ネバーランド大陸の東南方面、その洋上遙かに浮かぶ常夏の島国、メイマイ。  
 雇われ君主としてこの地にやって来た勇者フォルトは、これから数年間に消費するであろう莫大な戦費を思って頭を悩ませていた。  
「この国には、これといって目玉となる特産品がないからなぁ」  
 メイマイには南国と呼ばれる国にありがちなのんびりムードが蔓延し、国民はスレてはいないものの、決して勤勉とはいえない。  
 特に将来を見据えた長期戦略を立てるのは苦手であり、目先の損得にとらわれがちになるのは国民性ともいえた。  
「とにかく国力を高めるには、外貨を稼ぎまくる必要があるんだ」  
 フォルトは以前デュークランドにいた時に、異界チキュウからやって来たというメガネに出っ歯の小男から聞いた経済学の基礎を思い出して呟いた。  
「外貨って?」  
 キラットにそれを説明していたら、本当に日が暮れてしまうだろう。  
「綺麗なお花をいっぱい作りましょう。そしてそれを国の内外の人に分けてあげるの。きっとみんな平和の素晴らしさを思い出してくれるわ」  
 王女ティナが電波な発言をし、思いっきり場が白ける。  
「いっ、いや……農作物はよしておこうよ。台風の通り道に当たるこの国じゃ、リスクが大きすぎる」  
 フォルトはティナの発案をやんわりと否決した。  
「じゃあ、メイマイボクシングを国営にして、毎日タイトルマッチを開催したらいいじゃん?」  
 メイマイボクシングで全階級の選手権を保持するラトが、目をキラキラさせながら提案する。  
「ハンッ。オメェが目立ちたいだけじゃないの?」  
 アニータが鼻で笑った様な態度で混ぜっ返した。  
「何だってぇ。だったらアンタに何か良い案でもあるっての」  
 立ち上がった2人の間に一触即発のムードが漂う。  
 
「まあまあ。2人とも落ち着いてよ。第一、ラトが毎日タイトルマッチをやらかしたら、10日程で相手がいなくなっちゃうじゃないか」  
 フォルトは2人の間に割って入り、必死で双方の顔を立ててその場を静めに掛かる。  
 両脇腹にグイグイと押しつけられる2人の乳首の感触に戸惑いながら、フォルトは泣きたい気分になってくる。  
「取り敢えず、お茶にしましょう」  
 間の抜けたようなリムの台詞にフォルトは救われたが、外貨問題は何も解決した訳ではなかった。  
「いいよ、一人で考えるからさ」  
                                 ※  
「この国の女の子って、顔はいいんだけどな……」  
 一人城のバルコニーに腰掛けて東の海を見つめるフォルト。  
「何を考えているの?」  
 不意に掛けられた声にフォルトが振り返ると、客将のトーチカが立っていた。  
「当ててみようか……」  
「君の事じゃないのは確かだ」  
 フォルトはこの国の譜代武将以上に苦手とする、トーチカの機先を制するように言った。  
 なにしろフォルトは以前この娘の罠に嵌められて、入浴中のティナと鉢合わせするという失態を犯しているのだ。  
 のぞき魔の汚名を着せられたフォルトは、しばらくの間、女性陣から口もきいて貰えなかった。  
「ちぇっ、時化てやんの。一緒に温泉でも行こうって思ったのにさ」  
 ぶつぶつ言いながらその場を去っていくトーチカの尻を目で追いながら、フォルトはホッと溜息をつく。  
 
「危ない危ない、また温泉かよ。その手は2度と……ん?……温泉」  
 火山地帯の真上に位置するメイマイは、有数の温泉地として知られていた。  
 個人用の小さな露天風呂は、それこそ掃いて捨てる程に存在している。  
「温泉と、綺麗な女の子……これだっ」  
 外貨獲得のまたとない手段を思いついたフォルトは、全速力で会議室へと取って返した。  
                                 ※  
「えぇ〜っ。こんなの着るの?」  
「やだよぉ」  
 お揃いの超ミニのワンピースを着せられたメイマイの少女武将たちは、眉間に皺を寄せてあからさまな拒否反応を示した。  
「けど、みんな似合ってるよ。君たちなら、この国のイメージアップに繋がるこの仕事は適任さ。うぅっ、鼻血が……」  
 フォルトは顔を背けると、素早く自分の鼻にパンチを入れて出血してみせる。  
「フフフッ。フォルトったら、正直なんだから」  
 単純なティナは、彼が自分の魅力に参ってしまったと信じ込んで、あっさり機嫌を直す。  
「この格好でお客の体を洗ってあげるだけでいいのね」  
「簡単じゃん」  
 リムとラトもすっかり乗り気になっている。  
「それだけじゃ面白くねぇな。どうだい、誰が一番の稼ぎ頭になるか勝負するってのは」  
 アニータの提案に、女同士のプライドを懸けた熱い闘志が燃え上がった。  
「指名制度を導入すればいいのね」  
「面白い。この勝負、受けて立つわ」  
 こと勝負事となると異様に熱くなるのも、この国の第2の国民性であった。  
                                 ※  
「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。メイマイ名物、美少女とイク温泉巡りツアーのお客様はこちらでござぁ〜い」  
 
 ハッピスタイルでメガホンを振るうフォルトの名調子が、今日もメイマイの港にこだまする。  
 彼の考案した、良質の温泉と可愛い湯女のセット販売は大当たりした。  
 あられもない服装の美少女が、丹誠込めて背中を流してくれるシステムは好評を博し、大陸各地から押し寄せる客たちは途切れることなく、次々とこの地に大量の外貨を落としていった。  
 そして、女性陣の一番の関心事である売上勝負の行方は……。  
「えぇ〜っ。なんで」  
 大方の予想を裏切って、これまで売上高一番の成績を残したのはリムであり、僅差でキラットが続いていた。  
「リムッ。あんた、メイドのくせに。なにズルしたのよ」  
 自分の笑顔さえあれば、一番を取るのは容易いと高を括っていたティナは、鬼の形相で侍女に詰め寄る。  
「そんなぁっ。あたし、真心を込めて洗ってさし上げているだけです」  
「ウソおっしゃい」  
 半泣きになったリムを更に問い詰めようとするティナをフォルトは必死で食い止める。  
「ティナ、やめろって」  
「あなたは黙ってて」  
 ティナの悪鬼の表情を見て、フォルトはかつて暗黒竜さえ退けた彼女の実力を思い出す。  
「ティナ、見苦しい真似はよしなよ。笑顔じゃ歓心は買えても、金は落とせないんだよ」  
 アニータが大人の意見を吐く。  
「スマイルは元々0円なんだってば」  
 キラットもお鉢が自分に回ってこない内にと、ティナをなだめに掛かる。  
「まぁ、この勝負には王女だのメイドだの、身分は役に立たないんだしさ。文字通り裸と裸の戦いじゃん」  
 
 ラトの言葉で、ティナはようやく自分が取り乱していたことに気付いた。  
「勝負はまだまだこれからよ」  
                                 ※  
 しかしティナの思いとは関係なく、この月の後半に入ってもリムとキラットの優位は揺るがなかった。  
 ティナの露天風呂やってくる客が、2人の所から溢れた順番待ちの客である事もしばしばである。  
「こんなのどう考えたっておかしい。あの子が何やってるか、この目で見てあげるわ」  
 ティナは風呂の入り口に一時閉店の札を上げると、こっそりライバルたちの偵察に向かった。  
 ティナはシダ植物の茂みを掻き分けて、リムの露天風呂に忍び寄る。  
「あぁ〜っ、いいねぇ〜」  
「これ、気持ちいいですかぁ」  
 湯気の向こうで、マットの上に寝そべった男に、覆い被さるように身を重ねたリムの姿が見えた。  
「あの小娘めがぁ……んんっ?」  
 よく見るとリムは紺色のワンピース水着を着ている。  
 水着に石鹸を塗りたくったリムは、それをタオル代わりにして男の背中に体を擦り付けているのだ。  
 まだ大人になりきれていない、少女の体の微妙な起伏を背中に感じて、下になっている男は興奮しまくっている。  
「こっ、これで100金アップじゃ……安すぎるってもん……うひぃっ」  
 マットに擦り付けられている男のモノは、何回か爆発を起こしているに違いない。  
「ハッ、ハレンチな」  
 
 慌ててその場を後にしたティナは、次にキラットの露天風呂に忍び寄った。  
「どうせこの子もハレンチな真似をしてるんでしょ」  
 顔を真っ赤にさせたティナは、匍匐前進で露天風呂に接近を試みる。  
「うぅっ……うぅっ」  
 予想に反して聞こえてきたのは、中年男の泣き声であった。  
「あれは……ラーデゥイ?五勇者の一人、ラーデゥイだわ」  
 お忍びでこの地を訪れていた勇者は、キラットに背中を流して貰いながらむせび泣いている。  
「パパ、だぁ〜い好き」  
「うぅっ、ソフラン。お前はいい子だぁ〜」  
 フィジカル面で他の4人に劣るキラットが選択したのは、親子の情に訴えかける高等テクニックであった。  
 戦乱でわが子を亡くした父親、成長した娘が反抗期に入った父親など、キラットの獲物は大陸にゴマンといる。  
 そして彼等は入浴料の他に、決まって大量のお小遣いをくれるのだ。  
「パパ……かぁ……」  
 もう子供とは言えないティナがその言葉を中年男性相手に使うと、キラットが使うのとは違った、嫌らしい意味になってしまう。  
「こうなったら恥も外聞もないわ。これは女のプライドを懸けた、絶対に負ける訳にはいかない勝負なのよ」  
                                 ※  
 その日を境に女たちのサービス振りは激化の一途を辿っていった。  
 最初は着衣の露出度の勝負であり、ワンピースは直ぐに水着となり、クロッチ部分の角度は先鋭化していく。  
 
 今日ワンピースだった水着は、明日にはビキニへと変化し、布地の面積は日々減少していった。  
 最初に男のモノを手で握ったのは誰だったか、今では分からない。  
 しかし『スペシャル』と呼ばれるその行為は、いつしか当たり前のようになっていた。  
 そして更には……。  
                                 ※  
 フォルトの提案した温泉ツアーは大成功を収め、いつしか大陸ではその手の個室浴場のことを『メイマイ風呂』と称するまでの認知度を得ることとなった。  
「ウワハハハッ。これだけあれば、メイマイは後10年は戦える」  
 笑いの止まらないフォルトの元に一人の客人が訪れたのは、月に一度あるメイマイ風呂の休養日であった。  
「これは、これは、ソルティ様。ようこそおいで下さいました。生憎、本日は休養日なのですが、他ならぬソルティ様のこと。直ぐに湯女の用意をさせましょう」  
 すっかり商人根性のついたフォルトは、卑屈に揉み手をしながらムロマチの軍師に愛想を振りまくる。  
「今日は遊びに来たのではない。貴国の犯した特許侵害について抗議に来たのだ」  
 ソルティは冷たい目でフォルトを見下ろす。  
「へっ?特許侵害って」  
「湯女に淫らな行為をさせる個室付き浴場のことを、お前なら何と呼ぶ?」  
「いぃっ?」  
 冷静さを保ちながらソルティは続ける。  
「じゃあ大陸の連中が何と呼んでいるか、知っているか?『メイマイ風呂』というそうだ」  
 自国の侮辱とも取れる流言に、さすがにフォルトも憤った。  
 
「何だと、貴様っ。我が国の女性を蔑視するような発言は許さないぞ」  
 フォルトの後ろに控えたメイマイの女武将たちも殺気立つ。  
「本来なら『ムロマチ風呂』と称すべきだろ。そんな変態国家はムロマチだけで充分だ」  
 一気にまくし立てたフォルトに、ソルティは嘲りの表情を向ける。  
「そうだよな。お前が公務でムロマチを訪れる際、視察と称して必ず遊びに行く特殊浴場、我が国において密やかに営んでいる、お前の大好きな特殊浴場がメイマイ風呂のモデルなんだよな」  
 ソルティは無情にも、女たちの前でフォルトの秘密の楽しみを暴き立てた。  
「何ですってぇ。フォルト、あなたって人は」  
「やけに熱心にムロマチとの外交政策に力を入れていると思ったら」  
「フォルト。エッチだぞ」  
「よく考えたら、今回のこともアタイらのライバル心を上手く利用したんだね」  
「いずれは、自分でも楽しむ積もりで……」  
 手に手に変な形をした道具を持った女武将たちは、怖い顔をしてフォルトに詰め寄っていく。  
「こっ、怖い。ソルティ、同郷のよしみで助けてくれ。金なら欲しいだけやるから」  
 フォルトはソルティにすがりつこうとするが、あっさりと振り払われる。  
「金なら特許使用料として、タップリ支払って貰う積もりだから。気にするな」  
「そっ、そんな。ソルティ……助けて……ソルティィィ〜ッ」  
 メイマイ城にフォルトの絶叫がこだました。  
                                 ※  
 この日を境に、数多くの熱狂的ファンを生んだメイマイ風呂は、営業を再開することはなかったという。  
 
 

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