ああっ……。
甘い嬌声が耳朶を焼く。
自然と荒くなる呼吸を押さえることも出来ぬまま、クロードは
廊下の壁にもたれていた。
自分と同じ「異邦人」だったオペラさん。
エクスペルでたった一人部外者だと思っていたとき、
険しい山岳の迷宮で勇ましく重火器を構えるその姿に
自分がどれほど安堵したか…彼女は知る由も無いだろう。
「自分だけじゃない」。
同じ秘密を共有したような、くすぐったい思い。
恋人がいる、ということを知っても特になんとも思わなかった。
綺麗なひとだ、そりゃ恋人くらいいるだろう、と。
想いの風船は何時の間にこんなに大きく膨らんでしまったのだろう。
いや、膨らんだだけならまだ良かった。
いつか旅が終わるとき、想いを告げてこの気持ちにケリをつければ良い。
「あなたのことが好きでした」、と。
きっと彼女は笑って応えてくれるだろう。
「ありがとう、クロード。エルの次にステキだったわ」と。
エクスペルが崩壊して。
きっとエルネストさんもいなくなって。
その風船も崩壊した。
割れた風船が残したのは「振り向いてくれるかもしれない」という、
人の不幸を踏み台にした下劣な自分の想い。
酒場で酒に溺れるオペラさんを見て気持ちが昂ぶった自分が許せない。
だけど…過去に囚われる彼女をこのまま見過ごすのか?
気持ちが弱くなっている彼女を支えたい。そう思ったのも確かだ。
自分じゃなくてもいい、誰か彼女の支えができるまで、それまででも…。
嘘だ。
オペラさんの肩を支えたい。自分の胸にもたれかかってほしい。
今で言うなら…このまま部屋に入って…オペラさんを慰めたい。
とはいえ…自分にどれほどのことが出来る?
代わりになるなど自惚れも良い所だ。
自分にできるのは…自分を慰める彼女の嬌声を聞いて劣情を覚えることだけだ。