魔導世紀1005年12月初旬、大陸最強の名を欲しいままにするフラウスター兵団の大君主ザーフラクは、首都国ロギオンの東海岸にあって水平線の彼方を睨んでいた。  
 ザーフラクの心は、例年になく早く荒れ始めた海そのもののように波立っていた。  
 同年11月に開始されたメイマイ攻略作戦は、一ヶ月経とうとしている今になっても何の決定打を見いだせないまま膠着状態に入り、海は閉ざされようとしている。  
                               ※  
ギャリン、ドミニムそれにルーセイダーを先鋒とするメイマイ攻略部隊が出撃したのは11月に入って最初の大潮の日であった。  
 その後にはザーフラク直卒の本隊、ギュフィ2世の手勢が続き、総勢8個軍団の堂々たる船団は季節風に乗って一路メイマイ目指して侵攻していった。  
 懸念されていたメイマイ艦隊による抵抗は、シオン率いるハネーシャ艦隊軍の洗練された艦隊機動の前に一蹴され、先鋒軍は無傷のままメイマイ西海岸に上陸を果たした。  
 メイマイ軍は水際戦術をとり、上陸直後のギャリンの部隊に少なからぬ打撃を与えたが、続々と上陸してくる後続部隊を前に、形勢不利と見たのか奥地奥地へと退却を始めた。  
 
                               ※  
 
「イズルヒ、ムロマチから艦隊が進発、メイマイ救援に向かう模様」  
 間者からの緊急伝を得たのは、ザーフラクがメイマイ本島に上陸を果たした1時間後であった。  
「日付は7日前か。明日にもこの辺りの海域に姿を見せるかも知れんな」  
 シオンに周囲の策敵を促す一方、ザーフラクはメイマイ騎士団の動きに腑に落ちないものを感じていた。  
 メイマイ騎士団の兵そのものは極めて精強であるのに対し、防衛線が余りにも脆すぎるのである。  
 黄金の鎧に身を固めた少女に率いられた軍団は、突入してきたフラウスターの兵を散々に挑発するや適当に戦って見せると、直ぐに兵を引いて奥地へと逃走してしまうという。  
「ティナ王女か・・・」  
 あの少女を目の前にしたら、大概の男は自分の手に入れんが為に、我を忘れて追撃するであろうという事は大君主の想像にも難くない。  
 
 それは予想の範疇であり、それゆえ男色家のギャリンと女隊長ドミニム、それに老成したルーセイダーを先鋒に配したのであるが、一兵士レベルの感情までは計算には入っていなかった。  
 意外とギャリンやドミニムなどはティナの楚々とした美しさに嫉妬して、追撃の速度を速めているのかも知れない。  
 しかし決戦場までの到達時間が想定より早くなったのは事実であり、お陰で諸島連合を各個撃破できる可能性が高くなったとも言える。  
「我が軍に縦深陣を敷かせて、本隊の横腹を突く気か」  
 とも考えるが、隘路続きのネウガードとは勝手が違うこの地では、伏兵を置くことも奇襲を掛けるのも困難である。  
「まぁいいさ。出来るだけ早く逃げるがよい。自ら命日を早めるだけのこと」  
 連戦連勝から来る奢りなのか、この時ザーフラクは深く考えようとはせず早々と仮設の寝所に入った。  
「こういう時、女の副官とは実に便利なものである」  
 大君主は有能な副官カミシアの肉体を貪りながらそう思う。  
 しかしカミシアはベッドの中ではそれほど有能では無く、芸術品のようだが死人のように冷たい体をベッドの横たえ、されるがままになっている。  
 それでも『殺した敵の情婦を犯す』といった、一種倒錯した感情がザーフラクを激情に駆り立てる。  
 またカミシアが美しい顔を歪めながら、快楽に溺れまいとして必死で己と戦っている姿を見るのは、彼にとっての楽しみでもあった。  
「ふっふっふっ・・・最近は余のモノの味を大分覚え込んできたようだな」  
「・・・あぁ・・・くぅぅぅぅ・・・」  
 カミシアは体内で跳ねるリズミカルな律動が、ともすれば自分の感覚を押し包んでしまいそうになるのを歯を食いしばって耐え抜く。  
「郷に入らば郷に従えとも言う。今日は趣向を変えてみるか」  
 ザーフラクはカミシアの両足首を握ると、太股を大きく開かせた上で彼女の足首を肩に乗せた。  
「この国では男女が睦み合う時、女にこの様な姿態を取らせるという」  
 
「やめて下さいっ・・・こんなっ・・・恥ずかしい・・・」  
 カエルのような体勢を取らされたカミシアが涙を流しながら抗議する。  
「ふふふっ、無様な格好だぞ。今のお前にはお似合いだ」  
 カミシアの見せた意外な反応にザーフラクは驚く。  
 これまでカミシアを抱いた男達はみんな彼女を繊細なガラス細工のように扱ってきたのであろう。  
 扱い方さえ理解できれば、後は名騎手としても知られるザーフラクの独壇場であった。  
 幸いなことに晩秋の夜はまだ長い。  
 
                                ※  
 
「フラウスターのみなさん、戦うことをやめて・・・あなた達の心は暗黒竜に支配されているのよ・・・」  
 追撃戦を始めてから4日目の早朝、今朝も崖の上に立ち必死で訴えかけてくるティナ王女の姿に、フラウスターの兵士達もすっかりメロメロになっている。  
「あの女を生け捕りにしたものは、褒美に国を一つ貰えるそうだぜ」  
「俺、国なんかよりあの女の方がいい・・・」  
 黄金色の甲冑は朝日を受けて眩く輝き、ティナの姿はこの世のものとは思えない神々しさを伴っている。  
「俺っ・・・もうフラウスター辞める」  
「ええおなごやぁ〜」  
 ミニスカート風になったティナの甲冑の中身を何とかのぞき込もうとしてしゃがみ込む兵士が出てくる程、フラウスターの風紀はここ数日で乱れきっていた。  
「なによっ、あんな小娘のどこがいいのよっ。あんた達、とっととやっておしまい」  
 ギャリンは麾下の部隊の視線をすっかり奪ってしまったティナに対する攻撃命令を下すが、ティナのフェロモンにおかしくされていた兵士達は言うことを聞かない。  
「もうっ、どうしちゃったのよぉ」  
 男色家ギャリンがふて腐れているちょうどその頃、ザーフラクの元に辿り着いた1人の密使があった。  
「イズルヒ、ムロマチの連合部隊。首都国ロギオンを襲撃中」  
 その伝文を耳にした時、最初ザーフラクは意味を理解しえなかった。  
 メイマイに援軍として来るはずのイズルヒ、ムロマチがなぜロギオンにいるのか。  
 
「そういうことか・・・ぬかったわ」  
 3国連合の内、1国が攻められれば、残る2カ国が全力を上げてロギオンを突く。  
 一時的にせよ首都国を喪失するという事を前に、プライドの高いザーフラクはロギオン防衛のために必ず兵を引く。  
 フォルトが描いた策は、大陸全土に版図を広げすぎたフラウスターの寡兵と、出自をロギオンに持つザーフラクの心理を突いた巧みなものであった。  
「お戻りなさいますか」  
 カミシアがいつもの冷たい口調で確認を取る。  
 例え今ロギオンを失っても、兵力を糾合すればたちどころに奪回することは確かに可能ではある。  
 しかし救えるはずの母国を見捨てたという事実により、二度と回復出来なくなるものも確かに存在しているのだ。  
「ロギオンは我らフラウスターの母なる大地なのだ」  
 威厳、秩序そして才能を守るべきものとして考えるザーフラクは、自分に言い聞かせるように言った。  
「兵をまとめろ。準備できた部隊から順次引く。我らの撤退を知った敵は全力で追撃してくるぞ。後方に備えつつ整然と兵を引け」  
 ザーフラクの血を吐くような口調で命令が下された瞬間、第1次メイマイ攻略戦は失敗に終わった。  
 
                               ※  
 
 その後、直ぐさまロギオンへとって返したフラウスター兵団だったが、元々ロギオン占領が目的ではないイズルヒ・ムロマチ連合軍は戦わずして戦線を離脱、それぞれの母国へと悠々引き上げていった。  
 1つの頭を撃てば別の2つが噛み付いてくる、伝説の三つ首竜を相手にしているかのような諸島連合との戦いは、こうして千日手の様相を呈していった。  
 兵力増強のため大陸各地に散っている部隊を呼び戻そうにも、シルヴェスタ国内でグレイと対峙しているランジェもプラティセルバ攻めの真っ最中であるチクも、それぞれ苦戦しているのが現状である。  
 時間さえ掛ければ兵力増強も見込めるのであるが、それまでに周辺各国が大人しくしている保証はない。  
 
 事実、プリエスタやウマリー島ではフラウスターの窮状に便乗するかのように、怪しい動きが見られるとの情報が入ってきている。  
 粘り強いアゼレアと破壊力に優れるヘルガイアはそれぞれ単体でも厄介な難敵である。  
 これらが諸島連合に組みするようなことにでもなれば、パワーバランスが一気に敵方へと傾くおそれがある。  
「いっそプライドごとロギオンを捨てるか・・・」  
 ザーフラクはそうも考えてみるが、後の憂いを考えてみると、自分の名声を地におとしめ、蟻の一穴を自ら作るような真似は慎むべきであった。  
「ランジェ様から次回の作戦の許可を求める決裁書が参っておりますが」  
 副官カミシアに思考を妨げられてザーフラクは不機嫌さを増す。  
「あ奴がグレイ如きに手間取っておるから余が苦労を背負い込む。その方が作戦要綱を吟味して適当に回答しておけ」  
 恭しく礼をしたカミシアは黙り込んだまま次の間に下がる。  
 最初、破竹の勢いでシルヴェスタ国内を進撃していったランジェ隊であったが、主城まで3日の距離に近付いた頃から戦況は思わしくなくなっていったという。  
「グレイの奴めが、余程の軍師を雇い入れでもしたか」  
 ザーフラクは忌々しげに眉を吊り上げながらつぶやいた。  
 
                               ※  
 
「どうだい?ポチ。ウチらの君主様の頭はザーフラク以上だろ」  
 メイマイ騎士団の一翼を担う有力武将のアニータは、自室のベッドの上でペットの猛獣ケルベロスの頭を優しく撫でながらご機嫌そうに笑った。  
「こうやってザーフラクの奴をロギオンに釘付けにしておいて、海の鎮まる春までにアゼレアやヘルガイアを味方に付けようっていうわけさ」  
 流石に意味を解さないケルベロスはキョトンとした表情で飼い主の手のひらを舐めている。  
「そうなったら今度はこっちからロギオンに攻め込んでザーフラクの首を上げてやるんだ。その時にはお前、頼んだよ」  
 アニータは本来凶暴きわまりないケルベロスにヘッドロックをかましながら豪快に笑った。  
(つづく)  
 
 

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