「それで、城の中は隈無く探したのですね?」  
 キャメロンとジェイクは、ハマオウからミュラ失踪の経緯を聞いて愕然とした。  
「そっ、その不良兵士達が怪しいんじゃないかな」  
 ジェイクはミュラに狼藉を働こうとしていたナックルを疑う。  
「状況から考えて、別の一団が動いていると見た方がいいでしょう」  
 明敏なキャメロンは、ハマオウの拙い説明を元に鋭く洞察する。  
「それで……あなたは反撃もせずに、殴られっぱなしになっていたのですか?」  
「城内では暴れないって、王女と約束したばかりだったからな」  
 ハマオウは当たり前のように言った。  
 その度を過ぎた律儀さに苦笑しながらも、キャメロンは彼に好感を持つ。  
「取りあえず、大蛇丸とザーフラクにも協力を求めましょう。ミリオン殿の戻るまで、もう時間がありません」  
「ミリオンのおっさんには知らせないのか?」  
 ハマオウは意外そうにキャメロンを見詰め直す。  
「敢えてあの人に心配を掛ける必要もないでしょう。姫には皆で謝って、不手際を許して頂くことにしては如何です?」  
 キャメロンは微笑みを絶やさぬまま提案する。  
「……すまん」  
 ハマオウは自分の失態を隠蔽しようというキャメロンの心遣いに感謝した。  
「おっ、俺としても、ミリオンの締め付けが厳しくなるのは有り難くないしな」  
 ジェイクはそう言って、不安げに目を泳がせた。  
                                 ※  
 その頃、謎の拷問部屋で水車責めを受けていたミュラは、気を許せば溺れそうになる快楽の波間で、必死で自分自身と戦っていた。  
「ひっ……ひぁぁぁっ……うっくぅっ」  
 水車の回転が複雑に噛み合った歯車を動かし、彼女の股間に据え置かれた巨大な輪に動力を伝える。  
 輪が回る度、その表面にビッシリと生えたゼラチン製の舌が、ミュラの恥ずかしい部分を次々と舐め上げる。  
「くはぁぁぁ〜あぁぁ」  
 実物そっくりの舌は、好むと好まざるに関わらず、彼女に性的快感をもたらせる。  
 最初、強制的に与えられた快感を拒否していたミュラだったが、敏感な性感帯を責められ続けては、いつまでも強情を張っている訳にはいかなかった。  
 
 頭で幾ら否定してみても体までは騙せず、ミュラの股間では秘密の泉がこんこんと湧き始める。  
 汁気を含んだゼラチン舌はヌメリ感を増し、緩み気味の秘裂を深々と抉るようになってきた。  
「こっ、こんな……うはぁぁっ」  
 人工の舌はサイズの異なる数種類の物が混在しており、一枚は肉芽を弾くように、続く一枚は秘裂を深く掘削するように責めてくる。  
 そして別の一枚は、恥丘から尻の穴までをなぞるように舐め上げるといった風に、責めが単調にならないように計算されていた。  
「このままでは……わっ、私……あふぅぅぅっ」  
 左右一杯、限界まで開かれた内腿に時折走る激痛だけが、ミュラの意識を現実に引き止めていた。  
                                 ※  
 さして広くない市場のこと、幸いザーフラクと大蛇丸は直ぐに見つかった。  
「魔族が絡んでいるとすりゃ、まずいな。直ぐに見つけねぇとえらいことになるぜ」  
 高貴な血を好むという魔族の嗜好を良く知る大蛇丸は、一も二もなく協力を承知した。  
「醜態だな。お前も小娘も」  
 一方のザーフラクは「我関せず」とばかり、ハマオウに白い目を向けて鼻先で笑った。  
 一瞬、ザーフラクを見るハマオウの視線に殺気が籠もるが、責任の所在を正しく認識して目を伏せる。  
「ともかくミュラ王女の身が心配です。ここは協力して奪還を急いだ方がいいでしょう」  
 キャメロンが傷心のハマオウを庇うように割って入る。  
「ここで王女を失えば我が隊は解散です。改めて主力部隊に入り直すとしても、身分は末席の雑兵ですよ」  
 キャメロンは穏やかにザーフラクに話し掛けた。  
「間違っているのなら謝りますが。あなたは細かい規律に縛られたくないから、ミュラ小隊を選んだのではありませんか」  
 図星をつかれたザーフラクは不機嫌そうに黙り込む。  
「ここは仲間に協力するのではなく、あくまで自分の職場を守るためと割り切ってみては如何です」  
 ザーフラクとしても好き勝手に振る舞えて、個人の武勇を喧伝できる快適な部隊は得難いものであった。  
 それに今さら雑兵扱いなど、まっぴらご免であった。  
「その通りだぜ。担ぐ神輿を奪われたんじゃ、楽しい祭りにゃ参加できねぇぞ」  
 大蛇丸が不謹慎な例えを持ち出して全員のひんしゅくを買う。  
「俺が担ぐには少々物足りぬ神輿だが……よかろう」  
 ザーフラクが賛同の意を表すのに用いた台詞は更に不謹慎であった。  
 
                                 ※  
「もっ、もうダメッ……アァッ……まっ、またいくっ?……イクゥゥ〜ッ」  
 拷問部屋のミュラは何度か目の絶頂を迎え、全身を激しく痙攣させる。  
 左右に一杯広げられた股間には、何種類もの体液が入り混じった水溜まりができていた。  
 短時間に何度も登り詰めたミュラの目は、既に焦点を結んでいない。  
 王女のプライドで必死に邪悪な快楽と戦ったミュラではあったが、一度エクスタシーに溺れた後は坂道を転げ落ちるようなものであった。  
「ほぉ、王女はそんな顔をしてイクのですか。結構はしたないものですな」  
 頭の上から降ってきた侮蔑の言葉がミュラを現実に引き戻した。  
「ガン……マッハ……こんなカラクリに堕落するような私ではありません」  
 ミュラは首を捻って、怯えと憤りの混在した目をガンマッハに向ける。  
「まだ意識を保ってらっしゃったとは。流石は高潔なプリンセス。さればこの水溜まりは只の汗でございますな。股の間にだけ汗をかかれるとは、これまた珍妙な」  
 わざとらしい嘲りを受け、ミュラは頬を桜色に染めて仇敵を睨み付ける。  
「ミュラ様相手に、この程度の淫具ではかえって無礼でありましたな」  
 ガンマッハは汁気をタップリ含んだカラクリを足で蹴り、ミュラの股間から遠ざけた。  
 ミュラの腰がその淫具を追い掛けるように、つい動いてしまう。  
「お名残惜しいのですかな?」  
 それを見咎めたガンマッハに苦笑され、ミュラはビクンと体を震わせる。  
「見られたっ」  
 はしたないところを見られたミュラは真っ赤になって下唇を噛みしめた。  
「まぁ、王女といえど人間。欲望に忠実なのは恥ずべきことでもありますまい」  
 ガンマッハは腹を揺すり、余裕のある笑いを見せる。  
「そんなことより、約束通り魔族の男爵様を紹介して差し上げましょう。男爵様っ」  
 ガンマッハの呼び掛けにより、出入り口の扉が重々しく開く音がした。  
 ミュラは首を一杯に捻るが、鎖に縛られた体は自由が利かないため、背後の様子は窺い知れない。  
 それでも何者かが歩み寄ってくる気配と、部屋中に立ち込めた異臭はハッキリと感じられた。  
 気配の主は大股開きに据えられたミュラの背後にしばし佇む。  
「見られてる。私、全部見られてる」  
 ミュラは今更ながらに、自分の置かれた惨めな状況を呪う。  
 その時、ミュラの両足を閉じさせないよう左右に引っ張っていた鎖が、金属音を上げて断ち切れた。  
 いきなり下半身の自由を回復したミュラであったが、長時間伸びきったままになっていた筋肉は痺れ、直ぐには動けそうになかった。  
 
「これ姫、お行儀の悪い。男爵様にご挨拶申し上げなさい」  
 ガンマッハに諭されたというわけでもないが、敵の姿を確認しようとミュラは体をよじって仰向けになった。  
 気丈にも眉をそびやかしたミュラが仰ぎ見た物は……。  
「キャァァァーッ」  
 そこに立ち、舌なめずりをしながらミュラを見下ろしていたのは、巨大なハサミを持ったカニの化け物であった。  
 その醜悪な姿を見たミュラは失神してしまった。  
                                 ※  
 ハマオウの案内でケイハーム城へとやって来た一行は、またも無礼な衛兵に行く手を遮られた。  
 朝方の遺恨の残る衛兵隊は、ミュラ小隊の入城を頑として拒む。  
「お前ら傭兵風情に、ここを通る資格はないんだよ。ガキは帰った、帰ったぁ」  
 相手を少人数と侮り、衛兵たちは剥き身の槍を突き付けて気勢を上げる。  
「こいつら、やっちまっても構わねぇよな」  
 大蛇丸が嬉しそうに呟くのを見て、ジェイクの顔から血の気が引く。  
「一刻を争う事態なのです。ミュラ王女に万一のことがあった場合、あなたに責任が取れるのですか」  
 無駄な流血を回避しようと、キャメロンが衛兵隊長を説得に当たる。  
 常に集団の力を頼みとしている衛兵隊長は、個人の責任に言及されると弱腰になった。  
「どけっ、まどろっこしい」  
 交渉役のキャメロンを押しのけて、後方からザーフラクの巨躯が姿を現す。  
「ここは話し合いで解決しましょう。今暴れては王女にご迷惑が……」  
「黙れっ、小娘は関係ない。今、侮辱を受けたのは俺自身だ」  
 ザーフラクがゆっくり歩を進めると、衛兵隊長は早くも逃げ腰になる。  
 ザーフラクの右手が上がり、背中に背負った愛剣を鞘から引き抜いた。  
 禍々しく光る凶刃の幅は、ゆうに処刑用のギロチンほどもあった。  
「ひぃぃっ」  
 隊長が後ろを向いて逃げ出すと、部下たちは慌てふためいてそれに続いた。  
「喜んで通してくれるってさ。アンタの剣も、脅迫には役に立つって分かったぜ」  
 大蛇丸が愉快そうに笑い、ザーフラクは不愉快そうに剣を鞘に収めた。  
 ザーフラクは詰所の陰で震えている衛兵隊長に視線を戻すと、人差し指を突き付ける。  
「正式な謝罪がなければ、後刻改めて決闘を申し込もう」  
 哀れな衛兵隊長はその場にヘナヘナと崩れ落ちた。  
 その様子を逐一見ていたジェイクが天を仰ぎ見る。  
「やっぱりアイツらヤバいよ。俺もう嫌だよ、こんなエキセントリックなのは」  
 
 丁度その時、きらびやかな軍装に身を固めた一団が城内から出てきた。  
「なんの騒ぎだ、これは」  
 それは市中巡察に出掛けようとしていたジェノバの直卒部隊であった。  
「はっ、殿下。こいつらは……いえっ、この方々はミュラ様の……」  
 ザーフラクに睨まれたまま、衛兵隊長はしどろもどろになる。  
「ほう、では先行遊撃隊の面々か。私は魔族討伐軍司令官のジェノバである」  
 ジェノバは精一杯威厳を込めてふんぞり返ってみせるが、どうしても背伸びをしている感が拭えない。  
「して、ミュラ殿は?」  
 ジェノバはミュラを供に誘おうとして、その姿が見えないことに気付く。  
「それが、先刻ご挨拶に窺った際に城内でトラブルに巻き込まれた模様で、現在行方が知れません。手の内から見て、魔王軍の一味が暗躍している形跡があります」  
 キャメロンの説明に、その場に居合わせたナックルやズガーの顔が曇る。  
「それはいけない。巡察は取り止めて、ミュラ殿の捜索に全力を尽くそう」  
                                 ※  
 それからしばらく、城内は年末の大掃除並みの騒ぎに包まれたが、ミュラ発見の報はジェノバの元に届けられなかった。  
「見張りからの報告では、堀を渡って敵が逃走した形跡はない。ミュラ殿はまだ城内におられるはずだ」  
 城の防備に自信を持つジェノバが断言した。  
「お言葉ですが、敵は現実に城内に潜入しているのです。どこかに盲点があるのでは」  
 キャメロンのもっともな指摘を受け、ジェノバは黙り込んで考える。  
 この城はトゥイングーの騎馬軍団に包囲された時のことを考えて作られた、難攻不落の要塞である。  
 防御は鉄壁との自負心がジェノバにもあった。  
「如何にシステムが完璧でも、それを実行するは結局人間だからな。兵士がぶったるんでたんじゃ、意味無いぜ」  
 大蛇丸の歯に衣着せぬ台詞に、ジェノバは不機嫌そうにナックル達に目をやる。  
「そんなことはないぜ。俺たちゃ与えられた仕事は、キッチリこなしているさ」  
 ナックルはそっぽを向くと、吐き捨てるように言った。  
「この城にも、殿様用の脱出路くらい用意されているだろう」  
 攻城戦の経験が豊富なザーフラクがおもむろに口を開いた。  
「ここの地形からみて、それは東の海岸に続いているな」  
 籠城戦でいよいよという時になり、城主が部下を見捨てて落ち延びるのはよくあることである。  
 ザーフラクは度々そんな城主を捕らえて、労せず手柄を独占したものであった。  
 
「いざという時には、船を使って海路で落ち延びる手筈なのですね。となれば、城からの脱出路は人気のない入江に続いているはず。殿下、お心当たりは?」  
 キャメロンに問われてジェノバは頭を抱え込む。  
「今から海岸線全部を探っていたのでは手遅れになります。隊を二手に分け、城の内と外から抜け道を探しましょう。ザーフラクはジェイクと海岸へ向かってください」  
 キャメロンはザーフラクに指揮権を持たせることで、気分良く了承させる。  
「心得た。ボヤボヤするな、行くぞ」  
 ジェイクは恨めしそうな顔をキャメロンに向けながらザーフラクに続き、その後をナックル達が追っていく。  
「それと殿下には、海軍を使っての海上封鎖をお願いします」  
 ここに至って、王子に遠慮などしている場合ではなかった。  
「私たちは城内の再探索です。東の壁面に近く、地下水路が走っている場所に限定して」  
 キャメロンの提案に大蛇丸とハマオウが頷く。  
                                 ※  
 カニ男爵はハサミ状になった手で、意識を失ったままのミュラの全身をまさぐる。  
 ミュラの着衣は全て剥ぎ取られ、一糸まとわぬ姿で後ろ手に手錠を掛けられていた。  
 最後に股間の性器と排泄口を押し広げて具合を確認すると、男爵は何度も頷く。  
「グフフッ、満足である。礼を言うぞ」  
 2人の下卑た笑い声が室内に響き渡り、ようやくミュラが意識を取り戻した。  
「はっ……いやぁっ」  
 自分の置かれた状況を認識して、ミュラが悲鳴を上げる。  
「お喜びなさい。男爵様はミュラ殿をたいそうお気に召されたようで、貴女を第7夫人としてお迎え下さるそうですぞ」  
 ガンマッハが恭しくミュラに頭を下げる。  
「そんなっ。余りにも勝手な……」  
 ミュラは激しい怒りのため言葉を失う。  
「そうなると私などは軽々しく口をきいて貰えぬことになりますな。もっとも儀式の生け贄に使われた後では、口をきくどころではありませぬが」  
 ガンマッハはミュラの怯えた表情を楽しむように笑った。  
「儀式? 儀式とは何ですの」  
 ミュラは身を震わせて質問する。  
「魔力を高める神聖な儀式です。その儀式には高貴な血が必要でしてな。男爵様はこれまで6度の儀式を行い、今の地位を得られました。今度は7度目の進化というわけです」  
 ガンマッハが憎々しげに口元を歪めて笑う。  
「嫌です、そんなの嫌っ」  
 足の痺れが残るミュラは身をよじって逃げようとするが、直ぐにガンマッハの手で退路を断たれる。  
「これっ、聞き分けのない。困った王女様だ」  
 ミュラは不自由な体をばたつかせて、必死の抵抗を試みる。  
「グフフッ、ここで一戦挑んでおくか。さすれば観念して大人しくなるであろう」  
 男爵はハサミをミュラの太腿にあてがい、易々とM字に開脚させる。  
 圧倒的なパワーの差を見せつけられ、ミュラの抵抗がぱたりと止む。  
 
「それでは参るぞ」  
 鎧状になった男爵の股間部の穴からイトミミズのような無数の触手がうねうねと飛び出てきた。  
「イヤァァァーッ」  
 余りのおぞましさに、ミュラの顔面は蒼白になる。  
 イトミミズの集団はミュラの股間に忍び寄り、押し広げられた陰部の中へと侵入すると、吸盤の付いた先端部で内部をまさぐり始めた。  
「う……あぁ……」  
 別の一群は一番敏感な肉芽に群がり吸盤による刺激を繰り返し、後ろへ回り込んだ一群はアヌスの中へと侵入していった。  
「ひぁ……ひゃぁぁぁ〜っ」  
 今まで味わったことのないような感覚がミュラの体を包み込み、思わず碧い瞳が瞼の裏側に潜り込もうとする。  
 人間の指よりも数段器用な触手は巧みに、そして執拗にミュラの泣き所を責め立て、彼女の反応に応じて刺激を変化させる。  
 ミュラ最大の弱点が肉芽であると知ったミミズの群が吸盤で吸い付き、小さなキスを無数に繰り返す。  
「うくぅっ……うぅっ」  
 今のミュラには、魔族に契られてしまうということより、この快感を止められることの方が怖かった。  
「かっ……かはぁぁぁ……」  
 遂に達してしまったミュラは、股間から小便を吹き上げながら痙攣を続ける。  
「グフフッ、簡単に成仏して貰っては困るな。まだ本番はこれからというのに」  
 男爵はイトミミズの群れを一旦ミュラの体から引き離し、一個の固まりに結合させる。  
 あっという間に一本の怒張と化した男爵のモノは、人間の男など及びもつかないほどの逸品であった。  
「では姫よ、婚前交渉と参るか」  
 男爵はミュラの腰に手を回し、開き気味になったスリットに怒張の先端を押し当てた。  
 背後のドアが荒々しく開かれたのは、まさに巨大な亀頭がミュラの体の中に埋没しようという時であった。  
「男爵様っ。敵襲です」  
 部屋に飛び込んできたスケルトンが息を切って申告する。  
「何っ、もうここを嗅ぎつけたというのか」  
 突然のことにガンマッハは色を失う。  
「狼狽えるな。儂が直々に出る」  
 ミュラに残った最後の希望を奪うべく、カニ男爵が自ら迎撃に立った。  
 
                                 ※  
「お前ら雑兵の出る幕じゃねぇや。すっ込んでろぃ」  
 探索隊の先頭に立った大蛇丸は愛刀『昇陽』を縦横に振るい、立ちはだかるスケルトン部隊を薙ぎ払っていく。  
「この城の設計技師も考えたものですね。万一、出口から出られないような状況に陥っても、この地下道に潜んだままでしばらく生活できますよ」  
 キャメロンは天然の地下水路を拡張して作られた生活区画に感心する。  
「新鮮な地下水は豊富にあるし、これで食料さえ備蓄しておけば、地上のほとぼりが冷めるまで充分生きていけるでしょう」  
 一行の進む先に水車小屋が現れ、それを守るようにスケルトン雑兵が配備されていた。  
「あそこが怪しいぜ」  
 大蛇丸の予想は的中し、小屋の中から全裸のミュラに短剣を突き付けたガンマッハが姿を見せる。  
 そしてそれに続いて巨大なカニのような姿をした魔族がハサミを振りかざして現れた。  
「お前ら、ミュラちゃんにいたずらするんなら、なんで俺を誘わねぇんだ。水くせぇぞ」  
 軽口とは裏腹に、大蛇丸の両目に殺気が満ちていく。  
「なにぶん急なことでな。次からは一声掛けるよ」  
 魔族をバックに持つガンマッハは一歩も引かない。  
「ミュラ王女っ」  
 ハマオウが飛び掛かろうとするのをガンマッハが制する。  
「おっと、それ以上近づかないで頂きたい。姫がどうなってもいいのか」  
 ガンマッハはミュラの首筋に短剣を押し当ててニヤリと笑った。  
「貴様ぁ……貴様も魔族か」  
 歯噛みするハマオウだったが、ミュラを人質に取られていては手が出せない。  
「そろそろお暇したいので、道を空けて頂こう」  
 ガンマッハはミュラを盾代わりに使って海側の出口へ向かって移動を開始した。  
「卑怯者めっ。王女っ」  
 ハマオウの悲痛な叫びが壁面に反響した。  
 その反響が消えぬ内に、耳を聾する轟音が上がったかと思うや、ガンマッハの手から短剣が吹き飛ばされた。  
「ミュラ王女っ、今です」  
 銃口から硝煙の立ち上るドウム軍制式拳銃を構えたまま、キャメロンが叫んだ。  
 その呼び掛けで我に返ったミュラは、ガンマッハに体当たりを食らわせて走り出す。  
「美味そうな獲物をみすみす逃がすか」  
 
 カニ男爵は無慈悲に笑うとミュラに襲い掛かり、ハサミを横殴りに振るった。  
「危ないっ」  
 ハマオウの放った前蹴りが男爵のハサミを蹴り上げ、ミュラに届く寸前ギリギリで軌道を逸らせる。  
「邪魔しおって。貴様から冥界に送ってやる」  
 怒り狂った男爵は、2本のハサミを振り回してハマオウに襲い掛かった。  
「チッ、余計なことを」  
 身の危険を感じたガンマッハは、騒ぎに乗じて暗闇の中に姿を消す。  
 それに入れ替わるように現場に突入してきたのは、ザーフラク以下の別働隊であった。  
 巨大な剣を振るうザーフラクと騎馬槍を繰り出すジェイクに続いて、ナックル率いる国防軍も戦いに加わり、地下水路はたちまち修羅場と化す。  
 そんな中、カニ男爵と対峙したハマオウは積極攻勢には出ず、相手の攻撃を受け流し、またブロックする防御行動に徹していた。  
 それは今朝、泉の前でミュラに見せた躍動美溢れる動きとは大きく異なっていた。  
「どうして? あの方の武術は、こんなものじゃないはず」  
 不審を拭えないミュラの目の前で、ハサミを捌き損なったハマオウが右肩に一撃を食らい吹き飛ばされた。  
 ミュラは自分の足元まで転がってきたハマオウを助け起こす。  
「どうして反撃なさらないのです」  
 余りの消極さに疑問を感じたミュラはハマオウに問い掛けた。  
「ここは、一応まだ城の中ですから。城内での暴力を禁じたのは王女じゃないですか」  
 ハマオウはばつの悪そうな顔で鼻の頭を掻く。  
 その瞬間、ミュラの疑問は氷解した。  
「あなたって人は……まだ私との約束を守っていてくれたのですね」  
 財も名誉も失い、名ばかりの王女である自分の命令を、命を懸けてまで守ろうという人間が存在している。  
 その事実がミュラにはこの上もなく嬉しかった。  
「けれど、あなたの拳は弱きを助け、魔を滅ぼすために付いているのではないのですか。今使わないでどうするのです。さあ、お行きなさい」  
 ミュラはハマオウの右肩に手を当てると、天に向かって治癒の祈りを捧げた。  
「これは? すげぇ」  
 みるみる負傷が癒え、力を回復させたハマオウは改めてカニ男爵と対峙する。  
「おいっ、お前。王女のお許しが出たからには、もう手加減はしてやらないぞ」  
 ハマオウは指の関節をポキポキと鳴らし、澄んだ瞳で男爵を睨み付けた。  
「小僧が猪口才なっ」  
 対する男爵も自信満々で、ハサミを体の中心線に置いた防御態勢を取る。  
「行くぞっ。奥義……爆裂連環八拳っ!」  
 ハマオウは両拳を腰の脇に置いた体勢で頭から突進する。  
「あのバカ、また無防備で……」  
 ナックルはカウンターの餌食になるハマオウの姿を予見して顔を歪める。  
 人間よりも優れた動体視力を持つカニ男爵は、ハマオウを串刺しにすべく、ゆとりを持って必殺のハサミを繰り出した。  
 ハサミの先端がハマオウの胴を貫いたと思った瞬間、彼の姿は男爵の前から消えていた。  
「なっ?」  
 狼狽えた男爵が背後から襲い掛かってくる強烈な殺気に気付くのと同時に、その気配は既に左側に移動していた。  
 男爵が意識を左に移した時、その気配は自分の右側に突き抜けており、男爵が右手の影を撃とうとした瞬間には既に斜め前方へと駆け抜けていた。  
 男爵が後手後手に回ること8回。  
 僅か瞬きするほどの一瞬に、男爵は体の前後左右、斜め四方の8カ所にハマオウの鉄拳を受けていた。  
「ガニィィィ〜ッ」  
 断末魔の叫びを上げて、男爵の上体が四散した。  
 8つの衝撃がカニ男爵の体内で互いに干渉しあい、行き場を失った衝撃は男爵の体を破壊することで逃げ道を確保したのである。  
 間近で見ていたミュラは再び失神し、その場にへたり込んだナックルは股間に水溜まりを作った。  
 「素手で戦争をすればフーリュンが最強」との噂は、無意味な仮定として歯牙にも掛けていないザーフラクだったが、これ以後丸腰の時にハマオウに突っかかることはなかった。  
「あぁ〜あ……これじゃ、食えねぇな」  
 男爵の亡骸を見下ろしながら、大蛇丸が残念そうに呟いた。  
 
 
 

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