らしてしまう。  
「これならどうでしょうか」  
 ランジェの頭側に回ったルドーラは貞操帯のベルト部分を両手で握ると、一気に上へと引き上げた。  
「あぅっ・・・あうぅぅぅ〜っ」  
 パンティ部分の革が股間の割れ目に厳しく食い込み、めくるめく快感にランジェは背中を仰け反らせて悶絶する。  
「ちゃんとして欲しかったら、番号を教えるのです。ほれっほれっ」  
 食い込ませた革を器用に使ってランジェの一番敏感な部分を責めるルドーラ。  
「魔族なんかに契られてしまえば、大君主様の御不興を買ってしまう」  
 その思いだけがランジェに最後の一線を踏み越えることを思いとどまらせていた。  
「意外にしぶといですね。でもこれは我慢できないですよ」  
 ルドーラはランジェの体をうつ伏せにすると、今度はお尻の側から革ベルトを引き上げ始めた。  
 
「あふぅぅぅ〜ん・・・んんん・・・」  
 蜜に溶け出した媚薬の成分が後ろにも回り、既に肛門の粘膜から吸収されていたため、ランジェのアヌスは前の部分以上に敏感になっていたのだ。  
「どうです、お嬢さん。おかしくなっちゃう前に早く言った方がいいですよ」  
 体中が性感帯になったような感覚に溺れてしまったランジェは、もう意識は飛び、この快感を止められる事に恐怖した。  
「0・・・3・・・」  
 ランジェの唇からうわごとのような言葉が漏れ始める。  
「ん?いい子だ」  
 勝利を確信したルドーラは満足げに微笑む。  
「・・・1・・・」  
 残るは最後の一つの数字となった時であった。  
 いきなり窓を蹴破り、部屋に飛び込んで来たマンビーがルドーラに必殺の突きをくれた。  
 魔族の優れた反射神経を最大限に動員して、ギリギリでそれを避けるルドーラ。  
「これはこれは、勇者殿」  
 ルドーラの言葉を嘲笑と受け取ったマンビーは、背中に背負った魔剣ランシュバイクを鞘から引き抜いた。  
「今度は逃がしゃしねぇぜ」  
 流石にルドーラの顔にも緊張が走る。  
「おやおや、そんなご褒美を貰っていたのですね。今日の所はこれでお暇することにしましょう」  
 形勢不利と見たルドーラは、魔族特有の身軽さをもってソファーの向こう側へと飛んだ。  
「待ちやがれっ」  
 マンビーは慌ててソファーへと駆け寄り、蹴り倒してみたが、そこにルドーラの姿を発見することは出来なかった。  
「アンタの部屋ん中から嫌な妖気が出てるからおかしいと思ったら・・・」  
 ランジェを気遣って近寄ってきたマンビーが立ち止まる。  
「アンタ、醜態だぜ・・・幻滅だな」  
 急に機嫌を損ねたようにマンビーが吐き捨てる。  
 
「仕方・・・なかったのよ。お薬で・・・」  
「そんなこと言ってんじゃねえよ。血判状を破ったその日のうちに、もう貞操帯かよ。俺達ってそんなに信用無いのかよ」  
 マンビーは今まで見せたことのない、泣き出しそうな顔になるとドアを開けて部屋から出ていこうとした。  
「待って・・・これを着け始めたのは、もうずっと前の事なのよ」  
 ドアの所で立ち止まったマンビーがランジェを振り返る。  
「なに?」  
「だって・・・もうずっと前からあなたに対しては、血判状の呪いは効かなくなっていたから・・・そう・・・あたしが、あなたの事を好きになっちゃった日から・・・」  
 生まれて初めて女性から告白を受けたスカーフェイスの男は、しばし凍り付いて沈黙した。  
「おっ・・・俺よぉ・・・」  
 再度の沈黙の後、自称勇者はありったけの勇気を振り絞ると、年下の女上司にそっとキスをしてみた。  
 血判状の破れた今となっては、その効果が発揮されないのは当たり前だったが・・・。  
 安全を確認したマンビーはランジェを強く抱きしめると、今度は強く深く唇を重ねた。  
 
                               ※  
 
 1週間後、ランジェ部隊はシルヴェスタ討伐のためネウガード城を発した。  
 その先頭、親衛隊である1番隊隊長の位置には正規軍武将の軍装に身を固めたマンビーの姿があった。  
 初めて人から愛されるということを知った自称勇者は、彼を愛した女のために真の勇者になることを誓ったのだ。  
 伝説の五勇者を擁するクリアスタ王国軍との戦いは熾烈を極めるであろう。  
 しかしランジェは自軍の勝利を信じて疑わない。  
 自分には偉大なる大君主様の御威光と、心から信じ合える仲間が付いているのだから。  
 
                               ※  
 
 丁度そのころ、フラウスターの首都国ロギオンの東、洋上遙かに浮かぶ島国の城塞、その一室に、真っ昼間から裸で絡み合う1組の男女の姿があった。  
「ティナ、とうとうネウガードも陥落ちちゃったって・・・」  
 左右に開かせた女の両足を自分の肩に掛けて挿入する、その体位はこの国の名前を取ってメイマイスタイルと呼ばれていた。  
 少年の体は線が細いものの、要所要所はキリリと引き締まった、まさに戦士の体であった。  
「今そんな事、どうでもいい」  
 少年からティナと呼ばれた少女はこの国の王女である。  
「あぁっ、イクッ?またイクッ。フォルト・・・あなたも一緒にぃぃぃ〜っ」  
 ティナ王女は自ら腰を使い、貪るように下から少年を突き上げると、今日何度目かの絶頂に達した。  
 王女からフォルトと呼ばれた少年こそ、このメイマイ国の危機を救わんがために遠い外国からやって来た雇われ君主である。  
「ティナ・・・迫り来るフラウスターの恐怖を少しでも忘れようとして・・・ボクがしっかり守ってあげないと」  
 フォルトは失神したままであるティナの目尻にそっと指を伸ばし、涙を拭ってあげた。  
 自分の全て、命より大事な愛しのティナをザーフラクの手に渡さない為に、フォルトは必勝の策を練り上げる。  
 その隣室、控えの間ではメイドスタイルに身を固めた美少女リムが、いつもの通りに2人の睦み合いを盗み見して己の欲望を貪っていた。  
「あぁっ、フォルト様。あたしっ・・・あたしもぉぉぉ〜っ・・・」  
 ソファーにもたれ掛かり、パンティだけを膝まで下ろしたリムは、両足を高々と上げた疑似メイマイスタイルのまま、ベトベトに汚れた自分の花芯を弄り続けていた。  
(つづく)  
 

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