「はぁ。。。」
月臣学園の新聞部の部室。
そこにシャーペンをクルクルと指で回しながら、
もう片手で机にあごひじを着いて深くため息をつく、
自称[恋に夢見る美少女]こと結崎ひよのがいた。
「鳴海さんは私のチョコを受け取ってくれるでしょうかねぇ…。」
ひよのは目の前に置かれた、綺麗にデコレートされた箱に目を落とす。
この中には、ひよのの手作りである大きなハート型のチョコが入っていた。
手作りと言っても当然、市販の板チョコを溶かして固めただけの物だが。
「もし受け取ってもらえなかったらどうしましょう…。」
パチッとペンを置き、両手で箱を持って顔の前に持ってくる。
そして箱を包む紙には皺は無いか、と入念にチェックしてしまう。
「完璧です。完璧すぎます! これで受け取らなかったら鳴海さんは男の子失格です!」
と、ひよのが一人、鼻息を荒くして外にも聞こえそうな声で言ったところへ…。
「あんた、一人で何言ってんだ?」
「鳴海さん!?」
ひよのが振り向くと、ドアのところには声の主である鳴海歩の姿。
この時、ひよのは慌ててチョコの箱を後ろ手に隠してしまう。
「ん、どうかしたのか?」
ひよのの様子がおかしいと感じたのか、歩が問う。
「な、なんでもないですよ♪」
そう言ったところで、歩の手に綺麗なリボンの付いた箱が握られているのを発見して…。
「鳴海さん…、それ…。」
ひよのは右手だけ自分の箱から解放して、歩の持つ箱を指さした。
「あぁ。これ、あんたにあげようと思って。」
と素っ気なく、ひよのに箱を差し出す歩。
少しの間、ひよのはジトーっとその箱を睨みつた後、怒ったように切り出した。
「鳴海さん、最低です!!」
「は!?」
いきなりで何のことやら、さっぱりな歩はキョトンとしてしまう。
「女の子にもらったチョコを平気で人にあげるなんて最低です!!」
「お、おい…。」
「私があげても、どうせ人にあげちゃうんですよね? だったら鳴海さんにはあげません!!」
「ちょっと落ち着けって…。」
歩はどうにか制そうとするが、ひよのは勝手に誤解してしまっていて、もう止まらない。
「だいたい鳴海さんのために徹夜してチョコを作った私の立場はどうなるんですか! それに〜…。」
ひよののマシンガンのような怒りの訴えに、歩はハァと大袈裟な溜め息をついて見せた。
「鳴海さん! 人が怒ってるときに溜め息だなんて何ですか!」
「何ですか、はコッチの台詞だ。ったく…。」
面倒臭そうにもう一度、ひよのに箱を差し出す歩。
「これは俺が作って来たやつだ。人にもらったやつじゃない。」
「…はい?」
ひよのの頭に?マークが飛んでいるのを察して、歩は続けた。
「今日はバレンタインだ。 本場では男が女に贈るってことくらい、あんたも知ってるだろ?」
「あ…、はい、確かそうだったような…。」
「っていうわけだ。ほれ。」
と差し出されたその箱を、ひよのはまだ納得いってない様な顔で受け取った。
そして思い出したかのように、歩のために用意していたチョコをサッと、ひよのは前に出した。
「あ、あの…、これ、私の手作りです…。」
ひよのはモジモジと俯いたまま言った。
それはさっき聞いた、とは思っても、歩は口に出さないでいた。
「鳴海さん、是非受け取って下さい!!」
「…。」
顔を真っ赤にして言うひよのに、歩は少し引きつつ、それを受け取った。
「な、鳴海さん!!」
自分の手から箱が離れたのを確認して、ひよのの上げた顔はパァッと明るくなった。
「しっかし、あんたもお菓子屋の陰謀に騙されてたとはな…。」
「はい?」
「日本だけだろ? 女が男に贈るってのはさ。」
歩は日本人の西洋文化の誤解を指摘しただけなのだが、
ひよのには、自分が馬鹿にされたように思えてしまう。
「恋する乙女は真剣なんです! それを鳴海さんは何なんですか!!」
「わ、分かったって…。もう許してくれ。」
ブスッとするひよのに歩は、もう付き合いきれんと言った感じで許しを乞うた。
「…鳴海さんは、どういうつもりで私にチョコをくれたんですか?」
「それは…まぁ、たまには何だ…。」
いきなりの切り返しで言葉を詰まらせる歩。
いつも世話になってる礼、などとは歩の口からは言いにくかった。
だが、ひよのは歩が詰まったのを勘違いしており…。
「これは義理チョコですか…?」
「えっ…、あ、あぁ。そうだけど…。」
「義理チョコがあるのは日本だけで、本場は本命だけですよ。」
「はっ!?」
ひよのの瞳が怪しく輝きを放ったのを、歩は見逃さなかった。
「ということは、鳴海さんがくれたチョコは本命…。つまり私たちは相思相愛だったんですね♪」
おい、と歩は言いかけたが時すでに遅く、ひよのは勝手に目を閉じて歩のキスを待っている。
何でそうなるんだと思い、歩は何もしないで他所を向いたが、ふと目だけ戻すとまだ待っている。
「いい加減にしろ。」
と、歩はひよのの頭に軽くチョップを入れた。
「鳴海さん、据え膳食わぬは何とかですよ!」
「知るか。ったく…。」
ダルそうに頭をかいて、部屋を抜け出すタイミングをはかる歩だったが…。
「そうはさせません! 今日は鳴海さんの気持ちをはっきりさせてもらいます!!」
ひよのが両手を広げて通せんぼして、ドアは塞がれてしまう。
「…あんたも、いい加減しつこいな。」
「当然です♪ 恋する乙女は真剣と言ったはずですよ。」
(しかし、一体どうすれば納得するんだ? 推理するんだ…乙女心ってやつを…。)
歩は受け取った箱を、一度机の上に置くことにした。
「鳴海さん…?」
歩の表情が一瞬、険しくなったのを、ひよのは不安に感じた。
(これしか…ないのか…?)
グイっと歩は、ひよのに一歩近付いた。
「あんたは、俺のことが好きなんだな?」
ひよのは突然の質問に戸惑いを見せたが、すぐに…。
「は、はい!! 誰よりも鳴海さんのことを愛してます!!」
「そのあんたを納得させ、俺がこの部屋から解放される手段は二つある。」
「???」
歩が何を言い出しているのか、恋する乙女にはサッパリ理解できないでいた。
「一つは俺が、あんたと付き合うことだ。」
「わ、私とお付き合いしてくださるんですか、鳴海さん!?」
「話は最後まで聞け…。だが俺には、あんたと今は付き合うという意志はない。」
「そんなぁ…。」
ショボーンと肩を落とす、ひよの。
「もう一つは、あんたの欲求を満たし、乙女を名乗れないようにすることだ。」
歩はさらに一歩、ひよのに近付いて…。
「あんたの情報は完璧だ。当然、学園の女子学生の処女・非処女の情報も持っているはずだ。」
「そ、それがどうかしたんですか…?」
ひよのは推理モードの歩の迫力に気圧されて、後ろに下がってしまう。
その顔からは明らかに焦りの表情が見て取れた。
「あんたは学園の女子生徒の平均初体験年齢を越えてしまったんだ。それで焦って…。」
「ちょっと待ってください!! いくら何でもそんなこと…。」
「いいや。だから、あんたの焦りを取り除いてやるよ。」
「きゃっ!!」
歩は、ひよのの肩をつかんで、そのままドアに押し付けた。
「鳴海さん!?」
「目くらい、つぶれよ…。」
思わず歩の言うがままに目をつぶり、ひよのの唇に歩の唇が…。
「……?」
何も起きない…。
ひよのはせっかく覚悟を決めたのに何も起きないのにやきもきして、
ゆっくりと目を開けてみると、ひよのの頭の向こうを見る歩の顔が。
「誰か来る!!」
「えぇっ!?」
ドアに人影が映ったのだろうか、ひよのは思わずドアの前から飛びのいてしまう。
「よしっ、じゃあな。あんたは子供っぽいんだから、急ぐ必要ないと思うぞ。」
「えっ、鳴海さん!?」
ひよのの隙をつき、歩はドアを開けると颯爽と新聞部の部室を飛び出して行った。
「…もう!! はぐらかしたりして、子供っぽいのは鳴海さんの方です…。」
ひよのが机の方に目をやると、歩にあげたチョコはしっかり持ち去られていたのだった。