都会の空気に汚染されたぼやけた夕焼け空。
人通りの少ない道を乾いた踏み切り音と烏の声だけが支配している。
窓外の味気のない光景に眉を顰めながら、歩は物思いに耽っていた。
この頃目立った事件もなく、今考えられる事は夕飯の用意くらいしかない。
むしろこのありきたりな世界が続けばいいのだろう。
しかし、不謹慎かもしれないが刺激を求めてしまう自分がいた。
―ピンポーン―
ドアホンが鳴り、食事の準備をしていた歩は、面倒くさそうに玄関へと向かう。
「こんばんはー」
相手の顔を見た途端、歩は呆れ顔で呟いた。
「・・・お前か」
「"か"とはなんですか、"か"とは。いつも鳴海さんは一言多いんですよ」
ひよのは、ほっぺを膨らませて怒って見せるが、反応は薄い。
「へいへい、で用事は?」
こういうテンションで喋るひよのは煙たい用件しか出して来ない。
さっさと追い返して一人でゆっくり夕飯を食べたかった。
「お風呂壊れちゃってて・・」
「だから使わせろと」
ここから最寄の銭湯まで小一時間。
確かにそこまでいちいち歩いていては湯冷めしてしまう。
「だからって俺に頼まなくても」
「鳴海さんしかいないんです・・・」
寂しげで、今にも泣きそうな瞳でこちらを見つめる。
「分かったから、そんな目するな」
「じゃあ良いんですか?!ありがとうございます!!」
ひよのの顔がぱあっと明るくなった。
「ああ、丁度沸かし終わったところだから」
そう言うと目にも留まらぬ速さでひよのは家に上がりこみ、浴室へと向かって行く。
「ちょ、ちょっと待て!!」
やられた。毎度の事ながら甘い自分に嫌気が差す。
「やったー。鳴海さん家のお風呂って綺麗だから狙ってたんですよ」
それだけの理由で?歩は憤りを感じずにはいられなかった。
しばらくすると、シャワーの音とともに鼻歌交じりの声が聞こえてくる。
呑気にしているのも今の内だ。人の心を・・・弄びやがって。
「きゃあ!」
突然、ドアが勢いよく開きひよのは悲鳴を上げる。
「あぅう」
同時に左胸に激痛が走った。
浴室を覆っていた湯気が消えてその原因が明らかとなった。
「・・・鳴海さ・・ん」
歩の手がひよのの胸を掴んでいた。
「風呂貸したんだから、礼ぐらいしろよな」
視線は今まで見てきたどの歩よりも冷たかった。
「いつまでも、お人好しの"鳴海さん"でいると思うなよ?」
少女の小さな身体が小刻みに震え、怯えた表情で歩を見ていた。
「はあぁ・・どうして鳴海さんがこんな事をするんですか?」
涙声になるひよのを見て歩は不敵な笑みを浮かべる。
「前から思っていたんだよ」
「あぁぁん!」
痛みに鋭さが増し、ひよのは苦悶の表情を浮かべる。
「そのむかつく素っ頓狂な顔を歪ませたい・・・ってね」
「ふっ・・んん・・鳴海さんはこんな酷い事はしません・・
そうですよね・・鳴海さん、何かの冗談なんですよね・・鳴海さん・・ねえ・・」
必死で痛みをこらえながら目の前の歩に同意を求める。
しかし歩は首を縦に振ることは無かった。
「鳴海さん鳴海さんってうるさい女だな
あいにく・・あんたが知っている鳴海さんとやらはもういないんだ・・・
いるのはどんな命令にも従う忠実なしもべ、結崎ひよのとその主人、鳴海歩・・だけだ」
ひよのには歩の発する言葉が何処かぎこちない感じがした。
もう一度だけ彼に確認をとろうと思う。
「いるじゃないですかそこに・・・鳴海さんが・・・・・あうぅぅぅん!!!」
自分の勘違いだったのだろうか。状況は悪化しただけだった。
「いいっ、痛い・・・おっぱいが・・・おっぱいがちぎれちゃいますっ・・」
歩は自分の爪を小さな胸の深くまでくい込ませた。
あまりの痛さに悲鳴を上げてしまう。
「また、その言葉が出たらどうなるかぐらい分かるよな?」
「ひあぁ、ああっ、いやぁぁ・・・
わ・・分かりました・・分かりましたからぁ・・」
激痛に瞳から頬を伝い、涙がこぼれ落ちる。
歩は凍りつくような視線をひよのに浴びせかけた。
「これから俺を呼ぶときは"ご主人様"だ」
「ご主人さ・・ま」
「・・・それでいいんだ・・それで・・」
力の無い声でささやくと歩は傷つけていた小さな膨らみから手を離した。
あれほどきつく掴まれていたというのに弄られた部分は爪痕が残っているだけで血は流れていなかった。
「はぁ・・はぁっ・・はあっ・・・」
胸をかばいながらひよのはその場にぐったりと倒れこんだ。
とめどなく降りしきるシャワーの雨がひよのの白い肌を桜色に染めている。
「これで終わりじゃないからな・・・」
歩は着ていた服のボタンを外し始める。
「な・・何をしているんですか」
「・・・・いいから黙ってろ」
しばらくの沈黙―
最後の一枚を脱ぎ終えると歩は土砂降りの雨の中に入り浴室のドアを閉めた。