シュラク海は朝日に映えて凪いでいた。  
君主ザップ・ロイの出奔に紛糾するガレーナを早々に通過したアゼレア達一行は、その2日後には早くもシュラク海に面したディアルゴの地に到達していた。  
「海路を行かれるのですか」  
 ルーチェは海賊の海として知られるディアルゴ諸島海域を船で渡ることの危険性を考えアゼレアに翻意を促す。  
シュラク海北部内湾にあるジュネイリンク島を中心とするディアルゴ諸島海域は海賊の巣と呼ばれる危険地帯なのである。  
 一方内ロダ地方と呼ばれる湾周辺部の平野部は内海と切り立った山脈に囲まれた難所続きの要害であり、通過にはかなりの日数を必要とする。  
「それでも海賊は危険すぎます。やっぱり、ここは急がば回れで・・・」  
「ふふっ、陸に上がった海賊の事を何と呼ぶか知っていますか」  
 アゼレアはルーチェを手で制しながら澄まし顔で言う。  
「それを山賊と言うのです。ゴロツキ共の巣窟であるこの国では、陸路を使ったからと言って無事に済むわけもありません。まあここは私に任せておきなさい」  
 アゼレアは自信満々の表情でそう言うと港へ降りていき、1隻の海賊船船長と交渉してヘルハンプールまでの渡航契約を取り付けてしまった。  
「どうです。当の海賊に護衛させれば、これ以上の安全は無いというもの。案ずるより産むが易しですよ」  
 
                                ※  
 
 意気揚々、海賊船に乗り込んでいったアゼレア一行は、出航の5分後には見事に身ぐるみ剥がれて甲板に転がされていた。  
 対象外年齢のスタリナを除く3人は衣服も剥がれて荒縄で縛り上げられていた。  
「何をするのですかっ。正式な契約も履行しないで、あなた達はそれでも船乗りですかっ」  
 乳房が歪に変形するほど荒縄で緊縛されたアゼレアは真っ赤になって怒り狂うが、無論のこと海賊達に怯む様子はなくケラケラ笑っている。  
「男の約束は、相手が男である場合に限って有効なのよ」  
「分かったかい、世間知らずのお嬢さんよぉ」  
 迂闊な判断を下した事にアゼレアは自責の念に駆られる。  
 
「これはとんだ拾いものだぜ。鴨がネギ背負ってやって来おったわい」  
 アゼレア達の荷物を勝手に開いて、うなるような金銭や宝玉を見つけた手下達が歓声を上げる。  
「すげえ宝玉だぜぇ・・・」  
 アゼレアのトランクからニワトリの卵ほどもあるエメラルドを見つけた手下が息を飲む。  
「それは・・・返しなさいっ」  
 全エルフの共有財産にして女王の証である大事な宝玉を奪われそうになったアゼレアは、立ち上がって男に駆け寄ろうとするが縄尻を引かれて転倒してしまう。  
「こりゃ、貨物船1隻襲ったのと変わらねぇ稼ぎだぜ」  
「女の方もこれだけ上玉揃いじゃ、ヘルハンプール辺りで結構高く売れそうだ」  
 早くもアゼレア達を売り飛ばす算段を始めた海賊達は、ズボンの前を膨らませながら裸で転がされている女達を睨め回す。  
「自信を持って売り込むためにも商品の性能は知っておかんとな」  
 船長の言葉に手下共が歓声を上げる。  
「野郎共、掛かれっ」  
 船長の下した号令に、子分達はいつもより数倍の忠誠心を持って任務を果たしに掛かった。  
「いやぁぁぁっ」  
 数人掛かりにのし掛かられて敏感な部分を嘗め回されたルーチェが泣き声を上げる。  
「ヒャハハッ、仲良くしようぜぇ、金髪のお嬢ちゃん」  
「いやです、いやです。いやぁぁぁ〜っ」  
 その道のプロをもって自認する男達の舌技にルーチェの泣き声の質が変わっていく。  
 まだ負傷の癒えていないラトも、普段なら手も触れさせないような男達相手にされるがままになっている。  
 どんな形にせよ反応を見せることが男達を喜ばせる結果になると分かっているラトは、せめてもの抵抗として徹底的に男達の責めを無視することにした。  
「そんな態度を取るなら、それなりの扱いをしてやるぜ」  
 男達はラトを四つん這いに押さえ込むと、いきなり後ろから犯し始める。  
 
「うっ・・・」  
 前戯も無しにいきなり押し入ってきた極太の肉棒に、ラトの秘所が悲鳴を上げる。  
「お前は今から俺達の公衆便所だ」  
 相手の感情など考えない一方的な責めが生みだす激痛と憎悪に、ラトは歯を食いしばって耐える。  
やがて男は激しく腰を痙攣させラトの中に精子をぶちまけて果てる。  
 その男を押しのけるようにして入れ替わった手下も、既に射精寸前になっていた分身をラトの中に突き入れて激しく出入りさせる。  
 前の男の放った体液が潤滑剤になって肉棒の出入りはスムースになり、適度な摩擦感をもってラトの膣道を掻き回し始める。  
 そうなると早熟なラトの体の奥底が火照り始め、意思とは関係なく更なる刺激を求めだす。  
「ヒャハハッ、こいつ泣きながら腰使ってやがんの」  
 一方海賊達の概ね半分を一人で引き受ける格好になったアゼレアは、鼻先に突きつけられたペニスの群れが放つ分解臭に閉口していた。  
 海賊達は何とかこの生意気な雌エルフに自分のペニスをくわえ込まそうと顎をこじ開けに掛かる。  
「およしなさいっ。そんな不潔なもの、死んだって口にすることはありません」  
 頑としてフェラチオを拒むアゼレアの顔面に、待ちきれなくなった何人かが白濁色の体液をぶっかけてしまう。  
我慢出来なくなった船長はアゼレアの鼻をつまみ上げて上へと引き上げる。  
 呼吸を止められたアゼレアは、やがてこらえきれなくなって大きく口を開いてしまう。  
船長はすかさずアゼレアの両頬を指で押さえて口を閉じられなくしてしまうと、ニンマリ笑いながら怒張した逸物をその口の中にねじ込んだ。  
「おごぉっ・・・」  
 喉の奥にまで達した巨大な肉棒の異物感にアゼレアは吐き気を催し、えづいてしまう。  
 アゼレアは必死で歯を立てて船長の肉棒を噛み切ろうとしたが、アゼレアの小さな顎は巨大な逸物の前には全くの無力であり文字通り歯が立たなかった。  
「ふふふっ、気持ちが良いぞ。もっと強く頼む」  
 余りの吐き気と敗北感にアゼレアの目から涙が筋を引いて流れ落ちる。  
 
「キッチリしゃぶらねぇかい。いつまでも反抗的な態度を取っているとガキにも手を出すぞ」  
 あぶれていた手下共が縛られたスタリナに手を掛ける。  
「アゼレアァ・・・」  
 泣き出しそうなスタリナの悲鳴を聞いてアゼレアはやむなく口の中で舌を動かし始める。  
「下手くそだな。そんなんじゃ、お客が納得しねぇぞ」  
 アゼレアの生まれて初めての拙いフェラチオであったが、それでも美しいエルフに対する征服感に酔った船長は早々に限界に達した。  
「全部飲めぇっ」  
 口の中に溢れかえる生暖かい粘液を持て余してアゼレアが再びえづき始める。  
 船長が手を離しても敗北感に打ちひしがれたアゼレアは、反抗する気力を喪失して甲板に転がったままピクリとも動けない。  
 惨めなアゼレアの姿を見ているうちに船長の逸物が回復してくる。  
「親分っ、まさか続いて犯る積もりじゃ無いでしょうね。次はオイラの番だ」  
 我慢しきれない手下が船長に食って掛かる。  
「うるさいっ、全ては船長のワシが決めることだ」  
 アゼレアの全ての穴に一番乗りを果たしたい船長も一歩も譲らず、船上に緊迫した空気が流れる。  
「敵だっ、敵に取り囲まれているぞぉ」  
 女達に気を取られていた海賊達が怠慢な見張りの声で周囲を見回した時、既に数十隻の敵海賊船団に取り囲まれてしまっていた。  
 敵のマストに翻るのは片目のドクロの旗印。  
「海賊ハネーシャ・・・シオンのスイート・ポイズン号だ・・・」  
 
      ※  
 
「うはぁ、こりゃ目の毒だ。シオン、戦闘準備が整ったぜ」  
 望遠鏡を手にして敵船上における乱交を見ていた副長トリトフが船長のシオンに声を掛ける。  
 黙って右手を挙げたシオンが、その手を前へと下ろし戦闘開始の意思が全軍に伝えられた。  
 
 同時に甲板に備え付けられた投石機のストッパーが外され、焙烙弾が唸りを上げながら敵船目指して飛び去る。  
 中に火薬を仕込んだ分厚い鉄製の器は導火線の火によって炸裂し、爆風と破片の雨で船体と乗組員を傷つけていく。  
 こうなってはもはや女どころではなく、アゼレア達を放って防戦に努める海賊達。  
 焙烙弾により敵船から火の手が上がり、船足が完全に止まったと見るや、海賊シオンは接舷攻撃の合図を送る。  
「野郎ども、続けぇっ」  
 トリトフを先頭に敵船に移乗して殴り込みを掛けるシオンの手下達。  
 蛮刀を振るっての斬り合いが船上のあちこちで始まるが、彼我の士気の違いから戦いの行方は最初から決まっていた。  
 機先を制されて既に逃げ腰になっていた敵を散々に打ち負かしたトリトフは、船を完全に制圧すると手下に命じて船倉のお宝を運び出し始めた。  
「それは私たちの・・・」  
 アゼレアは自分のトランクが運び出されるのを見て声を上げる。  
「お嬢ちゃん。海賊にさらわれて、命が助かっただけでもラッキーと思わなくっちゃ」  
 トリトフは立てた人差し指を左右に振りながらアゼレアに笑いかけると部下をせかしてスイート・ポイズン号に飛び移った。  
 海賊船の船内で爆発が起こり、軋み音と共に船体が傾き始める。  
一瞬アゼレアの目がシオンの右目と合う。  
「来るか・・・?」  
 シオンは無愛想にそれだけ呟いた。  
 
 島影一つ見えない大海原の上ではシオンの申し出を拒否するわけにもいかず、アゼレアはスイート・ポイズン号への移乗を決めた。  
 アゼレアはトリトフが差し伸べてくれた手を無視することで、ハッキリと彼らに対する嫌悪感を表明する。  
 最後のラトがスイート・ポイズン号へ飛び移った僅か5分後には、大破していた海賊船は波間に没していった。  
 気持ちが落ち着くとアゼレアはまずルーチェとラトに謝罪した。  
「ごめんなさい。私の考えが甘かったばかりに、申し訳ないことをしました」  
 きちんと頭を下げて謝るアゼレア。  
「エルフのことはよく存じませんが、人間の中には約束など何とも思わない手合いも存在しているということです。これからは気をつけましょう」  
 事前の忠告を無視されたルーチェは丁寧な口調ながら辛辣にアゼレアを批判する。  
 ルーチェはマハラージャの元で性奴隷に貶められていた時の事を思い出し改めて身震いするが、そこから救い出してくれたアゼレアへの恩も忘れたわけではなかった。  
「私は気にしてないから。ここんとこ、すっかりご無沙汰だったしさ」  
 ラトはアゼレアの気持ちをおもんばかって、わざとおどけた口調で言う。  
最初、訳の分からない恐怖に震えていたスタリナは早くも立ち直り、スイート・ポイズン号のあちこちを珍しそうに眺め回している。  
 アゼレアは仲間が謝罪を受け入れてくれたことを確認すると、頭領のシオンに面会を申し込んだ。  
「私たちをどうするお積りです。返答次第ではこちらにも覚悟があります」  
 怖い顔をしてシオンを睨み付けるアゼレア。  
「お前達は運が悪かった」  
 シオンの発した言葉にアゼレアは思わず身を固くする。  
「この船は根城を出たばかりで、まだ予定の航海が済んでいない。今度の仕事を全て終えたら手近な陸に降ろしてやろう」  
 シオンはそれだけ言うと一方的に会見を終えた。  
「お待ちなさい、私たちは先を急ぐのです。それに私たちの荷物をどうするお積りですか」  
 食い下がるアゼレアを無視して席を立ったシオンに代わり、同席していたノブ=ガラスが葉巻をくわえたまま答える。  
 
「お嬢ちゃんよぉ、俺っち達も一応海賊なわけで。命を助けて貰っただけでも感謝していただかなくっちゃね。身の回りのモンは返してやっから、金目の物は諦めちまいな」  
 女王の証を失うわけにはいかないアゼレアが尚も食い下がろうとした時、頭上から見張りの声が響いた。  
「東方向、水平線上にマスト多数っ」  
 アゼレアが見上げると、見張りの水夫がマストに設けられた物見台から身を乗り出させるようにして盛んに東の方角を指さしている。  
「カエル共の沿岸警備隊だな。お頭に報告しろ」  
 この時期、ディアルゴ諸島海域で頻発している商船の海賊被害を何とか食い止めようとする近隣各国は、互いの協力のもと連合護衛艦隊を形成して海賊征伐に乗り出していた。  
「各船に通報、進路西南西。帆を張れ」  
 波と風を的確に読んだシオンが言葉少なに命令を下し、船団が一斉に進路を変える。  
 潮流に乗り見る見る速度を上げた海賊ハネーシャの船団は、あっという間にベルヌーブの沿岸警備隊を引き離し水平線の彼方に消えてしまった。  
 
                                ※  
 
 1時間後、スイート・ポイズン号はディアルゴ諸島南端にある無人島の入り江近くに投錨していた。  
「早くしろっ」  
 トリトフの指示で手下達が金貨や宝玉を手早く鉄の箱に詰め込んでいく。  
「お待ちなさい私達の財産をどうするのです」  
 アゼレアの抗議を無視した水夫達は、鉄の箱を抱え上げると掛け声で調子を合わせて波間に放り出した。  
「なんて事を・・・」  
 ドレスをかなぐり捨てた下着姿のアゼレアが舷側から飛び込もうとするのをノブ=ガラスが引き止める。  
「やめときなって、アンタ死にたいのか」  
 ノブ=ガラスが指さす方を見たアゼレアは海底に蠢く巨大な影を目の当たりにして慄然となる。  
 ゆうにスイート・ポイズン号の半分はあろうかという巨大な影は何本もの触手を伸ばして宝箱を引き寄せると、島の入り江の方へ向かって消えていった。  
「何なのです、あれは」  
 尋ねるアゼレアの声は心なしか震えを帯びていた。  
「お前が知る必要はない。錨を上げろ、進路北北西」  
 シオンは冷たく言い放つと船長室へと消えていった。  
 
                                ※  
 
「そこをお退きなさい」  
 アゼレアは船長室の前に立ち塞がるトリトフに命令する。  
「エルフの小娘風情が、立場をわきまえろ。お頭は世が世ならお前らなどお目見えさえ叶わぬ、やんごとなき身分のお方なんだぞ」  
 拒絶するトリトフの言葉に、アゼレアは初対面のシオンに感じた違和感──海賊に似つかわしくない澄んだ目と高貴な物腰──を思い返す。  
「入れてやれ」  
 船長室から聞こえてきたシオンの声に躊躇するトリトフ。  
「いいから、入っていただけ」  
 アゼレアはそれでも退かないトリトフを脇へ押しのけ船長室のドアをくぐった。  
 意外に質素な船長室に驚きながら部屋の奥に進んだアゼレアは、ベッドに横になった人魚の少女の姿を見つける。  
「お悪いのですか」  
 アゼレアはベッドの傍らの椅子に腰掛けて人魚を看病しているシオンに声を掛けた。  
「時々こうして呼吸困難の発作を起こす。陸に上がった人魚は長く生きられない・・・なのにこいつは海に帰ろうとしない・・・たった一度の恩義を忘れないで」  
 アゼレアはシオンの口数少ない言葉の端から、人魚の少女が海に帰りたがらない理由が決して恩義のためではないことを悟る。  
「いやです、いや・・・シオン様、何処にも行かないで・・・」  
 悪夢にうなされたのか人魚がうわごとを口走り、シオンの手を強く握りしめる。  
「あれはエルフに伝わる女王の証のエメラルド・・・アゼレア殿とお見受けいたす」  
 口調を改めたシオンはアゼレアの正体を看破する。  
「無礼は承知の上だが、当方にも当方の事情がある。無論異存はおありだろうから、後日改めて宣戦布告を受けよう」  
 シオンの只一つ残った右目に、一国を敵に回しても頑として譲らぬ決意の光が帯びている。  
「事情というものを聞かせて貰えないと何の判断も出来かねますわ」  
全エルフの共有財産と言うべき女王の証を軽々しく扱うわけに行かないアゼレアも譲れない。  
「俺が説明してやろう」  
 いつの間にか船長室に入ってきていたトリトフが船長の心中を察してアゼレアを室外にいざなう。  
 
                                ※  
 
 クリアスタ王家の第1王子だったシオンは、世継ぎに際して国政を壟断しようと企む家老一派の野心の為に国が2つに割れることをおそれ、王位継承権を妹のミュラに移譲。  
 自らは野に下り、ひょんなことから海賊を生業とする事になった。  
 優秀な頭脳と持って生まれたカリスマ性で瞬く間に近隣の海賊をまとめ上げたシオンは手際の良い略奪行為でライバル海賊と商船団の両方からおそれられる存在となった。  
 ただシオンが無益な殺生を許していないため襲われた船の乗員生存率は以前よりはるかに高くなっている。  
そんなある日、漁師の網に掛かった人魚の少女アーマリンを救ってやったことから2人は恋に落ち、やがて著しく寿命を縮める事を承知でアーマリンは陸での生活を選んだ。  
 トリトフの語った長い話しは概ねその様な内容であった。  
「人魚って下半身はお魚さんじゃないの」  
 おとぎ話でしか人魚を知らないスタリナが目を丸くして質問する。  
「それは海中で漁をする時だけ動きやすいように魔力によって姿を変えたものなのよ。それに本当の人魚には肺とエラと両方があって海でも陸でも生活出来るの」  
 ルーチェはスタリナに教えてあげながら顔を曇らせる。  
「・・・けど海を捨てて陸に上がった人魚は数年しか生きていられないのよ」  
「じゃあさ、ちょくちょく海に帰って掛け持ちで生活すれば何の問題もないんじゃないの」  
 ラトがもっともな事を口にするのを聞いて、ノブ=ガラスが頷く。  
「そう、そこよ。人魚ってのは融通が利かないって言うか、健気を通り越して、ありゃバカだな。それは即ち、お頭に対する裏切り行為だってよ」  
「そこでだ、やっとの事で人魚を人間に変える魔導手術師を発見したのはいいんだが。その手術費用ってのがトンでも無く高くってな。稼ぎを全部吸い取られて、お陰でこちとら日照り続きよ」  
 そう悪態をつくトリトフの顔は言葉とは裏腹に嬉しそうである。  
「そう言う訳でよ、お姉ちゃん達にも悪いけど、銭の方は諦めてくんない?」  
 ノブ=ガラスはお気楽そうにそう言うが、エルフを統べる女王としての立場があるアゼレアは直ぐに返事をすることが出来ない。  
「北西に商船団を捕捉、距離3000」  
 見張りの声に甲板上の全員に緊張感が走る。  
 
 巧みに風を捕まえた海賊ハネーシャの船団は快速を飛ばして一気に商船の群れに接近していった。  
 
                                ※  
 
「ホントにやるのかよ」  
 海賊ハネーシャに所属する大型船ディープ・パープル号の船上で、水夫長のガトゥハは船長ムラサキに青ざめた顔を向けていた。  
「ああ、やるともさ。このままシオンのお頭に付き合わされたんじゃ、こちとらの懐が干上がっちまわぁ。ここでカエルの警備隊に協力してお頭の首を上げれば一攫千金は約束されてんだ」  
 大事なお頭の恋を成就させたいばかりに、命懸けでただ働きしようという海賊達の中にもやはり不満分子は存在していた。  
 野心に燃えるムラサキは、巨万の富と引き替えにシオンを裏切るという裏取引を、カエルフォースとの間に取り交わしていたのだ。  
 圧倒的な速度で進む海賊ハネーシャは距離300で焙烙弾攻撃を開始、やがて接舷攻撃に切り替えた海賊達は我先に商船に雪崩れ込んでいく。  
 最小限の斬り合いで商船を乗っ取る事に成功した海賊達は、金銀財宝の他、値の張りそうな品物を片っ端から略奪する。  
「お頭、大漁でさぁ。早いとこ支払いに行きやしょうぜ」  
 上機嫌のノブ=ガラスの声に被さるように見張りの叫びが上がる。  
「東にベルヌーブの沿岸警備隊っ」  
 シオンは首を巡らせて素早く彼我の体勢を確認する。  
「敵の士気を挫くためにも一度叩いておく。体型このまま、大きく右回りに接近せよ」  
 潮を読んだシオンは敵艦隊を左に見ながら、手下に焙烙弾の準備を急がせる。  
「距離500で射撃を開始する」  
 シオンの命令に合わせて導火線の長さを調節する手下達。  
「600・・・550・・・間もなく距離500・・・」  
 高々と挙げられたシオンの右手がまさに今降ろされようとした時、スイート・ポイズン号の左舷至近に焙烙弾が落下し大爆発を起こした。  
「何事か」  
 大きく右に傾いだ甲板でトリトフが叫ぶ。  
「ディープ・パープルです、最後尾のディープ・パープル号が撃ってきます」  
 部下の叫びにシオンは振り返る。  
「ムラサキか・・・」  
 シオンは野心家の部下が自分の異例とも言うべき出世に嫉妬していることは分かっていた。  
 だからこそシオンはムラサキを自分の一相談役から大型船の船長に格上げさせたのであるが。  
 
「所詮はこの程度の男か」  
 裏切りという最大の侮辱に対し、怒りに燃えた僚船はディープ・パープル号に集中砲火を浴びせ、たちまち無力化してしまう。  
「何だよっ、お前らだって不満に思っていただろうによぉ。この偽善者共めぇぇぇっ」  
 時流を読み違えたムラサキとガトゥハは救命胴衣を着けるいとまもなく、船を捨てて海に飛び込んだ。  
 海賊船から何個かの浮き輪が投げ込まれたのは、昨日までの仲間に対するせめてもの情けであった。  
 そうしている間にもカエルフォースの艦隊は着実に迫ってくる。  
「やってくれおったケロ」  
 艦隊旗艦の艦橋で司令官のタムタムは砲戦開始の命令を告げた。  
 たちまち爆炎と水柱に包み込まれたスイート・ポイズン号の姿が一瞬掻き消える。  
「逃げるぞ。進路南南東」  
 潮流を使い戦場離脱を図ろうとしたシオンだったが、船体を破損したスイート・ポイズン号は潮に乗りきれずに速度が上がらない。  
「お頭、このままでは捕捉される」  
 見る見る迫ってくるベルヌーブの沿岸警備隊を指さしてトリトフが叫ぶ。  
「逃げ切れぬか・・・」  
 シオンはアーマリンの下船を脳裏に描くが、どう説得しても聞き入れてくれそうに無かった。  
「スイート・ポイズン号は降伏する。その他の船は戦線を離脱、捲土重来を期せ」  
 誇り高い海賊の頭が、縛り首覚悟で降伏を申し出ることを決意した。  
「済まんな、みんな」  
 巻き添えにする事になる手下達に対し、一言の言い訳もせずに頭を下げるシオン。  
「そんなお頭だこそ惚れたんでさぁ。あの世とやらまでお供しますぜ。なあ、みんな」  
 ノブ=ガラスの言葉に歓声を上げる手下達。  
「白旗を用意しろ」  
 最初で最後の降伏準備に大わらわの甲板上に、船倉に押し込められていたアゼレアが上がってくる。  
「困るなぁ、アンタ達は大事な捕虜なんだから勝手にその辺うろついて貰っちゃ」  
 トリトフは拿捕後のアゼレアの立場を考え、優しく微笑みながら船倉へ戻ることを促す。  
 そのトリトフのさり気ない優しさに接して、アゼレアは策を授ける決意を固めた。  
 
「だからあなた達海賊は救いようのないバカだというのです。捕虜には捕虜の便利な使い方があるでしょう」  
 アゼレアの言葉で一つの手段に思い当たったトリトフは真っ青になって首を振る。  
「駄目だ、それはお頭の一番嫌いな手なんだ」  
「好きとか嫌いとか言ってる場合ですか。取り敢えずこの場を逃れるのが先決です」  
 トリトフは救いを求めるようにシオンの方に顔を向ける。  
「どうしてそこまでしてくれる」  
 シオンはアゼレアに対して疑問をぶつける。  
「罰当たりの海賊共の為ではありません、全ては可哀想な少女人魚の為にする事です。それに・・・私はカエルというものが余り好きではありませんから」  
 アゼレアはかつて大胆にもプリエスタの城に忍び込んで夜這いを掛けてきたベルヌーブの君主マークの恥ずべき行為を、そのジメッとした皮膚感覚と共にいまだに忘れられないでいた。  
「さあ、早く。時間がありません。私の服を剥いでマストに磔にするのです」  
 半分脅迫するような口調でアゼレアは命令した。  
「変わった趣味の女王様だ・・・」  
 シオンは呆れたような口調でぽつりと呟いた。  
 
                                ※  
 
「ケロロロッ、あれは何だケロ?」  
 望遠鏡でスイート・ポイズン号を見張っていたタムタムはマストに掲げられた異様なものに気付いて焦点を合わせた。  
「大変だケロォォォーッ」  
 望遠鏡の接眼レンズに浮かび上がったのは、素っ裸で磔にされた美しいエルフの女性と、その豊かな胸の前で鋭い銛を十字に組み合わせて威嚇している海賊の姿であった。  
 猿轡を噛まされたエルフは何やら大声で抗議し、涙さえ流していた。  
 海賊の通信夫が手旗信号で脅迫を行ってくる。  
「停船セヨ、サモナクバ・・・女子供を見殺しにして勝ったと知れればカエルフォースの名折れだケロ」  
 意外に紳士で体面をおもんばかるカエルの艦隊は一斉に帆を降ろし停船作業に入る。  
 速度に差が付いた彼我の距離はどんどん広がり、やがて海賊船団は水平線の向こうに消えていった。  
 
 マストの付け根で、自由の身となったアゼレアが顔を両手で覆ってワンワン泣いていた。  
「誰が全裸なんかにしろと言いましたかぁ。全部見られてしまいましたぁ。もうお嫁に行けません」  
「すっ、済まねぇ。俺たちゃ、てっきりよぉ・・・」  
 アゼレアがおかしな趣味の持ち主だと勘違いしていたノブ=ガラスは平謝りする。  
 ドレスはともかく、下着まで剥がれた全裸にされる事はアゼレアの予定外の事であったが、それが予想以上の効果を上げたのは確かであった。  
 その時船長室からただならぬ物音が響き、続いてシオンの叱責とアーマリンの泣き声が上がった。  
「どうしたというのです」  
 船長室に飛び込んだアゼレアは、ナイフ片手に肩で息をするシオンと、両手で顔を覆って泣きじゃくるアーマリンの姿を見て全てを悟った。  
 ナイフの刃を握ったシオンの指の間から鮮血がしたたり落ちる。  
「私がいけないのです。私さえいなくなればみなさんの仲は元通りに・・・それに今だって私のせいでシオン様が・・・シオン様がぁぁぁ・・・」  
 肩を振るわせて泣きじゃくるアーマリンにルーチェが毛布を掛けてやりながら呟く。  
「そんなにお辛いのなら、下船すれば・・・何も死ぬことなんかないでしょうに」  
「シオン様とお別れしてまで生きていたくはありません」  
 アーマリンは涙に濡れた目でルーチェを睨み付けながらキッパリと言い切る。  
「バカだな。その言葉、そのままそっくりお前に返そう。お前無くして、何で俺の人生があるというのだ」  
 シオンはそう言うと血まみれの指先を伸ばしてアーマリンの目元を拭ってやる。  
「シオン様・・・私のシオン様・・・」  
 アーマリンは両手でシオンの手を握ると、頬に押し当てながら幸せそうに呟いた。  
 一歩間違えばただのバカップルにもなりかねない程の純愛家2人を前にして、アゼレアは立場上口にせずにはおれない残酷な台詞を言いあぐねていた。  
 
 
「騙されているとは、どういう事だ」  
 東へと向かうスイート・ポイズン号の舳先でアゼレアとシオンは2人きりの会見を行っていた。  
「ですから言ったままの意味です。人魚を人間に変える魔導手術など、私の知りうる限りこの世に存在していません」  
 アゼレアはシオンの気持ちを考慮しつつもキッパリと言い切った。  
「そんなバカな・・・あの魔導師は私に約束してくれた。これでも嘘を嘘と見抜く自信くらいはあるつもりだ」  
「そんな自信が、嘘をつくことなど何とも思わない者を相手に、何ほどの意味があるのでしょうか」  
 シオンの言葉に対し、アゼレアは自己嫌悪に陥りながら答えた。  
「あなたは魔導師の言葉を信じたのではなく、アーマリンのために信じたかっただけなのです」  
 動揺の色を隠せず、腕組みしたまま黙り込むシオン。  
 シオンにしてみればアーマリンの命をこの世に繋ぎ止めておく只一つの手段が、魔導師の詐言であるとは信じたくなかった。  
「ご自分の確かめてみれば分かることです」  
 
                                 ※  
 
 魔導師の小島近くに到着したスイート・ポイズン号は前回と同じように頑丈な宝箱を幾つか投下する。  
 たちまち巨大な黒い影が忍び寄り、宝箱を掠め取ると島の方へと引き返していった。  
黒い影は荒波の打ち寄せる磯へと回り込み、入り口の下半分が波間に隠れた洞窟に侵入していく。  
 意外に広い作りの洞窟内部に入り込んだ黒い影は、宝箱を次々に乾いた岩場に放り上げると再び白波の立つ磯へと戻っていった。  
間を置かずして足音が近づき、魔導服を着た一人の小柄な老人が姿を現す。  
「ひぃ、ふぅ、みぃ・・・ヒッヒッヒッ、いつもながら手際の良い事よ。この調子なら今しばらくはタップリ稼がせてくれようて」  
 魔導師が戦果確認のため宝箱へと近付いていった時、いきなり一つの宝箱の蓋が自動的に開いた。  
「ヒィィィッ」  
 いきなりのことに慌てふためき尻餅を付く魔導師。  
 箱の中から姿を現したのは、両手を腰に当て魔導師を睨み付けるアゼレアであった。  
 
「お前は何者じゃっ」  
 招かれざる客に向かって杖を振りかざして吼える魔導師。  
「魔導手術すら行おうという高位の魔導師が私の顔も知らないとはお笑いぐさね」  
 アゼレアの口元が皮肉っぽく歪む。  
「私はエルフを統べるプリエスタの女王、アゼレア。盲目な愛に溺れた海賊を利用し、罪無き民草から金品を掠め取って私腹を肥やそうという似非魔導師はあなたね」  
 相手の正体を知った魔導師は愕然とするが、直ぐに立ち直ると高笑いを始めた。  
「騙される奴が悪いのよ。ワシに人魚を人間に変える程の魔導力があったら、そもそもこんな落ちぶれた暮らしなどしておらんわい」  
 開き直った魔導師はアゼレアを睨み付けると憎々しげに言い放った。  
「ワシはこの財宝でどこか大国の魔導参謀の地位を買って、昔日の栄華を取り戻すのよ。お前にはここで死んで貰う」  
 そう言って笑いかけた魔導師の顔が、今一つの宝箱から身を乗り出したシオンの姿を見て凍り付く。  
「貴様・・・よくも・・・」  
 愛する者の命を救う最後の望みを失ったシオンの右目に危険な光が帯びている。  
「クッ・・・折角のぼろい儲けだったが、もはやこれまでか」  
 魔導師が杖を振るうと周囲に散らばっていた幾つもの人骨が組み上がり、生前のように動きだす。  
 ドクロ兵士達は手に手にサーベルを持ち、カタカタと歯を鳴らしながらアゼレアとシオンをぐるりと取り囲んだ。  
アゼレアとシオンもそれぞれ腰に吊した剣を抜き放ち、2対10の壮絶な斬り合いが開始された。  
 王室の護身術の域を遙かに超えた二人の剣技は、5倍の戦力を誇るドクロ兵士を相手に一歩も引けを取らない。  
 しかし何度バラバラになっても再び組み上がるガイコツを相手に、2人の疲労は徐々に蓄積していく。  
「あの杖をっ」  
アゼレアの叫びに頷いたシオンは手にした蛮刀を魔導師に投げつけた。  
 魔導師が悲鳴を上げて杖を取り落とした瞬間、ドクロ兵士達は元のバラバラの骨片に還る。  
「ヒィィッ。おっ・・・お助け・・・」  
 魔導師は無言で近付いてくるシオンから逃げようとするが、腰を抜かしてその場にへたり込む。  
 
「なるほど、この程度の力では複雑な魔導手術など思いもよらぬな」  
 転がっていた蛮刀を拾い上げたシオンが大上段に振りかぶる。  
一閃、振り下ろされた分厚い蛮刀が魔導師の首を切り飛ばした。  
「生者を死人に変える手術くらいなら、このとおり俺にも出来る」  
 いつもの無表情に戻ったシオンは、恐怖の表情を浮かべたまま転がった魔導師の首に語りかけた。  
                                ※  
「あったわ」  
 宝物倉に入ったアゼレアは、見覚えのある宝箱の中から女王の証の宝玉と奪い取られた自分たちの金品を見つけ、それを取り戻した。  
「私はこれだけ返して貰えれば充分です。後はあなたの好きにするがいいでしょう」  
 アゼレアは黙りこくったシオンに語りかけるが、失意の底に佇む彼の耳にその声は届いていなかった。  
 心から欲する物が決して金で買えない物であるならば、こんな財宝が一体何になるというのか。  
 今のシオンには全てが虚しかった。  
                                ※  
 小島を北に望む沖合には、海賊ハネーシャの全船団が駆け付けてシオンの帰りを今や遅しと待っていた。  
「あっ、出てきたよ」  
 見張り台のスタリナが目聡く2人の小舟を見つけて大声を上げる。  
 すかさず望遠鏡を目に当てたトリトフは、小舟の舳先でエメラルド片手に微笑むアゼレアと、対照的に無表情で櫓を操っているシオンの姿を見て、全てが夢幻に終わったことを知った。  
「お頭・・・」  
 シオンの胸中を察すると慰めの言葉も浮かんでこなかった。  
 そのトリトフが小舟の周囲を取り巻く海の色が他と違っていることに気付く。  
「お頭ぁっ、下だぁぁぁっ」  
 トリトフの叫びと同時に変色していた海面が大きく盛り上がり、小舟が宙に持ち上げられた。  
「キャァァァッ」  
 バランスを失って海面に投げ出されるアゼレアとシオン。  
 転覆した小舟に嫌らしい吸盤の付いた触手が絡み付き、易々とバラバラに破壊してしまう。  
 
 次いで波間を割って海上に姿を現せたのは、胴体部の差し渡しだけで10メートルはあろうかという大ダコであった。  
 魔導師の最後の呪いが掛けられたかのように荒れ狂う大ダコは、波間に漂うアゼレアとシオンに襲い掛かった。  
 必死でスイート・ポイズン号へ泳ぐ2人だったが、自由の利かない海中では逃げ切れる訳もなく、あっという間に触手に絡み付かれてしまう。  
 まずシオンを何度も海面に叩き付けて戦闘力を奪った大ダコは、次にゆっくりとアゼレアの料理に掛かった。  
「何をするのですっ」  
 アゼレアの着ている純白のドレスを引き裂いた触手は、うねうねと流動的にうねりながら彼女の手足の自由を奪っていく。  
 そして触手がアゼレアに屈辱的なM字開脚を強いた時、彼女は敵の意図を悟った。  
 無防備になったアゼレアの股間に嫌らしくぬめる触手が近づき、緑の飾毛に覆われた秘裂をなぞり上げる。  
「ヒィィィッ」  
 脊髄に電流が走ったような感覚に、アゼレアは身を仰け反らせて悲鳴を上げてしまう。  
 アゼレアの後ろから忍び寄った別の一本が、本来排泄に用いる菊の形をした肉の窄まりをノックする。  
「そっ・・・そこはぁぁぁ」  
 海賊達の見ている中、これ以上のプライドを傷つけられる訳にはいかないアゼレアは、キュートなヒップを振り乱して触手の攻撃を避けようとするが、強烈な腹への一撃で抵抗力を喪失する。  
「間に合わないっ」  
 必殺技の発動のため気を練り始めたラトであったが、脇腹の負傷が気力の集中を阻害する。  
 やがて自然に開き気味になったアゼレアの花芯から蜜が溢れ出し、菊座の方までベトベトにしてしまった。  
 頃合いよしと見た大ダコは触手の先端を硬化させると、アゼレアの前後のホールを一気に貫いた。  
「あぐぅぅぅ〜っ」  
 野太い触手に膣道と腸壁を同時に擦り上げられる未体験の感覚に、アゼレアは絶叫を上げて暴れる。  
 最初、助けを求めるように藻掻いていたアゼレアの手足の指先が、やがて力を失ったようにダラリと弛緩した。  
 
 時ならず始まった公開レイプショーに、海賊の面々はただ息を飲んで見守るばかりで、シオンの体が海中に没していることにまで気が回らない。  
「シオン様っ」  
 ただ一人シオンの危機に気が付いたアーマリンは、躊躇することなく舷側を乗り越えて魔物の暴れる海へと飛び込んだ。  
 残り少ない魔力を用いて下半身を魚に変化させたアーマリンは、文字通り水を得た魚の如く俊敏さで襲い掛かってくる触手をかわしながらシオンに近付いていった。  
 やがてシオンの元に辿り着いたアーマリンは、口移しに空気を送り込む。  
 肺の空気が無くなる度にアーマリンは海面へと浮かび上がり、大きく息を吸ってはシオンの元に急ぐ。  
 3度目の口づけの最中、ようやく意識を取り戻したシオンは、そのまま無言でアーマリンを抱きしめる。  
 長い長い接吻の後、寂しそうな笑顔を浮かべたアーマリンは、シオンの蛮刀を抜くと大ダコに向かって突進していった。  
 アーマリンに向かって必死で手を伸ばして引き止めようとするシオンであったが、水中では彼の叫びは声にならなかった。  
何本もの触手をかいくぐったアーマリンは、手にした蛮刀で見事に大ダコの目を貫き通す。  
 怒りに燃えた大ダコはアゼレアとシオンの体を離して全触手を伸ばしてアーマリンに襲い掛かった。  
 流石のマーメイドも同時に8方向から迫った触手攻撃は避けきれず、遂に囚われの身となってしまう。  
「アーマリンッ」  
 大ダコの頭上に掲げ上げられたアーマリンに向かってシオンが叫ぶ。  
「シオン様・・・シオン様のお役に立てて、私は幸せでした・・・」  
 アーマリンが言い終わるのを待たず、大ダコは触手をしならせて彼女の体をスイート・ポイズン号の舷側に叩き付けた。  
「アーマリンッ」  
 波間に漂いピクリとも動かなくなったアーマリンにシオンが泳ぎ寄る。  
 目の前の惨劇に感情を高ぶらせたラトの気力が爆発的に高まり、両手の間に光り輝く宝玉が現れる。  
「今だっ。ロース・ファイヤァァァーッ」  
 大地に潜む神竜の力を借りて、ラトは手にした宝玉から暗黒の炎を迸らせた。  
 
 轟炎に包み込まれて一瞬で絶命した大ダコは、しばらく波間を漂った後、ゆっくりと海中に没していった。  
 
                                ※  
 
 スイート・ポイズン号の甲板に引き上げられたアーマリンを診察していたルーチェは顔を上げてシオンに向き直る。  
「大丈夫、背中の打撲くらいで命には別状ありません。只の人間だったら危なかったけど」  
 全身を苛む激痛に耐えながらルーチェの診断を待っていたシオンは、ようやく安堵の溜息をつき、そのまま失神してしまった。  
「むしろシオンさんの方が心配です。手を貸して下さい」  
 船長室にシオンを運び込む海賊達を見送るルーチェの視界に舷側にもたれかかって一人佇むアゼレアの姿が目に入る。  
「心中お察しします」  
 ルーチェの慰めにアゼレアは殊更に大きな声で強がってみせる。  
「ふふっ、下等生物に悪戯されたくらいで傷つくほど私のプライドは安っぽくありません」  
 本当はその姿を大勢に見られた事の方がショックなんだと分かっている海賊達は、アゼレアに気を使ってわざとらしい馬鹿笑いをする。  
「そうよっ、姉ちゃんが俺達に裸見られるのはこれで3度目だし。今更って感じだよなぁ」  
 ノブ=ガラスの余計な一言に、アゼレアはしゃがみ込んでワンワン大泣きを始める。  
 みんながどう手をつけて良いやらオロオロし始めた時、見張りの声が上がった。  
「南に敵警備艦多数、縦隊隊形で突っ込んで来るっ」  
 一難去ってのまた一難に海賊共は口々に罵り声を上げる。  
 一列になって突進を図るカエルフォースの狙いは、一撃離脱で司令船スイート・ポイズン号の機能を喪失させることにあった。  
 しかしお頭のシオンが倒れた現状では、既に船団の指揮系統は寸断されたも同然であり、各船がバラバラに戦っては勝ち目は無い。  
「畜生っ、ムラサキの奴。地獄へ堕ちやがれっ」  
 望遠鏡の視界に浮かび上がった元同僚の姿に悪態をつくトリトフ。  
 手の内を知っているムラサキが敵艦にいる以上、磔作戦は二度とは通用しない。  
「私が指揮を執ります」  
 すっくと立ち上がったアゼレアが決然と言い放つ。  
「けどよ、アンタ艦隊戦の指揮なんか執ったことなんか・・・」  
 
 トリトフは青ざめた顔でアゼレアを見つめる。  
「戦場ではいつも万単位の兵士を指揮している私です。ここでシオンを死なせたくなかったら言うことを聞きなさい」  
 自信に満ち溢れたアゼレアの目を見て黙り込んだトリトフは、一流の軍略家として名を馳せるエルフの女王に全てを任せる決心をした。  
「分かった、船団の操船は俺に任せてくれ。指揮を頼む」  
 トリトフの返事にニッコリ笑ったアゼレアはブリッジ上にある指揮所に上がっていった。  
 
                                ※  
 
「距離800、間もなく射程距離に入るケロ」  
 先だっては卑怯な手段に掛かり一敗地にまみれたタムタムだったが、今回は必勝の信念に燃えていた。  
「敵は大きく三列に分かれて突っ込んでくるケロ」  
 部下の声に望遠鏡を見てみると、敵は縦に並べた船団を三列に分けて突っ込んでくるところであった。  
「敵は真ん中の船列を犠牲にして、外側の二列を逃がす積もりだケロ。しかし我々の狙いはスイート・ポイズン号ただ一隻。他の船に構わなくてもいいケロ」  
 タムタムは真ん中の船列の先頭にスイート・ポイズン号がいるのを見てほくそ笑んだ。  
 距離600で互いの指揮官は砲戦開始の指示を下した。  
 たちまち焙烙弾の雨に襲われた互いの先頭艦が、煙と水柱に包まれ見えなくなる。  
 強力な投石機を搭載している海賊ハネーシャの方が正確な射撃を行っているが、密度の濃さでは艦列を集中させたカエルフォースの方が3倍近いアドバンテージを誇っていた。  
 たちまち先頭の3隻に命中弾を与えて炎上させたスイート・ポイズン号だったが、遂に一発被弾して艫の辺りに火災が発生した。  
 手すきのスタリナもバケツリレーに加わり懸命の消火作業が行われる。  
 距離が500を切ると投石機の優劣がさほどの意味を持たなくなる。  
 いよいよ正確さを増した敵の焙烙弾がスイート・ポイズン号に集中して来た時、アゼレアの右手がゆっくりと挙げられ、そして後方へと倒された。  
 その合図を待っていた第二列の水夫達が全力で櫓を逆方向に漕ぎ始め、第一、三列を残して後退を開始した。  
 
「シオンの船が逃げるケロッ」  
 慌てたカエルフォースは全力で正面の敵を追い始め、その結果、前進を続けていた海賊ハネーシャの第一第三列の間にスルスルと割り込む格好になった。  
「しまったケロォォォッ」  
 タムタムが敵の罠にはまった事を知った時、勝敗は決していた。  
 第一第三による左右からの挟み撃ちに加えて、引き返して来た第二列に頭を押さえ込まれたカエルフォースは只の一艦も残さず壊滅した。  
「これが三方不敗の陣です。如何だったかしら」  
 指揮所のデッキで澄まし顔を見せるアゼレアに恐縮してみせるトリトフ以下の海賊達。  
 
                                ※  
 
 3日後の早朝、ヘルハンプールの港に到着したスイート・ポイズン号から下船する段になってアゼレアは船長室にシオンを訪ねた。  
「世話になったな。旅の安全を祈っている」  
「あなた達も、お幸せに」  
 アゼレアの言葉に目を合わせ幸せそうに微笑むシオンとアーマリン。  
 言葉少ない挨拶を終え、船を下りる一行に海賊達から別れの言葉が飛ぶ。  
「帰りも声を掛けてくんない。プリエスタまで直行便を用意しとかぁ」  
「ヘルハンプールの町には盗人が多いから気を付けなよ」  
 自分の事を棚に上げたような海賊達の挨拶にアゼレア達は苦笑いで応じる。  
 
                                ※  
 
「アーマリンさんが可哀想だよぉ」  
 歩き始めたスタリナがポツリと呟いた。  
「例え愛し合える時間が短くとも、当人同士が幸せならそれでいいのです」  
 そう応じるアゼレアにスタリナは不満そうな顔を向ける。  
「本当の愛にとって、長い短いは何の意味も持たないのです。例え短くとも、最後の最後まで、心変わることなく愛し合えれば・・・それは本当に幸せなことではないのでしょうか」  
 1000年以上の寿命を持つというエルフの女王は少々メランコリックになりながら、今一度振り返って港を出ていく海賊船を見送った。  
 シュラク海は今日も朝日に映えて凪いでいた。  
(『シーフタワー危機一髪』編につづく)  
 

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