ミリオポリス第二十三区――その一角に建つ、真新しいながらもその厳粛さを失わない建築物。  
カトリック教会=アウグスティヌス派参事会。  
無駄の一切無い質素な佇まい、しかし宗教建築故の神性さが与える存在としての重み。  
まるでこの都市の歴史よりずっと以前から、そこに在ったといわんばかりの風格。  
その内部の一室、白い壁と天井に囲まれた自室にて冬真・ヨハン・メンデルは混乱の極みの中にいた。  
私用の端末=師であり、親代わりでもあるバロウ神父から与えられたお下がり――に向かいながら、  
端末のモニターに映し出された光景に息を飲む。  
そこに映し出されていたのは、あられもない少女の裸体。  
気品に満ちた深紫の瞳/艶めくロングヘア×ウェーブ/凛々しくも可憐な横顔/左目にザックリ走った海賊傷。  
そんな少女の特徴を一つ一つ確認するまでも無く、冬真は一目でそれが彼女だと解かった。  
鳳・エウリディーチェ・アウスト――MSS=ミリオポリス公安高機動隊/その要撃小隊の小隊長にして要撃手。  
 
<<どうだい? 麗しき我らが姫君の肢体の感想は?>>  
 
端末モニターに表示されている気取った文面の文字の羅列/送信者:水無月・アドルフ・ルックナー/  
MSSのマスターサーバー<晶>の接続官。  
MSSきっての盗撮魔より送信された、その歪んだ努力の結晶。冬真は思わず眩暈を感じる。  
 
<<僕から君という親友へのささやかな贈呈物だ。なに、気にすることはない。これはまだ秘蔵のホンの一部さ。  
 それに喜びとは隣人と分け合う物だって、昔から言うだろう? ――あれ、言わないかな?>>  
 
突然一方的に送られてきたメッセージと、思わぬ添付ファイル。  
それが自称“親友”からのものでなければ、勿論開く事など有り得なかっただろう。  
だがそこに――こちら側の端末を壊滅的に食い潰してしまうくらい凶悪なウイルス――ならまだしも、  
端末の前に座る冬真自身にまで影響を及ぼすような、ある意味でウイルス以上に破壊的なデータが隠されていようとは、  
夢にも思っていなかった。精神的なショックのせいだろうか、自らの意思に反してモニターから視線を逸らす事も、  
まして目蓋を閉じる事すらままならない。  
 
シャワー直後の姿を写したものなのか――わずかに上気している滑らかな白い肌/  
水に濡れ、その艶を増した深紫の美しい髪/均整の取れたプロポーション=どこからが機械で、  
どこからが生身であるかなど最早どうでも良くなるほどの芸術品。  
一糸も纏わぬ肉体から伸びた、すらりと長く綺麗な脚/柔らかそうな太もも/左右対称にくびれを描く引き締まった腹/  
そして――衣服の上からでも目を引く豊満な乳房、そのお椀型の形状から先端部分までの一切が覆い隠すもの無く、  
冬真の目の前に顕になっている。  
 
<<感想は後日にでも伺うとするよ。気が済むまで、たっぷりと堪能してくれ給え。 ――水無月・アドルフ・ルックナー>>  
 
冬真が抱いたものは感想などという生易しいものでは無い。憧れの少女の輝いて見えるほどに美しい裸体。  
それはあらゆる意味で冬真の想像を絶していた。混乱の極致にあった精神は徐々に冷静さを取り戻し、  
代わりに理性では抑えようの無い劣情が冬真の内面を支配していく。  
 
<<気が済むまで、たっぷりと堪能してくれ給え。>>  
 
気が済むまで――まるで実際に耳元で囁かれたかのように、水無月の言葉が頭を過ぎる。  
 
「どうしていきなり僕にこんなものを……」  
 
相変わらずの悪趣味に、呆れたように溜め息を漏らす――そのフリをする。  
深呼吸のように息を吐き出すことで、自分を埋め尽くしつつある劣情を頭の中から追い出そうと努める。  
知らず身体の一部が熱を持ち、硬質化していく感覚。  
あらがいようの無い動物としての本能が、生理現象といった形で発露する。  
そろそろと下半身に手を伸ばしていくと、そこには屹立した自分自身が確固とした存在を主張していた。  
追い出し切れない――今までに経験したことの無い圧倒的なまでの劣情が、  
理性の抵抗も空しく全身を駆け巡り、  
冬真を背徳なる行為へと突き動かして行く。  
ゆっくりと学童服をたくし上げ、下着を膝下まで下ろし下半身を露わにする。  
すると、冬真のまだ若干の幼さが残る男性自身=半ば以上がまだ皮で隠れている状態の肉棒が、  
拘束から開放され、天に向かって雄々しくその存在が突き出された。  
 
「ううっ――」  
思わず情けない声が漏れる。  
敏感な部分が外気に触れ、刺激を受けた所為だ。  
端末のモニターには変わらず、美しい少女の裸体=鳳の一糸纏わぬ姿が映し出されている。  
冬真は鳳の裸体の上から下まで、何度と無く視線を往復させながら、そろそろと肉棒に手を伸ばした。  
熱い――火にくべた鉄棒のような灼熱を手の平に感じる。  
 
「ああっ」  
ここは教会――神の家だ。そして自分は神父の弟子であり、敬虔なる学徒なのだ。  
こんなことは許されない――冬真の理性が倫理や信仰といった盾を手に、  
襲い来る欲望の渦から我が身を守ろうと必死に抗う。  
 
しかし抵抗出来たのは、指先が自身の熱を感じるその瞬間までだった。  
気付けば、冬真の右手は一心腐乱に自分自身の性器を上下に擦り上げていた。  
理性は甘い快楽の靄に飲み込まれ、端末のモニターに映る美しくも淫靡な鳳の裸体だけが、  
冬真の全てを動かしていた。  
 
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あっ」  
自慰行為に耽るのは、初めてではない。  
けれど、まさか彼女でそんな行為をしてしまうなんて――罪悪感と、それに勝るほどの開放感。  
硬くきつく心の底で封をして禁じていた感情が、ここぞとばかりに噴き出してくる。  
もう理性ではどうすることも出来ないほどの衝動に突き動かされるままに、  
徐々に徐々に、快楽の頂点まで上り詰めていく。  
そしてそのごちゃまぜになった内面の全てが一挙に爆発しそうになった、その刹那――  
 
「こんばんはー」  
「こんばんはぁ」  
 
突然響いた声に、心臓がドキンと脈を打ち、そのまま口から魂が飛び出し天の国に召されるのではないかというほどの驚き。  
声は信者が訪れる教会の正門ではなく、部屋のすぐ側に位置する裏口の方から聞こえてくる。  
どちらも冬真には聞き覚えのある“少女”の声が二つ。  
 
「あれー? ひょっとして、誰もいないんじゃん?」  
「うぇ。せっかく来たのにぃ」  
姿を確認するまでもない。  
鳳と同じくMSS要撃小隊に所属する<<炎の妖精>>の二人――  
光輝く美しい羽と、苛烈なまでの武力を要する機械仕掛けの手足を持った――  
自分とさして年端の変わらない少女たちの声だった。  
 
「ひょっとしたら、居眠りとかしてんのかも」  
乙・アリステル・シュナイダー――溌剌とした陽気な口調、まるで晴天の空を思わせる鮮烈な蒼い眼(スカイ・ブルー)/鋭角的なツインテール/  
花のようなミニスカート姿/すらリとした足を膝まで覆うニーソックス/口調や態度とは裏腹に年頃の女の子そのものといった服装――  
好奇心と悪戯心に溢れた、落ち着きのないシャム猫の姿態。  
「寝てるのぉ?」  
雛・イングリッド・アデナウアー――寝惚けているかのような幼い舌足らずな喋り方、  
半ば閉じかけている胡乱な目蓋の下に淡くきらめく琥珀色の瞳(アンバー・ライト)/金色のショートヘア/  
フリル満載ゴスッ気たっぷりの白黒ワンピ/両耳にヘッドホン&腰に旧式アイポッド/  
外界の雑音(ノイズ)はほとんど聞こえてこない、オーケストラの演奏による鉄壁の防御――  
さながら自分の殻に閉じこもる金の子羊。  
その態度から垣間見える主張=どうせなら自分自身もこのまま夢の世界に旅立ってしまいたい、とでも言いたげ。  
 
「だって、鍵を開けたまんま出かけたりしないっしょ」  
勝手に教会裏口の扉を開けて、ずかずかと足を踏み入れる。  
もっとも教会を訪れるのはもう幾度目かのことなので、すでに勝手知ったるといった様子の二人。  
「とりあえず冬真の部屋でも覗いてみよっ」  
「……(こくん)」  
ちょっとした冒険気分で進む乙と、その意見に無言で頷く雛。  
冬真の部屋の前まで、迷うこともなく進み、その扉に手を伸ばす。  
遠慮もなければ、ノックすらなく、扉はあっけなく開かれていく。  
 
「おじゃましまーす」  
「……しまぁす」  
かなり出遅れた挨拶/半分ほど開いた扉の隙間から、ひょっこり首を出す。  
教会と同じ白い壁に囲まれた部屋/どこかひっそりとしていて、  
整理整頓されているというよりも全体的に置いてある物が少ないという印象。  
ベッドに本棚、木製の机と椅子/机の上には一台の端末=その存在だけがやけに教会という場所に不釣合いで、  
逆に何故か生活感を感じる。  
「……冬真、なにしてんの?」  
「してるのぉ?」  
扉の隙間から首だけを出した状態で、揃って首を傾げる=乙&雛。  
――かくして、冬真は椅子に座ったまま、前のめりの姿勢になり固まっていた。  
乙&雛=クエスチョンマーク×2。  
冬真=その疑問に答える訳にもいかず、上半身を曲げた“く”の字ポーズをキープ。  
まるでヨガのトレーニングみたい=乙の所感。  
朝食のサラダに入っていた小エビみたい=雛の感想。  
「ヨガ?」  
「えびぃ?」  
とりあえず訊いてみるも、「たぶん違うだろうなー」と半ば確信済み。  
「ど、どっちでもないけど」  
思わず、反論。/というより、「これ以上不審に思われないように何か喋らなきゃ」という心境。  
「じゃあ、何をしてるんだろう?」という顔をする二人/冬真=顔だけを二人に向けて、苦笑い/いまだに上手い理由が思いつかず。  
 
「あっ!」  
ピコーン!と突然、乙の頭の上で電球が輝いたかのような反応/同時に手と手をぽんっと合わせた、ひらめきのポーズ。  
びくっとする冬真。ずかずかと部屋の中に入ってくると、冬真の背中をさすりはじめる。  
 
「冬真、お腹痛いんしょ?」  
「うぇ。そうなのぉ?」  
扉という最終防衛ラインをあっさり突破され、気分はもう投降寸前の兵隊さながら。  
冬真の顔色が悪くなったのを、「これは正解っぽい」と認識する二人。  
「ベッドで横になった方がいいんじゃん?」  
背中をさすりながら、ずいっと乙が顔を覗き込んでくる。  
その可憐な唇/髪から漂うほんのりとした甘い香り/ドキドキと心臓の鼓動が増す。  
絶対絶命――いっそもう全てを曝け出してしまおうか……頭を振って自暴自棄になりそうな自分を抑え込む。  
そんなことになったら――そんなことになったら、全ておしまいだ。  
ふいに、鳳の顔が脳裏を過ぎる――そうだ、彼女との関係もきっと終わってしまう。  
絶望感が足元から這い上がってきて、身体中から力が抜けていく。  
椅子に座っているというのにそのまま倒れ込みそうになる。  
 
ますます顔色が悪くなる冬真/それを乙の一歩後ろで、じいっと見つめている雛。  
「お薬、いるぅ?」  
ぼそっと呟く――眠そうな顔は依然そのまま。  
「雛、薬なんて持ってんの?」  
乙が背中をさする手を止めて、雛の方を振り向く。  
無言で首をふるふると横に振る。  
「じゃあ、ダメっしょー」  
乙――少し呆れ顔。すると雛はすっと扉の外に指を向けた。  
「でもぉ、神父さまの部屋にあるかも」  
確かに常備薬や怪我の応急処置に必要な道具の一切は、バロウ神父の寝室にある棚に収められている。  
腹痛に効果がある薬もその中に含まれていたはずだ。  
「そ、そうだ。ふ、二人とも悪いんだけど、神父さまの部屋からお腹の薬を持ってきてもらえるかな?」  
雛の一言=冬真にとって、まさに神の救いの手。  
「うん。分かった。雛、行こー」  
雛=無言で頷く。乙=長いツインテールを翻しながら、遠慮ない足取りで部屋を出て行く。  
二人の足音がやや遠ざかり、斜め向かい側のバロウ神父の寝室の扉を開く音が聞こえてくる。  
そこにいたってようやく冬真は、“く”の字に曲げていた上半身を元に戻した。  
「ふう……」九死に一生を得たという感慨を含んで、深く一息。  
 
「冬真、なんでズボン穿いてないのぉ?」  
背後から響く雛の声。状況を認識する脳の機能が一瞬で真っ白(ホワイトアウト)に。  
自分の耳に自分の頭の中の血が引いていく音が、さーっと聞こえたような気がする。  
ゆっくりと振り返ると、さっきまでとまったく変わらぬ位置=冬真のやや斜め後ろ/  
ふわりとした長いスカートのまま、床にしゃがみ込んでいる雛の姿。  
「あ、あれ……? なんで、あれ? 雛……ちゃん?」  
冬真=混乱の極致/支離滅裂。  
「どうしてここにいるの?」「いっしょに薬を取りに行ったんじゃないの?」=疑問が言葉になって出てこない。  
「ぼく、男の子だよぉ?」  
雛の反論=いつも通り。咄嗟に両手で慌てて下半身を隠す。  
 
「い、いや……あの、これは!」  
「ぼく、知ってるよぉ?」  
雛が床を四つん這いになりながら、近づいて来る。  
冬真は微動だに出来ない。  
 
「男の子はここを触ると、気持ちいいんでしょぉ?」  
細くて柔らかい指が、冬真のペニスに触れる。  
雛の小さな手がゆっくりと上下にストロークし、男性自身を擦り上げる。  
驚きと混乱で萎れていた股間は一瞬にして精力を取り戻し、再び天井に向かって屹立した。  
 
「あっ、ひ、雛ちゃん……」  
壊れ物を扱うような微妙な力加減=雛の爆弾魔ゆえの繊細な指使い。  
機械の義肢とはとても思えない、滑らかで柔らかい肌の感触。  
心なし上気した表情で、冬真を見上げている雛。  
「ねぇ、冬真ぁ」  
上目遣いで問いかけてくる。  
 
「もっと触ってもいい?」  
 
「う、うん……」  
断ることなど出来る訳がなかった。  
快楽が理性を放逐して、雛の指先に翻弄されることを選んでいた。  
本能だけが剥き出しになって、自分の全てが下半身に凝縮されてしまったかのようだった。  
 
ペニスを動かすストロークに、段々と遠慮が無くなっていく。  
雛の手の動きに加速が付き、それに比例して冬真の快楽も増す。  
まるで雛に操縦される乗り物にでもなった気分。  
ハンドルを握っているの雛がアクセルを踏めば、その分冬真の限界値が近づき、  
先走りの体液がペニスの先端からこぼれ出て、雛の手を汚していく。  
飽くことなき、加速/加速/加速。下半身がどろどろに溶けていくような錯覚。  
頭の芯がぼうっとなる。もう何も考えられない。  
 
「ねえ、冬真ぁ。気持ちいいのぉ?」  
「う、はあっ、はあはあはあはあ」  
口からこぼれ出すのは吐息ばかりで、もう何も言葉に出来ない。  
「ねえ、気持ちいいー?」  
とろんとした琥珀色の瞳が再度問い掛けてくる。  
「う、うんっ、あっあっあっあっあっ」  
「じゃあ、もっと擦ってあげるねぇ」  
 
ペニスを擦る手が両手になる。  
そして、再び加速。  
 
「あっああああっ! ひ、雛ちゃん!!」  
一挙に訪れた限界値。冬真が叫んだと同時に、精液が爆発する。  
放出/放出/放出。火山のように、どくどくと脈を打つペニス。  
ペニスの先から雛に向かって大量の精液が振りかかった。  
 
雛が、びくっと全身を強張らせる。  
その長い髪を、栗鼠のようにふっくらとした頬を、冬真の精液が汚していく。  
雛は精液に塗れた指先をぼうっとした顔で見つめ、おそるおそる舌で舐め取ると、  
次の瞬間には眉根を寄せ複雑そうな表情を作る。  
 
「雛ちゃん、ご、ごめん……」  
冬真が慌てて、箱ごとティッシュペーパーを掴んで雛に差し出す。  
「冬真ぁ」  
しかし雛はティッシュを受け取らず、不満そうな顔で冬真を見上げると、  
小さな声で呟いた。  
 
「ぼく男の子だよ?」  
だから平気だ――とでも言いたげに。  
 

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