ヘルハンプールの港町へ入ったアゼレア一行は取り敢えず朝食を取るため飲食店街を探した。  
「私が子供の頃に来てた時と、だいぶ様子が変わってるなぁ」  
 数年前、この国でモンコン大会が開催されていた少女時代に、幾度もこの地を訪れたことのあるラトが寂れた町並みを見回しながら呟く。  
 かつて港には外国からの荷が溢れ、いたる所が活気に満ちた喧噪に包まれていたこの町に以前の面影はなく、薄汚れた建物の間には無気力そうな表情をした浮浪者がたむろしていた。  
 浮浪者達はアゼレア一行に好奇の目を向けるが、あからさまな海賊船から下りてきた彼女らを警戒してか襲ってくる様子は無かった。  
「ルーチェさんのお友達とはどこで待ち合わせなのですか」  
 この町でルーチェを友人に引き合わせれば、すっかり親しくなった彼女ともお別れになる。  
「町はずれの教会なんですが、あちらの到着は明日、明後日頃になりそうです」  
 ルーチェは頭の中でカレンダーを確認しながら答える。  
「それじゃ、私たちもそれまで一緒に宿を取りましょう。こんな町にあなた一人置いてはいけそうにありません」  
 アゼレアは固辞するルーチェに乗りかかった船と納得させる。  
「となると、まずは腹ごしらえだね」  
 ようやく船酔いを気にしなくてよくなったスタリナが歓声を上げた。  
                                ※  
「あっちの通りに美味いヌードルスープ食べさせてくれる店があったんだけどな」  
 ラトの案内で向かいの通りに入った一行は、ならず者が3人掛かりで少年を蹴り回している現場に出くわした。  
 周囲には何人もの大人がいるのにも関わらず、誰も止めようとする者はいない。  
「お止めなさいっ」  
 見かねたアゼレアが厳しい口調でならず者達を制止する。  
「いっ、行こうぜ」  
 アゼレアの剣幕に恐れをなしたのか、3人は唾を吐きながらその場を離れて去っていった。  
 
「大丈夫ですか」  
 アゼレアは少年を助け起こしながら衣服に付いた泥を払い落としてやる。  
「このくらいへっちゃらさ。お姉ちゃん達、旅行者かい」  
 強がりを言った少年は澄んだ瞳をアゼレアに向けた。  
「そうよ。食事をする所と宿を探しているところです」  
「それならオイラがいい宿案内してあげるよ。食事は美味いし料金も格安だよ」  
 少年は何とか恩人の役に立とうと誠意のこもった表情で誘う。  
「それじゃ、お言葉に甘えようかしら」  
 折角の申し出を断って少年を落胆させたくないアゼレアはニッコリ笑って頷いた。  
「それじゃ荷物を持ってあげるよ。オイラ、リュウってんだ」  
「アゼレアよ」  
 アゼレアは両手でドレスの裾を引き上げながらペコリとお辞儀した。  
 
                                ※  
 
「リュウはなぜあんなひどい目に遭っていたのです」  
 アゼレアは先頭に立って歩くリュウに尋ねてみた。  
「あいつらクズさ。オイラみたいな戦災孤児を集めてヤバい仕事させといて、その上前はねやがるんだ」  
 リュウは吐き捨てるように答える。  
「オイラそんなのは嫌だって逆らったら・・・」  
「何者なのです」  
「町はずれのタワーを根城にしている盗賊の手下さ。通称シーフタワー。今まで何人か盗賊退治に出掛けていったけど、帰ってきた者は誰もいないって」  
 アゼレアは自分の眉間に縦皺が寄ってくるのを感じる。  
「そう言う輩が悪いお手本を見せるから、年少者が真っ当に生きるのがバカらしく思うようになるのです」  
 アゼレアが腹の中で怒りを沸々と煮えたぎらせ始めたころ、ようやく目的の宿に到着した。  
「アゼレア姉ちゃん、ここだよ。オイラ先にいい部屋取って荷物置いてきてやるから、食事でもしてなよ」  
 
 リュウは『フラワー』と書かれた真新しい扉を開くと一人で宿の中に入っていった。  
 やや遅れて歩いていたルーチェ達を待って、アゼレアも宿の扉を開ける。  
 薄暗い店内には活気が無く、しけた雰囲気が漂っていた。  
 一階のフロアはカウンターとテーブルの置かれた食堂になっており、どこにも帳場らしい物は見当たらなかった。  
 アゼレアは自分の趣味とは相容れない雰囲気に一瞬躊躇したが、リュウの折角の好意を無にするのも気が引けたので、カウンターの内側でグラスを磨いていた皮肉っぽそうな顔をした金髪男に声を掛けた。  
「朝食を、5人分お願い出来るかしら」  
 アゼレアは食事をしながらシーフタワーについて詳しく聞こうと、リュウの分も含めて朝食を注文をする。  
 人を小馬鹿にしたような表情を浮かべた男は手振りでアゼレア達にテーブルを薦める。  
「またおやりになるのですか」  
 やがて運ばれてきたスープに口を付けながらルーチェが上目使いにアゼレアを見る。  
「この町の退廃の元凶はそのタワーにあると見ました。リュウみたいな少年をこれ以上食い物にさせないためにも、放ってはおけないでしょう」  
 アゼレアは当然といった風に答える。  
「それでは食事を終えたら、タワーの様子を探りにいってみませんか」  
 いつになく積極的な意見を具申するルーチェ。  
「ひょっとして、キミも戦災孤児なわけ?」  
 自分だけ2人分の食事を準備させたラトが香ばしいトーストを頬張りながら意外そうに聞く。  
「そう言う訳じゃないですけど・・・それにしてもリュウさん、遅いですねぇ」  
 ルーチェは曖昧に言葉を濁しながら、巧みに話題をすり替える。  
「早く降りてこないと、あたしが全部食っちゃうぞ」  
 ラトが本当にリュウのために用意させた食事に手を付けかけた時、おもむろにカウンター内のマスターが口を開いた。  
「アンタ達ぃ、あの青い髪のガキと知り合いなわけ?」  
 マスターの思っても見なかったオカマ言葉に唖然となる一行。  
 
 しかし次にマスターの口から出た意外な言葉は一行を更に愕然とさせた。  
「あのガキなら入り口から入ってきて、直ぐにその裏口から外に出てったわよ」  
 マスターの指先が示す通用口を見つめながら、アゼレア一行はフリーズしていた。  
 
                                ※  
 
「どなたがお食事代払ってくれるのかしら?」  
 マスターの言葉に対し、再び無一文になったアゼレア達はうつむいて返事も出来ない。  
 自分の被保護者であるスタリナは勿論、出会った時には衣服さえ奪われていたルーチェにも持ち合わせがあるはずもなく、アゼレアは一縷の望みを持ってラトに目を向ける。  
「ダメダメッ。あたしにお金があったら、そもそも食いつなぐために道場破りなんかしていないし、キミ達なんかにくっついていないって」  
 1人で2食分平らげてしまったラトは慌てて手と首を同時に振る。  
「そうだっ、アゼレアさん。例の宝玉があるじゃない」  
 ラトはエルフの女王の証を思い出しアゼレアに詰め寄る。  
「駄目です、これを食事代の払いなんかに使える訳がないでしょう」  
 アゼレアは豊かな胸の谷間に挟み込んで隠し持っていたエメラルドを両手で庇う。  
「冗談だよ。肌身離さず持ってるとは、少しは進歩してたんだ。安心したよ」  
 面白くもないラトのジョークにアゼレアはキィキィ声で抗議する。  
「アンタ達の下らない漫才に付き合ってる暇なんて無いのよ。さぁどなたが払ってくださるのかしら」  
 マスターは相変わらずオカマ言葉でアゼレア達を冷たく問い詰める。  
「お金が無いのなら、体で払って貰おうかしら。まだ開店したばかりで丁度女の子の人手が足りなかったのよ」  
 降って湧いたような災難に一行はげんなりとする。  
「早速今晩から働いて頂戴。私はギャリン・・・よろしくね」  
 みんながガックリとうなだれる中、一人前の仕事を任されることになったスタリナだけがはしゃいでいた。  
 
                                ※  
 
 その日の日没後、フラワーのカウンターの外で所在なげに1人佇むアゼレアは自己嫌悪に陥っていた。  
 
 接客をさせれば慣れないハイヒールに足を取られ客の頭に食事を落とし、皿洗いをさせれば高く積み上げられた新品の皿を粉々にするアゼレアにとうとうギャリンは悲鳴を上げた。  
「お願いだから、あなたは何もしないで頂戴」  
 仕事を取り上げられたアゼレアとは対照的に、体にフィットした純白のワンピースに身を包んだラトとルーチェは客の間を颯爽と立ち回って次々とオーダーをこなしていく。  
 幼いスタリナさえカウンターの内側の厨房で、テキパキと皿洗いを済ませていく。  
「こんな細くて高い踵の靴がいけないんだわ」  
 敢えて動きを悪くさせるような珍妙な靴をデザインした職人を真剣に呪うアゼレアであった。  
 新しいスタッフのお陰で客の入りも上々のギャリンは満足げな表情でカウンターに座った客をあしらっていた。  
 その様子を見ていたアゼレアはギャリンが一定の法則を持って客と喋っていることに気が付いた。  
 ギャリンは客に対して型どおり何処から来たのか尋ね、それに見合った話題を振るのであるが、フェリアス方面から来た客にのみワインなどをサービスしながら熱心に話し込むのであった。  
「マスターはやけにフェリアスにご執心のようね」  
 カウンターの客が捌けるのを待って、アゼレアはギャリンに話し掛けてみた。  
「あっ・・・あらやだっ。フェリアスは風光明媚な避暑地っていうじゃない。お金が貯まったら、あたしあそこに別荘でも建てようって思ってるのよ」  
 見事な慌てっぷりでギャリンが答えるのを見て、アゼレアは探りを入れてみる。  
「けどフェリアスがエイクスと隣接してるのはご存じでしょう。いつドウムが攻め込んでくるか分かったものじゃないわ」  
 ドウムの名が出た瞬間、ギャリンの目が怪しく光るのをアゼレアは見逃さなかった。  
「ドウムってそんなに怖いのかしら。そう言えばドウムの兵隊がフェリアスの森林地帯で目撃されたって話、聞いたことあるけど・・・」  
 話がいよいよ核心に迫ってきたとアゼレアが思った時、1人の客がカウンターにやって来て、話は途切れてしまった。  
 
 その汚らしい客は抜群のスタイルを誇るアゼレアのミニスカワンピース姿をジロジロ眺め回して口を開いた。  
「ねえちゃん、なんぼや?」  
 
                                ※  
 
「ルーチェさん、歌でも歌ってみれば」  
 あわや乱闘になりかけた店内の雰囲気を盛り上げるためにラトが提案した。  
「そっ、そうね」  
 ルーチェはカウンターに突っ伏してしゃくり上げているアゼレアのそばを離れると、店の装飾品である手琴を手に取り歌い始めた。  
 朗々と流れ始めた美しい歌声と旋律に店内の客は聞き惚れてしまい、喧噪は静まりかえる。  
 詩人ルーチェの歌声は売春婦と間違えられ、ささくれ立っていたアゼレアの心にも安らぎを与えていった。  
 しかしどんな真心のこもった歌声も、最初から聞く耳を持たない人種のハートには届かないというものであった。  
「止めろ、止めろぉ。辛気くさい歌なんか止めちまえ」  
 いかにもならず者と言った風体の男5,6人が立ち上がり折角の歌声を台無しにしてしまった。  
「何事なのよっ、私のお店で乱暴はよしてっ」  
 血相を変えたギャリンが慌てて男達を制止にかかる。  
「うるせぇ、このオカマ野郎。引っ込んでろぃ」  
 大男の一喝に情けなくカウンター内に逃げ帰るギャリンに代わってアゼレアが進み出る。  
「あなた達、いい加減にしなさい。みなルーチェさんの歌を楽しんでいるのです。気に入らないのならあなた達が外に出なさい」  
「なんだぁ、この売女は?」  
「外に出したら勿体ない、中に出してやるぜ」  
 挑発的な服装のアゼレアを見て下品にからかうならず者達。  
「静かにしろ・・・」  
 男達の背後から呟きにも似た乾いた声が上がった瞬間、ならず者達は雷に打たれたようにしんと静まりかえった。  
 
 ならず者達が左右に開くと、椅子に座ってグラスを傾けている黒ずくめの男が現れた。  
 くせの強い金髪は背中まで届き、細面な顔の作りは美男子と言って差し支えなく、男の美を追究するギャリンも思わずドキリとする。  
 しかし半分眠ったような空虚な双眸と皮肉っぽく歪められた薄い唇のせいで陰鬱な黒騎士のイメージを拭い去れない。  
「ギャプ様・・・申し訳ありません」  
 手下にギャプと呼ばれた金髪の黒騎士は手振りで男共を下げさせる。  
「折角の歌を・・・悪いな」  
 ギャプはグラスをテーブルに置くとゆっくりと立ち上がった。  
 ギャプの体から流れてくる冷たい妖気にアゼレアはめまいを起こしかける。  
「ところでアンタ、スイート・ポイズン号から降りてきたそうだが・・・トリトフの奴は元気だったかい」  
 ギャプは全く表情を動かさずに喋るため、言葉の真意が見えない。  
「トリトフのお友達でしたか。彼なら元気・・・」  
 言葉を最後まで終える前に胸に強烈な衝撃を受けたアゼレアは後方に吹っ飛んでいた。  
 息が出来なくなり、苦しさに喘ぎまくるアゼレア。  
 胸の谷間に挟んでおいた女王の宝玉が無ければ、アゼレアの体は抜く手も見せず繰り出されたギャプの必殺剣に貫かれて死んでいたところだった。  
 その事実に気付いたアゼレアは心の底から恐怖した。  
 アゼレアの刺殺に失敗したというのに、ギャプは憤りも悪びれもせずに、全く無表情のまま剣を鞘に収める。  
「な・・・なにを・・・」  
 ようやく声を出せるようになったアゼレアは喘ぎながらしゃがれ声を絞り出す。  
「トリトフの奴には借りがあってな。奴も奴の仲間も皆死んで貰うことにしている」  
 ギャプは改めてアゼレアに正対し、剣を左の腰に持ってくる。  
「大事な仲間を殺されたトリトフの悲しむ顔が目に浮かぶよ・・・」  
 薄ら笑いすら浮かべてギャプがアゼレアに近付いてくる。  
「アゼレアさんっ。このぉっ」  
 友人の危機に、ラトはステーキ用のナイフを拾ってギャプ目掛けて投げつけた。  
 
 ギャプは側面から飛んできたナイフを抜き打ちざまに弾き返す。  
 視線も向けずに行われた目にも止まらぬ早業に、ラトは相手の並々ならぬ力量を知る。  
 剣を鞘に戻したギャプは冷笑を保ったまま前進を再開した。  
「どうかしてるわ」  
 今度突かれたら、アゼレアにはギャプの切っ先を避ける自信は全く無かった。  
 震える足で後ずさるアゼレア。  
 その足がカウンターに遮られて止まる。  
 ギャプの目に狂気を帯びた光が宿り、唇の両端が大きく吊り上がる。  
 アゼレアが死を覚悟して目を瞑った時、ギャプは背後のドアが開かれるのを感じて動きを止めた。  
 ゆっくりと振り返ったギャプは店内に入ってくる3名の男女の姿を視野に捉えた。  
 マントを羽織った若者を中心に、左にクレリックの装束を着た少女、右に黒いベレー帽を被った年長の若者を配した一団はドアの前に立ち、店内の様子を眺め回すように首を巡らせた。  
「三勇者だ・・・大魔王ジャネスを倒した三勇者だ・・・」  
 客の誰かが呟く声がした。  
 
「三勇者・・・」  
 その名前だけはアゼレアも知っていた。  
 魔導世紀996年、闇エルフ軍による独立戦争が開始されたのと同じ年、大魔王討伐のためネウガード深く侵攻した彼らは味方に多大な犠牲を出しながらも、最後には見事ジャネスを屠ったという。  
 この世界における勇者とは大魔王ジャネスや魔将軍に直接戦いを挑んだ者のことを指すが、その条件の厳しさから多くの場合は故人を讃えるための称号となっている。  
 今、この世に生きてその称号を与えられた者は10人といない。  
 この世で一番新しい勇者、生きたまま伝説となった3人の若者を前に、フラワーの店内は水を打ったように静まりかえった。  
「とんだ邪魔が入ったな。今日のところは帰るとしよう」  
 ギャプは三勇者を前に強がるでも無し臆するでも無し、ただやる気が失せたように腰だめしていた剣を下ろすと、ゆっくり店から出ていった。  
「どけ、どけっ。見せモンじゃねぇぞっ」  
 ギャプの手下達は必死で虚勢を張りながらボスの後に続くが、まともに三勇者の顔を見られる者は1人もいなかった。  
「ありがとう。危ないところでした」  
 三勇者の登場により、命を救われた形となったアゼレアはきちんとお辞儀する。  
 完全には事情が飲み込めない三勇者は説明を求めるように美しいエルフに向き直る。  
 経緯を話すため口を開き掛けたアゼレアの傍らをルーチェが走り抜け、ベレー帽の若者に飛び掛かった。  
「クリスゥッ」  
 ルーチェは男の首にしがみつくと、その頬に何度も接吻を繰り返して頬ずりする。  
「ルッ、ルーチェ・・・なんだってそんな格好を。それよりどうしてこんな所にいるんだ」  
 場所をわきまえずに演じられた媚態に衆目は唖然とするばかり。  
「ルーチェさんの待ち人ってもしかして・・・」  
 勘を働かせたスタリナが問い掛ける。  
「そうよ。ヘルハンプール解放のためこの地を訪れた三勇者様よ」  
 ルーチェはクリスにお姫様だっこされたまま自慢げに微笑んだ。  
「エヘンッ、エヘンッ。ところでルーチェ、タワーの下調べは終わったの」  
 クレリックの美少女が咳払いして会話に割り込み、ルーチェは恐縮したように俯く。  
 
「それがランジェ、ここへ向かう途中バウラス・ヌイの奴隷商人に騙されたり色々あって・・・この町には今朝早く付いたところなのよ。危ないところを何度もこのアゼレア様に助けていただいたの」  
 流石に三勇者も音に聞こえたエルフの女王の名は知っていたと見えて帽子を取って頭を下げる。  
「義軍イプシロイヤのシフォンです。仲間の危難を救って下さってありがとうございます」  
 アゼレアはマントを外して礼を述べる勇者の体が意外に貧弱なことに気付く。  
「それではおあいこ様ということにしましょうか」  
 アゼレアの気さくな申し出により互いの緊張感がようやく解れた。  
 店内の張りつめた空気が霧散するのを待って、ラトは裏口からこっそりと店外へ出る。  
「奴等の後を追っかけて、ねぐらを突き止めとかなくちゃ」  
 今後ギャプ達に奇襲攻撃を掛けるにしても、余りにも情報が少ない状況では作戦の立てようもない。  
 裏路地へと走り出たラトは正面からいきなり襲い掛かってきた殺気を全身で感じた。  
「待ち伏せっ?」  
                                ※  
 考えるよりも早く、研ぎ澄まされた反射神経をフル回転させたラトの体はスエーバックに入っていた。  
 殺気が通り過ぎた直後、風のような速度で飛んできた何かがラトの鼻先を掠めていく。  
 卓越した動体視力により、それが自分に向かって放たれた跳び蹴りであると看破したラトは素早くサイドステップして敵の間合いから離脱した。  
 肩のはだけた緩い意匠のワンピースを着た少女が街灯の明かりの下に着地してラトの方を振り返る。  
 少女は自分の跳び蹴りに絶対の自信を持っていたのか、意外そうな顔をしてラトを見つめていたが、フッと笑みを漏らすと拳を腰の左右に置き、広いスタンスで両足を踏ん張る。  
「ラコルム流派か。なるほど、マリルさんの件での意趣返しかな」  
 少女の正体をラコルム武術界が送り込んできた刺客と判断したラトは両拳をこめかみの高さまで引き上げ、両脇を大きく開いたメイマイ式のファイティングポーズを取る。  
 先に攻撃を仕掛けたのはラコルム少女の方であった。  
 電光石火の飛び込みで一気にラトの懐に飛び込んだ少女は右の正拳突きを繰り出すが、ラトはセオリー通りに左へサイドステップして伸びてきた拳の外側へ逃れる。  
 
 その動きを読んでいたかのように、少女の左の掌底打ちが横殴りにラトの右頬に襲い掛かる。  
 ラトがダッキングで掌底打ちをかわすと、勢い余ったビンタは軌道上にあったレンガ造りの塀を積木のように掻き崩してしまった。  
 少女の華奢な体に秘められた強烈な破壊力にラトも一瞬慄然とする。  
「凄いね。でも、まず当てることを考えなくっちゃ」  
 ラトは体勢を大きく崩した少女の左の太もも目掛けて重いローキックを放った。  
 すると驚いたことに少女は左の膝を外側に開くと、傾斜させた下腿でラトの脛を受け止めてしまった。  
 少女は左足を地面に降ろした反動を使って再び宙に跳ね上げると、ラトの肝臓目掛けてレバーキックを放つ。  
「これってメイマイスタイルそのままじゃん」  
 ラトは驚きながらも右脛で少女のミドルキックをカットし、直ぐさま敵の動きをそのまま再現するように逆襲のミドルキックを脇腹に叩き込む。  
 重い手応えがあり、少女の体が大きくよろめく。  
 自身も体勢を崩しながら、ムチムチの太ももで何とかバランスを保ちきったラトは軸足を素早く入れ替えると、すかさず追い打ちの左ミドルを繰り出す。  
「勝った」  
 自分の左脛が少女の肝臓を破裂させるイメージを脳裏に描いたラトは勝利を確信した。  
 しかし大きくバランスを崩していたはずの少女は常識外れの運動神経で後方へバック宙返りを見せた。  
 まさに雌豹を思わせるしなやかさと俊敏さであった。  
「あんた、ひょっとして猫年の生まれ?」  
 ラコルム武術の使い手かと思えば、ラトのお株を奪うようなメイマイ式のカウンターコンビネーション、そして今度はペトゥンの野獣格闘法を思わせる動きを見せる謎の少女。  
 両者は再び大きく間合いを外れて対峙した。  
 
                                ※  
 
「そう言う訳で私がヘルハンプールへ来た目的は三勇者に先行して敵の本拠であるシーフタワーを偵察し、出来るだけ多くの情報を入手しておく事だったのです」  
 ルーチェはアゼレアに詫びながら、旅の本当の目的を告白する。  
「マハラージャの手下にしつこく乞われて・・・断り切れずにバウラス・ヌイなんかに立ち寄ったのが間違いでしたが、お陰でアゼレア様ともこうしてお知り合いになれました」  
 
 ルーチェは本当なら人間とは距離を取って暮らすウッドエルフの女王と既知を得た幸運に感謝する。  
「でも、どうしましょう。タワーの偵察は改めて行った方がいいかしら」  
 ルーチェが任務続行の必要性についてリーダーのシフォンに確認する。  
「いいよ、この町にはボクの幼なじみが住んでいるんだよ。もう彼女に協力して貰う話しは出来てるんだ」  
 シフォンはルーチェの無事を喜んでやりこそすれ、決して責めたりはしなかった。  
「いつか話したエリシオンさんの娘のエルティナ。彼女ならシーフタワーの案内役にはうってつけさ。実は彼女と一緒にキミとの待ち合わせの教会に向かってるところだったんだ」  
「その途中、この店での騒ぎを聞きつけて、仲裁のため顔を出したって訳よ」  
 ランジェがリーダーの後を引き継いで説明する。  
「拳法使いの彼女にはこのお店の通用口を固めて貰って、こっそり裏から逃げるネズミがいたら生け捕りするようお願いしてたの」  
 仲間の言葉に一安心したルーチェはスタリナに対して向き直り、改めてお詫びの言葉を口にする。  
「ごめんねスタリナちゃん。ホントのこと黙ってて」  
「気にしてないからいいよ。けどルーチェはそれで今朝あんなにシーフタワーのこと気にしてたんだね。ラトったら早とちりしてルーチェさんを戦災孤児だなんて」  
 スタリナの言葉に笑みを漏らしたアゼレアだったが、その時になってようやくラトの姿が見えないことに気付いた。  
「ああ。ラトちゃんなら、奴等の後をつけるって。さっき裏口から出てったわよ」  
 マスターのギャリンがタバコに火を付けながら見たままを説明する。  
「それって拙いんじゃ・・・」  
 
                                ※  
 
 三勇者とアゼレア一行に強引に分けられた時、ラトもエルティナも互いに決め手を失い、いよいよ双方の必殺技による勝負を決意していたところであった。  
「キミ、強いね。まるで雌豹を相手にしてるようだったよ」  
「あなたがあのラト・リンネイだったなんて。チャンプだと気付いてたら逃げていたわ」  
 取り敢えず、戦う必要のなくなった2人の拳法使いは互いの健闘を称え合った。  
「全く、とんでも無い娘たちね。崩れたレンガ塀もきちんと弁償して貰うから」  
 ギャリンは呆れたように2人を見比べながら苦言を吐く。  
 
「ところでマスター、さっきのお話の続きですが」  
 アゼレアは気になっていたフェリアスの話しを再開する。  
「あぁ、ドウムのお話ね。何でもフェリアス南部の森林地帯で、お山一つが一晩のうちに丸々禿げ山になっちゃう事件があったんだって」  
 ギャリンがひそひそ声でささやく。  
「現場の近くに奇妙な建物があるだとか、事件の前日に変なマスク被った連中がうろついてたって噂だけど。どう考えても、あれは間違いなくドウムの新兵器実験の結果ね」  
 遂に掴んだドウムの新兵器に関する情報は、森の緑を何よりも大事に思うアゼレアにとって余りに残酷なものであった。  
「森なんか枯らしたりして、どうするつもりなのかしらね。ドウムは空気も科学とやらで作っちゃう気なのかしら」  
 黙り込んだアゼレアは下唇を噛みしめて、胸の潰れるような思いに必死で耐える。  
「一刻も早くフェリアスに向かい、ドウムの野望を叩かなくては」  
 
                                ※  
 
 同じ頃、シーフタワーへと帰還したギャプは最上階の50階に首領を訪ねていた。  
「仇の仲間を見逃すなんて、お前らしくもないね。折角リュウが情報をくれたのに」  
 艶やかな褐色の肌と銀髪が印象的なヴァングル盗賊団の女ボス、キュネが皮肉っぽく笑う。  
「キュネ様の言う通り、あんな正義面した偽善者はぶっ殺してやればいいんだっ」  
 盗品の献上のため、先にボスの元を訪れていたリュウが憎々しげに吐き捨てた。  
「見逃した訳じゃない、楽しみを後に回しただけさ」  
 この国を仕切っていたヴァングル盗賊団を丸々乗っ取ってまだ日の浅いキュネだったが、孤高の剣士であるこの男の口の利き方を改めさせるのは既に諦めていた。  
「それより面白いお客が舞い込んできた。ジャネスを殺して、俺達が世に出る機会を与えて下さった恩人だ」  
「そいつは確かに面白いね。今度は三勇者がアタイらを退治しにやって来たって訳か」  
 有名な三勇者を倒したとなるとヴァングル盗賊団の名は否が応でも高まり、更に近隣に対して睨みが利くようになる。  
「その上、奴等がエスコートするのはエルフの女王様と来たもんだ」  
 アゼレアの存在を知ったキュネの目が妖しく光る。  
「何ぃ、あの世間知らずの女王様がかい?」  
 キュネはしばらくの間何か考え事をしていたが、やがて顔を上げるとギャプに命じた。  
「雌エルフをかっさらって来るよう、前君主様に骨折って貰いな」  
 
                                ※  
 
 今夜は取り敢えずフラワーの2階に宿を取ることになったアゼレア一行と三勇者はそれぞれ寝室へ入っていった。  
 三勇者の一行の部屋割りは、1号室にシフォンとクリス、2号室にランジェ、そして3号室にルーチェとエルティナとなっていた。  
 しかしながらクリスとエルティナがこっそりと部屋を入れ替わったのは、それこそ当然の成り行きといえた。  
 全裸になったエルティナは自分の額をシフォンの額にくっつけながら上目遣いに微笑む。  
「こんな事するの、納屋の中でやったお医者さんごっこ以来だね。シフォン、覚えてる?」  
 シフォンは照れ臭そうに笑うとエルティナをベッドに押し倒して両足を開かせる。  
「エリシオンさんに見つかりはしないか、ビクビクしながらキミのを見せてもらったっけ」  
 シフォンは剥き出しになったエルティナの縦筋を指先でなぞりながら、幼い日の禁じられた遊びに思いを馳せる。  
「もうっ、シフォンたらエッチだったんだからぁ。まさかシフォンが勇者様になっちゃうなんて想像もしなかったわ」  
 エルティナの発した勇者という言葉に一瞬ビクリとしたシフォン。  
「ボクだっていつまでも子供じゃないさ」  
 シフォンは自嘲的な笑いを悟られまいとするように、美しく成長した幼なじみの股間に顔を埋める。  
「あぁっ、シフォン・・・そこっ・・・」  
 エルティナは背筋に電流が走ったように仰け反り、シフォンの頭に爪を立てる。  
「シッ、シフォン・・・あなたのも・・・早くぅっ」  
 エルティナは体を前後に、そして上下にも180度回転させると、シフォンの上に覆い被さって愛しい人の分身を口に含んだ。  
「あぁっ、エルティナ・・・どっ、どこでこんな」  
「あたしだって、いつまでも子供じゃないわ」  
 シフォンの分身はエルティナの舌に転がされながら口一杯に膨張してくる。  
 やがて久し振りに再開した恋人達は身も心も一つになった。  
 
                                ※  
 
 一方の3号室でも2人の愛は燃え上がっていた。  
「畜生っ、マハラージャの奴がキミの美しい体を見て何もしない訳が無いじゃないか」  
 大事なルーチェが奴隷商人風情に自由にされたと思うと、プライドの高いクリスには我慢出来なかった。  
 
「ハァッ、ハァッ、ハァァァーッ、クリスッ・・・こんなっ・・・激し過ぎっ・・・」  
 嫉妬に燃え狂ったクリスはいつもの淡白さは何処へやら、高速ピストンでルーチェの体内を抉りまくる。  
「こっ・・・壊れちゃうぅぅ〜っ」  
 クリスの肉棒が引く度に、大きく張り出した亀頭が膣道を掻きむしり、ルーチェは目から火花が散るような快感に溺れていく。  
「こうもされたんだろっ」  
 クリスはルーチェの体を四つん這いにさせると背後から挿入し、荒々しく腰を突き立てて責め立てる。  
「いやぁっ・・・こんなぁ。あンッ、いいっ・・・これ、いいわっ」  
 日頃の物足りなさを帳消しにするようなクリスの責めに、ルーチェは自ら尻を振り乱して乱れまくる。  
「あぁっ・・・クリス。イクッ・・・私イクわっ・・・イクッ、イクゥゥゥーッ」  
 お漏らししたように結合部から汁を吹き上げたルーチェは、大声を上げながら失神した。  
 
                                ※  
 
「ここは淫売宿じゃないのよ・・・いい加減にしてよぉっ」  
 2号室で1人ベッドに入っていたランジェは両隣から筒抜けに漏れてくる2組の恋人達の嬌声にまんじりとも出来ないでいた。  
 神に仕える身として、自らを慰める事も許されていないランジェは頭まで布団を被り、無視を決め込もうとする。  
 しかし心は閉ざせても自分の若く健康な肉体までは欺ける筈もなく、金色の飾毛に覆われたクレバスは自然と潤みを帯びてくる。  
 やがて泉の奥から溢れ出した体液がむっちりした太股まで濡らし始めた時、ランジェの忍耐に限界が訪れた。  
 ランジェはシフォンとクリスに2人掛かりで輪姦される妄想に浸りつつ、自分の中指を深々と秘裂に沈めていった。  
 妄想の中のシフォンは無理矢理上に跨らせたランジェを下から激しく突き上げる。  
「あンッ・・・あぁんっ。やめて、シフォン・・・駄目よ。私たちはチームメイトなのよ・・・あぁっ。嫌っ、もう許して」  
 固く目を閉じたランジェは右手の中指を蜜壷に激しく突き入れながら、腰を淫らにくねらせる。  
 続いて左手を後ろに回したランジェは、愛液をまぶした中指で菊座を刺激する。  
 
「なっ・・・何をするのクリス。お願い、やめてっ。そこは嫌ぁぁぁっ・・・」  
 妄想のクリスがランジェのアヌスを貫くのと同時に、彼女は中指を深々と埋没させる。  
「ちょっ、腸が痺れるぅぅっ。くはぁぁぁ〜っ」  
 妄想のチームメイトに同時に注ぎ込まれたランジェは白目を剥きながら体を激しく痙攣させて果てる。  
 
                                ※  
 
「最低だわ・・・」  
 己の愛液にヌラヌラ光る指先を見つめながらランジェは自己嫌悪に浸っていた。  
「2人が悪いのよ」  
 両隣から聞こえてくる艶めかしい嬌声は収まるどころか、ますます激しさを増してくる。  
 ランジェは新たな欲望が湧き上がってくるのを押さえつつ寝室を飛び出した。  
 一階のレストランへ降りたランジェは、まだカウンター席に1人座って考え事をしていたアゼレアと目が合う。  
 全てを見透かすような緑色の目に見据えられたランジェは逃げるように裏口から屋外に出ると、小走りで郊外の教会を目指した。  
 1人残されたアゼレアは黙り込んだまま迷っていた。  
 三勇者と共にシーフタワーを攻略した後、彼らにドウム研究所攻撃の協力を依頼するか。  
 タワーは彼らに任せて一刻も早くフェリアスの地を目指すとしても、スタリナ達まで危険に晒していいものか。  
 またフェリアスのトリック・ブルーは自国の領内に侵入したドウムを駆逐するために、果たして協力してくれるであろうか。  
 謎に包まれたドウムの実力が未知数な今、相談する者とて持たぬアゼレアは決断をしかねていた。  
「何て面してんだい」  
 不意に背後から掛けられた声に振り返るアゼレア。  
 そこにはテーブル席に座ってグラスを傾けている1人の男が端正な横顔を見せていた。  
「そんなんじゃ折角の美人が台無しだぜ」  
 そう言って正面を向いた男がニッコリ笑うと、左頬にある大きな刀傷が醜く歪んだ。  
 
「あなたは・・・いつの間に」  
 気付かぬうちに背後を取られていた事に狼狽えるアゼレア。  
「あんなに思い詰めてちゃ、雷が落ちたって気が付かないよ」  
 スカーフェイスの男は椅子から立ち上がると恭しくお辞儀してみせた。  
「ヴァングル盗賊団の元首領、マンビーだ。そっち行っていいか?」  
 許可を得るのも待たず、カウンターに近づいたマンビーは厚かましくもアゼレアの隣の席に座る。  
「あんたらシーフタワーを攻撃するんだろ。おっと隠したってもう分かってるんだ」  
 マンビーは口を開きかけたアゼレアを手で制しながら笑った。  
「あなたから殺してさし上げましょうか」  
 アゼレアは相手が盗賊団の関係者と知って鋭い視線で射抜く。  
「アンタに睨み付けられるとゾクゾクしていけねえや。俺は元首領って言ったろ」  
「どうせ公職を追われた今でも、自営で盗賊をやっているのでしょう」  
「自分で言うのも何だけど。俺がこの町を仕切ってた頃は、それなりに上手いこと行ってたんだ。それが北方から流れてきた魔女に占拠されてからは、見た通りさ」  
 微笑みを消したマンビーは忌々しそうにアゼレアのグラスをあおった。  
「俺は大事な金蔓である住民を守ろうとしたんだが、魔女の奴とんでも無い呪術を使いやがって・・・この通りさね」  
 マンビーは左頬の傷をさすりながらカウンターにグラスを置く。  
「それはゴロツキが縄張り争いに敗れただけの事じゃないのですか」  
 アゼレアはいい気味だと言わんばかりに蔑んだ目でマンビーに一瞥をくれる。  
「そう言われたんじゃ身も蓋もないが・・・可愛い子分共を魔女の奴隷にされた俺の気持ちも分かってくれ。俺は何とかして奴等を解放してあげたいんだ」  
 真っ正面からアゼレアを見つめるマンビーの目には涙が滲んでいた。  
「頼む、タワーのことなら俺が案内するから・・・魔女退治に手を貸してくれ。子分さえ取り返したら俺達はこの町から出て行ってもいい」  
「部下を・・・全員奪われたのですか?」  
 アゼレアは涙を流して拝み込むマンビーを半信半疑で見つめる。  
「俺とナンバー2だったトリック・ブルーを残して全員が呪いを掛けられちまった。魔女に逆らえば、たちどころに生き腐れさせられちまうんだ」  
 
「トリック・ブルーですって。あなたトリック・ブルーのお友達なんですか」  
 マンビーの口から出た意外な名前に驚くアゼレア。  
「ああ、奴は一番の部下でもあり、無二の親友だった。今はフェリアスで力を蓄えつつ魔女への復讐の準備中だがな」  
 アゼレアは黙り込み、頭脳を高速で回転させる。  
「分かりました。魔女を倒して手下共を解放するお手伝いはしましょう。その代わりその後は直ぐさまこの国を出ていくのです」  
「助けてくれるのか。ありがとう、ありがとう」  
 マンビーは両手でアゼレアの手を握りしめると深々と頭を下げた。  
「私の連れに気付かれると邪魔が入ります。裏口からこっそり出てください」  
 アゼレアは無表情を保ったまま、汚らわしそうにマンビーの手を振り解いた。  
                                ※  
 その頃、教会へと向かっていたランジェは戒律を破ってしまったことを後悔していた。  
「私のせいじゃないわ。けど牧師様に懺悔してお許しを請わなければ」  
 牧師に対してオナニー報告するなんて死ぬほど恥ずかしいが、もっと恥ずべき行為を行ったのは自分なのである。  
 自虐的な事を考えていると再び股間に熱いものがこみ上げてきてしまい、ランジェは歩けなくなってしまう。  
 休憩のために街灯の土台に座り込んだランジェの耳に、ただならぬ物音が飛び込んできた。  
「このガキャーッ。戦災孤児のくせして」  
 見れば通りの向こうで数人のならず者が1人の少年を蹴り上げているところであった。  
「おやめなさいっ」  
 ランジェが上げた制止の叫び声に、思わずニヤリとした少年は勿論リュウであった。  
「いつもの通り適当に切り上げろよ」  
 リュウは実は手下のならず者達に命令すると地面に倒れ込んだ。  
 被害者を装って敵の目を欺くリュウの十八番であり、彼はこの手に引っ掛かる偽善者達のことを嫌っていた。  
 
「オイラが本当に困っていた時、お前らが一体何をしてくれたんだ」  
 拳法で鍛えた体に手下の蹴りを受けながらリュウは怒りに燃えていた。  
 リュウの体にいきなり何かが覆い被さり、甘酸っぱい匂いに包まれたのはその時であった。  
 体を張ってリュウを庇ったランジェの背中にならず者達の靴がめり込み、骨の軋む音が数度リュウにも伝わった。  
「ケッ、二度と逆らうんじゃねぇぞ」  
 ならず者達は与えられた役割を果たすと、お決まりの台詞を残して立ち去った。  
「お姉ちゃん重くてゴメンね。大丈夫だった?」  
 ランジェは弱々しく笑いながらリュウの上から離れる。  
 いつもと違う展開にリュウは戸惑いの表情を見せて狼狽える。  
「ここ、腫れてるわ。ちょっと待ってて」  
 ランジェは左手をリュウの肩口に当てると右手で印を切りながら呪文を唱え始めた。  
 体中からみるみる痛みの消えていく奇跡の技を目の当たりにし、リュウの頭は訳の分からない感情で一杯になった。  
「はいっ、もう大丈夫よ。どうしてあんな奴等に絡まれてたの?」  
 リュウと目線を合わせるようにしゃがみ込んだランジェはニッコリ微笑む。  
「うるさいっ」  
 思いっきりランジェを突き飛ばしたリュウはいきなり駆けだした。  
「畜生っ、畜生っ」  
 思考回路に混乱をきたしたリュウは意味もなく罵り声を上げる。  
 心の底から湧き上がってきた感情に、遠い日の記憶を蘇らせたリュウの目から涙がこぼれ落ちた。  
 
                                ※  
 
「大変な事になった。このままじゃ日没と共にアゼレアさんが処刑されちゃう」  
 翌朝、マンビーの置き手紙により、アゼレアが敵の手に落ちた事を知ったシフォンは直ちにシーフタワー攻略に出発することを決意した。  
「わざわざこんな置き手紙していくようじゃあ、罠を張って待っていると見た方がいいね」  
 ラトも勇者チームに同行してアゼレア救出に向かうべく身支度を始める。  
 
「マスター。スタリナのこと頼むよ」  
「任せといて。お掃除とか、やって貰うこと一杯あるんだから。扱き使ってあげる」  
 ギャリンはスタリナの両肩に手を置いてラトに頷く。  
 自分の存在が仲間の足を引っ張る原因になりかねない事を知っているスタリナは聞き分けよく留守番を引き受けた。  
「早く帰ってきてよぉ」  
 心配顔を隠せないスタリナに対し、ラトはただ笑って手を振った。  
                                ※  
「半月前に比べて、かなり改築されているわ。ゴメン、余り役には立てそうにもないわ」  
 草むらに隠れながら、シーフタワー近くまで三勇者達を先導してきたエルティナは残念そうに囁く。  
 この土地に生家を持つエルティナにとって、盗賊共の巣になる前のシーフタワーは遊び場であり、拳法の修行場であった。  
 元は何かの研究施設であったと噂される50階の巨塔を見上げるシフォン。  
「考えていても仕方がない。行こう」  
 連絡員としてその場にルーチェを残し、三勇者とエルティナ、そしてラトの5人はタワーに向かって走り出した。  
「クリス。みんな気を付けて」  
 三勇者に事あらば、カムリアの冒険者ギルドへ報告しなければならないルーチェは、連絡員が持つ役割の重要性を良く理解していた。  
 
                                ※  
 
 鍵の掛かっていない入り口からタワー1階へ入り込んだ一行は、背後で自動的に閉じられたドアを無視してフロアの中央まで進んでいく。  
 暗闇に目が慣れるにつれ、高い天井を持つタワーの1階は中心に伸びた太い主柱を除いて完全に遮蔽物を持たない事が分かってきた。  
「いるね、いるね。害虫共が一杯」  
 異常に夜目の発達したクリスに言われるまでもなく、漆黒の闇に息を殺して潜んでいる複数の波動は全員に伝わっている。  
 前へ出ようとしたエルティナをラトが手で制する。  
「キミにそんな楽はさせないよ。ここは怪我人のあたしが引き受けるから」  
 ラトは骨折している脇腹を大げさにさすりながらフロアの奥にある階段を指さした。  
 
「それじゃ・・・ラトさん頼むっ」  
 先を急ぐシフォンは唯一の出入り口がある1階フロアの制圧をラトに任せて階段へと走った。  
 ラトは床に落ちていたこぶし大の石片を掴むと、黒いカーテンに覆われた窓に向かって投げつけた。  
 ガラスの割れる激しい音と共に眩しい日の光が差し込み、50人程の黒ずくめの男達が姿を現した。  
 手に手にナイフを持った男達は素早く移動し、ラトをぐるりと何重にも取り囲む。  
「うわぁ〜、懐かしいな。100人スパーリングを思い出すよ」  
 あくまで余裕の笑みを絶やさないラトに対し、鶏のような気合いを上げた3人の男が同時に飛び掛かる。  
 ラトはピンと立てた右爪先を軸にして胴ごと左足を振り回し、急降下してきた3人を一蹴りで迎撃する。  
「たったの3人で掛かってくるなんて、キミたち勇気あるね」  
 ラトはギャアギャア喚いて床を転がる男の脇腹にとどめの一撃を加えながら笑った。  
 
                                ※  
 
 2階、3階と何事もなく駆け上がったシフォンたち。  
「そろそろ何か出てきそうな感じだけど」  
 しかし8階、9階と何事もなく進むうち、積み重なっていく疲労感に反比例するように自然と警戒心が薄れてくる。  
 それを計算していたかのように10階へ通じる階段の中腹まで上がった時、上のフロアから一抱えもある岩石が転がり落ちてきた。  
 この広くもない階段では彼らに逃げ場はない。  
 一瞬の判断で階段を駆け上がったエルティナは、転がり始めでまだ加速の乗っていない岩石を身をもって受け止めた。  
 巨岩の重みに全身真っ赤になって踏ん張るエルティナ。  
「フゥンンンーッ」  
 全身の力を腰に込めたエルティナは岩石を持ち上げるとエビぞりになりながら後方に投げ捨てた。  
 
「ありがとう、危なかったよ。緊張感を持っていこう」  
 シフォンはエルティナの肩に手を置いて溜息をつく。  
 
                                ※  
 
 順調に一階一階駆け上がっていった勇者たちはようやく20階へ辿り着いた。  
 この間、散発的な敵の襲撃を何回か受けたが、戦意に乏しい敵は数度切り結んだだけで、直ぐに隠し扉の中に逃げ込んでしまう。  
「さっきからウロチョロしている連中は同じ顔ぶれだぞ」  
「入れ替わり立ち替わり現れて、私たちに少ない人数を悟られないようにしているのね」  
 敵の意図を見抜いた勇者たちは以後、雑兵を相手にしないことにする。  
 慎重に上がった21階は総石造りのフロアで、四方を囲む壁は切り出した岩がそのまま剥き出しになっていた。  
 仕掛けを気にしたクリスはコツコツとあちこちを叩いて回るうちに、岩肌の表面が微妙に焦げていることに気が付いた。  
「みんな走れっ」  
 クリスが叫ぶと同時に天井一面に開いた穴から刺激臭のする液体が降り注いできた。  
 次の階段まで走り抜けようとした勇者たちの足がぬめる液体に取られて滑る。  
 しかしこのフロアに仕掛けられた本当の罠はこれからが本番であった。  
「火よっ、黒い水が燃えてる」  
 たちまち部屋中に燃え広がった火の勢いは照明用に使う菜種油のものとは比べものにならなかった。  
 その上、もうもうと上がる黒煙の臭いは耐えきれるものではなかった。  
「このままじゃ窒息死してしまう。みんな壁まで下がって」  
 クリスは全員が背後の壁に下がるのを待って風の呪文を唱えた。  
 たちまち巻き起こった旋風は一瞬火の勢いを増させたが、叩き付けるような爆風は気化ガスを霧散させ、蝋燭を吹き消すように一気に業火を消し止めてしまった。  
「やばかったな」  
 流石に疲労感を覚えた一行だったが、それでも次の階への階段を登り始めた。  
 先導役のエルティナを先頭にシフォン、クリスが石段を上がっていき、それにランジェが続いた時であった。  
 
 踏み出したランジェの足元が重みに耐えかねたようにいきなり崩れ始めた。  
 差し伸べられたクリスの手も虚しく、ランジェの体は尾を引くような悲鳴を上げながら奈落の底へ落ちていった。  
「ランジェッ」  
 慌てて元来た階段を降りようとするシフォンをクリスが引き止める。  
「時間がない、先へ進もう。アゼレアさんにもしもの事があったら、俺達の名に傷が付く」  
 クリスの冷たい言葉にシフォンは憤慨する。  
「それじゃお前は、落ちたのがルーチェでも同じ言葉を吐けるのかっ」  
「あぁ。それにランジェは三勇者の1人だ。簡単には死なんよ」  
 シフォンはあくまで冷静に判断を下すクリスを睨み付けていたが、やがて同僚の正しさを認めて階段を上がり始めた。  
 
                                ※  
 
「キュネ様。予定通りクレリックの少娘を奴等から分断しましたぜ」  
 50階の首領室でマンビーが手揉みしながら卑屈な笑いをみせる。  
「1人が前衛で直接的と戦い、1人がそれを援護。そしてクレリックが防壁や回復の呪文で2人をサポートする。奴等の戦術は先刻ご承知よ」  
 キュネは高笑いしながらマンビーの差し出したワイングラスを受け取る。  
「小娘さえ引き離しちまえば、奴等もちょいとチャンバラの得意な坊やさ」  
「流石は眉目秀麗にして頭脳明晰な我らの女王キュネ様。それに引き替えこのガキはっ。てめえが小娘さらってくるのをしくじったからキュネ様が苦労なさるんでぇ」  
 露骨に顔つきを変えたマンビーはキュネの傍に跪いていたリュウを思い切り蹴飛ばした。  
 力無く立ち上がったリュウは俯いたまま部屋を出ていく。  
「女王様といえばそちらの女王様の調子はどうだい」  
 キュネはほくそ笑みながら部屋の片隅に視線を向ける。  
 その視線の先には全裸に剥かれた上、天井から下がったロープで四肢の自由を奪われたアゼレアの姿があった。  
 体が床と平行になるよう俯せに吊されたアゼレアの体中には気持ちの悪い色をしたカタツムリが何匹も貼り付いていた。  
 
「どうだい。新芽を囓る樹木の天敵、マイマイはお前にとっても憎い敵なんだろ」  
 生きるために木の芽を食するカタツムリは憎いはずもないが、ヌメヌメとした皮膚感覚はアゼレアにとって確かに苦手な存在であった。  
 そのカタツムリが脇腹や腋の下、そしてもっと敏感な部分を這い回るおぞましさにアゼレアは身を震わせて悶える。  
「ひっ・・ひぁっ・・・くはぁぁぁ・・・」  
 カタツムリはアゼレアの皮膚から吹き出てくる汗を嫌って逃げ回るが、何処にも逃げ場があるはずもなく延々と体表を這いずり続ける。  
「こいつはいい。この雌エルフ、生意気に発情してますぜ」  
 マンビーはアゼレアの股間から床にポタポタと落ちる滴を見て笑い声を上げる。  
「さぞかし極楽気分だろう。なっ、悪いようにはしねえって言ったの嘘じゃなかったろ」  
 フェリアスへ急ぐ余り、詐術に乗ってしまったアゼレアは潤みを帯びた目でマンビーを睨み付ける。  
「おっと、俺達ゃ悪いと知った上で人を殺めたり騙したりしてるんだぜ。滅多やたらに人を斬りまくる勇者様の方がもっとタチが悪いってもんだ」  
 勝手な論法で誤魔化しを図るマンビーを押しのけるようにしてキュネが近づいてくる。  
「まぁ、そのマイマイに大事なとこ潜り込まれないようにするんだね。そいつらがアソコの中に卵産み付けたら手術でも取れないからね」  
 キュネがヒヒヒッと笑いながらアゼレアを脅しに掛かる。  
「やがて孵った子虫はアンタの体の中、食い荒らして成長するんだよ」  
 それを信じたアゼレアは直ぐに股間を閉じようとするが、両膝に括り付けられた横棒のせいでままならない。  
「ヒッ・・・ヒィィィーッ」  
 偶然股間に忍び寄ったカタツムリを感じて、アゼレアは思わずお漏らしをしてしまう。  
 勢いよくほとばしる黄金色の水を見て盗賊団の幹部たちは転げ回って大笑いした。  
 
                                ※  
 
 一方落とし穴にはまったランジェは複雑な曲線を描くパイプを通って、石造りの小部屋へと落ち込んでいた。  
 
「誰かっ・・・誰もいないのぉっ」  
 声を虚しく反響させる分厚い石造りの壁はランジェの力では破壊出来そうにないし、落ちてきた穴は高すぎて手も届かない。  
「あぁん・・あたし1人、こんな所で遊んでる場合じゃないのに」  
 ブロックの隙間から漏れてくる薄明かりの中でランジェは途方に暮れる。  
 そのランジェの耳に何か固い物が擦り合わされる音が聞こえた。  
「うそっ」  
 頭上を見上げたランジェは重そうな天井が徐々にだが確実に下がってきているのを認めた。  
「いやぁぁぁっ。シフォーン、クリスゥゥゥーッ」  
 石造りの狭い部屋の中でランジェの悲鳴がこだまする。  
 
                                ※  
 
「完全にいっちまってるな、この雌エルフ」  
 全身のカタツムリを取り除かれた後も、アゼレアの目はしばらく焦点を結ばない。  
「へへっ、キュネ様の例の禁呪法。あれって女同士でも効果あるんですかね。どうです、こいつも俺達の手駒にしちゃうってのは」  
 マンビーは女首領を煽てながら、さり気なく自らに掛けられた呪いについて少しでも情報を引き出そうと試みる。  
「駄目だ。こいつはアタイの復讐の囮に使った後、食肉植物の餌にしてやるんだ。こいつが大好きな植物のために、一番直接的な方法で役立って貰うのさ」  
「へっ?復讐って・・・」  
 マンビーの問い掛けには答えず、キュネはしばらくの間、遠い所を見るような目をする。  
 やがて思考を現実に戻したキュネはマンビー達に命を下した。  
「それじゃ、そろそろ坊やたちを歓迎してやりな」  
 
「合点でさぁ。奴等の始末は、この勇者マンビーにお任せを」  
 自称勇者は胸を反らしてキュネに頭を垂れると階段へ向かって歩き始める。  
「トリック・ブルーの奴に会う時にゃ、間違っても俺の紹介なんて言うんじゃないぜ」  
 マンビーはアゼレアの傍らを通り過ぎざまに小声でささやくと、思わせぶりなウインクをくれた。  
 トリック・ブルーの名を耳にして、アゼレアの瞳に光が戻る。  
 アゼレアは背後を振り返るが、声の主は既に階段を下って姿を消していた。  
「・・・どういう事なの?」  
 アゼレアは自分を騙してタワーへと拉致したはずのマンビーが、立ち去り際に発した言葉を頭の中で反芻する。  
 彼等の思惑通りに、アゼレアがここで処刑されるようなことになれば、トリック・ブルーとの会見などあり得ない筈である。  
「まさか・・・敵を欺くにはまず味方からって事なの?」  
 思いも寄らぬ敵の言葉にアゼレアの思考は混乱を来したが、一縷の望みもまた見えてきた。  
「とにかくこの状態を何とかしないと。シフォンでは奴等の奸計と殺人剣には勝てないかも知れないわ」  
 シフォンの華奢な体つきと、伝わり来る波動の弱々しさに危惧を抱くアゼレアだったが、天井から吊されて身動き出来ない身ではどうすることも出来ない。  
 無駄な足掻きと知りつつ必死で身を揺するアゼレアに、皮肉っぽい笑みをたたえたキュネが近づいてくる。  
「エルフの女王さん。家臣にかしずかれて、不自由なく暮らしていたお前にしたら、こんな酷い目に遭うなんてこと、想像もしなかったろうねぇ」  
 キュネはいい気味だと言わんばかりに蔑みの眼差しを送ってくる。  
「まだガキの頃、親に捨てられたアタイの苦労なんてお前には分かりっこないだろう」  
 白桃のような瑞々しさを誇るアゼレアの尻を思いっきりつねり上げるキュネ。  
「さっき復讐とか言っていましたが・・・自分の境遇に対する恨みなのですか」  
 アゼレアは悲鳴を押し殺し、肩越しにキュネを睨み付ける。  
 一瞬、キュネの瞳が殺気に満ちたが、コントロールされた感情は何とか平静さを保つ。  
「アタイの復讐はそんな安っぽいモンじゃないんだ。お前なんかは復讐の生け贄に過ぎん」  
 
「生け贄?」  
「そうよ生け贄さ。親代わりにアタイを育ててくれた家族を、村ごと皆殺しにした竜への復讐の生け贄さ」  
 キュネの瞳が今一度大きく燃え上がる。  
「アタイはこの世の竜という竜を根絶やしにして、家族の復讐をしてやるんだ。そのためにこの国を乗っ取って戦力を蓄えている真っ最中と言う訳さ」  
「その竜と私に何の関係があるというのです」  
 さっぱり訳の分からないという風にアゼレアは眉をひそめる。  
「アンタを虐めると、取り敢えず竜が一匹来てくれるのさ。極東の飛竜の姿を借りてね」  
「大蛇丸・・・が・・・?」  
「あいつが体に皇竜スペクトラルの魂を宿していることは先刻ご承知よ。奴がお前にぞっこんだってこともな」  
 そう言うとキュネは手にした革製のスパンク板をアゼレアの尻に振り下ろした。  
                                 ※  
 その頃、シフォン達は各階に張り巡らされた数々の罠と度重なる盗賊団の襲撃を退け、ようやく塔の40階に到達していた。  
 階段を登りきり、タイル張りになった床に足を下ろした途端、エルティナはこの階の主が発する強い気を感じ取った。  
「シフォン、どうやらあたしのガイドもここでお終いみたいよ」  
 3人はフロア中央で自分たちを待ち受ける少年、リュウの姿を認めた。  
 険のある目をした少年は武器も持たない素手であり、何の構えもとっていないにもかかわらず、恐ろしいまでの闘気がビリビリと伝わってくる。  
「こいつも拳法使いだわ。ここはあたしに任せて、シフォンは先へ急いで」  
 返事も待たず、いきなりの跳び蹴りをリュウに向けて放つエルティナ。  
 全体重を乗せた重い蹴りを、リュウは顔の前でクロスさせた腕でがっしりと受け止めた。  
 数拍後、エルティナはリュウの腕を支点に再度宙へ飛び上がり、後方宙返りで着地する。  
「相変わらず気が短いんだな、君は」  
「うっさい」  
 幼い頃そのままのやりとりに、シフォンは知らず知らずのうちに口元をほころばせる。  
「それじゃエルティナ。ここは頼んだぜ」  
 フロアの奥に設置された階段を目指して、リュウの傍らを走り抜けるシフォンとクリス。  
 
 それを阻止しようとしたリュウに2発目のエルティナキックが炸裂する。  
「アンタの相手はこのあたしよ」  
 幼なじみの実力に微塵も不安を抱かないシフォンは、後を振り返ろうともせずに階段を駆け上がっていく。  
「さぁ、どこからでも掛かってらっしゃい。女だと思って甘く見てると痛い目見るわよ」  
 エルティナは大きく足を開いて腰を落としたラコルム武術の基本姿勢でリュウに向き直る。  
 ほぅ、という顔をしたリュウも同じく腰を落として両拳を腰の両脇に添えて身構える。  
 先に手を出したのは短気なエルティナであった。  
 気合いと共に繰り出されたエルティナの右拳を、斜め下方に捌いてカウンターを取りにいくリュウ。  
 腕を斜め下方に捌かれたことにより連打を封じられたエルティナは、やむなくリュウの攻撃を左の掌で受け流して跳び下がる。  
「やるじゃない。ラコルム流の封殺法ね」  
 再び対峙した2人はジリジリと間合いを詰めていく。  
 前蹴りの間合いに入った途端、リュウの歩法が変わる。  
 その瞬間、思わず吊り出されたエルティナの左前蹴りが中途半端な勢いで伸び、横飛びでその延長線上から逃れたリュウは側面から短く素早い蹴りを放つ。  
「こんな初歩的な誘敵法に引っ掛かるなんて」  
 脇腹に一撃を食らい、頭に血の上ったエルティナは、一気に間合いを詰めて乱打戦に持ち込む。  
 ラトが言ったように、こんな敵と戦うのであれば、只の盗賊50人を相手にしている方が余程楽である。  
 互いに急所を庇いながら打ち合っているうちに、エルティナは相手の技術が幼い頃に親しんだラコルム独習書の内容そのままであることに気付いた。  
 独習書はラコルム武術を志しながら、訳あって入門出来ない者のために書かれた教科書であり、シフォンとの離別の後、エルティナの寂しさを紛らわせてくれた愛読書である。  
 挿絵に従って型の稽古に励んだ幼い日の思い出がエルティナの脳裏に浮かぶ。  
「そう・・・アンタも独りぼっちだったんだね」  
 
                                 ※  
 
「ずいぶん遅いわ、もう日が暮れるというのに」  
 タワー近くの茂みに潜んで三勇者からの合図を待ち続けるルーチェは、夕日に照らされた外壁を見つめながら呟いた。  
 
 一時はタワー中腹から黒煙が上がったものの、それ以降タワーに全く変化は見られない。  
「誰っ」  
 突然、背後に感じた人の気配に、ルーチェは含み針の束をくわえながら振り返った。  
「うそっ、あなたは・・・」  
 意外な人物の登場に、ルーチェは唇の隙間から含み針を落下させていた。  
                                 ※  
「待ちかねたぜ。ようやく勇者様のお出ましだ」  
 首領室の絶対防衛圏として設定された45階のフロアで、シフォンとクリスの2人はマンビー、ギャプのタッグと対峙していた。  
「こいつらおっちょこちょいが大魔王を倒してくれたお陰で世は乱れに乱れ、こちとらこの世の春を謳歌出来るって訳よ」  
 マンビーは言葉のメスを振るい、巧みにシフォン達を心理的に傷つけていく。  
「聞けばジャネスを倒したってのも不意打ちらしいじゃねえか。俺達も真っ青な卑怯なやり口じゃ勇者の名が泣くってもんだ」  
「お前らに何が分かる」  
 青ざめて小刻みに震えるシフォンに代わり、クリスが答える。  
「お前さんかい。この卑怯者に金魚の糞みたいにくっついていったお陰で、幸運にも勇者の称号にありつけた果報者ってのは」  
「なにぃ・・・」  
 一番触れて欲しくない部分をマンビーに突かれて、自制心の強いクリスも怒りに震える。  
 マンビーに言われるまでもなく、直接ジャネスを屠ったシフォンと自分との間に存在している差は、クリスにとって消し去ることの出来ないコンプレックスの種となっていた。  
「僕が卑怯な手を使ったのは事実だし、ジャネスが天魔剣を封印するため、わざと討たれた事も知っている。しかし僕らが大魔王を倒したのは純粋に平和を望んでの事だった。」  
 シフォンは渇ききった口を開いて語り始めた。  
「僕らは大魔王を倒したことで確かに勇者の称号を得たが、同時に過大な評価も背負ってしまった。勇者の名を真実のものとするには、お前達小悪党を一つ一つ潰して世に信を問うしかないんだ」  
 今度は小悪党扱いされたマンビーが舞い上がる。  
「このガキが。てめぇに俺の何が分かる」  
 逆上した自称勇者は剣を抜くと半熟勇者に斬りかかっていった。  
 
                                 ※  
 
 剣と剣とがぶつかり合う度に幾つもの火花が飛び散り、意外に使える互いの剣技に驚く2人。  
 いつもの通りシフォンの数歩後ろに位置して、ショートソードを逆手に構えるクリスに、剣を腰だめにしたギャプがゆっくりと迫る。  
 クリスはギャプに向き直ると左手にダガーを持って身構えた。  
「笑止。二刀流とは片手で常人の両手に匹敵する膂力があって、はじめて意味をなすもの」  
 一旦跳び下がり距離を取ったクリスは、体の回転を利用して左手のダガーを投げつけた。  
 音速を超えるヤクトダガーを、ギャプは瞬きもせず剣の束で弾き返す。  
「未熟」  
 既にクリスの力量を見切ったギャプは一気に間合いを詰めて必殺の抜き打ちを放った。  
 
                                 ※  
 
「キャハハッ。どうだい、愛する男を待ちながら拷問に耐えるってのは」  
 ラケットのような形をした革製のスパンク板は皮膚に傷こそ付けないものの、処女雪のようなアゼレアの尻を真っ赤に染めていった。  
 ともすれば消え入りそうなアゼレアの意識が、尻への痛打を受けた刹那だけ現実に引き戻される。  
「お前の処刑はムロマチにいる手下共が大々的に報じているはずだから、お前のいい人も来週あたりには来てくれるはずだよ。それまでは生かしといてやるさ」  
 キュネは高笑いしながら、狂喜の表情でスパンクを続ける。  
「あぁ・・・来ないで大蛇丸・・・これは罠よ・・・」  
 アゼレアは朦朧とした意識の中でぼんやりと考えていたが、やがてとんでも無い事実に思い当たる。  
「この人は勘違いしている・・・私と大蛇丸には何の関係もないのに」  
 おそらくバウラス・ヌイでの一件が曲解されて伝わっているのであろうが、今それが知れるとアゼレアが即処刑の憂き目を見るのは確実であった。  
「来てくれる訳が・・・ないわ・・・」  
 ガックリと項垂れて気を失ったアゼレアを満足そうに見下ろしながら、キュネはスパンク板を投げ捨てる。  
「フン、いにしえの禁呪法が女同士でも通じるか・・・か。試してみるのもおつなものかな」  
 キュネはアゼレアの傍にひざまずくと、赤く腫れ上がった尻に舌を這わせ始めた。  
 心の奥底に湧き上がってきた背徳的な疼きに、キュネの下半身に熱いものが込み上げてくる。  
 
「ヤバいよ・・・このままじゃ、こっちが。うぅっ、くそっ・・・この尻・・・」  
 たまらず着衣を脱ぎ捨てて、アゼレアの尻にむしゃぶりつくキュネ。  
 キュネはアゼレアの尻を左右に割ると、そこに現れた菊の花を舌先で突っつく。  
「うぅっ・・・なんて色っぽい尻の穴してやがるんだい」  
 我慢出来なくなったキュネはアゼレアの尻に唇を密着させると、舌先を固めてアヌスを深々と貫いた。  
 キュネは易々と異物を受け入れたアゼレアの尻の穴を意外に思いながら、ゆっくりと味わいながら舌を出し入れする。  
「あふぅぅぅん」  
 下半身の甘美な疼きに、意識のないアゼレアの腰がくねり始める。  
「こいつ寝ながら感じてやがる」  
 キュネはアゼレアの手足の戒めを解き、仰向けに寝かせると、その上に跨るようにのし掛かった。  
 アゼレアの豊満な乳房にむしゃぶりついたキュネは、口に含んだ右の乳首を舌先で転がしながら、左の乳首を指でこね回す。  
 同時にキュネは溢れ始めた股間をアゼレアの腹に擦りつけて自らの快感を貪る。  
「ふふっ、お前もこんなに溢れさせて・・・アタイの愛撫がそんなにいいのかい」  
 キュネはアゼレアの片足を持ち上げて秘裂の様子を確認すると、そのまま松葉崩しの体位で互いの股間を近づける。  
 使い込まれたキュネの性器がアゼレアの最も神聖な部分に押し当てられ、秘裂同士が互いに噛み合った。  
「こっ・・・これがエルフの女王のオマンピー・・・うくっ」  
 キュネは眉間に縦皺を刻みながら、激しく腰を揺すり始めた。  
 
                                 ※  
 
「うっひょぉ〜。こいつはすげぇ眺めだな」  
 突然、背後から掛けられた声にキュネの心臓は破裂しそうになった。  
「きっ、貴様・・・どうして」  
 振り返ったキュネの目に飛び込んできたのは、窓辺に腰掛けた大蛇丸の姿であった。  
「自分で招待しといて、そいつはご挨拶だな。へへっ、種明かしするとバウラス・ヌイ以来、エルフの女王様の身辺には手下の忍び組を張り付かせて、ずっと身辺を見張らせていたってわけさ」  
 
 計算では、到着まで数日のゆとりがあった大蛇丸の出現に、一人きりのキュネは狼狽の色を隠せない。  
「この50階まで、外壁を登ってきたのか」  
 アゼレアから離れたキュネは、喋りながらジリジリと階段を背負う位置に移動していく。  
「お前は女の部屋を訪問するのに窓から入ってくるのかい」  
「ああ。正式な招待状を受けていない時には、大概な」  
 しゃあしゃあと答える大蛇丸の隙を突いて、キュネは階下に向けて階段を滑り降りた。  
「こらぁ待てぇ」  
 大蛇丸は体躯に似合わぬすばしっこさで階段を駆け下りてキュネに追いつくと、褐色の裸体を床に押さえ込む。  
「ちくしょお、アタイの負けだよ」  
 キュネは絨毯の上に俯せになりひとしきり泣いた後、いきなり体を回転させて仰向けになると、開き直ったように股を開いた。  
「さぁ、好きにしておくれ」  
「何だぁ、お前は。少し頭がおかしいのと違うか」  
 キュネの態度に流石の大蛇丸も呆れ果てる。  
「この上、アタイに恥かかせようってのかい」  
 キュネの全く無駄のない褐色の体を見ているうちに大蛇丸の悪い癖がムクムクと頭をもたげ始める。  
「ふむ、女に恥をかかせるのは俺の趣味じゃないし。据え膳食わぬは男の恥って言うしな」  
 大蛇丸は下帯を解くとキュネの体にのし掛かっていった。  
 アゼレアとの絡みで既にスタインバイ状態にあったキュネの女の部分に、大蛇丸のモノが深々と沈み込んでいく。  
「あぁ〜っ。いいっ・・・いいよぉぉぉ〜っ」  
 嬌声を上げながら大蛇丸の首筋にすがりつくキュネの目が妖しく光る。  
 
                                 ※  
 
「アンタも独習書を見ながら、1人で寂しく拳法のお稽古に励んだんだね」  
 リュウの双手突きを手首を掴んで防いだエルティナは、そのままリュウの体を抱き寄せて密着する。  
「でもね、それだけじゃ駄目なんだよ」  
 身を捻ったエルティナは腰の上にリュウを乗せると、伸び上がる力を利用して前方に大きく投げ飛ばす。  
 
 リュウは空中で身を翻すと、猫のようなしなやかさをもって足から地面に降り立った。  
 リュウが振り返った瞬間、エルティナは全身のバネを生かして虚空に舞い上がる。  
 エルティナは天馬のように宙を滑りながら右足を蹴り出し、リュウはそれを十字に構えた両腕でがっしりと受け止めた。  
 単純な跳び蹴りであればそれで防御出来たのであろうが、エルティナの見せた蹴りはラコルム独習書にも記述のないオリジナル技であった。  
 引き返していく右足と入れ替わるように繰り出された彼女の左足が、鉄壁のブロックをかいくぐってリュウの胸板にめり込む。  
 肋骨がへし折れる嫌な音と共にリュウの体は階段の手前まで吹っ飛ばされた。  
「拳法のお稽古だけじゃなく、世の中には独りぼっちじゃ出来ないこともあるのよ。ううん、独りぼっちより辛いことだってたくさんあるんだから・・・」  
 折れた肋骨が肺に食い込んだのかリュウは激しく吐血しながら、それでも弱々しく立ち上がると、よろめきながら階下へと降り始めた。  
 彼の死期が近いことを悟ったエルティナは敢えて後を追おうとはしなかった。  
 
                                 ※  
 
 全身を苛む激痛に耐えながら20階へと降り立ったリュウは、隠し扉を開けて秘密の小部屋に入った。  
 複雑に組み合わされた歯車がゴトゴト音を立てる中を、必死に制御板まで歩いたリュウは1本のレバーを引き下げ、更に別のレバーにすがりつくと、そのままガックリと倒れ込んだ。  
 石造りの壁がせり上がり、開いた穴からランジェが転がり出てくる。  
 停止した天井の位置は、既にランジェの膝の高さを割っていた。  
 涙と鼻水を拭いて帽子を被り直したランジェは、制御板の前で倒れているリュウに気付いて軽い悲鳴を上げる。  
「ボク、しっかりして。ボクが助けてくれたのね」  
 ランジェの腕の中でリュウの目の光は急速に光を失っていった。  
「か・・・母さん・・・」  
 それだけ呟くとリュウは血の固まりを吐き出してダラリと首を折った。  
 
 
「あぁんっ、凄い。本気でいっちゃうぅぅ〜っ・・・くそっ・・・この・・・アヒィィ」  
 大蛇丸に突きまくられて、切なげな顔と憎しみに歪む表情を目まぐるしく入れ替える毒婦キュネ。  
 男女の睦み合いを通じて仕掛けるキュネの禁呪法だったが、肝心の術者が相手のテクニックに翻弄されていては施術どころではなかった。  
「なんだっ、自分からおねだりしといて。まだまだぁっ」  
 子宮を突き破らんばかりの突進と、内臓を引きずり出しそうな退却を繰り返す大蛇丸のモノの前に女首領は思考力を失い、一匹の雌に成り下がっていった。  
「こっ・・・これが竜の力のスネかじり・・・あぁっ、またイクッ・・・イクゥゥゥッ」  
 何度目かの失禁の後、遂に気を失ってしまったキュネから分身を抜き去る大蛇丸。  
「ちぇっ、この女でも射精けなかったか」  
 大蛇丸は愛液にまみれた不発の砲身を拭うと、アゼレアの身を案じて最上階へと戻った。  
                                 ※  
 大蛇丸は床の上で失神したままのアゼレアを抱き上げると、頬をさすりながら声を掛ける。  
 心配そうに見つめる大蛇丸の腕の中で、徐々に覚醒を始めるアゼレア。  
「ご免なさいスタリナ・・・お兄様の壷を割って、あなたに罪を擦り付けたのは私です」  
 半覚醒状態のアゼレアは精神を混濁させて寝言を言い始めた。  
「しっかりしろアゼレア。俺は大蛇丸だ、スタリナじゃねぇぞ。おいっ」  
 大蛇丸は呆れたようにアゼレアの頬をピシャピシャと叩き始める。  
「大蛇丸?・・・大蛇丸は来ます・・・私のことを愛していますから・・・」  
 いきなりの寝言に大蛇丸の手が止まる。  
                                 ※  
 その時、アゼレアの夢の中ではキュネがビンタをくれながら尋問を続けていた。  
「大蛇丸がお前を愛してるのはよく分かったよ。で、お前の方はどうなんだい」  
 ここでキュネに2人の仲を疑われるようなことになれば、時間稼ぎをする暇も与えられず処刑執行されるおそれがある。  
 アゼレアはしばらく黙り込んで回答を保留していたが、やがてゆっくりと口を開く。  
「私・・・私も大蛇丸のことを愛しています・・・」  
 
                                 ※  
 
「ホントかよっ」  
 突然耳元で上がった大声で我に返ったアゼレアは、鼻と鼻が触れ合うような距離に大蛇丸の顔を認めて驚く。  
「・・・いやぁぁぁーっ」  
 悲鳴を上げたアゼレアは大蛇丸の横っ面を思い切り引っぱたいた。  
「大蛇丸っ。あなたって人は、どうしていつもこんな場面に・・・私が気を失っているのをいいことに、変なことしなかったでしょうね」  
 後ろ向きになったアゼレアは素早く体をまさぐり全身を点検すると、振り返って大蛇丸を睨み付ける。  
「何だって俺がぶたれなければならないんだっ。それより、さっきの・・・あれ、本当か?」  
 夢うつつで口走ってしまった台詞を思い出し、真っ赤に染まるアゼレアの頬。  
「嘘に決まっているでしょう、ああ言わなければ即処刑されていたのです。何ですか、そのガッカリしたような顔は?あなたは私に何か期待していたのですか」  
 黙ると不利になると思い、アゼレアは火を噴くような勢いでまくし立てる。  
「だいたい、あなたが誤解を招くような事ばかりするから、今回のように私まで迷惑するのです。それに最近あなた、男性からも評判悪いようですよ」  
「もてない男の僻みは勲章と思っておこう」  
「あなたって人はっ」  
 また殴られると思って目を瞑った大蛇丸の頬に、湿り気を帯びた柔らかい物が触れる。  
「あれあれっ?」  
 突然頬に受けたキスに戸惑う大蛇丸。  
「きょっ、今日は特別ですからねっ。そっ、そう・・・バウラス・ヌイでのお礼に利子が付いたということです」  
 アゼレアはいかにも不本意なことをしたといわんばかりに吐き捨てる。  
「さぁ、行きますよ。下ではまだ仲間が戦っているのです」  
 
                                 ※  
 
「ほれほれっ、勇者様の力はそんなもんかよ。あんた全然普通の人間だぜぇ」  
 撃剣を打ちかわしながらマンビーはシフォンを罵る。  
「やたらと勇者の称号にこだわるな。お前だって勇者に憧れた純真な時期があったろうに」  
 耳の痛い反論に激昂したマンビーは懐から目潰しの粉を取り出すと、シフォン目掛けて投げつけた。  
 
「卑怯だぞ」  
「合理的と言って貰おうか」  
 敵を見失ったシフォンに非情の剣が振り下ろされる。  
 
                                 ※  
 
 一方のクリスも大陸屈指の剣客相手に苦戦を免れないでいた。  
「お前程の腕がありながら、どうして殺人剣になりさがる」  
 クリスは純粋な疑問をギャプにぶつけてみる。  
「それは・・・剣が心を映し出す鏡だから・・・だろうな」  
「お前の心」  
 クリスは心眼を使い、目にも止まらないギャプの剣先をギリギリでかわす。  
「かつて惚れた女を病から救うため、財宝を集めまくった。しかし仲間の裏切りで、全てを台無しにされたあの日から、俺の心にはもう何も残っていない」  
 ギャプは空虚な目でクリスを見つめる。  
「財宝を持ち逃げした裏切り者への復讐心だけが、今の俺を動かす力の源だ」  
 ガラにもない長台詞にギャプは自嘲的に唇を少しだけ歪めた。  
 クリスは口では喋りながらも、この危機を脱する戦術を冷静に組み立てていた。  
「ショートソードを剣で迎撃させておいて、その隙にダガーを撃ち込む。相打ちか、コンマ数秒で勝てるはず」  
 クリスは右手のソードを内側から回し込んで、ギャプの右側から斬りかかる。  
 鼻で笑ったギャプはソードを易々と剣で受け止めると、クリスのバランスを崩させるため押し返そうとした。  
 敢えてその動きに逆らわずギャプの長剣を受け流すクリス。  
 無視された反作用がギャプの体を大きく前に釣り出し、彼のバランスを奪った。  
「今だ、ヤクトダガーを・・・」  
 ギャプの長剣は大きく右に開かれ、今やっとクリスに斬りかかるために左へと移動を始めたばかりである。  
「これは・・・間に合わんな・・・」  
 ギャプは互いの動きをスローモーションのように感じながら、クリスを切り捨てるのに必要な時間を計算した。  
 敗北、つまり死を覚悟したギャプは次の瞬間、クリスの信じられない行動を目の当たりにした。  
 
 後はダガーを投げるだけになっていたクリスは、身を捻ると見当違いの方向に向けて銀色の光を迸らせた。  
 音速のヤクトダガーが、今まさにシフォンを切り捨てようとしていたマンビーの背中を貫き通し、クリスは会心の笑みを漏らす。  
 そして数瞬後、クリスの脇腹は横殴りに襲ってきたギャプの剣によって切り裂かれていた。  
「お前・・・仲間を救うために・・・勝っていた勝負を捨てたというのか・・・」  
 思いも寄らない出来事にギャプは呆然と立ちすくむ。  
「貴様ぁぁぁっ」  
 怒りに燃えたシフォンの流星剣が、棒立ちになったギャプの腹を貫き通す。  
「まだ・・・お前らのような漢が・・・この世に残っていたとはな・・・」  
 それだけ口走ると、ギャプは吐血して床に崩れ落ちた。  
 
                                 ※  
 
「クリスッ、クリスッ。しっかりして」  
 アゼレアと大蛇丸、そしてエルティナが45階の決戦場へ姿を現せた時、既に戦いは終わりを迎えていた。  
 シフォンと大蛇丸、勇魔戦争以来となる戦友2人の再開も、とても互いを懐かしむようなムードではなかった。  
「アゼレア様。死者をも蘇らせるというあなたの魔力で、クリスを助けてあげて」  
 両手を合わせ、必死で頼み込むエルティナに対して、アゼレアは静かに首を振る。  
「駄目なのです。拷問から心身を守るのに気力を使い果たしてしまった今、グリーン・ノアを発動させることは出来ないのです」  
 アゼレアは静かな口調で言葉を続ける。  
「それに人の生や死というものは、そんなに軽々しく扱って良いものではないでしょう。その事はあなたのお友達が一番良く分かっているはずです」  
 そう言うアゼレアの視線の先には、仲間の命を助けるため、自らの死を選択したクリスの姿があった。  
「愛してたって、ルーチェに伝えてくれ。もうお前を援護してやることは出来んが、二勇者になってもしっかりやれよな」  
 死に瀕したクリスは逆にシフォンを元気づけようとする。  
 
「ありがとう」  
 シフォンにはそれ以外に言うべき言葉が見つからなかった。  
 そこにリュウの亡骸を抱えたランジェが上がってくる。  
 
                                 ※  
 
 アゼレアは勇者達の別れの邪魔をしないように、マンビーとギャプの枕元まで移動した。  
「これも自業自得と思って諦めて下さい」  
 アゼレアは穏やかな表情で、まだ息のあるギャプに話し掛ける。  
「何故だか知らんが妙にいい気分だよ。最期にいいもの見せて貰ったせいかな」  
 ギャプは苦しい息の下から呟くように答える。  
「マンビーの奴を許してやってくれ。奴は人一倍勇者に憧れて、奴なりに努力したんだが挫折した過去が・・・勇者への劣等感が奴を狂わせているんだ・・・それから・・・」  
 激しく咳き込んだギャプの背中をアゼレアは優しくさすってあげる。  
「トリトフに会ったら、もう怒っていないと伝えてくれ。折角集めた財宝を奪われた時には殺してやろうと思ったが・・・殺人鬼のままで会いに行ったら・・・愛しい・・・あの娘が・・・」  
 最期に殺人鬼から人間に戻ったギャプは、それだけ口走ると死の痙攣に包まれた。  
 次いでマンビーの亡骸に視線を移したアゼレアは憐れみの表情になる。  
「あなたの真意は遂に聞けず終いでしたね。あなたは本当に私を助けてくれる積もりだったのですか」  
 これからフェリアスへ殴り込みを掛けるアゼレアとしては、せめて彼とトリック・ブルーの関係だけでも聞いておきたかった。  
「ルーチェさんに何て言えばいいの。ランジェ、あなたの治癒の祈りで何とかならないの」  
 エルティナがランジェを振り返って叫ぶ。  
 アゼレアの診たところ、クリスの負った傷はグリーン・ノアでも傷口を塞ぐのがやっとという深手であり、治癒の呪文程度ではどうにもならないと思われた。  
 それでもランジェは頷き、リュウの亡骸を床にそっと横たえると、部屋の中心へと進み出て呪文を唱え始めた。  
「癒しの光、森の息吹、愚かなる我々にその偉大なる恵みをもたらす事を願わん」  
 床に跪き、一心不乱に祈りを捧げ続けるランジェの真心を、コリーア神は見捨てたりはしなかった。  
 
 夕日の差し込む45階のフロアが、厳かに天から降りてきた聖なる光に満たされる。  
「こっ、これは・・・」  
 アゼレアの顔が驚愕に固まる。  
 眩い光の洪水は大きな渦へと変わり、部屋中を飲み込んでいった。  
 渦巻く光の中でクリスの脇腹の傷はみるみる塞がり、土気色をした顔に赤みが差してくる。  
 やがて部屋中に満ちあふれた光のうねりは始まりと同様、唐突に掻き消えた。  
「・・・女神降臨?・・・人間の娘が・・・」  
 アゼレアは回復系では最上級魔法にあたる天魔慈愛祈をも凌ぐ、奇跡の技を目の当たりにして声を失う。  
 後年、多くの将兵をして『カムリアの魔女』と言わしめた、ランジェの天賦の才が開花した瞬間であった。 
 
                                 ※  
 
「何してんだいっ。さっさとこいつらを殺してしまうんだよ」  
 突然響いた金切り声の主は失神から回復したキュネであった。  
 我に返ったアゼレアは床から立ち上がるマンビー、ギャプそしてリュウの姿に気付く。  
「奴等にまで女神降臨の恩恵が・・・」  
 思わぬ展開にアゼレアの頬に冷汗が流れる。  
 ところが、アゼレア達に向かって歩み始めたギャプとリュウを、両手を広げたマンビーが制した。  
「マンビー、何の真似だい。お前らを生かすも殺すもアタイの意思一つだってこと、忘れたんじゃないだろうね」  
 マンビーの造反に対し、憎々しげに眉を逆立てるキュネ。  
「ああ、お前のお粗末なオマンピーを使った例の呪術は忘れっこないさ」  
 何故か余裕のマンビーと対照的に、ギャプとリュウはオロオロする。  
「お前らがアタイの体欲しさに目が眩んで、エロ根性出したんが運の尽きだったんだよ」  
「なんだっ。お前ら、俺と穴兄弟だったのかよ」  
 思わず叫んでしまった大蛇丸を、もの凄い形相で睨み付けるアゼレア。  
「やいっ、竜のスネかじりっ。お前も後でアタイの性奴にしてやるよ」  
 大蛇丸に妖艶な流し目をくれるキュネ。  
 
「言うこと聞けないんじゃ、マンビー。お前らをたった今、生き腐れさせてやる」  
「どうぞご勝手に。テメエにヘコヘコするのはもう飽きたんだよ」  
 怒り心頭に達したキュネは、マンビーの顔を睨み据えると呪文を唱え始める。  
 マンビーの巻き添えを食らい、生きながら腐れ落ちる自分達の姿を想像したギャプとリュウは思わず床に倒れ伏して目を瞑った。  
 しかし・・・。  
「ククク・・・うわははははっ」  
 突然部屋中にこだまするマンビーの哄笑。  
 満足するまでタップリ笑い続けた後、マンビーはアゼレアに向かい恭しく一礼する。  
「やっぱりアンタが魔法で蘇らせてくれたな。これで俺達に掛けられた禁呪法はキャンセルされたって訳だ。おいっ、起きろ。俺達はもう自由なんだぞ」  
 マンビーは倒れたままのギャプとリュウに蹴りを入れながら腹を抱えて笑い続ける。  
「こりゃ・・・いったい?」  
 訳の分からないギャプとリュウは顔を見合わせて瞬きを繰り返す。  
「俺は禁呪法って奴を研究した挙げ句、一旦死ねば呪いが解けるかも知れないという結論に辿り着いたのよ。まあ結果については一か八かの賭だったけどな」  
 そして賭に勝ったマンビーの笑いは止まらない。  
「エルフの女王さんの欲しがりそうな情報を中途半端に教えといて、その後死んでみせりゃ、情報欲しさに嫌でも蘇生させてくれるってもんよ」  
 考えてもみなかった方法で呪いをキャンセルされ、手駒を失ったキュネは力無く床にへたり込む。  
「それじゃ、お前はわざと討たれたってのか。何て奴だ、お前とは二度とポーカーはやらんからな」  
 ギャプは呆れ顔を頻りに左右に振る。  
「あんな呪いを掛けられたままじゃ、死んだと同じ。いいや、死んだ方がまだましだからな」  
 マンビーはしてやったりと得意満面である。  
 かくして戒めを解かれた狼は、再び野に放たれた。  
「騙して悪かったな、女王さんよ。俺ぁ確かに悪党だが、死ぬ時と場所は自分で決めたい主義なんでな。しかしまあ、アンタお目出たい人だよ全く」  
 
 はしゃぎまくるマンビーを、アゼレアは憐れみと蔑みの混じり合った目で見つめる。  
「私は自らの信ずる道を歩むために、あなた方のような輩の助けを必要とはしません。自分の命を削ってあなた達を復活させてくれたのは、あの娘さんです」  
 アゼレアの視線を追ったマンビーは、そこにランジェの姿を認める。  
「あんたが・・・なんだって・・・」  
 計算外の出来事に目を白黒させるマンビー。  
「ランジェ、なんだってこんな奴等まで生き返らせたりしたんだ」  
 シフォンも納得いかないようにランジェを問い詰める。  
「三勇者の名を上げるためだけの私戦で、もうこれ以上誰にも死んで欲しくないの。自分の名誉のためだけに人殺しをするのでは、殺人鬼も同じよ。勇者の名誉って、そんな安っぽいものじゃないはずだわ」  
 ランジェの辛辣な言葉に勇者チームも盗賊団もうなだれてしまう。  
「ちぇっ、やめだやめだっ。これだから説教臭い牧師や尼さんって奴は大嫌いなんでぇ」  
 マンビーは面白くなさそうに吐き捨てると、仲間を誘って部屋を出ていこうとしたが、階段の手前で立ち止まる。  
「トリック・ブルーの奴が俺の手下だったってのは本当のことだ。ただ、俺のやり方が気に入らねぇって出て行きやがったんだが。俺を暗殺しそこなってな」  
 マンビーはアゼレアを振り返りながら左頬の傷をピシャピシャと叩く。  
「だから奴に協力を頼む気なら、アンタが俺の敵だってことを強調するんだな。俺を心底から憎んでいるあいつは何だってしてくれらぁ」  
 ぶっきらぼうにそれだけ言うとマンビーは階段を降りていく。  
「おい、キュネの奴はどうするんだ」  
「ほっとけ、殺る気も失せちまった。生還記念に飲みに行くぞ」  
 強がりを言いつつ階下へ消えていったマンビー達だったが、この後、アゼレアの追撃を恐れて一目散に逃走し、何処かへと身を隠してしまった。  
「ありがとな」  
 シフォンは自分の危機を命懸けで救ってくれたクリスに改めて礼を言う。  
「なに、お前を後方から援護するのは僕の担当だからね」  
「そして2人の回復を担当するのが私の役目よ」  
 当然の仕事をしただけという顔のクリスとランジェを見てシフォンは深く恥じ入る。  
 
 シフォンはマンビーの言った通り、2人に勇者の称号を与えたのは自分であると慢心する一方、それをコンプレックスとする2人が、自分に反感と嫉妬の念を抱いていると感じていたのである。  
「これからもよろしく頼むよ」  
 がっしりと握手した3人は、久し振りに心のこもった笑顔をかわす。  
「私からもお礼を言いましょう」  
 三勇者の活躍で窮地を救われたアゼレアは3人に向かってペコリと頭を下げる。  
「あなたたち個人の力はまだ発展途上ですが、3人が互いを信頼する気持ちを持ち続ける限り、勇者の名に恥じない力を発揮していくことでしょう。ともかく今日の働きはお見事でした」  
 音に聞こえたエルフの女王に賛美されて恐縮する若き勇者達。  
「おいっ。実際にお前さんを救った、俺の働きはどういう評価なんだ」  
 存在を完璧に無視されて鼻白む大蛇丸。  
「あなたって人は。人が命懸けで剣を振るっていた時に・・・一体何を振るっていたのですか」  
「こりゃ薮蛇だった」  
 頭を抱える大蛇丸を見て爆笑する三勇者とエルティナに、アゼレアもつられて吹き出してしまう。  
「さあ、そろそろ帰りましょう。下でラトとルーチェが待ちくたびれています」  
 勝利の喜びに満ちあふれた一同の笑い声は、月明かりに浮かぶシーフタワーを制した。  
(『女王の涙と黒い雨』編へつづく)  
 

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