スパイラル  

 鳴海歩と竹内理緒が病院を後にして四十分程が経った。  
 食材の買い出しにスーパーに寄った二人は、当初の目的通り、理緒の部屋に向かうために街を歩いていた。  
 後少しで自分の家に着くというところで理緒は足を止め、歩の背中をじっと見つめた。  
(なんだろう、この気持ち……)  
 自分も持つと言った理緒を制し、彼女の荷物とビニールの袋を手に前を行く歩の背中は、理緒にどことなく頼りがいのある印象を与える。  
 敵であった歩にそのような感情を抱くのはおかしいかも知れないが、彼に負けたあの時、病院で荷物を持ってやると言われた瞬間に、理緒は胸の内に言葉に出来ない感情が芽生え始めているのを感じていた。  
 これが恋というものならば、それはそれでいいものかも知れない。  
 彼女だって年頃の女の子だし、本当ならこんな感情にやきもきして楽しい青春を送っていたに違いない。  
 けれど少女は血塗られた子供。赤く染まったその手に、幸せなどつかめるはずもない。  
 だから彼の好意に甘んじてはいけない。これ以上、彼への想いを大きくすることは許されなかった。それはきっと、――彼を不幸にしてしまうのだから。  
 小さな恋の芽を摘むために、思い切って理緒が声をかけた。歩が、不思議そうに彼女を振り返る。  
「ん、なに止まってるんだ? こっちで合ってるんだろ、お前の家」  
「あ、その、そうですけど……えっと……」  
 いざとなれば言葉に出来ない。  
 かつて彼を圧倒できたときの勇気はどこかへ行ってしまったようだ。今の彼女は恋に揺れる、普通の女の子に過ぎなかった。俯いて、ぼそぼそと何事かを呟く。  
「……どうした?」  
 その態度を不審に思った歩は、身体を傾ぐようにして理緒の顔をのぞき込んだ。  

 突然目の前に現われた少年の顔に、理緒の顔が紅潮する。  
「熱でもあるのか? 顔、赤いぞ?」  
「だ、大丈夫です!」  
 そう言って歩き出す理緒だったが、急に上った血に頭は熱く、足取りはふらふらと覚束なかった。徐々に左側へと寄っていく彼女は、後少しで車道に飛び出そうというところで、「おい、あんた!」  
「え?」  
 歩の伸ばした腕によって抱きかかえられ、歩道へと連れ戻された。  
 その時、理緒には完全に治りきっていない傷口を掴まれた痛みよりも、歩に抱きしめられたという方が衝撃的だった。心臓は早鐘を打ち、送り出された血液は熱を持って全身を駆け巡る。すでに、まともな判断を下せと言う方が無茶なほどに、理緒の頭は混乱していた。  
(え、え、え、え? な、なんであたしは弟さんに抱きかかえられて? も、もしかして、いや、そんな……。こんな人がいっぱいいるところで……? ってあたしは何を考えて! はうぅ……なんだか顔が熱くて、もぉ、あたし、おかしいよぉー)  
「本当に大丈夫か? おい、おい! ……って、聞いちゃいないな。くそ……仕方ない、か」  
 力の抜けたようにくたりとしている理緒に歩は呼びかけた。だが返事はない。  
 何かを諦めたように、歩は理緒を左手に抱えたまま、右手に買い物袋を持ったままで道行くタクシーを呼び止めた。まだ錯乱している理緒を後部シートに放り込み、自分も中に入りながら、  
「――まで頼む」  
 若い彼らを訝る運転手に告げた。  
 行き先は、彼の家のマンションだった。  

「あの、なんであたし、弟さんの家のキッチンに座ってるんでしょうか?」  
 気がつけば理緒は、鳴海宅のキッチンにあるテーブルで、料理を待って座っていた。  
 歩はカウンター向こうのコンロの前で鍋を振るっている。まるで手品のように、食材達は食欲をそそる匂いが薫る品々へと変わっていった。皿に盛りつけをし、先に作っておいた品共々、テーブルまで運んできた歩は呆れかえったように理緒を見る。  
「あんた、それはないだろう?」  
「はう?」  
 条件反射で箸を伸ばしていた理緒は、野菜炒めのピーマンを摘んだところで、彼を見た。  
 どことなく怒っているように見える。  
「あのな、こっちは払わなくてもいいタクシー代まで払わされたんだ。それに、あんたがもうちょっとしっかりしてりゃあ、あんたの家まで送れたんだけどな」  
 つまり歩曰く、理緒の具合が悪くなったと思った歩は、タクシーを呼んだところまでは良かったが、肝心の理緒の家の住所を知らなかったために自分の家に連れてきたとのことだ。  
 取り敢えず義姉であるまどかのベッドに寝かせていたらしかったのだが、美味しそうな匂いにつられて理緒は無意識に起きてきたらしい。  
 食い意地の張った奴だ、と歩が漏らす。  
「そ、そんなことを言われても、あ、これ美味しいですね、あたしだって何がなんだか分からなかったん、んぐんぐ、だから、仕方ないじゃ、ほんとおいしー、ないですかー」  
 片っ端から料理を口に運び、美味いと賛辞を口にしては言い訳をする理緒は、まるで幼子のように見える。  

(本当にこれがブレード・チルドレンの一人なのか?)  
 歩は痛み出したこめかみを押さえ、口元を汚している理緒を見て、ナプキンを手に取った。  
「ほら、顔、こっちに出せ」  
「え? あ、ん……」  
 為すがままに口を拭われる理緒を、誰がお世辞にも歩より年上とは言えるだろうか。元々の童顔のせいもあるが、ここまでくるとそれだけのせいではないように思われる。  
 そして、再び料理に手を伸ばそうとしたところで、後から考えると意地汚く大皿を掴んだのが悪かったのだが、  
「はうっ」  
「お、おい!」  
 近頃は子供でもやらないような、大皿を掴み手を伸ばした状態で、椅子から転げ落ちるという大技をしてのけた。空中で皿が反転したところで歩はそれを掴んだが、盛られていた料理は重力と慣性に従って理緒の頭に見事に降りそそいだ。  
 この時、歩は心底フローリングで良かったと思った。  
「あ、あたしの心配はしてくれないんですかー?」  
「別に大丈夫だろ、それぐらい」  
 涙目で抗議する理緒に冷たく言い放った歩は、皿をテーブルに置いて家の奥を指で指し示す。  
「風呂貸してやるから、その頭をなんとかしてこい。片づけは俺がやっておくから」  
「はうー」  
 着替えの入ったバッグを掴んでのたのたと浴室に向かう理緒を見送ってから、歩は大きなため息を漏らした。  
「なんでこんな事になってるんだ?」  
 まだ残っている料理にラップをかけて冷蔵庫に放り込み、歩は、床の上を掃除しようと雑巾を取りに行った。  

 シャンプーとリンスを目一杯使って髪を洗い、ついでに身体も洗った理緒は、目を閉じてシャワーの水滴に身を晒していた。さして凹凸のない身体を、程良い温度の湯が滑り落ちていく。  
(こんなことしてていいのかなあ……。アイズ君が刺されて、カノン君について弟さんに協力を申し出ようと思ってたのに、はうー)  
 しかしそうは思うも、久方ぶりのシャワーは気持ちよく、理緒は夢見心地で髪を梳いた。手ぐしにちょっぴり自慢である長い髪がまとわりつき、水流とともに指の隙間を擦り抜けていく。  
 だが、いつまでも夢の中に留まるわけにはいかなかった。今は辛い現実を見つめ、乗り越える時なのだから。  
「……早く、カノン君に対する対策を練らなくちゃ」  
 コックを閉め、脱衣場との仕切を開けたところで、理緒ははたと動きを止めた。彼女の目に、口を開けて自分を見つめる少年の姿が映っていた。  
 その少年は手に雑巾を持っており、洗面場と脱衣場を兼ね備えているそこで、先程こぼした料理の後片付けに使った雑巾を洗っていたらしいが、いや、そんなことはどうでも良かった。  
 ぽとりと、少年が雑巾を取り落とした。それが引き金だった。  
「は、はううううううーーーーーー。弟さんのえっちぃいいいいいーーーー」  
 下手すれば、マンション中に響き渡っているんじゃないかという程の大音声で理緒が叫ぶ。少年、すなわち歩の顔面が蒼白になる。  
「見、見てないっ! 俺は何も見てないっ!」  
「うそだぁぁぁーーーーー、弟さんに裸見られたぁぁぁぁーーーー」  
 ぺたりと理緒がへたり込み、それを目で追った歩は、危うく言い訳の出来ないところまで見てしまうことに気がついて脱衣場を飛び出した。ドアを閉め、キッチンまで戻って蹲る。心臓が破裂しそうだった。  

 一方理緒は理緒で泣きじゃくりながら、置いてあったバスタオルで体を拭いてすぐに新しい下着を穿き、意味があるのか分からないブラジャーを着けた。  
 それから服を着て、バッグを手にリビングに戻った。キッチンでしゃがんでいた歩を見て、怯えたように距離を取る。まるで強姦魔に対するようにじと目で歩を睨みつけた。  
 まともに話ができるまで、三十分ほど気まずい空気が流れた。  
 漸くに話が出来るまで落ち着いた二人は、リビングに座ってお互いを見た。  
 理緒は、彼女なりに裸を見られたというのは相当堪えているらしい。バッグを間に挟んで、歩と離れるように壁際に移動していた。  
「あ、あのな。先に誤解のないように言っとくけど、俺は何も見てないからな」  
 居心地悪く目を逸らして、歩が誤解を解こうと口を開くも、  
「……嘘吐き」  
 その一言で切り捨てられた。理緒の視線が非難となって突き刺さる。  
「弟さんがそんな人とは思いませんでした。……最低です」  
「……んだと?」  
 だが、さすがにその言葉には歩もかちんと来たらしく、づかづかと歩み寄って理緒の首元を掴み上げた。思い切り睨み、怒鳴りつける。  
「いい加減にしろよ? あんたの減り張りのない身体見たってなあ、こっちは何とも思わないし、何かしようなんて思わないんだよ!」  
「……」  
 それは理緒の逆鱗に触れる禁句だった。ゆらりと立ち上がった理緒が、歩を睨むように見上げる。  
「じゃあ、試してみますか?」  
 彼女にとってそれはもう意地だった。けれど、きっと弟さんは馬鹿馬鹿しいと言って逃げるに決まっているという、確証のない自信があった故のセリフかも知れない。  
 だから、  
「……わかった、いいだろう」  
 歩の返事に驚きが隠せなかった。  

 歩が浴室でシャワーを浴びている間、理緒は彼の自室で固まっていた。どうしてあんなことを言ったのかと自身に問いただす。  
(はうー、成り行きとは言え、こんな時に……。うう、弟さん怒ってたからなあ、今更冗談なんて言っても聞いちゃくれないだろうし……。あ、でも、これはこれでチャンスなのかも。いっそのこと「好きです」って言っちゃえば……)  
 そんな甘いことを考えていた理緒は、部屋のドアを開けて入ってきた歩を見て自分に馬鹿といいたくなった。  
 上半身裸でズボンを穿いただけの歩は椅子を引き、そこに腰掛けて足を組む。完全に目は据わっていた。胸の前で指を組み、怖ず怖ずと自分を見つめる理緒に対し、  
「さっさと服を脱げ。自慢の身体なんだろう?」  
 と冷笑すら浮かべている。完全に人が違っていた。  
 理緒が一番上のボタンに手をかけて、  
「あ、あの、やっぱり無かったことなんて……」  
 愛想笑いを見せる彼女に、やはり歩は冷笑で応える。  
「逃げるのか? ……そっちから持ちかけたことだろう。覚悟を決めたらどうだ」  
「……はうー」  
 歩の視線に体中を触れられながら、理緒はゆっくりと服を脱いでゆく。見られているんだと思うことで身体の芯が熱くなり、息が乱れ始めた。  
「あ、あの……もう、いいですか?」  
 靴下を脱ぎ、後は上下の下着だけとなったとき、理緒は懇願するように歩を見た。恥じらい、赦しを請う哀れな視線を流し、歩は椅子から立ち上がり理緒の頬に手を触れた。その感触に理緒が声を漏らす。にやりと、残酷な笑みが歩の顔に浮かんだ。  
「まだだ。……そうか、自分で出来ないなら俺が脱がせてやろうか?」  

「え、やぁっ!」  
 理緒の短い悲鳴も歩を止めるには不十分で、素早く回した右手により、ブラのホックがいとも簡単に外された。ぽとりと落ちたブラジャーの下から、微かなふくらみと仄かに色づく突起が露わになる。  
 理緒は両手で顔を塞ぎ、現実から逃避しようと目を閉じた。それに構わず、歩は彼女の身体を眺め、あるところで目を細めた。  
「……傷があるな。あのときの、爆弾によるものか……」  
 歩は少女の胸にある縫合後を見て、そっと指で触る。乳房の下にあるそれは痛々しく、彼女にとっても忌むべきものであろう。その原因も全て、その奥にあったという肋骨の欠落――ブレード・チルドレンという宿命のためなのだ。  
 このような少女にさえ呪いは降りかかり、些細な幸せすらも奪う。兄によって全てを奪われたと思う歩は彼女に対し憐れみ、否、同情し始めていた。  
 そして、その傷を撫でているうちに、歩の中で何かがパチンと弾ける音が聞こえた。それは彼女の身に宿る呪縛に対する怒りのスイッチであり、何か、ある種の自分に対する憐れみの様なものだった。  
 歩は恥ずかしがる理緒の手をどけ、まだ固く目を閉じている彼女にそっと口づけた。驚いて目を見開いた理緒に、先程までとは違い、優しく微笑みかける。  
「お、弟さん……?」  
「意地の悪いことをしてすまなかったな。……一つ、頼みがあるんだがいいか?」  
 目を瞬かせた後に、こくりと頷いた理緒を見て、また微笑んで歩は続ける。  
「俺は、お前を抱きたいと思う。……嫌か?」  
 誰が断れるというのだろう。何よりも甘く、羽毛よりも優しく包み込むような笑みに抗える者がいるならば見てみたい。  
 反則のような笑みで見つめられ、溢れだした想いに後押しもされ、理緒は、  
「……抱いて、くれるんですか?」  
 思わずそう答えていた。  

 細いながらも力強い腕によってベッドに横たえられた理緒は、小さな胸を隠すように腕を交差した。  
 彼女の右側に歩は腰を下ろし、恥じらう少女の髪を撫でた。まだ濡れているそれは艶やかで、自分の髪と同じ匂いを放っている。それが何とも愛おしく感じられ、歩は表情をゆるめた。  
「怖いか?」  
 理緒はふるふると首を横に振って彼の問いに答えると、何か物言いたげに歩の瞳を見た。ブレード・チルドレンならではの、縦に長い瞳孔が揺れている。  
「どうした、何か言いたいことがあるなら言ったらどうだ?」  
「……あの」  
 か細い声が、震えるように彼女の喉の奥から絞り出される。  
「どうして、あたしなんかを抱きたいと思うんですか? その、あたしこんな身体だし……、前は弟さ」  
「――歩でいい。歩と呼んでくれ」  
 理緒が一度瞬きをし、確かめるように口の中でその言葉を反芻してから言い直す。  
「あ、歩さんを殺そうとしました。……普通に考えても、そんな女の子を抱きたいなんて思わないでしょう?」  
 ふいと目を逸らす理緒。  
「もし、戯れに抱いてやろうとか、可哀相だからとか思っているならやめて下さい。……あたしはこれ以上、貴方のことを好きになりたくありませんから」  
 理緒の瞳にうっすらと浮かんだ涙が、彼女の本心を表わしていた。  

 ここまで悲痛な告白を歩は知らなかった。  
 決して報われることのない望み。叶うとしても、いずれは崩れ去るだろ儚い想い。  
 歩は、ただ互いを慰めるためだけに抱こうとした自分を恥じた。そして、彼女の想いに真摯に応えなければならないという思いに胸を埋め尽くされた。  
 優しく理緒の手を取り、ゆっくりと目を瞑って、――覚悟は決まった。  
「理緒」  
 初めて彼女の名を呼ぶ。そもそも歩が女性を名で呼ぶことは珍しいのだが、理緒はそんなことに気付いていなかった。  
「俺は、お前をただ同情で抱こうと思っていた。生まれつき呪いの烙印に全てを奪われたお前と、兄貴……鳴海清隆の弟として生まれた俺。互いに傷を舐め合うように、な」  
 横目で歩を窺う理緒の瞳に、彼の顔が映っている。  
「でも、今は違う。今はただお前のことが愛しいと思うから、守りたいと思うからこそ抱くんだ。これがどういうことか分かるか?」  
 歩は、理緒が答えるまでいつまでも待つつもりだった。だが、彼女の返事までそうはかからなかった。  
 体を起こし、すがるような目に涙を溜めて、理緒が歩を見つめる。  
「……歩さんは、あたしのことを愛してくれるんですか? 血に汚れた、ブレード・チルドレンである私を?」  
 理緒の裸身を歩はきつく抱きしめ、その耳元でそっと囁いた。  
「お前を愛することを誓う。……理緒」  
 少年の胸に、少女の涙が一粒零れた。  

「あ、あの……歩さん」  
 身体中に口づけする歩に理緒が声を上げた。彼女の下腹部に至ろうとしていた彼は顔を上げ、彼女の顔を見る。  
「どうした? くすぐったいか?」  
「いえ、そうじゃなくて……その、あたしこういうことは初めてなんで……えっと」  
 消え入りそうな声で、理緒は「優しくしてください」と呟く。それがあまりにもこそばゆくて、歩は赤面したまま彼女の腹部にある窪みにキスをした。可愛い声で理緒が鳴いた。そのまま、キスを続ける。  
「あ、ひゃぅ……ん、ぁ……」  
「可愛いな、理緒は。……それじゃあ、こっちも見せてくれるな?」  
「え? あ、駄目ッ、そんなとこ、見ちゃ駄目で、あぁ……」  
 ショーツを脱がそうとした歩に抵抗しようと理緒が手を伸ばしたが一足遅かった。するりとショーツは膝下まで下ろされ、彼女の秘部が空気にさらされる。まだ誰にも見られたことのない部位をしげしげと観られていることに、彼女の身体がほんのりと桜色に染まっていった。  
「は、恥ずかしいですから、そんなに見ないで下さいよぉ……はぅ。……え? そんな! 触っちゃ、ぁん!」  
 歩の右人差し指が、そっと割れ目の中に入り込んだ。浅い部分をすっと滑るように縦に往復させながら、  
「綺麗だよ……理緒」  
 ふっと吐息をかけて反応を見る。敏感な理緒の肌はそんな些細な刺激にもビクリと震えて応える。それが歩の情をさらに煽ることとなった。ぐっと身体を彼女の胸元まで移動させ、官能によって尖った突起を口にくわえて舌で嬲る。  
左手は理緒の背中の下を回し、彼女の左胸を揉みしだく。  

「……ん、は……やぁっ、そんな、うんっ! 歩さん! そこ、駄目ですぅ!」  
 始め、理緒は未知の感覚に身体を強張らせていたが、徐々に強く愛撫される乳房に感じだし、いつの間にか声も大きく喘ぎ始めていた。  
 感度そのものは悪くない。むしろかなり敏感な部類に入るだろう。その証拠に、すでに歩の指には熱い粘液が絡みついている。それは理緒の、悦びの徴であった。  
「気持ちいいのか……?」  
 両手の愛撫を続けながら耳元で囁いた歩の声に、理緒が一瞬ビクリと体を反らせる。ベッドがぎしりと軋んだ。  
「そ、そんなこと言わ、あ、ふっ! れてもっ……あたし、もぅ……んはっ、よく、分からないよぉ!」  
 理性を失った彼女の声はとても心地よく、脳を痺れさせる絶好の麻薬となって歩の耳から入り込む。徐々に動かす指の速さを上げ、乳首を摘む力を強くして、歩は理緒を愛し続けた。  
 ものの数分で、理緒の匂いが部屋中に立ちこめるほどに彼女の秘裂は潤い、指一本程度ならばなんとか出入りできるほどに解きほぐされていた。  
 そこで一度歩は愛撫をやめ、左腕に抱かれている理緒の顔を自らの方に向けた。  
「理緒……」  
「歩、さん……ん……ふっ、あ、んんっ……」  
 名を呼び合い、互いの愛情を確認した二人は唇を合わせた。  
 最初はただ触れあわせるだけだったキスも、次第に舌を用いた激しいものへと変わっていく。  
 じっと目を開けて理緒の顔を見ながらキスをしていた歩は、時折理緒がとろけた瞳を薄く開いて、そこに歩がいることを確認しながら口づけを続けていることに気がついた。  
 まるで雛鳥が親を求めるように、愛する人が目の前からいなくならないように怯えているような仕草は、歩にさらなる愛おしさを感じさせた。  
 きつく身体を寄せ、窒息してしまうのではないかと言うほどに強く理緒の口を吸う。暴れる理緒のことなど構いもせず、歩は力強く抱きしめた。  

「はぁ、はぁ、はぁ……。はうー、もう少しれ、死んじゃうかと思ったじゃないれすかぁ」  
「でも、気持ちよかったろう?」  
「……はうー、そんなことは……。ま、まあ、少しらけなら……あん……んん、はぅ」  
 理緒が呂律のまわっていない舌で抗議するも、歩にとってそれは可愛らしいとしか思えなかった。くすりと笑うと、再び乳房と秘裂に手を伸ばし愛撫を始める。  
 キスのせいか、さらに分泌される粘液が増えていた。すでにシーツに染みを作るほどになったそれを一つの目安のように考え、歩が理緒の上に跨った。  
 ズボンの上からでもはっきり分かるほどに硬直している己を取り出し、理緒の裂け目にそっとあてた。指とは違い、それ自身が熱を持ったものの感触に理緒がビクリと硬直する。  
 知識だけとはいえ、理緒もそれをどうするかは知っている。初めてだとどういう風になるかは、以前興味本位で見た雑誌にも書いてあった。  
 しかしそれは本から得た知識であり、そんなことを語り合う友人のいない理緒には恐怖以外の何ものでもなかった。  
「入るぞ?」  
 ぐっと力を込めて割り入ろうとするそれに、理緒が声を上げる  
「あ、あの!」  
「分かってる。……ゆっくりするから。出来るだけ優しく、な?」  
「お、お願いします。……ん、いた、ぁああ、く、うううっ」  
 引き裂かれるような痛みに理緒の身体が強張る。歩自身は年相応の大きさなのだが、問題は理緒にあった。  
 十七という年齢にしては小さすぎる体は、全く以て発育が足りていなかった。秘部周りにはちょろちょろと薄い産毛のようなものが生えているだけだし、陰唇の発達もほとんど無いと言っていいものだった。  
 つまり子供の「それ」で歩を受け入れなければならないのだ。自然、痛みはついて回る。  
「息を吐け。そうすれば身体の力も抜ける。少しは痛みも和らぐだろう」  
 苦痛に顔を歪めていた理緒に優しく話しかけながら、きつく締め付けてくる彼女の中へと徐々に侵入していく。歩も背筋を駆け巡る稲妻のような快感に欲望が迸りそうになった。  
 だが一人だけ快楽に溺れ、理緒に辛苦を味合わせるだけではいけない。一つになるとは、相手を愛するということはそういうものではないのだ。  
 やっとの事で中に入り、と言っても全部が納まることは叶わず彼女の最奥に到達したのだが、歩は理緒の上にもたれ掛かり微笑みながら囁く。  

「今……俺が入っているのが分かるか?」  
 その問いに理緒は口を開かず、ただ涙を零すことで答えた。潤んだ瞳はけして哀しみを表わしているのではない。むしろ二人が一つになった喜びが溢れ出ているようだった。  
 しばらくそうして見つめ合っていた二人だが、不意に理緒が恥ずかしそうに呟く。  
「歩さん……えっと、……動いて、いいですから」  
「……いいのか? でも、そうすると理緒が痛いんじゃ……」  
「大丈夫です。ちょっとくらい痛くても我慢出来ますし、あたしは……歩さんに、気持ちよくなって欲しいから」  
 献身的な理緒の態度に歩は申し訳ないという気持ちで一杯だった。罪悪感にも似たその感情を押し殺し、理緒のためにもゆっくりと動き始める。  
「う、ん……あ、はぁっ……歩さ、ん……いぃ、く、ううん……」  
 歩がゆっくりと自身を引き出すごとに理緒の内部が絡みつき、絶妙な感触を彼に与える。そして腰を押し出すと理緒は引きつったような息を吐き、まだ続く痛みに耐えているようだった。  
 三度、四度と往復するうちに歩は右手で彼女の腰を抱き上げ、空いた左手でそっと秘裂上部の突起を撫でた。  
「歩さん! ひっ、あ、ふっ……そこ、触られるとあたし、なんだか変な気分に……」  
 甲高い声で理緒が悲鳴を上げ、快感に身をうち震わせる。歩は突き上げると同時にそこを摘み、快楽で痛みを紛らわそうとした。  
 その思惑は当たり、しばらく続けるともう中を突くだけで理緒は感じるようになっていた。両腕を歩の首に回し、より深く結合しようと抱き付いている。  
 肌だけでなく、全身がかなり敏感なようだ。理緒はすでに、絶頂の手前まで高ぶっていた。  

 歩も下腹部が痺れたように感じ、腰の動きを可能な限り速めていた。すでに何を考えているのか分からない。ただ本能に従って体を動かしていた。理緒の分泌する液体と空気の混じる音、ベッドが二人の動きに堪えきれず上げる悲鳴が部屋に響いていた。  
「理緒……俺は、もう……!」  
「あたしも、もう駄目ですっ! お願いです、来て……あたしの中に来てください!」  
 歩が最後の一突きと理緒の一番深いところに自身を差し入れたと同時、  
「あ、ふぁああああぁっ、歩さん……歩さぁぁぁぁああああん!」  
 理緒の内部が離すまいと歩を締め付ける。その強さに堪えきれず、歩は理緒の中で果てた。  
 どくどくと送り出される歩の欲望に、理緒の身体は細かな痙攣を続けていた……。  

 眠りについた理緒の秘部を拭い、自らも後始末をした歩は一人ベランダで夜の街を眺めていた。  
 留守電に入っていたメッセージでは、義姉であるまどかは今日は泊まりでの仕事になるらしく、今も家に帰ってきてはいない。安堵に溜め息を吐いた歩だったが、今ではもうそんな気分にもならなかった。  
(カノン・ヒルベルト……か。厄介そうなやつが来たもんだな、ったく)  
 結局話の出来なかった歩は、事前に得ていた情報でこれからのことを考えていた。  
 親友であるアイズを躊躇いも無く刺した男。戦闘能力で言えばブレード・チルドレン最強の人物。間違いなく強敵であろう。  
(兄貴も、一体何がしたいんだろうな……)  
 風が吹いた。歩を笑うようにそれは髪を掠めていく。  
 目を閉じて俯いた彼の口元に、ふっと不敵な笑みを浮かぶ。  
 そして「彼」は一人ごちた。  
「まあ、どうあろうと俺は俺の守りたい者を守るだけだ。……来いよ、クソ兄貴」  

 ――運命の螺旋を引きちぎり、今、少年は全てに反逆する。  

 スパイラルif 〜罪深き少女を愛した少年〜 了  

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