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若きウェルテルの悩み 十分小咄・ミーネ洞窟攻略編〜岩ノ下〜 ゲーステ  

前口上  
十賢者を倒すためにはレアメタルの入手が不可欠であるが、その洞窟はアームロックから  
海峡を隔てた東にあった。青く光るレアメタルの鉱石は一行を神秘的な光で包んでおり、  
セリーヌなどは目を輝かせて止まなかった。もちろん、そのレアメタルがバーク人という生物である、という事実はよくよく承知していたのだが。  
チサトが鑑定した結果、そしてミラージュ博士の情報からすると、必要である最高純度のレアメタルは、  
かなりの深くにしか無いようだった。  
戦闘時の影響を考えて、クロードを先頭にパーティメンバーを五人に絞ると、アシュトンが既に  
マグロになっていたため必然的にレナ、チサト、プリシス、レオンとなった。後々の展開のため  
多少の矛盾は見逃してもらいたい(と言ってみる)。  

 
 

表面的には変わっていないように見えて、レオンとプリシスの関係は極めて微妙且つ複雑になっていた。  
恐らく、以前のボーマンの一件であろう。会話が目に見えてぎこちなくなり、積極的に会うことも  
少なくなっていた。  
・・・恥ずかしさの所為であろう事は想像に難くない。  
例によって先頭は何故かチサトを中心にサクサクと進み、あっという間に最深部までやってきてしまった一行は、  
早々と奥深くに佇むバークを目にする。  
巨大だった。今までのどれよりも巨大で、今までのどれよりも威圧感があって、今までのどれよりも澄んだ  
碧色だった。  
静かにそこに在るバークは、しかしクロード達に既に気づいているようで、  
多分、目的もわかっているだろう。  
だから、鉱石の固まりが小さな深紅の両眼を開き、体を震わせたことも、なんら意外ではなかった。  
ただ、その震えで洞窟が崩れ始めたのは、すこし危ないかもしれない。  
おそらくこのバークが大黒柱だったのだろう。それが一体化していた洞窟から離れたことによって、  
脆くも全てのバークを飲み込んで、この洞窟は没するのだろう。  
大儀はある。が、慈悲は?  

そんな人道的な考えは持ち合わせていなかった。  
クロード達はそれこそ容赦なく攻撃を重ねていって、哀れなバークを確実に衰弱させていっていた。  
大儀しか考えていない輩は、特に動けない標的に対して猛烈な効果があるらしく、クリティカルヒットがいつもより多いような気がする。  
戦士系パーティがそんな物だから、レナとレオンは本当にすることがなかった。バークは全くの無抵抗で  
回復する必要もないし、下手に紋章術を使えば見方を巻き込んでしまう。  
はっきりいって楽勝であった。  

誰もがそう思っていたから、突如バークから強烈な衝撃波が放たれたときは、何をする暇もなく  
全員が壁まで吹っ飛ばされてしまった。特にもともと壁際にいたレナとレオンは、背中と後頭部を強く打ち付けた。  
「いっ」  
頭をさすりながら立ち上がるレオン。さすがに、痛い。  
見れば、クロード達もあっけなく倒れていて、口々にうめいている。  
油断しすぎた。侮ってしまったことは反省せねばなるまい。  
だがその前に、倒そう。  
レオンはゆっくりと有効射程まで近づいていった。途中でクロードを足でつつく。  
プリシスの傍らに立つと、丁度距離もいい案配なようだった。口の中でブラックセイバーの呪文を唱える。  
バークはまた沈黙して、恐らくは力を溜めていた。格好の標的であることは間違いないが。  
意識を集中せねばならないので、頭上への注意が散漫になることは致し方がなかった。  
クロードが起きあがると同時に、先程の衝撃波でひびの入った天井が、レオンめがけて落下してきたのだ。  
「レオン!!」  
クロードが叫んだ。レオンは詠唱をやめたが、何が起こったかは分かっていない。  
「なに、今呪文---」  
レオンには何が起こったか、全然分からなかった。  
クロードから見れば、プリシスのバックパックのアームがレオンを押し倒して・・・さらにプリシスが  
レオンに重なるように上にのって、その二人をつぶすように多くの岩が落ちてきたのだ。  
「お、おいっ!」  
二人の体は、瓦礫の下に見えなくなった。クロードの力ではどうも動かせそうにない大きさの岩まである。  
・・・死んでいても、おかしくはなかった。  

 

どのくらい暗闇を彷徨っていたかは検討がつかなかったが、レオンは頬に感じる微かな衝撃で目を覚ました。  
目を開いた瞬間、どうにも鈍い痛みが後頭部に走る。倒れたときに思い切り打ったようで、気絶したのも  
多分、そのためだろう。  
とにかく。  
視界は真っ暗だった。しかも両脇は見事に岩でふさがれているようで、しかも自分の上には何か生き物がいる。  
何故かといえば、彼を起こしたのは他ならぬ彼女だったからだ。  
「っ」  
痛みによって呻いたレオンの声は、狭い空間で低く短く反響した。  
頬を叩いていた手が止まる。  
「大丈夫?」  
プリシスだった。どうやら自分を押し倒したのも彼女のようだ。  
「うん・・・もしかして」  
ここって。  
「潰されるかと思った」  
気の抜けた声で、プリシス。安堵が強いためか、緊張を過ぎた後の怠惰感が強く含まれていた。  
潰されなかったからまずは良しとしよう。後のことも、クロード達がなんとかしてくれるだろうから  
とりあえずは心配することはないと思う。  
問題はいまがどんな状況か、だ。  
自分が仰向けになっている。周りはもちろん岩、土砂その他で埋め立てられ、自分とプリシスの間に  
できた僅かな空間を手がなんとか動く以外は殆ど動きが取れない。足は右が、潰れるほどではないとは言え  
砂などに被さられて全然動かない。隙間などあろうはずもなく、目の前は暗闇が容赦なく広がっていた。  
しかも、プリシスがすぐ上に、おそらくは自分の脇の間に手をついて、丁度覆い重なるように俯せになっている。  
腕立て伏せのときに膝が着いた感じだ。片足が自分の両足の間に置かれているのが、なんとなくわかる。  
・・・吐息がかかっていた。  

十秒ぐらいして、プリシスの声が聞こえた。  
「あのさ」  
「ん」  
「無人君二号がね、動かないんだ」  
無人君二号。バックパックのことだと記憶している。が、動かないとはいったい?  
「それが?」  
「多分、無人君が岩を受けてくれたんだよ」  
「で?」  
「だから潰れてるかもしれないんだけど、リュックのね。右の・・・あ、左のポケットに懐中電灯が入ってるから  
とってくんない?」  
「懐中電灯」  
果たして空間のほとんどないこの状況で懐中電灯なる代物が有効であるかは疑問だった、が、  
別段やらない理由もないので右手をゴソゴソと動かす。  
「どこらへん?」  
「腰の辺り」  
んなこと言われても。  
レオンは自分の目の前にプリシスの顔を思い浮かべた。それから首、肩と想像上の姿態を形作っていく。  
(・・・ここかな)  
手を無造作に動かすと、辿り着く前に突然手を感触が襲った。  
「ひゃっ」  
プリシスの体が跳ねた。反射的に手が放れ、尖った岩にぶつかる。  
「こ、このスケベッ! もっと上だって」  
ス、スケベ?  
「・・・・・・・・・・・」  
考えた。わかった。  
「うわっ」  
触ったのは恐らく、  

「うえ、うえ。次触ったら殺すからねっ」  
「わざとじゃ・・・」  
言いながら、どうにかしてナイロンのリュックの手触りを感じる。  
「あった」  
プリシスが息を付いた・・・緊張していた?  
「じゃ、中に入ってるから」  
「うん」  
取り出すと、小型のペン型のライトだった。懐中電灯というよりペンライトだ。  
「ペンライト?」  
「懐中電灯」  
否定された。  
「どうやって付けるの?」  
「その太くなってるとこ捻って」  
太くなってるところ・・・指でライトを撫で、形を感じる。  
あった。捻った。  
「・・・点かないよ」  
「え?」  
「点かない」  
「うそ」  
「嘘じゃないって」  
「うそぉ〜」  
「ホントだって」  
「・・・どうしよ」  
「兄ちゃん達がどうにかしてくれるよ」  
「あのさ、あたし達の一番の力自慢、誰か知ってる?  
「・・・おじさん?」  
「無人君二号」  
「・・・」  
絶望的だ。岩が動かせるかどうかわからなくなった。壊すのはもっと危険だからやめて欲しい。  
というか、もう死んだと思われていても全然おかしくない、ないとは思いたいが。  
「・・・どうしよう」  

どうやら潰されなかったのは本当に無人君二号のおかげらしい。  
プリシスの頭の上には本当に僅かの間をとって巨大な岩が止まっているし、無人君二号の両アームは  
丁度腕立て伏せの形で動かなくなっている。このアームを土台にして、奇蹟のかまくらができたわけだ。  
ただ、酸素が持ちそうにない。そういった知識の全くないプリシスでは想像の域を超えることはできないが、  
少しぐらい隙間が空いていても、二人分の呼吸を補うことは難しいと思われる。  
しかも、両腕もきつい。ついた肘に砂利が痛みをかけ、しかもバックパックにつながっているリュックは  
プリシスを吊った形になっているため、脇にベルトが食い込んで血が見事に止まっていた。  
レオンが想像した以上に、彼女はつらい体勢だった。  
プリシスはひとしきり悩んだ上で、リュックのベルトをはずすことにした。肘より、脇が痛い方が嫌だ。  
「レオン」  
「・・・ん」  
「・・・寝てた?」  
「ば、馬鹿言わないでよっ! 考えごと、だって」  
怪しすぎる。だが、今はそんなことより、  
「あのさ、ベルトはずして」  
「・・・なんで」  
「なんでって」  
「何に使うの?」  
といいつつ、暗闇の足の方でカチャカチャと音がした。  
途端、プリシスは自分の顔が真っ赤になったのがわかった。  
「バカバカバカ!! あんたのはずしてどーすんのっ!」  
「え?」  
「あたしのリュックのベルトはずしてっていってんの、肩の所の!」  
「え、あっ、あ、あ、わ、わかった」  
一体全体、どうしてこんなことに。  

 

「多分、顔は同じところにあるのよ」  
「どういう意味?」  
「ベルト取ってもらうから手、出して」  
あぁ、と声が聞こえた。頭は回る方なのだからもっと読んで欲しいが。  
プリシスは突いていた左肘を浮かせて顔の前をまさぐった。いい塩梅にレオンの手を掴む。  
「わっ」  
突然だったからか、レオンが小さく声を出すのが聞こえた。  
それで、つい考えてしまった。男と二人きり。しかも、こんな狭いところで。  
顔が十センチも離れていないところで。  
「・・・・・・」  
心臓の脈打つ速度が、あからさまに早くなったのがわかる。左は・・・特に、駄目だ。  
プリシスは掴んだ手を右脇へと持っていった。  
「・・・わかる?」  
「あ、うん・・・わ、わかる」  
「外して」  
「うん」  
レオンが左手も動かすのが気配でわかった。同時に、右の方に手の感触が。  
意識してしまうと、止まらない。  
恥ずかしい。何故だかわからないが、とても。  
いきなり、ガクッと右肘に痛みが走った。ベルトが外れて支える重量が増えたからだ。  
「いいよ・・・左も、お願い」  
痛さを堪えつつ、レオンに指示。よもや、彼に下心などないはずだと考えていたようだ。  

だから彼女は、レオンの手を誘導したりはしなかった。  
「・・・どこ」  
「探しなさい」  
「・・・」  
嘆息とともに動くのがわかる。手の気配はすぐさま左脇に移って、ベルトをしっかりと掴んだ。  
掴んだはいいが。  
「・・・は、外れない」  
暗闇から漏れる独り言。レオンは左のベルトを外すのに手間取っているようだった。  
「早く・・・早く・・・痛いんだから」  
「せかさないで、全然取れない・・・さっきより体重がかかってるからかな」  
「どうしようもないよ」  
「待って待って。少し角度変えたらなんとか」  
レオンは忘れていた。忘れていたものだから、脇をゴソゴソとやっていた「左手を九十度傾けるとたどり着くところ」  
があることに気づかなかった。  
控えめながら膨らんでいるプリシスの左胸を、レオンの手のひらがグッと押さえてしまった。  
「うわぁぁっ!」  
プリシスが思わず悲鳴を上げる。レオンも上げる。  
彼女の頭が反射的にのけぞり、天井に頭を激しくぶつけた。さらに「いたっ!」と叫び、動きの取れない状況で悶える。  
「いっ・・・たぁぁぁぁい」  
「あ、あの、お・・・・・・・お姉ちゃん?」  
いぃ・・・と声を伸ばしてから、少し経つと、  
「馬鹿阿呆間抜け!! わざとやってんでしょあんたもーさいってぃ! 外でたら絶対殺す!」  
「い、いや、わざとじゃ」  
「言い訳無用!」  
といっても、動けないため何もできない。  
「とりあえず外しなさい、話はそれから!」  
「あの」  
「問答無用!」  
「・・・・はい」  

死ぬほど疲れた。  
プリシスのベルトを外し終わってから、レオンは(聞こえないように)深い深い溜息をついた。  
ある意味、恐怖とも呼べる心臓の鼓動はまだ静まっておらず、こころなしか体が浮かんだように  
不安定で。  
何気に彼女の体温が間近くで感じられて、しかも彼女が昨日使ったであろうシャンプーの  
仄かな香りが漂ってきて無性にいい気分だ。  
頭がボヤッとしてきて、息を忘れてしまいそうに・・・  
息を?  
「・・・ねぇ」  
「喋んない方がいいかも」  
気がついてしまった。  
酸素がなくなってきている。  

苦しい。  
気づいて、考え始めてからは無理だった。二酸化炭素ばかりが充満して  
生きている気がしない。  
更に両肘は痛みを通り越し痺れていて、感覚が殆どなくなっていた。  
我慢できそうにない。  
汗が落ちるほど熱いが、この際仕方ない。死ぬかもしれないのだから。  
「レオン、ゴメンね」  
「え」  

プリシスの体重がレオンを圧迫した瞬間、レオンの心臓は跳ね上がった。  
苦しくて仕方がなかったけれど、跳ね上がった。  
小さな声でうなっているプリシスの口が右耳元に息を吹きかけてきていて、  
さらに両胸がギュッと押し付けられていて、その、なんだ。  
(・・・・・・・・マズ)  
興奮してしまっているのだ。体が。  
顔が赤面しているのはもしかしたら体温でプリシスにもわかるかもしれないし、  
息苦しい、よりそっちの方での苦しいの方が勝っているし、  
しかも、反応すべきところが反応してきてしまっている。  
「・・・ん?」  
プリシスが少しうなった。そうだ、丁度プリシスの股の所に・・・・あった、はずだ。  
「なに、こ」  

ガラ、と天井が崩れた。  

「・・・で、どうかなったのか?」  
クロード達はレオンとプリシスが下敷きなった後、攻撃を続けてくる  
バーク人を倒さなければ助けるのは難しいと判断したらしい。  
クロードが囮になり、その間にチサトが残りのメンバーを呼びに行った。  
ボーマンたちが駆けつけてからは、戦法を知っていたからかかなり楽に戦えたとという。  
「本気で死にかけたんだけど」  
「結果論でいいじゃねーか」  
ボーマンは無邪気な笑いを浮かべると、レオンに口を寄せた。  
「で、どーなった」  
「何が」  
「そりゃお前、せっかく俺が伝授したことを二人っきりのときにやらない男がいるはずないじゃないか」  
「・・・・」  
「で、うまくヤったのか? 事細かに俺に教え」  
れ、といおうとした瞬間に、ボーマンはセリーヌの杖の直撃を受けて昏倒した。  
「セクハラ男にはこの位しませんと」  
「あ、あの」  
「教えてくれるなら」  
「何もなかったって」  
「うそ仰い」  
「・・・」  
結局は、セリーヌも大して変わらなかったりする。  

了  

 
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