一年を長い冬の季節に閉ざされた、最北の大地フレッドバーン。  
その大地から北東へと突き出た小さな岬に、その粗末な小屋はあった。  
 
かつてフレッドバーン城で騎士見習いとして剣を振るっていた少年、エリル。  
魔道師による結界で守護されている城周辺と違い、エリルの住む土地は  
海に面していることもあり、一層厳しい環境にあった。  
それはまるで、愛する者の気持ちに応えられなかった、不甲斐ない自分への罰の様であった。  
 
姫の気持ちを受け入れるのを拒み、エリルが城を後にして三ヶ月…  
騎士見習いとなる前に祖父と共に暮らしていたその小屋での生活にも慣れてきた頃、  
突然フレッドバーン国の姫…ロージィがエリルの暮らす小屋を訪れた。  
 
「久しぶりね、エリル」  
「ロ、ロージィ…」  
扉を細く開けたまま、予想もしない客人に驚くエリル。  
「悪いけど、中に入れてもらえないかしら?」  
ぽかんと口を開けたままのエリルに、僅かに苛立ちを含んだ調子で問いかけるロージィ。  
その言葉にエリルははっと我に返ると、慌てて扉を開け、ロージィを部屋の中へと招き入れた。  
 
「座ってよ、粗末なところだけれど」  
年月を経ているせいもあるが、元々質素な作りの小屋だ。  
そのため、涼やかな水色のドレスを身にまとった彼女の姿は、どう見てもこの環境では異質な存在だった。  
「ありがとう」  
そんな違和感など意に介しないというように、優雅な仕草でテーブル脇の椅子に腰を掛ける。  
それに倣い、エリルも向かいの椅子に腰を下ろした。  
 
…しばし訪れる沈黙。  
どこか懐かしげにエリルの顔を見つめるロージィに対し、エリルは突然の姫の来訪に驚く気持ちと  
小屋を訪れたのが彼女一人という事実に何ともいえぬ表情をしている。  
「一人じゃないわ。リファイアには外で待ってもらっているの」  
エリルの胸中で渦巻くいくつもの疑問を見透かしたように、ロージィは口を開く。  
「それで、私があなたを訪ねてきた理由なのだけれど」  
なんとなく続く言葉が想像できたエリルは、続く彼女の言葉を遮るように言った。  
「悪いけど、僕は城には戻らない。…君の側にいる資格なんて…ないんだ」  
言葉を遮られたロージィはしばし考えるような仕草をすると、小さく溜息を吐いた。  
「こんな場所に住んでいても、話は伝わっているでしょう。…今、世界は再び戦乱へと向かっているわ。  
そして、それはこのフレッドバーンすら巻き込もうとしている。あなたに力になってもらいたいの」  
俯き加減で話を聞いていたエリルは、おもむろに席を立つとロージィに背を向ける。  
「君は僕を買被りだよ…僕にそんな力なんてない。…すまない、もう帰ってくれないか」  
戸口まで行き、扉を開け放つエリル。暖炉の温もりが満たしていた小屋の中に、外からの厳しい寒さが滑り込んでくる。  
扉を片手で押さえていたエリルが振り向こうとした時、不意に背中に強い衝撃を感じた。  
 
驚いた拍子に手が離れ、寒さを防ぐための頑丈な扉が音を立てて閉まる。  
ロージィがエリルの背中越しに抱きつき、微かに震えているのが伝わってきた。  
…愛しい。しかし、その気持ちを認めるわけにはいかなかった。  
やんわりと自分の腰にまわされた腕を振り解くと、エリルはロージィの方を向き、「…すまない」と呟いた。  
一瞬泣きそうな表情になったロージィは、顔を俯かせると、何か思いつめた表情をしている。  
「…ロージィ?」  
不審に思ったエリルが顔を覗き込もうとすると、突然顔を上げたロージィはエリルに勢いよく抱きつくと  
彼の首に腕を回し、強引にその唇を奪った。  
 
ロージィの突然の行動に、頭が真っ白になるエリル。  
キス自体は初めてではない。まだ自分が城にいた頃、まだ自分がロージィと愛し合うことが  
ゆくゆくはどういう結果になるか気づかなかった頃…夜毎二人で密やかに会う際、こうして口づけ合うことはあった。  
だが、これは…その頃のただ触れ合うだけのキスではなく、激しく相手を求める、欲情に溺れたキス。  
薄く開かれたエリルの唇から素早くロージィの舌が忍び込むと、すぐに彼の舌を探し当て、絡ませてくる。  
「んんっ…ふぅっ…」  
呼吸をしようとする本能的な動きすら許すまいとするように、ロージィは激しく、貪るようにエリルに口付ける。  
彼女とは思えないような激しい行為に、エリルは壁に背中を押し当て、両腕で彼女を引き剥がそうとする。  
だが、初めての激しい口付けに次第に腕から力が抜け、ただ彼女の腕を掴むだけになった。  
 
…どのくらい口付け合っていたのだろうか。  
エリルにとっては数十分の長さに感じたが、実際は数分だったのかもしれない。  
不意に「はぁっ…」という熱い吐息と共に、ロージィの唇が離れる。  
エリルがぼんやりと離れてゆく顔を見やると、そこには紅潮した頬と、どこか固い決意を秘めた双眸があった。  
「う…」  
脱力した体がひどく重い。思わずずるずると座り込んでしまいそうだったが、ロージィがエリルの体を支え  
部屋のベッドへと彼を運んでゆく。  
どさっとベッドに倒れこんだエリルは、自分の不甲斐なさに内心落ち込みながら、ベッド脇に立つロージィを見上げる。  
紅潮した頬、潤んだ瞳が、それまでの行為で興奮気味だったロージィの心臓の動悸を一層激しいものにする。  
「あ、あなたがいけないのよ…」  
エリルに言ったにしては小さな声で呟くロージィ。それはこれから自分がしようとしている行為に対しての、  
精一杯の正当化だったのかもしれない。  
 

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