――雨の中、一組の男女がいた。  
地に手足を投げ出して横たわる男、それを見下ろす女。  
男は全身に血を滲ませ、女もまた無傷ではない。  
 
ほんの数分前、男と女は殺し合っていた。  
理由は単純。夜盗崩れの男が、金と肉体を求めて、女を襲った。よくある話だ。  
違うのは、女が、襲ってきた男よりも、遥かに強かったという一点だけである。  
 
「……殺してくれ」  
 
男が口を開いた。女は、はぁ、とため息をひとつ。  
 
「何故そんな死にたがるんですか? 折角助かったと言うのに」  
「……力が全てだと信じた。  
 逆らう奴には腕ずくで言うことを聞かせた。  
 欲しいもんがあったら無理やり奪ってきた。  
 その俺が女に負けたとあっちゃ生きてる意味がねえ」  
 
女は終始困った顔で、しかし、最後まで聞き、  
 
「困りましたね…」  
 
などと呟き、髪をかきあげた。  
その動きが――いや、先程から女の上品ぶった挙動の一つ一つが男の神経を苛立たせていた。  
 
「何が困るってんだ! 負けたら死んで、勝ったら殺す! ただそんだけだろうが!  
 その斧をちょいと振るって、俺の首と胴体をおさらばさせりゃいい! そうだろ!?」  
 
がばっと起き上がり、抗議する男。  
女はそれでも、あー、はい、えーなどと生返事を返し、しばらくしてようやく返答した。  
 
「だって、私、殺すの嫌いなんですよ。殺ったことないし」  
 
――瞬間、全てが静止した。  
 
「…おい、そりゃあ何の冗談だ、んなごっつい斧持っててよ?」  
「護身用ですよ」  
「そんだけ喧嘩強くてか?」  
「いえいえ、私なんてまだまだです」  
「俺に勝っといてそういうこと言うか?」  
「経験が浅いんでわからないんですが…貴方って強い方なんですか?」  
 
ぷつっと。男の中で、何かが切れる音が、雨音より大きく響いた。  
それに気づかず、女は明後日の方を向いて、言葉を続ける。  
 
「だってほら、よく言うじゃないですか。『戦うより抱き合いたい〜♪』とか。  
 殺し合ったって、何か得するわけじゃないし、貴方って結構格好良いですし……」  
「ッ……上等だテメェェエエエッ!!」  
 
逆上した男が、一気に立ち上がり、女に飛び掛った。  
戦闘中とは違い、完全に不意を突かれた女はそのまま男に覆い被されてしまった。  
 
「てめぇの望みどおりの『抱き合い』だ! これで満足か、ええ………お、おい?」  
 
言い返すでもなく、反撃するでもなく、女は男の腕の中でじっとしていた。  
いや、固まっていたと言ったほうが正しいだろうか。こわばった顔が朱に染まっていく。  
 
「え、えっと……おい? なぁ、何を…  
 …待て、さてはお前、こういうのも初めてとか言うんじゃねぇだろうな」  
 
女は黙ったまま、ただコクリとだけ可愛らしく頷いた。  
男は予想外の展開に再度停止し――しかし、邪悪な欲望と共に再起動した。  
 
「は、ははっ、そういうことなら、こっちのもんだ。さっきのリベンジと行かせてもらうぜッ!」  
 
宣言と同時に衣服を切り裂く  
簡単な装束のため、弱い個所さえわかれば、呆気なく服は破けていった。  
 
「ひっ……」  
「んな声出すなよ。これからもっと恥ずかしいことしてやるんだからよ」  
「ははは恥ずかしいことって、もしかして…せ、せくっ、せせっ……せっくすとか?」  
「ご名答。こいつはその報酬だ」  
「なっ、ちょ、やめ…………あうっ……!」  
 
あらわになった胸を男が鷲掴みにしただけで、女が声をあげる。どうやら感度は悪くないらしい。  
 
「はは、気分良いな、おいっ」  
「あ…うっ……やだ……おっぱい、もんじゃ…」  
「ほぅ、揉んじゃ嫌か。なら」  
 
腕の動きを止め、代わりに人差し指で乳首を転がし、弄ぶ。  
目を見開き、未体験の感覚に体を振るわせる女を尻目に、男は片方の乳首を口に含み、舌でねぶっていった。  
 
「ひゃんっ……だめ、乳首、くすぐったいです……こんなのっ…」  
「くすぐったい、だけか? こんなに反応してるのによ」  
「だ、だって……おっぱい、弄くられると電気、走って……やんっ、またぁっ!!」  
 
男が舌をヘソへ、そしてもっと下へ滑らせていく。  
男の意図を本能的に見抜いたのか、女は太ももを閉じようとするが、  
まるで力が入っておらず、獣欲の後押しを受けた男の腕力には抗し切れなかった。  
 
「…おいおい、もう濡れてんのかよ」  
 
男の言うとおり、女の秘所を包む下着は既に湿っていた。  
汗と、雨水と、それ以上に女自身の体液で。  
 
「へ? …え? ええっ? わ、わたっ……私、お漏らししちゃったんですか…?」  
 
見当違いの焦り方をする女をあえて無視して、男はパンティーの紐に手をかける。  
 
「だ、だめ、そこは、結婚する人以外には見せちゃ駄目って、お父様とお母様にっ」  
「ついでにパパとママに教えてもらえばよかったのにな。こうなったら男は止まらねぇんだよ」  
 
味を楽しむように舌を這わせ、ゆっくりと、だが着実に舌を侵入させていく。  
同時に指も併用し、玩具を与えられた子供のように、男は執拗に女を責めていった。  
 
「ひっ……ひぐっ…だめぇっ! さっきの、さっきのびりびりって……でも、さっきよりつよくてぇっ…!!」  
「っ……は、覚えとけ、そいつはな、気持ちいいって言うんだ」  
「気持ち……いい…?」  
「ああ、そうだ。ここをこうやって舐めあげられるとっ……」  
「ひゃんっ…!」  
「どうだ、どういう気分がする?」  
「わ、わかりません、こんなの初めてで…でも、ぞくってして、ふわふわして、あたま、ぼーっとしてぇっ…!!」  
「嫌か?」  
「い、いやじゃありません、いやじゃないけど…でも、だめ、だめなんですっ…!」  
 
「……ならよ、そろそろ、いいか?」  
「…え…?」  
「セックスってのはな…男のこいつをな、女のここにぶち込むんだよ」  
「え…ええ、えええっ!? うそ、嘘です無理です死にます絶対ぃーっ!!」  
「死なねぇよ、赤ちゃんはこっから出てくるんだから…だあ、くそっ、暴れんなっ……ここか、おらぁっ!!」  
 
じたばたともがく女を無理やり組み伏せ、狙いをつける男。  
亀頭が陰唇にふれた際の快楽で、女の抵抗が一瞬とまる。  
その一瞬を逃さず、男は一気に腰を進めた。  
乱暴な挿入。一歩間違えれば、互いに怪我をしかねない危険な行為だったが、男の執念がそれを成功させた。  
 
「っ……!!」  
 
女が息を呑む。戦闘に天賦の才があろうと、身を内側から引き裂かれる痛みには耐性があろうはずがない。  
 
「…く……お……」  
 
男もまた言葉を紡げていなかった。ただし、こちらは快感で。  
女の膣は生娘とは思えないほど柔らかく、強く、複雑に肉棒に絡み、締め付けてくる。  
百戦錬磨とは言えぬまでも、幾人もの女の味を知る男にとっても、その感覚は未知のものであった。  
 
「っ……ぁ…が………」  
 
金魚のように口をぱくつかせる女。  
それを見た男の胸を正体不明の痛みが襲う。  
――いや、ずっと襲っていたのだ。この女を見かけたときから。その可憐な姿を見たときから。  
だが彼はその感情の名を知らなかった。奪い、殺し、犯すことで欲望を充足させる日々は彼にそれを教えなかった。  
だから、彼は。  
 
「く、そぉっ!!」  
 
腰を突き動かす。  
女に与える痛みを最低限に、自分が得れる快楽を最大限に、少しでも早く行為が終わるよう。  
 
「っ……あ……うあっ、ぐっ……あ、ああっ…」  
「ち、いっ…」  
 
男は女の背に手を回し、そのまま抱き上げる。  
密着することで女の泣き顔を見ないですむようになると思ったのか、だが。  
 
「くぅっ……やぁ…もうやだぁ……いたい……いたいよぉ…ぅ……!」  
 
女のすすり泣く声を耳元で聞くことになってしまう。  
快楽と嗜虐心と覚えた手の愛情がごちゃ混ぜになり、  
男はわけもわからず女を抱き締め、ますます乱暴に突き腰を動かしていった。  
 
「あ、あぐっ……はあっ……づぅっ…うあ、あああああああぁーっ!!」  
「っ………お、おおおおおっ!!」  
 
限界を迎えた男が女の膣中に直接白濁を放出する。  
疲労が限界に来たのか、男はそのまま後ろにゆっくりと倒れこみ、  
女もまた苦痛から開放されると同時に意識を手放していった。  
 
 
「うっ……えぐ……ひっく……」  
 
女の押し殺したような泣き声で、男は目を覚ました  
――いや、もう、とっくに意識は起きていたのだ。  
単に目の前で泣いている女をどうするかを考えると頭が痛くなるので、目を瞑っていただけなのだ。  
しかし、いつまでもこうしていたところで、事態が好転するわけでもない。  
 
「……だーっ、くそ! いいかげん泣き止め!」  
「だって、私、初めてだったのに……う、うううっ…」  
 
俺の知ったことか、てめぇも感じてたじゃねぇか、言わなかったお前が悪い。  
言い訳にならない言い訳が幾つも浮かび、だが、男はそれを言えなかった。  
目の前で泣いている女を見るとどうにも胸が痛くなり――これ以上悲しませたくなくなってしまうのだ。  
 
「だぁーっ! くそっ!!」  
 
男の咆哮に、女はびくっと体を縮めた。  
そんな女の肩をしっかりとつかみ、自分の方に向かせると、男は高らかに宣言した。  
 
「俺も男だ、責任はとる! 一生をかけて償ってやる! だから、俺の傍にいろ! いいな?」  
 
聞いているのかいないのか。きょとん、とした顔で女は男の顔を見つめていた。  
その顔が徐々に朱に染まっていく。  
 
「そそそ、それって…」  
「お、おうっ、だから、お前、さえ、よければ、だなっ…」  
 
男の方まで女に吊られたのか真っ赤になり、どもりながら言葉を続ける。  
 
「え、いえっ、私こそ、その………って、あれ?」  
 
女の言葉がとまる。  
 
「…そう言えば、貴方、何て名前なんですか?」  
「俺か…俺は、ブリモリンって言うんだ。いい名前だろ」  
「はい、素敵な響きですね。……えっと、私は」  
「あー、いい。要らねえ」  
「へ?」  
「責任は取るつったろ。いつか俺は誰よりも強くなって、この世界を全部手中に収める、  
 で、全部お前にくれてやる。だから、お前の名前は今日からビッグママ。世界の偉大な母、ビッグママだ!」  
 
思わぬ言葉に呆然とする女に対し、男――ブリモリンはにかっと笑っていた。  
その笑顔にやがて、女も応じるように  
 
「勝手な人」  
 
とあきれるような、しかし柔らかい微笑みを返していた。  
 
 
…  
 
……  
 
………  
 
「…というのが、あたしとダーリンとの馴れ初めってわけさッ!」  
 
笑い声が、決して脆くはないゴブリンタワーをも揺らす。  
女王のノロケを聞かされた三人のゴブリンは思わず本音を漏らしてしまった。  
 
「嘘臭いにも程がありますよ、ビッグママ」  
「ついて良い嘘といけない嘘があります」  
「っていうか、口調どころか、性格っつかキャラからして違うじゃないですか。これ、詐欺の領域ですよ」  
「うるさいよ、お前たちっ! 乙女のピュアなメモリーにケチをつけるつもりかいっ!?」  
「「「いえいえいえいえ、滅相も」」」」  
 
反射的に率直な感想を口にしてしまったが、考えてみれば危険な行為である。  
眼前の自称乙女――雲を突くような異様と岩のような筋肉を誇るゴブリンの首領は、並のゴブリン30人以上の実力があるのだ。  
 
「そうかい、それならいいのさ。………でね、あの人ったら…」  
 
再び思い出話に突入したビッグマム。  
三人は命拾いをしたと思い――その直後、果たしてこれは助かったのだろうか、精神的ブラクラが続くだけなのではないかと思い直し――色々と詰まった溜息をついた。  
 

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