魔道世紀998年…  
後に第一次ネバーランド大戦と言われた凄惨な、そして長い長い戦争が始まって一年余り…  
大陸に住むすべての生命は戦渦と無縁ではいられなかった。  
 
 
「ハザマ…やっぱり私達だけでこの国を守り抜くのは不可能だわ。  
東のザーフラグは勢力を伸ばしつつあるし…。ゴルデンのマークノイアですら、ペドゥンを合併してそれに対抗しようとしている。  
いくらハザマと獣人たちが強くても、人間たちの柔軟な戦略に対応しきれないわ…」  
大陸の南に位置するペドゥン、獣人たちの住む緑豊かな国ゴムロアにも確実に戦火は回って来ている。  
その地を守る獣王ハザマの補佐として、記憶喪失のダークエルフ・リーガルリリーはハザマにある提案をしていた。  
「しかし、だからといって同盟…しかもあのプリエスタのウッドエルフどもとなど!」  
ハザマたち獣人は、自分たちを野蛮人呼ばわりし、『森の賢者』と自らを名乗るウッドエルフたちを嫌っていた。  
しかし、海を隔てていること、そして人間から自然を守るという共通の目的から今まで衝突することはなかった。  
 
「でも、他に協力できそうな隣国はないわ。それに、現女王のアゼレアは獣人を軽蔑なんてしてない…。  
彼女とならちゃんとした同盟が組めるはず。お願い…ハザマ、ゴムロアのためにも、ここは…」  
「うむ……」  
これが一従者の発言ならば一蹴にしていたハザマだが、彼にとってこの美しいダークエルフの少女はさまざまな意味で特別だった。  
そしてハザマも、冷静に考えればリーガルリリーのいうことが正しいと解るくらいの王としての器を持つ男であった。  
「…わかった。この件はリリーに任せる」  
「!…ありがとう、ハザマ。それで、誰を使者として送るかだけど、私だと…。今あの国はダークエルフと戦争しているから…」  
その、ウッドエルフのプリエスタとダークエルフのハイラングールが戦争の原因が、自分にあることを記憶をなくしているリーガルリリーは知らない。  
彼女は、何者かに記憶を消され森をさまよっていた所をハザマに助けられ、ゴムロアに迎えられることとなったのである。  
 
「ならば、クリフを送ればいい。あいつなら大丈夫だろう」  
「わかったわ。今日はもう遅いし、明日にでも手配させます」  
もう1人の重臣にこの件を任せることに決め、会議を終える二人。  
「それじゃ、おやすみなさいね」  
「・・・ああ」  
そういって部屋を出て行くリリーに、ハザマはそっけなく返すことしかできない。戦以外のことに関しては、情けないほど無器用な男なのだ。  
「ハザマ…今回の件、本当にありがとう」  
「……あぁ」  
彼女が出て行った部屋で1人、ハザマは彼らしくもなく照れくさそうに頬をかいた。  
 
 
「会議はうまく行きましたか?リーガルリリー様」  
「ええ、おかげさまでね。フフフ、明日から忙しくなるわよ」  
自室に戻る途中、リリーは側近の1人に声をかけられていた。  
主に戦争以外の政治的な仕事をしている彼女の部下は血の気の多い獣人の中でも比較的冷静で知性的な人物が集まっており、  
彼はその中でも群を抜いて頭脳労働を得意としていた。…そう、獣人としては不自然すぎるほどに。  
「そうですか、それは良かった。…ククク、これで私の計画もうまく行きそうだな」  
「え…?アナタ、何を……っ!?」  
側近の目が不気味に赤く光るのをリリーが見た瞬間、彼女の瞳もそれに呼応するように赤く輝き、表情が消える。  
それを見て、側近はいやらしい笑みを浮かべた。  
「ここでは怪しまれるな。お前の部屋で話すぞ、リリーよ」  
「…はい、ご主人様」  
そうして、虚ろな目をしたまま側近を伴いリリーは自室へと戻っていった。  
 
ペドゥンから南、海を隔てたトライアイランド島の国の一つ・ウッドエルフの国プリエスタ。  
「同盟の使者が二名…か」  
「いかがなさいます?アイスバーグ様」  
使者の到来を告げられ、プリエスタの軍師アイスバーグは思案に暮れていた。  
「どうするにせよ、謁見は必要だろう。ことを荒立てる必要はないのだからな。さっそく準備しろ」  
「はっ、御意に…」  
部下が出て行くのを見送り、ウッドエルフの軍師は深くため息をついた。  
「この次期に同時に二国から…隣国のゴムロアからはわかるが、まさかこんな所から同盟要請が来るとわな…何が狙いか…」  
緑色の髪を掻き揚げ、アイスバーグはかすかな不安を感じつつも謁見の開場へ急いだ。  
 
 
木造りの神殿…豪華ではないが木漏れ日が入る神秘的な場所で同盟の使者達と女王アゼレアの謁見がなされていた。  
「ゴムロアの王、獣王ハザマの代理としてまいりましたクリフ=リフと申します。本日は、お目とおりさせていただきありがとうございます…アゼレア様」  
アゼレアの前に跪き、使者の一人である獣人の若者が名乗りを上げる。  
獣人としては小柄ながら並みの獣人ではありえぬ上品さすら感じられる物腰が、彼が使者に選ばれた理由を感じさせていた。  
「はじめまして、クリフ=リフ。わざわざ海を越えての長旅ご苦労様でした。わたしも、同じ森の民としてあなたを歓迎します」  
そう言い、アゼレアはクリフに優しく微笑んだ。世にも美しいエルフの女王の笑みに、クリフは萎縮してしまう。  
生い茂る夏の緑のような鮮やかな色と共に艶のある美しい髪。  
まだほんの少し幼さを残すが整った顔立ちは、神話に出てくる美しい女神達のそれ以上と言ってもいいほどであり、  
純白のドレスに包まれたその体も完璧なバランスで構成されており見る者全てを魅了していた。  
 
「この度の同盟、我々ウッドエルフにとっても大変ありがたい申し出です。無用な血を流さずに…森を傷つけずにすむのですから」  
「では、アゼレア様…!」  
緊張で固まっていたクリフの顔がほころぶ。  
「はい、同盟お受けいたします。ともに森を守るために戦いましょう。詳しい話は家臣たちを交え後ほどゆっくりと…」  
「ありがとうございます。私の主も大変喜ぶでしょう…それでは、失礼致します」  
クリフ=リフは喜びを隠すことが出来ず満面の笑みで退場していった。その健気な後姿に、アゼレアも微笑をこぼす。  
「フフ、ハザマもよい部下を持ちましたね」  
最初の使者が下がり、次の使者を呼ぶにあたり後ろに控えていたアイスバーグがアゼレアに耳打ちをした。  
「アゼレア…次の使者だが…」  
「わかっています兄上…こちらの方が問題なのですね」  
元々アゼレアの知略は兄である自分のそれを越えることをアイスバーグ自身よくわかっていたので、  
彼女の引き締まった表情にそれ以上の言葉は必要ないと判断しまた後ろに控える。  
「…うむ。では、次の使者をここへ!」  
 
アゼレアとその臣下のエルフ達が見守る中、ツカ、ツカ、ツカという足音とともに現れたのはまだ若い赤毛の少女だった。  
「この度は、貴国との同盟のために参上いたしました。エレジタットの領主ルドーラの使者、エルティナと申します。アゼレア様」  
年相応の愛らしさと幼さを残した笑みを浮かべた後、少女はアゼレアの前に跪き挨拶を述べる。事前に聞いていたとはいえ、  
魔族の国からの使者が人間の…しかも自分より若い少女であることに多少の驚きがあった。  
 
「同盟…と言いましたが、魔族である貴方の主は一体どのような同盟をお望みで?  
我々ウッドエルフは魔族の殺戮や支配に協力するつもりは毛頭ありません…それはルドーラ殿も良く知るところのはずです」  
「フフ、アゼレア様が疑問に思われるのも当然ですね。ですが安心してください。  
我が主であるルドーラ様は皆様の知っての通り、ネバーランドの歴史の古くから存在する魔人の一人です…  
が、主様は元々争いを好まず人間達と敵対していたのも大魔王ジャネスの命があったからで、  
ジャネスの死後はこの戦乱に参加することなく冥府への門のあるエレジタットの地を守り続けています。  
この事からも、ルドーラ様が他の魔族たちと違いネバーランドを支配する野心などをない事を理解していただけるものと思います」  
 
エルフの女王を前にして悠然とした態度で弁を振るう少女の姿は、  
若すぎる容姿を差し引いても魔族の国の使者―外交官に人間であるにもかかわらず選ばれた理由がうかがい知れるも。  
「しかし、野心がないと言うのなら我々との同盟も必要なかろう。  
我らウッドエルフはエレジタットの地に興味はない…ならば不可侵条約ですら結ぼうとする理由もあるまい」  
すかさずアイスバーグは疑問点を指摘する。  
言いにくい事や汚れ仕事を請け負うことこそ、自分より優秀な妹の軍師を勤める自分に最も重要な事ということを、彼はよく理解していた。  
「その通りでございます、軍師アイスバーグ様。  
我が主からの申し出は不可侵条約ではなく、ただ、あなた方ウッドエルフの戦争をお助けしたいというもの…  
ですから、こちらの軍に協力していただく必要も軍資金の援助など求めてはおりません。  
我々の方から、アナタ方の戦争に必要な兵や資金を提供させていただきたいのです」  
赤毛の少女の言葉に、エルフの高官達の間でざわめきが起きる。  
彼らの予想の中に、魔族からこれほど友好的な申し出があるなど、あるはずもなかった。  
一瞬のざわめき、そして訪れた沈黙を破ったのは、やはりエルフの長であるアゼレアだった。  
 
「…なぜ、縁も所縁もない我らにそれほど肩入れを?我らにはそこまでしていただく理由がありません」  
温和な表情のまま、はっきりと透き通った声で美貌のエルフの女王はエルティナを正面から見据えそう言った。  
その言葉を待っていたかのように、エルティナはすぐさま笑みを絶やさず説明を続ける。  
「はい、当然我々にも条件…貴女方ウッドエルフ族にお願いしたい儀がございます」  
「…なんでしょう?」  
「裏切り者の始末…です。我が主ルドーラ様の配下であるゲラという魔族がいたのですが…  
数年前にルドーラ様の持つ秘法の数々を盗みそのまま出奔してしまったのです。  
そして、そのゲラが最近ハイラングール…闇エルフ軍に武将として雇われたという情報を掴んだのです」  
そこまで一気に話し終え、エルティナはエルフ側の反応をうかがうように目配せをした。  
(兄上、確かゲラというと…)  
(ああ、半年ほど前からそんな名前の男が闇エルフ軍に加わっている。使者の話は本当だろう…)  
 
闇エルフ軍といえば、新緑エルフ軍の宿敵とも言える存在である。  
その軍の将を討つならば、ウッドエルフに協力するのがもっとも有効な手段なのは自明の理だ。  
「使者殿、お話はわかりましたが…すぐに返事をするわけにはいきません…」  
しかし、その話が本当だったとしても、魔族との同盟に二つ返事で了解することは  
何よりも調和を重んじるエルフには出来るはずもなく、アレゼアも答えを出すことに躊躇していた。  
その雰囲気を察し、エルティナは再び口を開いた。  
「裏切り者を見つけたからには、始末せねば国主たるルドーラ様の沽券に関わります。  
同盟を受け入れていただけない場合、敵対の意思はないとは言え我々はトライアイランドへ出兵せねばなりません。  
無用な流血を避ける為にも、アゼレア様…なにとぞ、お願いいたします」  
――無用な流血を避ける。  
そう言われてしまっては、アゼレアがこの申し出を断る理由がなくなってしまう。  
何より、ここまでの話をされてはすでに選択肢はなくなったといっても過言ではなかった。  
 
「…わかりました。その同盟、ありがたくお受けいたします。ルドーラ殿にはよろしくお伝えください」  
この時、アゼレアの第六感は最大限の警鐘を鳴らしていたのだが、彼女の理性と平和を思う気持ちがそれをねじ伏せ同盟に応じさてしまった。  
「ありがとうございます、アゼレア様。では、これより私…エルティナをアゼレア様の配下にお加えください。お役に立てるはずです」  
こうして、ネバーランド史始まって以来初めての魔族とエルフの同盟が誕生した。  
 
そして、ついに入念に積み重ねられた陰謀も動き出したのである…  
 
 

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