「見て、見てアゼレア。お魚さんだよ」  
 スタリナが澄んだ水を脈々とたたえた水路を覗き込んで大はしゃぎする。  
 ここゴルデンは大河フーリントルクやフーリンガンの支流を巧みに整備し、町中に水路を張り巡らせた美しい商業都市である。  
 大陸東部からは河川を、西部からは海路を通じて輸入された大陸各地の多彩な特産品は国中にあふれ、市は何処も賑わいを見せている。  
 その自由市場がゴルデンに経済的成功をもたらしたことはいうまでもないが、極端に低く抑えられた軍事支出がこの国の発展を側面から支える一因となっていた。  
 ゴルデンの正規軍、ホーンハル国防軍は豪商出身の君主マークノイヤが金で集めた傭兵部隊であり規模は小さく、実力の程も知れている。  
 それなのにこのゴルデンを攻めようとする周辺国は皆無であり、治安の良さは国の隅々にまで行き渡っていた。  
その理由が目に見える形となって通りの向こう側から足音を響かせながらやって来た。  
 ものものしい鎧に身を固めた騎馬兵の集団は周囲を圧するように沈黙を守ったまま、只武具の触れ合う金属音を鳴らしながら大通りを巡察していく。  
 騎馬兵達の一点の曇りもなく磨き上げられた鎧は、部隊の士気の高さと規律の厳しさをそのまま物語っているようであった。  
 彼らが決して無用の暴力を振るったりしないことを経験で知っている商人達は、恐れる様子もなく商売に精を出している。  
「アゼレア様。フラウスターの突撃騎兵団です」  
 隊伍のあちこちに林立する旗印を見たルーチェがアゼレアの耳元に囁いた。  
 魔導世紀996年、突如としてゴルデンを包囲したフラウスター兵団を前に、恐れをなしたマークノイヤはロギオンの隷属命令を受諾。  
 それ以来この国の警備と治安を実質的に管理しているのはフラウスター兵団であり、ゴルデンの経済はまさにフラウスターの開いた傘の下にあって発展を遂げたと言えるのだ。  
 宗主国ロギオンへの上納金の他に、駐屯する兵士の養いもまたゴルデン側に課せられた義務であるが、これだけ質の高い兵を抱える事が出来るとなれば充分お釣りが来る。  
「ではあれがザーフラクなのですか」  
 アゼレアは隊の先頭に立って指揮している、血色の悪そうな顔をした中肉中背の男を見て小声で尋ねる。  
 
「いいえ、あれは第一突撃騎兵団のグリドフ様です。一度ロギオンのお城に招かれた際、お顔をお見かけしたことがあります」  
 高名な歌い手で、詩人としても知られるルーチェはその職の性質上、国家レベルの祝い事に招かれることも多く、意外に大陸各国の君主や有力武将に通じているらしかった。  
「あちらから来るのは重装歩兵団です」  
 ルーチェが示した方角からは、更に居丈高な装いの鎧に身を固めた大部隊が歩調を揃えて橋を渡ってくるところであった。  
 魔法弾すら弾き返しそうな重装備を苦にする様子もなく行軍を続けるその部隊も、やはり粛々として規律が行き届いているように見える。  
「兵の数がやたらと多いようです。近々大きな演習でもあるのかも知れませんね」  
 アゼレアは目の前を通り過ぎて行く屈強の兵士の群れを見て不吉なものを覚えた。  
                                ※  
「これ、美味し〜い」  
 昼食に立ち寄った野外レストランで出されたひよこ虫のフライにスタリナが歓声を上げる。  
 ゴルデンでは大陸各地の食材が豊富に手に入るので、美食を求めてこの地を訪れる者も多い。  
「アゼレア様はひよこ虫、お嫌いなのですか」  
 コルトハンナの特産品であるひよこ虫のフライにナイフを入れながらルーチェが尋ねる。  
「アゼレアはベジタリアンだから」  
 エルフ族が肉類を口にしないことを知っているスタリナが代わって答えた。  
「うそっ、お肉も食べないのに・・・」  
 ルーチェは見事に盛り上がったアゼレアの胸をまじまじと見ながら呟く。  
「ヤギのミルクには栄養分がタップリ含まれているのです」  
 アゼレアがすました顔でルーチェに説明してやる。  
「そのヤギさんのお乳を飲んでるアゼレアのお乳にも栄養が一杯あるのかな。あっ、分かったぁ。だからこの前、プロミネントに夜中こっそりオッパイ飲ませてやってたんだね」  
 罪のないスタリナの発した大声に周囲のテーブルが静まりかえり、重苦しい空気が流れる。  
 
「誰か、この気まずい雰囲気から私を救って・・・」  
 日頃から善行を積んでいるアゼレアの願いは直ぐに聞き届けられた。  
「いたぞっ。こっちだぁ」  
 猛々しい怒鳴り声と足音がしたと思うや、アゼレア達のいる野外レストランに十数人の一団が転がり込んできた。  
「もう逃げられねぇぞ。さあっ、我々を侮辱した事を謝れい」  
 東方の僧侶が着る法衣のような物をまとった大男達が、ほっそりとした1人の少女を取り囲んで口々に吼える。  
「私はあなた達に謝らねばならないような事をした覚えはない」  
 純白の袖無し道着を身に着けた少女はムッとした表情になり謝罪を拒否する。  
「お前は我々の道場を盗み見した上、稽古を見て笑ったであろう」  
「我々がこの国の有力武将、ギガルス様お抱えの念仏流門下生と知っての侮辱か」  
 たった1人の少女を幾重にも取り囲んだ男達が、僧衣に似合わぬ脅し文句を口にする。  
「違う。あなた達の鍛錬を見ていて、ふと子供の頃を懐かしんでいただけだ」  
 少女の言葉足らずの説明が、男達の怒りの炎に油を注ぐ結果となった。  
「つまり・・・我々の鍛錬が子供のお遊戯だと・・・許せぬっ」  
「そういう意味では無いのだが。謝ったところで無駄なようだな」  
 少女は持っていた風呂敷包みを地面に置くと、両拳を腰に歩幅を広くとり、腰を大きく落とし込んだ。  
「貴様も拳法使いか。我々のバックにはフラウスターの・・・」  
 脅しの言葉が終わるより先に、右足で地面を蹴った少女の体が男の内懐に飛び込み、電光石火の双手突きを繰り出していた。  
「気功連弾!」  
 か細い少女の放った突きを受け、100キロはあろうかという大男の体が宙を舞い、レストランのテーブルに突っ込んでいく。  
 並んでいたテーブルを十柱戯のピンのように倒しながら転げ回った大男が、カウンターにぶつかったところでピクリとも動かなくなる。  
 突然の惨劇に呆然とした男達に少女の容赦のない攻撃が襲い掛かった。  
「アゼレア、すごいよあのお姉ちゃん」  
 目にも止まらない少女の早業にアゼレア達も舌を巻く。  
 
 次々に繰り出される拳の嵐の前に1人また1人とぶちのめされていく男達。  
「うわぁっ、駄目だ。誰か秋山様をお呼びしろ」  
 隙を見て逃げようとした1人の背中に気功弾が命中し、前のめりに転がった男は沈黙する。  
 1分と掛けずに十数人を片付けた少女は、闘い終わって息一つ乱していなかった。  
「なかなかやりなさるね。ラコルム流の武術と見たが・・・」  
 突然背後から浴びせられた声に冷たい殺気を感じた少女は、一旦前に跳躍し大きく間合いを取ってから振り返る。  
「あなたは」  
 少女は僧侶の格好をした初老の男を用心深く見つめながら問い掛けた。  
「この者達は不肖の弟子でしてな。念仏秋山と申す」  
 僧侶は頭に被った笠を外しながら名乗る。  
「私はマリル。見た通りの旅の武芸者です」  
 マリルと名乗った少女は構えを解かないままで名乗りを返す。  
「どうも弟子達は技の習得を急ぐ余り、精神修行を怠っていたようで。いやはや、お見苦しいところをお見せした」  
 素直に詫びを入れる念仏秋山だったが、マリルに伝わる殺気は消えるどころかますます強くなってくる。  
「それはそれとして、拙僧も一応この国の武術指南役を正式に仰せつかっている身なれば、このまま念仏流の名を貶めさせておく訳にもいかぬのが道理」  
 一礼をした念仏秋山は手にした錫杖を一扱きすると戦闘態勢を整えた。  
「分かりました。この勝負、お受けしましょう」  
 マリルも手のひらと拳を合わせるラコルム式の礼をすると、大きく腰を落として気を練り始める。  
 練り上げられた両者の気が重量を伴って観衆にのし掛かり、2人の拳法家が一触即発の状態になった時であった。  
「フラウスターの警備隊が来たぞぉっ」  
 誰かの上げた胴間声に観衆がざわめき始め、辺りを支配していた緊張感が薄れていく。  
「どうっ、どうぅぅっ」  
 野外レストランに馬を乗り入れてきたフラウスターの騎士が、その場の殺気を感じていきり立つ馬を巧みに制する。  
 
「私はフラウスター兵団第一突撃騎兵団のグリドフ。この町での騒ぎは私が許さぬ」  
 魔族の血を引くといわれるグリドフが鋭い目つきで辺りを圧する。  
「これは秋山殿ではないか。一体何の騒ぎか」  
 グリドフは騒ぎの中心にゴルデンの武術指南役の姿を見つけて厳しく問いただす。  
 同時に部下の騎士達が見慣れぬ姿のマリルを取り囲んで抜き身の剣を突きつけた。  
「お止めなさいっ。誰が見ても非があるのはあちらのお坊様の弟子達でしょうに」  
 たまりかねて飛び出したアゼレアがマリルを取り囲んでいた騎士団を掻き分けて円の中に入っていく。  
 白いドレスはソースとドレッシングで台無しになっているものの、アゼレアが生来身に着けた気品は完全武装の騎士達を狼狽えさせるのに充分だった。  
「あなたは」  
 馬上のグリドフは見知らぬエルフの娘にただならぬ物を感じて問い掛ける。  
「訳あって西へと急ぐ旅の者です。私がこの件について、彼らの無法を暴く証人になりましょう」  
 真っ正面から睨み付けてくるアゼレアの視線を外したグリドフは念仏秋山に目を向ける。  
「確かに罪は我が弟子にこそありまするが、当方とてこの国の武術指南を任された身。どうしてこの場を引けましょうか」  
 念仏流の矜持を掛けた秋山も必死で食い下がる。  
「私も武術家の端くれ。挑戦を受けて、敵に後ろを見せるわけには参りません」  
 マリルにも一歩も引く気配は見られない。  
「ワハハハハッ」  
 その時、突如として湧き上がった笑い声に全員が振り返る。  
「ちっちぇえ、ちっちぇえぜ」  
 潮が引くように人混みが割れ、その後ろから巨大な剣を背負った大男が姿を現した。  
「拳を極めた達人同士の決闘、こんなケンカまがいの野試合で決着つけていいのかよ」  
 筋骨隆々とした男は人懐っこそうな顔に照れ笑いを浮かべると、絆創膏を貼り付けた鼻の下を指で擦った。  
「来週に迫った建国祭のイベントとして、御前試合をやらかしたらいいじゃねぇか。審判はこの究極流師範、イヌオウ様が引き受けてやるぜ」  
 
 突然の乱入者にグリドフの部下達は剣を抜きはなって身構える。  
「おいおい。この上、第4回世界剣武大会を制したイヌオウ様まで敵に回そうってのかい」  
 ニヤリと笑ったイヌオウの余裕ある態度と充実しきった体躯に、恐れを知らないはずのフラウスター騎兵団が後ずさりする。  
「どうだい隊長さんよ。このままじゃ2人とも引っ込みが付きそうにないし、町の風紀を預かるアンタとしてもその方が都合いいんじゃないかい」  
 考えてみれば名案であるように思えた。  
「よかろう。この勝負、イヌオウ殿に預けよう。双方文句は無いな」  
 グリドフの問いにマリルと念仏秋山は渋々と頷く。  
「それでは試合の日まで、その女の身柄を拘束しておけ」  
 グリドフの命令で再びマリルの周囲をぐるりと取り囲む騎兵団。  
「無体なことはお止めなさい」  
 アゼレアが甲高い声を張り上げて抗議するがグリドフは聞き入れない。  
「試合の日までに出国でもされたら、メンツを潰されるのはフラウスター兵団だからな。身元を保証する者でもいれば話しは別だが」  
「それでは私が・・・」  
「その方は一介の旅の者であろう。他人のことより自分の身元保証人でも探したらどうだ。このままではお前達の出国を認めるわけにはいかんぞ」  
 グリドフの冷たい返事にアゼレアは言葉を詰まらせる。  
「私は・・・私は・・・」  
 立場ゆえに身分を明かせないアゼレアは、グリドフを睨みつけながら心の中で自分の自制心と激しく闘っていた。  
 その時、周囲を取り巻いていた観衆の中から一騎の若武者が進み出た。  
「僕が彼女達の身元保証人になろう」  
 まだ少年の面影を残した若武者はグリドフに真っ向から向き合う。  
「ほう、今日はよく旅の者が絡んでくる日だ。して、その方は」  
 意味ありげな表情で若武者に名を尋ねるグリドフ。  
「私は騎馬兵トゥイングーのハン・デ・クル」  
「むっ、それではガルカシュの・・・」  
 相手を一国の君主と知ったグリドフは、素早く馬から降りて深々と一礼をする。  
「それで文句は無いな」  
「クル様と分かっておれば最初から意義などあろうはずが・・・それでは追って使者を立てますので本日はこれにて失礼つかまつります。イヌオウ殿もこちらに」  
 グリドフは素早く兵士をまとめるとイヌオウと共にその場を去っていった。  
 
「あぁ〜ああ、せっかくの食事が台無しだよ」  
 ようやくゆとりを取り戻したスタリナが悪態をつくが、先程までの元気は何処へ行ったのかマリルはうつむいたままで一言も発しない。  
「マリル・・・ずいぶん探したよ。どうして黙って出ていったりしたんだ」  
 ハン・デ・クルはマリルの両肩に手を置いて話し掛けるが、当のマリルは泣き出しそうな表情になり若き君主から顔を逸らせてしまう。  
「駄目ですよ、女の子を困らせたりしては」  
 年上のアゼレアに優しく諭されてクルは素直に引き下がる。  
「とにかく静かな所に移りましょう」  
 
                                 ※  
 
 郊外の宿でアゼレアの正体を明かされたマリルはガルカシュ出奔の理由を語り始めた。  
「それでは恋の三角関係が・・・」  
 ラコルム武術で有名なフーリュンの武将だったマリルは、同盟国ガルカシュの若き君主ハン・デ・クルに惹かれ、思い悩んだ末にガルカシュへの移籍を果たした。  
 しかし今度はマリルに恋心を抱いていたフーリュンの君主、7代ハマオウが黙っておらず、同盟国であったフーリュンとガルカシュの仲は急速に冷えていった。  
 マリルは互いに友人でもあったハマオウとクルのいがみ合いを見るに見かねた末、自分さえいなければとガルカシュの出奔を決意したという。  
「あなたは卑怯ですね」  
 アゼレアに卑怯者呼ばわりされて不快感を露わにするマリル。  
「一度クルに決めたのなら、どうして最後まで付いていこうとせずに逃げるのです。あなたはそんないい加減な気持ちで人を愛したのですか」  
 痛いところを突かれたマリルは黙り込んでしまう。  
「・・・だけど・・・私はクル様の重荷になるのは耐えられないのです・・・」  
 呆れたアゼレアは今度はハン・デ・クルの部屋を訪れ、話を聞いてみる。  
「無論、僕はマリルのことを愛してます。ハマオウなんかに渡すわけにはいかない」  
 クルもマリルへの思いを熱い口調で語る。  
「なら何も問題は無いでしょう。好きな女性を守るためにどうして遠慮がいるのです」  
「・・・けど・・・一国の君主である僕には守るべき国民と国土が・・・軽はずみな行動を取るわけには・・・」  
 
 若い2人のまどろっこしさに苛立ちを押さえきれないアゼレアであった。  
 
                                 ※  
 
 一方、念仏流の道場を訪れたゴルデンの武将ギガルスは師範室で秋山と対面していた。  
「で、勝ち目はあるんだろうな。もしお前が負けでもすれば単にこの国の武術が名声を失うだけに止まらんのだぞ」  
 ギガルスは額の汗を拭いながら念仏秋山に忠告を続ける。  
「お前の敗北が君主マークノイヤ様、ひいてはロギオンのザーフラク様のお顔に泥を塗る事になると分かっているんだろうな」  
「これはしたり、ギガルス様はこの秋山が小娘如きに後れを取るとでもお思いか」  
 自身に満ちた秋山の態度に溜息をつくギガルス。  
「とにかくロギオンに我が国を併合させる口実を与えてはいかんのだ」  
 ギガルスが喉を潤そうと茶碗を手にした時、師範室のドアが不作法に開かれた。  
「師範、道場破りです。見たこともない技で四天王が倒され、今師範代が出られました」  
 飛び込んできた若い弟子が血相を変えて叫ぶ。  
「この忙しい時に。ギガルス様、予行演習替わりに一寸体を動かして来ましょうぞ」  
 やれやれといった風情で立ち上がった秋山は、面倒臭そうに首を回しながら部屋を出ていった。  
 その数分後、道場の方から秋山の裂帛の気合いと共に激しい衝突音と振動が伝わってくる。  
 当代きっての武術家である念仏秋山に全般の信頼を置くギガルスであったが、変に胸騒ぎを覚えた彼は茶碗を置き、道場に向けて足を運んでみた。  
「ゲェッ・・・」  
 板張りの道場に入ったギガルスが見たものは、エキゾチックなデザインの黄色い道着を着た少女の足元で白目を剥いて失神している念仏秋山の姿であった。  
「あっ・・・秋山・・・」  
 辺りを見回すと100畳敷きの道場のあちこちにボロ雑巾のようになった50人程の弟子が転がっていた。  
 無惨な光景に生唾を飲んだギガルスは、悪鬼のような少女の前から後ずさりする。  
「私はさすらいの拳法家、ラト。約束通り、ご飯を食べさせてくれるのかな。もうお腹ペコペコで死にそうなんだぁ」  
 ラトと名乗った少女拳法家は、それだけ口にすると天使のような笑顔で微笑んで見せた。  
 
 
 まだ夜も明け切らぬ日の出前、大河フーリントルクを眼下に臨む丘の上に、一心不乱に反復鍛錬を繰り返すマリルの姿があった。  
 ラコルム武術伝統の型を演じるマリルは、ある時は湧き上がる雲の如く雄大に、そしてある時は飛燕の如く鋭利に変幻自在の動きを見せる。  
「フゥゥゥ〜ッ」  
 一通り型の稽古を終えたマリルは長く息を吐いて呼吸を整える。  
 もう3日後に迫った念仏秋山との決闘に備えて、マリルの仕上がりは上々であった。  
 背後の茂みに自分の国外逃亡を見張るホーンハル国防軍の兵士が数人、偵察を兼ねて潜伏しているのを感じるが、マリルは一切気にしない。  
 また秋山の使う念仏流がどの様なものか全く知らないマリルであったが、敵の流儀などはどうでもよく、ただこれまで歩んで来た自分の道を信じて闘うのみであった。  
 
    ※  
 
 マリルが宿まで20キロの道のりをランニングで戻ってきた時、既に夜は明けていた。  
 裏手の井戸端に回ったマリルは頭頂部にまとめ上げた結い髪を解き、手早く衣服を脱ぎ捨てると頭から井戸水を被って身を清め始める。  
 羽目板の節穴からそれを覗き込んでいた宿所専門のスパイ兵は思わず生唾を飲み込む。  
「すっ・・・すげぇ。ゴルデン女にあの肌はねぇよ」  
 透き通るように白いマリルの肌はきめ細かで、水蜜桃のように瑞々しさに満ちあふれている。  
 火照ったスレンダーボディを冷たい井戸水で引き締めたマリルは、手拭いを使って水滴を拭い去ると真新しい衣服に着替える。  
「さて、クル様のお世話をしなくっちゃ」  
 身嗜みを整えたマリルはスパイの潜む板塀を一睨みすると、宿の中に入っていった。  
「クル様、もうお食事はお済みですか・・・」  
 一声掛けてからハン・デ・クルの部屋に入ろうとしたマリルは、中から聞こえて来たただならぬ声にノブに伸ばし掛けた手を止める。  
「・・・そう・・・そこ、そこです。そこをもっと強く・・・あぁっ、いいわっ」  
 部屋の中から聞こえてくるのは、アゼレアの嬌声とハン・デ・クルの激しい息遣いであった。  
 
「アゼレアさん・・・僕・・・もう・・・」  
「若い人が何言ってるのですか。後少しだから・・・頑張って」  
 クルの切羽詰まったような喘ぎ声を聞いて、武術以外の事に関しては直情径行型のマリルは羞恥と怒りに真っ赤になってしまう。  
「なにやってらっしゃるんですかぁっ。デェヤァァァーッ」  
 ドアをぶち破らん勢いで部屋に乱入したマリルは、ロッキングチェアに座ってクルに肩を揉んで貰っているアゼレアと目が合って今度は真っ青になる。  
「慣れぬ旅で少々肩が凝ってしまいました。クル殿に無理を言って揉んでいただいていたのです」  
 アゼレアがクスクス笑いながら説明するのを聞いてマリルはホッとした表情を見せる。  
「なんだ、マッサージだったんですね・・・って、違う。一国の主に按摩させるとはどういう事ですかぁぁぁっ」  
 非常に分かり易い性格のマリルはまたも眉毛を吊り上げて激怒する。  
「その一国の主同士で同盟の話しなど、ついでにしていたのです」  
 アゼレアの言葉にようやく彼女の身分を思い出したマリルは渋々怒りを抑える。  
「それなら私が代わります。クル様、おどき下さい」  
「私はクル殿がよいのです。それに、あなたは逆にマッサージを受けなければならない大事な体でしょうに」  
 今日は何故か少々意地悪なアゼレアであった。  
 
       ※  
 
「それは大変だったわね」  
 宿の食堂でマリルから事の経緯を聞いた詩人ルーチェはケラケラと大声で笑い転げる。  
 こういう時の笑い声さえ彼女の場合は何故か音楽的な響きを伴って聞こえる。  
「で、マリルさんはその変な声を聞いてなんだと思ったのです」  
 怒りの確信を突くようなルーチェの質問にマリルは真っ赤になって黙り込む。  
「・・・・・・」  
 いかに無骨なマリルと言えど男女の秘め事くらい知っていた。  
 実際の経験は無かったものの一人寂しい夜のベッドの中で、星も凍り付きそうな野宿の橋の下で、愛しいハン・デ・クルに抱かれる自分を妄想して何度も自らの指で登り詰めたマリルであった。  
 
 いらぬ事を思い出し、意思とは関係なしに股間が湿り気を帯びてくるのを感じるマリル。  
「・・・ックス・・・」  
 同い年くらいのルーチェにまでネンネ扱いされないよう、マリルは耳朶まで真っ赤になりながら勇気を振り絞る。  
「えぇっ?」  
 ルーチェがわざとらしく耳に手を当て聞き直してくるのを、バカにされたと認識したマリルの頭が再度爆発する。  
「セックスです、セックスゥゥゥーッ」  
 いきなり上がったマリルの大声に、丁度2人の朝食を持って食堂に入って来た宿の親爺が、お盆のお皿をぶちまけながら転倒した。  
                                ※  
「アゼレア様は、ことのほか年下の男の子がお好みだそうだから」  
 下半身の不快感を拭い去ろうと再び井戸端に向かったマリルは、ルーチェが最後に呟いた言葉を頭の中で反芻していた。  
「どうしよう。このままじゃクル様を取られちゃう・・・」  
 泣きべそをかきながら井戸端に辿り着いたマリルは、水の流れる音を耳にして初めて先客がいることに気付いた。  
「あっ、ごめんなさい」  
 慌てて回れ右をしようとするマリル。  
「勝手に使わせて貰ってるよ。こんな湿りっ気が多い国は、私みたいな汗っかきにとっちゃあ地獄だね」  
 いきなり声を掛けられたマリルは、振り返って声の主を見直す。  
 マリルとは対照的に小麦色をした肌をしたその少女は、身長こそマリルよりも低いのだが、発達した胸と尻、細く縊れた腰などが早熟した南国ムードを漂わせていた。  
 髪を後ろで束ねる大きなリボンが愛らしい。  
「やぁ、やっぱりマリルさんだ。お久しぶり。暗黒竜事件以来かな」  
「ラト・・・ラトなの」  
 振り返った少女の顔を見てマリルは、共に暗黒竜アビスフィアーを封印するために闘ったメイマイ国出身の旧い戦友を思い出した。  
「あなたも武者修行の道中なの」  
 ラトも拳法使いである事を思い出し、マリルは問い掛ける。  
 
「この度、上手くいくとこの国で道場を構える事が出来るようになってさ。手っ取り早く言えば道場破りの末の乗っ取りなんだけどね」  
 エキゾチックな道着を身に着けながらラトが自嘲的に笑う。  
「弱い者が滅びるのはこの世界の習わしだもの。気にすることはないわよ」  
 強さこそ武道の第一義であると信じるマリルはあっさりと言ってのける。  
「だろ。あの程度でこの国の武術指南だって言うんだから・・・念仏秋山って言ったっけ」  
「えぇっ・・・」  
 驚愕と同時にマリルはラトの訪問理由を悟った。  
「って訳で今度の試合、私が代理でマリルさんと手合わせすることになったから。マリルさんに勝ったら以後はメイマイ式がゴルデンの制式武術にして貰えるんだ」  
 そう言って鼻の頭を掻くラト。  
「正直ちょっと欲が出ちゃったよ。悪いけど全力でいくから・・・ごめんね」  
「全力を出したからって私に勝てると決まったわけじゃないから」  
 ムッとした表情になり不機嫌に答えるマリル。  
「フフッ、マリルさんは相変わらず可愛いなぁ。それじゃもう行くよ、マリルさんも早くオナニーの後始末しなくっちゃね」  
「してませんっ」  
 鼻をクンクン鳴らすラトを前に、両手で股間を押さえたマリルが真っ赤に染まる。  
 
     ※  
 
「なに、ラト殿があのマリルとか言う小娘と通じていると申すか」  
 宿を張っていたスパイからの報告を受けたギガルスは思案顔になる。  
「安心しな、このイヌオウ様の前で八百長が通用するとでも思ってるのかい。その時にゃ俺様が2人同時に折檻してやるまでさ」  
 選手交代の正式手続きのため、立会人としてゴルデン城を訪れていたイヌオウが鷹揚に頷く。  
「その点に関しては心配しておらぬが・・・」  
 イヌオウに保証されて君主マークノイヤの顔にようやく赤みが戻る。  
「時にイヌオウ殿、我がホーンハル国防軍の建て直しに一役買ってくれる積もりはござらぬか」  
 マークノイヤはイヌオウ個人の戦力を、少なくともフラウスター兵団の1個軍団に匹敵すると踏んでいる。  
 
 マークノイヤの野望を果たすためには喉から手が出るほど欲しい人材であったし、当然フラウスターのスカウトの手も伸びているであろう事は推測出来た。  
「知行は望みのままに・・・」  
「銭金の問題じゃねぇんだ、男の仕事ってのはよ。全ては大義よ、魂が打ち震えるほどの大義よ」  
 照れたような笑いを浮かべて退出していくイヌオウを見て溜息をつくマークノイヤ。  
「是非とも欲しい。例えこの国の半分を与えても抱えたい逸材よ」  
 そんな君主の呟きなど耳に入らぬように、ギガルスは思い詰めたように黙りこくっていいた。 
 
                               ※  
 
 いよいよ試合当日、選手控え室の中で顔面蒼白となったマリルはうわごとのように何か呟いては立ったり座ったりを繰り返していた。  
「マリルさん、とにかく落ち着いて。2人の行方は今、スタリナちゃんが捜しているから」  
 ルーチェの言葉も上の空で、マリルの耳には届いていない様子であった。  
「嫉妬心を利用しようと言うアゼレア様の作戦が見事に裏目に出たわ。敵がまさかこんな手を使ってくるなんて」  
 建国祭を翌日に控えた昨夜のこと、アゼレアとハン・デ・クルの2人の姿は忽然と宿から消えていた。  
 ルーチェはホーンハル国防軍の手による誘拐事件だと直感したが、パニックに陥ったマリルには理解出来なかった。  
 しきりにクルを前夜祭に誘っていたアゼレアのことが気になったマリルは半狂乱のようになり、徹夜で町中を探したがとうとう2人を発見することは出来なかったのだ。  
「時間ですよ。さあ」  
 ルーチェに引きずられるようにしてリングに上がったマリルを、野外スタジアムを埋め尽くした1万人近い観衆の声援が包み込む。  
地元代表のラトはやや遅れて入場、軽やかにロープを飛び越えてリングに上がる。  
「青コーナー、ラコルム武術界が生んだ今世紀最強最後の拳聖、フーリュンの谷間に咲いた可憐な名花。マリル嬢」  
「赤コーナー、メイマイ式ボクシング空前の天才にして全階級制覇の女王、南洋の地に舞い降りた戦いの女神、ラト嬢」  
 リングアナのいい加減な選手紹介に対する声援は、まず引き分けといったところである。  
 
「1ラウンド3分制の8回戦だ。反則は特に設けない。互いに全力を尽くして闘うように」  
 リング中央でイヌオウから諸注意を受けた2人は一旦コーナーへ引き上げる。  
「それでは試合開始っ」  
 イヌオウの合図でゴングが鳴らされる。  
「マリルさん。しっかり」  
 ルーチェの声援に押し出されるようにリング中央に進んだマリルだったが、まだ正気は戻っていないように見える。  
 ラトは軽やかなフットワークを使って相手の出方を伺っていたが、マリルに反応は全く無く棒立ちのままであった。  
 ラトのスナップを利かせた左ジャブがマリルの鼻先に命中し、バランスを崩した彼女は尻餅を付く。  
「マリルさん、失礼だろ。キミの闘ってる相手は誰なんだい」  
 鼻血の臭いと軽蔑しきったようなラトの目に、ようやく我を取り戻したマリルはカウント7で立ち上がる。  
「ごめんなさい」  
 戦いを前に醜態を晒した事をラトと武術の神に謝罪したマリルは、改めて一礼すると腰を低く落として気を練り始める。  
「そうこなくっちゃあ」  
 華麗なるフットワークを再開したラトは時計回りに周回しつつマリルとの間合いを詰めていく。  
「タッ」  
 鋭い気合いと共に前に跳躍したマリルは、腰に当てた右拳を捻りながら目にも止まらぬ早さで上段突きを繰り出した。  
 最小限のヘッドスリップでそれをかわしたラトは、同じ軌道を辿って引き返すマリルの拳の後を追うように右のストレートを放った。  
 時間差クロスをもろに食らったマリルの脳漿が激しく揺れ、意識が薄らいでいく。  
「スリー、フォア、ファイブ・・・」  
 マリルが意識を取り戻した時、何故かイヌオウが数字を読み上げていた。  
「あっ。私ダウンしてる」  
 正気を取り戻したマリルはよろめきながら立ち上がり、カウント8でファイティングポーズを取った。  
 
「まだいけるな。後一回でスリーダウン・ノックアウトだぞ。ファイッ」  
 イヌオウの合図で試合が再開される。  
 今度は上段突きの前に低い前蹴りをフェイントとして組み込み、コンビネーションを構築するマリル。  
 ところがフェイントの左の足が伸びきる前に、先読みして出されたラトの足先がマリルの軸足を蹴って前進の勢いを殺す。  
 バランスを失いながら弱々しく出された右手首を簡単に掴んだラトは、マリルの体を手前に引き込みながら膝蹴りをボディにめり込ませた。  
「グフッ」  
 胃液を吐きながら体をくの字に曲げたマリルだったが、何とか踏ん張ってダウンを逃れる。  
 続いてマリルの首を両手でホールドしたラトは、獲物の体を巧みにコントロールしながら連続して膝蹴りを放つ。  
 地味だが威力の大きい膝蹴りを受け、マリルの吐瀉する胃液に赤いものが混じり始めたところでゴングが鳴らされた。  
「マリルさん、しっかり。お気持ちは分かりますが、本気を出して下さい」  
 ルーチェが冷たいタオルでマリルの口元を拭ってあげながら心配する。  
「これでも・・・全力で闘っているのよ。それでも・・・」  
 改めて実戦性の高いメイマイ拳法の恐ろしさを認識するマリル。  
 
  ※  
 
 その頃、ゴルデン城下の尼寺において、ハン・デ・クルもまた違った形の戦いを強いられていた。  
 風呂上がりの無防備なところを念仏流の尼僧に襲われたハン・デ・クルは当て身を食らって失神。  
 意識を取り戻した時にはこの尼寺に拉致され、若い尼僧達の慰み物にされていた。  
「坊や、若いのにもう駄目なの」  
「休ませちゃダメよ、ここをこうすれば」  
 秋山の夜の相手も努めていた尼僧軍団は寄って集ってクルの両足を左右に拡げさせると、露出した尻の穴に深々と指を潜らせる。  
「やっ・・・やめろぉっ」  
 顔をしかめて抗議しようとするクルの顔面に一人の尼僧が座り込み、股間を押し当てて彼の口を塞いでしまった。  
 
「黙ってお姉さん達に任せておきなさい。あったあった、前立腺」  
 クルの前立腺を探り当てた尼僧は、指先を使ってコリコリと刺激し、泣き所を突かれたクルは意思に関係なくペニスを勃起させてしまう。  
 すかさずクルのペニスを握りしめた尼僧は激しく扱き上げる。  
 マスターベーションしか経験のないクルは、手慣れた女の責めにたちまち登り詰めて精を放ってしまった。  
「キャハハッ、かっわいいんだ」  
「クル君、お尻の穴がヒクヒクしてるわよ」  
 昨夜から数えてもう十回は越えているクルの射精に、尼僧達は大はしゃぎで声援を送る。  
「あなた達、いい加減にしなさいっ」  
 裏返しにした座卓の4本の足に、全裸で四つん這いに括り付けられたアゼレアが尼僧達の行いを非難する。  
 クルをさらった尼僧軍団を追って一人尼寺に乗り込んだアゼレアだったが、落とし穴の罠に掛かって敢え無く囚われの身となってしまったのである。  
 アゼレアが縛り付けられている座卓の回りにはムチや浣腸器などの責め具が使用済みの状態で無造作に転がっている。  
「あなた達も異教とは言え、神に仕える身でしょうに」  
 アゼレアは周囲に集まってきた尼僧達を睨み付けるが、言葉では言うことを聞きそうにない相手であった。  
「自分だって昨日は何度もイッちゃってたくせに」  
「そんなバイブ突っ込んだ格好でお説教垂れたって聞きやしないよ」  
「やっちゃえ、やっちゃえ」  
 尼僧達はアゼレアの秘裂に挿入されたままになっていた張り型を握ると激しくこね回し始めた。  
 動物の世界でも雌対雌の戦いは熾烈を極め、相手に対する攻撃は一切容赦がない。  
「くはぁぁぁっっ」  
 潤滑油と媚薬の効果を併有する東洋の秘薬を擦り込まれたアゼレアのその部分は、木製の張り型に擦り上げられ収縮を繰り返す。  
「お止めなさいっ。私を誰だと思っているのですかっ・・・あぁん」  
 イク寸前で止められる地獄の寸止めバイブ攻撃は恐ろしいが、今は少しでもクルを休ませてあげたいアゼレアはわざと挑発的な言葉遣いで尼僧達をなじる。  
 
     ※  
 
 一方、アゼレア達の探索を任されたスタリナはと言うと、その頃何もしていなかった。  
 何もせずにただひたすら友人からの連絡を待っていた。  
 水路を張り巡らせたゴルデンの町は水の都の別名と共に、ネズミの王国としての一面をも有していた。  
 闇雲にアゼレア達の行方を捜しても試合までには間に合わないと判断したスタリナは、ネズミたちに探索を依頼したのである。  
 やがて帰ってきた一匹のネズミがスタリナに尼寺の存在を告げる。  
「助けに行かなくっちゃ。みんなを集めて」  
 
※  
 
 スタリナが尼寺に辿り着いた時、アゼレアは何度目かの絶頂を迎えて、お尻を突き出した格好のまま失神していた。  
「好きもののくせして、一端の口きくんじゃないよ」  
「そうだクル君の精子を注射器に詰めて、この雌エルフに人工受精しちゃおう」  
 尼僧達の企みについて、意味までは理解出来なかったスタリナだったがアゼレアの身が危ないことは理解出来た。  
「アゼレアの手足の縄を噛み切るのよ」  
 尼僧達がアゼレアの元を離れ、クルのペニスを扱き始めるのを待って、スタリナはネズミたちを放った。  
「キャッ、ネズミ・・・」  
 手足にフサフサとした感覚を覚えて目を覚ましたアゼレアは、一心不乱に縄だけを囓るネズミを見るや全てを理解し、失神した芝居を続ける。  
「今頃、可愛い恋人がリングの上で半殺しにされてるっていうのに、クル君ばっかり気持ちいい目をしちゃって」  
「でもクル君が悪いんじゃないわよ、勝手にイッちゃうクル君のオチンチンが悪いのよ」  
 マリルの現状を考えると胸が張り裂けそうになるクルの気持ちを知ってか知らないでか、尼僧達は彼のペニスとアナルをいいように弄ぶ。  
 連続5回もの強制射精で25tの精液を絞り出されたクルはとうとう失神してしまったが、その精液は細身の注射器一杯に満たされた。  
 
「こいつで雌エルフが受精するか人体実験だ」  
 酷薄そうな尼僧が注射器を手にしてアゼレアの尻側に回り込み、陰部からバイブを引っこ抜こうとする。  
 油を染みこませた縄は頑丈で、まだ手足の自由を取り戻していないアゼレアは必死でバイブを締め付けて時間稼ぎをするが、ヌメリで滑るバイブは容易く抜かれてしまう。  
「顔に似合わずとんだスケベだよ。今度はこれをあげるからさ」  
 尼僧の挿入した細い注射器は何の苦もなくアゼレアの体内の深部へと潜り込んでいき、遂に先端が子宮口に突き当たった。  
「さあ、今発射してあげるからね」  
 若いクルの元気の良い精子を放たれたら受精は免れず、アゼレアの体に緊張が走る。  
 その時、ようやく四肢を縛る縄がプツリと切れ、アゼレアは体の自由を取り戻した。  
「エイッ」  
 後ろ蹴りで尼僧を蹴り飛ばしたアゼレアは、股間から慎重に注射器を抜き取ると宙に放り投げる。  
 アゼレアはすかさず拾ったムチでまだ空中にある注射器を真ん中から真っ二つにしてみせた。  
 アゼレアの鮮やかなムチ捌きに呆然となる尼僧達。  
「さあ、今度はこちらの番ですね。今からあなた達の性根を据えてあげます」  
 アゼレアは仁王立ちになると、ムチをしならせて地面をピシャリと打った。  
 
                                ※  
 
その頃、第6ラウンドを終えたばかりのゴルデン野外スタジアムの特設リングでは、ラト対マリルの戦いの行方が決定しかけていた。  
無数に食らったローキックのせいでマリルの太ももは腫れ上がり、コーナーまで歩いて帰るのが辛いくらいであった。  
 ラトの鋭い膝に突き上げられた内臓は既に一部破裂し、機能不全を起こし掛けている。  
 イニシアティブを完全にラトに握られた勝負にあって、マリルが見せた有効打らしい有効打は4ラウンド終了間際に放った掌底突きくらいだったが、直後に鳴ったゴングのせいで追撃は叶わなかった。  
「今度一方的な防戦に入ったら、その時点でストップを掛けるぜ」  
 青コーナーへやって来たイヌオウがマリルに警告する。  
「もう止めましょう。マリルさんは充分闘いました」  
 涙さえ浮かべた心配顔でルーチェが棄権を促す。  
「大丈夫、これくらいで死にはしないから・・・私にはこれしかないのです・・・」  
 マリルは優しい顔になりルーチェに答える。  
「武術の腕前だけが私の存在意義であり、私とクル様を繋ぐ唯一の絆。自ら戦いを止めるようなことがあれば、私が私でなくなってしまうのです」  
 クルの名前を出したところでマリルの頬がほんのり朱に染まる。  
「降参することにより、たとえ生きてリングを降りる事が出来たとしても、それは既に私ではないのです」  
 一方の赤コーナーではギガルスがラトになにやら耳打ちしていた。  
「ラト殿、このままでも優勢勝ちは動かないが。出来れば派手なノックアウトでケリをつけてくれんか」  
 貴賓席に座るマークノイヤとグリドフを意識しながらラトに頼み込む。  
「あんた私が誰と闘ってるのか分かってるの。相手は太古から脈々と続くラコルム武術の叡智を結集して作られた人間兵器なんだよ」  
 そこで言葉を切ったラトは口元に洗面器を当て、こっそりと血の固まりを吐いた。  
「あの掌底であばらが下から4本折れてる。レザーアーマーが無かったら・・・多分、今頃私の体は真っ二つに千切れちゃってただろうね。分かったら酒臭い顔、近づけないでよ」  
 ラトは革製の鎧に守られた右脇腹をさすりつつ、今更ながらに身震いする。  
 第7ラウンドの開始を告げるゴングが鳴らされ、両者はリング中央へと進む。  
 ラトは相変わらずのローキック攻めでマリルの動きを封じる策に出た。  
 ラコルム武術では下腿への攻撃は、その効果が疑問視されているため発達することはなかった。  
 よって当然その防御も想定されておらず、ディフェンス技術は確立していなかった。  
 しかし目の前の敵が繰り出す下腿への蹴りは、確実に自分の歩形を崩すことにより攻撃力と移動力を奪い去っていく。  
 またブロックをかいくぐるように上から降ってくる回し蹴りも、既存の防御技術では防ぐことは出来ないでいた。  
「私は伝統に固執する余り、他の格闘術から目を背け過ぎていたのかも・・・」  
 何度目かの膝蹴り地獄を味わいながらマリルはぼんやりと考える。  
 
「・・・・・・」  
 マリルの防戦を目の当たりにしながらイヌオウはレフェリーストップを掛けられないでいた。  
 肉体は死して、なおかつ殺気を放ち続けるマリルの目がイヌオウを思いとどまらせていたのである。  
「こんな時ハマオウならどうするんだろ・・・ハマオウって誰だっけ・・・やだっ、私浮気してる・・・クル様・・・御免・・・なさい・・・」  
 遂に胃を蹴破られたマリルは吐血すると膝からマットに崩れ落ちていった。  
「ワン・・・ツー・・・スリー・・・」  
 ピクリとも動かなくなったマリルに無情のカウントが浴びせられる。  
 
                                ※  
 
 水を打ったように静まりかえった会場が再びざわめき始めたのはカウントが5まで数えられた時であった。  
 馬上のまま会場に乗り付けたクルとアゼレアが、警備員の制止を振り切るとリング目指して観衆の頭上を飛び越えた。  
「マリルゥーッ」  
 試合終了間際になってようやく姿を見せたマリルの恋人ハン・デ・クル。  
 その傷だらけの体を見ただけで、全てを悟ったグリドフはマークノイヤを睨み付ける。  
「やってらんないよ」  
 ニュートラルコーナーのラトも大まかな筋書きを読んでギガルスからそっぽを向く。  
「マリル、負けちゃダメだ。立って、立つんだマリル」  
 リングサイドに立ってマットを激しく叩きながらマリルに呼びかけるクル。  
「クル・・・様・・・」  
 意識不明のマリルを目覚めさせたのは愛する人の呼びかけか、失神すら許さぬ激痛の為か。  
「マリル・・・キミを頼りにしている」  
 クルの言葉にそっと肩に手を置き、首を横に振るアゼレア。  
 それを見たクルは意を決したように頷くと大声で叫んだ。  
「マリル、好きだぁぁぁーっ」  
 今度の叫びはハッキリとマリルに伝わった。  
 マリルの体の奥底から新たな力が湧き上がり、全身の痛みが薄れていく。  
 やがて再開されたカウントが9を告げた時、マリルは再びリングの上に立ち上がっていた。  
 
「レフェリー何をやってる。とっくに10カウントを過ぎているぞ」  
 ギガルスがイヌオウに吼え掛かるが、怒りに燃え狂うラトの瞳に見据えられてへたり込んでしまう。  
「マリルさん。とんだケチがついちゃったけど、取り敢えず決着だけは付けとくよぉ」  
 ラトの叫びに視力を失ったマリルが反応する。  
「マリルさんもう目が・・・」  
 ルーチェの悲痛な叫びにクルは息を飲むばかり。  
「いくよぉぉぉっ。てやぁぁぁぁーっ」  
 大声を上げながら助走をつけたラトは大きく跳躍すると、空中で膝を折り畳んで急降下に入った。  
 岩石すら破壊する必殺の飛び膝蹴りを食らえばマリルの命の保証はない。  
「マリル、愛してるぅぅぅーっ」  
 クルの心からの叫びに直情的なマリルの体が反応し、一瞬で全身の気が高まる。  
「クル様ぁぁぁっ、私もでぇぇぇーっす」  
 叫びと共に放たれたマリルの烈衛練功弾がラトの体を見事に捉えた。  
 必殺拳をまともに食らったラトの体はリング外へと吹き飛び、セコンド陣を巻き込みながら観客席まで転がっていった。  
「勝者。青コーナー、マリル」  
 イヌオウがマリルの右手を高々と挙げると同時に、会場からは割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。  
 クルがリングに駆け上がり、倒れそうになるマリルの体を支えてやる。  
「クル様・・・」  
「僕のせいで、御免よ。もう離さない」  
 恥ずかしい台詞に観衆から冷やかしの口笛が吹き鳴らされるが、クルに悪びれた様子はなく寧ろ誇らしげであった。  
「こんなバカなことが認められるか。普通にカウントしておれば既に決着は付いておった」  
 納得のいかないギガルスは兵士を動員してスタジアムの閉鎖に掛かる。  
「お前達、マークノイヤ様・・・否フラウスター兵団に恥を掻かせて、生きて帰れるとでも思っているのか」  
 
 兵士にリングを包囲させたギガルスは剣を抜いて喚き散らす。  
 前に出ようとしたアゼレアとクルを無言で制してイヌオウが背中の長剣を抜き放った。  
「ほぅ、俺様の公正な捌きに文句をつける奴がいるとはな。よかろう、お前らの薄汚いやり口に腹が立っていたところだ。このイヌオウ様がお相手つかまつろう」  
 時ならず発生した局地戦レベルのもめ事に狼狽えるマークノイヤは、隣席にいるグリドフの腹を探りあぐねて手を出しかねていた。  
「お前らはムシだ!チリだ!それ以下だぁ!」  
 イヌオウの威嚇に満ちた口上が述べられ、ホーンハル国防軍の兵士達が身を固くする。  
「俺は美の結晶、強い!強すぎるぅ!」  
 その兵士達はマークノイヤがやがてフラウスター兵団に対して起こす独立戦争のための貴重な人材であるのだ。  
「そんな俺からはじめる殺人ゲーム!」  
 いわれなき支配からの独立を諦めるか否か、決断するのは今しかなかった。  
「シャイニング・イリュージョン!」  
「待ってくれっ。悪いのは我々だ」  
 イヌオウが必殺技を発動させるのと、マークノイヤが制止するのがほとんど同時であった。  
 イヌオウの歯茎から発せられた光で、居並ぶ100人の兵士のうち3人が吹き飛ばされた。  
「ふぅぅ、気付くのが遅ぇよ。お陰で罪もない兵士が3人もふっ飛んじまったじゃねえか」  
 貴重な兵士が3人しか吹き飛ばなかった事にマークノイヤは感謝した。  
「神聖な勝負を卑怯な手で汚し、フラウスター兵団に恥を掻かせたのはギガルス、お前の方だ」  
 君主に叱責を受けた忠実な傭兵隊長はうなだれる。  
「グリドフ様、ご覧の通りでござる。結果的にフラウスター兵団の皆様に恥を掻かせる結果となりましたが、更なる恥の上塗りは未然に防ぐことが出来ました。何卒お許しを」  
 その時、グリドフは心の中でイヌオウの推挙に伴うフラウスター兵団の戦力強化と、自らの地位の変動を秤に掛けていた。  
「恐ろしい男よ・・・」  
 まだ『ザーフラクの懐刀』としての地位に未練の残るグリドフは額の汗を拭って溜息をついた。  
 
         ※  
 
 それから数日後のこと、アゼレア達一行はガレーナとの国境付近にいた。  
「これからどうするのです」  
 アゼレアの質問にハン・デ・クルとマリルは顔を見合わせて微笑んだ。  
 
「今からガルカシュへ帰ってマリルと2人で国を支えます。まずはフーリュンのハマオウと真剣に話し合って誤解を解くつもりです」  
 そう語るクルの顔には迷いの色は無かった。  
「クルは身も心も大人になったのですね」  
 2人の熱々ムードにカチンと来たアゼレアが意地悪っぽく囁く。  
「うわぁぁっ、アゼレアさん。もうその話は・・・」  
 慌ててアゼレアの邪魔をするクルを見てルーチェが助け船を出す。  
「けど、7代ハマオウは武術の達人なんでしょ。果たし合いになったらどうするのです」  
「その時は私が助けてあげますから」  
 マリルが包帯グルグル巻きの体をクルにすり寄せる。  
「もう、勝手にやってなさい」  
 アゼレアの投げやりな台詞に笑い声が上がる。  
「いい王様になれよな」  
 イヌオウもはにかんだような笑顔を見せる。  
 やがてクルとマリルが北へ去り、君主無きガレーナの紛争を仲裁すると話していたイヌオウも一足先に出発していき、アゼレア達だけが荒野に残された。  
「もう誰もいませんよ。そろそろ出てきたらどうです」  
 アゼレアはヤギ車の荷台に向かって声を掛けた。  
「たまんないなぁ。気付いてたんならもっと早く声を掛けてよ」  
 荷台に置かれた行李の蓋が開き、包帯グルグル巻きになったラトの上体が姿を現す。  
「あなた、あの時わざと負けましたね」  
 アゼレアは目の見えないマリルに大声を上げながら突っ込んでいくラトの姿を思い出す。  
「あの状況で勝ちに行けるほど精神修行出来てないからね。お陰でフラウスターからもお尋ね者だよ。責任の半分はそっちにあるんだから、無事にこの国から連れ出してよね」  
 ラトの厚かましい依頼であったが、アゼレアは何故か憎めないものを感じて承諾した。  
「私たちに責任などは何もありませんが、よろしいでしょう。借りは少しずつでも返して貰えればいいですから」  
「私、怪我人なんだからさ。当面は3食昼寝付きでいいよね」  
 あくまで図々しいラト。  
 いよいよ宿敵ドウムの本拠地へと接近している今、彼女が秘めた真の実力が発揮される日も近いことであろう。  
(『ディアルゴ諸島の嵐』編につづく)  
 

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