貿易が栄える町・ペターニ。  
今日もその名に恥じぬことなく、町は活気づいている。  
あちらこちらで見かける商人もそれぞれが他の商人に負けじと  
「いらっしゃい、いらっしゃい」と声を振るっていた。  
 
そんなペターニにある一軒の喫茶店。  
外の喧騒とはうって違って、おちついた雰囲気と高級感溢れる店。  
その店のテーブルに二人は座っていた。  
「どうマリア?この間来たとき見つけた店なんだけどさ。  
 ココ、コーヒーが美味しいんだよ。」  
「そうなの?…いい所ね。」  
マリアは嬉しそうに、軽く頷いた。  
「嬉しそうだね。良かった。気に入ってもらえてさ。」  
フェイトも満足げな笑みを浮かべる。  
マリアはココのように、静かで落ち着ける場所は元々好きだった。  
しかし、それ以上に、自分の想い人であるフェイトがお茶に誘ってくれたのが何より嬉しかった。  
今思えば――こうやって二人でこんな場所に来たことは今まで一度もない。  
その所為か、何か新鮮で余計嬉しい。油断すると顔が緩みそうだった。  
「……マリア?聞いてる?」  
「え…?」  
「いや、だから……もういいよ。」  
フゥ、と溜め息を漏らすフェイト。  
どうやらマリアが色々と考えている内にフェイトは何か言っていたみたいだ。  
それを自分は見事、スルーしてしまったらしい。  
 
「あ…ゴメンなさい。ちょっと考え事してて…。もう一度言ってくれない?」  
「……だからぁ――」  
「いらっしゃいませ。」  
栗色の長い髪をしたウェイトレスがテーブルの脇にお盆を持って立っていた。  
営業スマイルを浮べながら、なれた手つきでおしぼりをそれぞれの前に置いていく。  
作った笑顔とはいえ、笑顔が似合うとても可愛い女性だった。  
スカートから伸びる足もスラっとしていてとても綺麗である。  
そしてそれ以上に―――。  
(………大きい。)  
じろり、と目を細くしてマリアが睨む。  
そのウェイトレスの服が、胸が強調される服だった所為かもしれないが、胸がとても大きく見えた。  
服の上から見てる段階ではあるが――大きさと共に形も良い胸である。  
(…って何やってんのかしら。人の胸を見て――)  
バカらしい。  
マリアはぶんぶんと雑念を振りはらうように首を振った。  
自分も無いワケじゃない。少し皆と比べて小さいだけで。  
『無い』ワケじゃない。『無い』ワケじゃ。  
「ご注文を。」  
ウェイトレスが小さなメモを取り出して尋ねる。  
マリアは脇にあったメニューを横目でチラりと見た。  
(……別に飲みたいものもないし…。)  
フェイトの誘いだから、と思って来ただけで別に目的があって来たワケじゃなかった。  
先ほど、フェイトも「コーヒーが美味しい」と言っていたのでそうする事にする。  
 
「じゃあ、私、コーヒーで。フェイトは何に――――。」  
言葉を言いかけてマリアの顔が凍りつく。  
今、フェイトに向きなおるとき、確かに見た。彼の目線が――。  
「え、えっと、僕は――。」  
チラッ。  
「…………。」  
また、見た。  
「うーんと、僕もコーヒーにしようかなァ。」  
チラッ。  
「………っ…。」  
またまた、見た。  
マリアの口の端がピクピクと痙攣する。  
――彼の目線の行き先はただ一つ。そのウェイトレスの豊満な胸である。  
「うん。僕もコーヒーにします。ウェイトレスさん、お願――」  
ガスッ!  
「―――――ッ!!ぃたぁッ!?」  
鈍い音がテーブルの下から聞こえてくる。  
マリアの蹴り上げた足は、見事フェイトのスネに直撃した。  
靴の衝撃がダイレクトにフェイトの骨にダメージを与える。  
彼は顔を俯かせて痛みを堪えた。  
「…あの、お客様?どうかいたしました?」  
「…い、いえ…べ、別に大丈夫で…す…。」  
フルフルと激痛に打ち振るえながら出す声は弱々しかった。  
 
カランカラン――。  
「ありがとうございましたー。」  
喫茶店のドアのベルと同時に、先ほどのウェイトレスが礼をして見送る。  
「…マ、マリア…ご、ゴメン。そーいうツモリじゃ…。」  
「じゃあ、どーいうツモリなのよ。」  
喫茶店では、終始ツンとした態度で黙りつづけたマリアがようやく口を開いた。  
「…どんな気持ちで私がココに来たと思ってるのよ…。」  
ボソり、と小声で呟く。  
この喫茶店に入った時は嬉しさと楽しさでいっぱいだったのに。  
油断したら緩んでしまう顔も、今では怒りを顔に出さないよう抑えることで精一杯。  
その代わりに油断したら手からパンチの一発や二発、飛びそうだ。  
「…え?今何て…?」  
「何も言ってないわよッ!」  
つい、大声が出てしまった。  
町行く人たちが二人をもの珍しそうな目で見る。  
「あ、あのさ、マリア、話は宿で――」  
「もう知らないわよ!馬鹿!」  
吐き捨てるように言い残すと、走り去っていくマリア。  
フェイトは追いかけようと一歩前に踏み出したが、それ以上の足は出なかった。  
「………ハァ。」  
男の性とは言え、あれは流石に間が悪かった。  
マリアを傷つけてしまった痛みと、自分への失望だけが、胸に残る。  
「もう一回、後で謝るか…。」  
今回ばっかりは100%、自分が悪い。  
謝る方法を考え乍、フェイトは町へ歩き出した。  
 
――ギィィィ…バタン。  
古ぼけたドアの音が室内に響き渡る。  
ペターニのファクトリー。マリアはそこに入った。  
ココには誰も配属されていないので、この室内にいるのは自分だけである。  
やりきれない思いをココで晴らそうと思った。泣いたり、叫んだりして。  
マリアはガチャ、とカギをかけると、そのドアにもたれかかって溜め息をついた。  
「……そんなに胸が大事なの…?」  
ボソり、と一言。  
フェイトはそんな人じゃない、と疑わなかった自分が馬鹿みたいだ。  
男なんて、やっぱり所詮は体か。胸か。  
チラりと自分の胸に目を落としてみる。視界は遮られることなくファクトリーの床を映していた。  
ムシャクシャする。どうしようもない怒りがマリアを支配した。  
「…胸なんてねっ…どうしようもないじゃないのよ…!」  
「胸がどうかしたのかい?」  
「きゃあッ!」  
突然の背後からの声に、声を上げるマリア。  
そこに立っていたのは、大きく腰を曲げた老婆――占い師ルイドが居た。  
「ル、ルイド…さん。な、何でココに……?」  
「何でって言われてもねぇ。今日からココで仕事しろって言われたんだよ。  
 アンタらのチームのリーダーからね。  
 所で、胸、胸って、さっきからどうかしたのかい?胸が。」  
 
ルイドは目を細くして、マリアの体をじろじろと見上げた。  
一通り全身を見た後、なるほど、と頷く。  
「…ははーん…アンタ、胸が小さい事で悩んでるんだね。」  
「な、何を根拠に…!」  
「見たらわかるじゃないかい。」  
「……ぅ……。」  
痛い所を突く。さっきからそれで悩んでるのにハッキリと言わないで欲しい。  
っというより、分かってるなら、言うな。  
「わ、悪かったわね!ち、小さいのよ、胸が!」  
「ふーん、なるほどね。」  
顔を赤くしながら声を張り上げるマリア。  
そんな彼女を無視するかのように、ルイドは散らかっている棚の整理をしはじめる。  
「アンタも馬鹿だね。そんな事で悩んで…。  
胸だけじゃあ女の価値は決まりやしないよ。」  
長い間使われてなかった棚のホコリにまみれながら、ルイドはかすれた声で言った。  
「……決まる時だって、あるのよ。」  
「いや、無いね。たしかに決めちまう馬鹿の男だっているけど、それは無いハズだよ。」  
「あるのよ!実際私がついさっき―――痛ッ…!?」  
コツンッ。  
何かが、マリアの額に当たった。  
当たった『それ』が、コロコロと古ぼけた床を転がっていく。  
やがてファクトリーの壁にさしかかり、当たって止まった。  
「…何、コレ…。」  
マリアがその当たった『それ』を拾いあげる。  
それは緑の液体が入った、片手に収まるような小さな小ビンだった。  
「やるよ。大分昔に作ったモンさ。」  
その小ビンはどうやらルイドがマリアの投げたものらしかった。  
 
マリアは改めて、その小ビンを見つめる。  
「これって……。」  
「胸を大きくする薬だよ。  
そんなに大きい胸が羨ましいなら、一度なってみるがいいさ。」  
投げやり気味にルイドが言う。  
「私も昔は胸の大きさで悩んだモンさ。その時、作ったモンだよ。  
 ――ま、結局私には必要無くなっちまったんだけどね。  
 アンタにやるよ。好きに使いな。効果は保証するよ。」  
占い師ルイド。  
その調合テクニックは、クリエイター業界の人間全てがみとめていた。  
そして、彼女の作る薬は極めて完成度が高く、信憑性が高い。副作用も少なかった。  
怪しい液体の入ったビンを覗き込むマリア。ビンの中では液体がらんらんとエメラルドグリーンの光を放っている。  
―――これを飲めば、自分も胸が大きくなる。  
「…でもね、ソイツは一度飲むと薬の効果を消すのが大変でねぇ…。  
 効果を消すにはアンタの好きな人と―――」  
――バタン。  
ドアが閉まる音。  
さっきまでそこに居た少女は、既にファクトリー内には居なかった。  
ルイドはハァ、と溜め息をつく。  
「全く…近頃の若いモンは何で最後まで人の話が聞けんかね…。」  
項垂れながら、ボソリ、と一言。  
それだけ言うと、ルイドはまた棚の整理に精を出すことにした。 
 
「……これを飲めば…。」  
宿の自分の部屋に戻ってきたマリアは、ビンをしげしげと見つめていた。  
占い師ルイドが作ったとはいえ、こんな怪しい薬を飲んで大丈夫なのだろうか。  
さっき、念の為クォッドスキャナーを使って成分を解析してみようと思ったが  
どうやらこの薬に使われている成分はどうも分からないらしい。  
マリアは、ゴクリと喉を鳴らして唾を飲む。  
「…そ、そうよ…!これさえ飲めば、あんな事で悩まずに済むんだわ。」  
キュポン。  
小ビンの蓋となっていたコルクを抜く。  
ふわっと、バニラアイスの匂いに似た甘ったるい香りが鼻をついた。  
マリアは、おそるおそるビンを口に近づける。  
「の、飲むわよ…!」  
やはり、得体の知れない薬を飲むのは、慎重派のマリアにとって少し覚悟のいるものだった。  
「せ、せーので飲みましょ!せーので!……い、いくわよ…。」  
ゴクリ、ともう一度唾を飲みなおす。  
(せーの……!!)  
「おいマリアー!ちょっと来―い!」  
突然自分の名前を呼ばれ、手が止まる。  
恐らく自分を呼んだあの豪快な声の主はクリフだろう。  
つくづく間の悪い男だ。  
「……ったく、何よ…。はいはーい。今行くわ。」  
マリアはビンの口にコルクを詰め直す。  
ドアの近くにあったテーブルの上にビンを置いて、部屋を出た。  
 
「ホレ、お前に客だ。」  
クリフが宿の玄関口で面倒くさそうに言う。  
「…む?まだ薬は使ってないみたいだね。」  
「……ぁ…。」  
ルイドだった。  
「ルイドさん…。あの薬――」  
ぽこっ。  
ルイドの杖が、マリアの頭を軽く叩く。  
「あんたね、人の話は最後まで聞くモンだよ。  
 あれは人の体に大きく影響を与える薬だ。そりゃ使い方を間違ったら死んじまうよ!」  
「ご、ゴメンなさい…。」  
マリアが頭を擦りながら言う。  
「全く…。で、とりあえずこいつを渡しておくよ。」  
ルイドのシワの多い手がマリアの差し出される。  
その手には、クシャクシャになった紙きれが握られていた。  
「これは…。」  
「あの薬の説明書だよ。使い方から解毒の方法まで、全部書いてある。  
 ちゃんと読んでから使いな。」  
「え、ええ…。どうも。」  
マリアはペコりと軽く頭を下げ、会釈しながらくしゃくしゃのメモを開いてみた。  
文面から察するに、先ほどの薬は水に薄めて使うらしい。  
…間に合ってよかった。原液のまま飲んでたらどうなったか分かったモンじゃない。  
「ババアをあんまり歩かせるんじゃないよ。  
 …ハァ、ちょいと疲れたね。アンタの部屋で休ませて貰うよ。」  
「え?オレの部屋かよ!?」  
「アンタ以外誰がいるんだい?」  
「ちょ、待て!何でオレの部屋に――!」  
クリフの不平の声を無視して、ルイドは部屋に向かってのそのそと歩き出した。  
 
ジャアアア――…キュッ。  
「ん、これくらいで良いわね。」  
コップに水が7割くらい入ったところで、マリアは蛇口を閉めた。  
澄んだ水の水面がコップの中でたぷたぷと揺れている。  
「…これで私も――。」  
胸が大きくなる。  
喫茶店での事件みたいに、あんな事で怒らずに済む。  
悩みが一つ消えることはここまで心地よい事なのか。  
嬉しさのあまり、少し笑みが漏れる。  
「さ、早く部屋に戻って飲んじゃいましょ。」  
マリアは自分の部屋の前に立ち、ドアノブを回して、ドアを開けた。  
「さて、まずどうするんだっけ…。」  
ルイドに貰ったメモによると、一滴だけ水に垂らして良く混ぜてから飲むみたいだ。  
早速、マリアはテーブルに置いておいたビンを手に取り、薬を水に混ぜようとビンを傾ける。  
――しかし、いくら傾けても薬は出てこない。  
「…あれ?可笑しいわね。何で出て来な―――」  
マリアは固まった。  
ビンの中には、薬は一滴も残っていなかったのだ。  
「な、何で無くなってるのよ!わ、私は飲んでないわよ!」  
そうだ。飲もうとはしたが、飲む直前にクリフに呼ばれたので栓をしてココに置いておいた。  
栓は開けたが、飲んではいない。じゃあ、一体何故。  
「……―――リア……。」  
「…ぇ?」  
一瞬、部屋の中から声が聞こえた。  
小さくてとても聞き取りにくかったが、確かに人の声。  
「……――マリア……。」  
「…!!」  
また、聞こえた。  
どうやら、この室内から聞こえているらしい。  
一通り、室内を見渡すが人影は無い。どこかに隠れているのか。  
 
(……敵?)  
マリアは警戒し、ホルスターに手をかけた。フェイズガンの安全装置も外しておく。  
「――リア…マリア…。」  
(……ココだわ。)  
足を止めたのはクローゼットの前。  
どうやらこの中が謎の声の出所らしい。  
マリアは銃を構えながら、一気にクローゼットを開いた。  
「誰っ!?」  
「うわあっ!僕、僕だよマリア!」  
中に居たのは敵じゃなかった。マリアも、良く知っている人物。  
青髪の少年が銃を向けられて手を挙げていた。  
「…フェ、フェイト…。な、何でこんな所に?」  
「えっとさ…その……。」  
フェイトが俯き加減に呟く。  
何か言い難いことなのか。なかなか口を開こうとしない。  
「何よ。…勝手に部屋に入った事は怒らないから。」  
マリアは銃をホルスターに仕舞いながら溜め息をつく。  
「で、どうしたのよ?用が無くてココに来たワケでも―――あれ?」  
目の錯覚か。  
今一瞬、フェイトの胸に『何か』があったように見えた。  
マリアはゴシゴシと目を擦る。そして、もう一度フェイトの胸を見た。  
――錯覚じゃない。確かにある。二つの大きな膨らみが。巨乳が。  
ソフィアなど敵じゃない。あの、喫茶店のウェイターなど足元にも及ばない。  
言うなれば、美巨乳。立派な胸がフェイトにはあった。  
「い、色々言いたいコトはあると思うけど…。  
まず、僕の話を落ち着いて聞いてくれないか?」  
「……飲んじゃったのね。」  
「……あぁ。」  
フェイトはがくん、と肩を落としながら頷いた。  
 
部屋のテーブルに向き合うように座った二人。  
フェイトは相変わらず申し訳なさそうに俯いていた。  
…もう、怒りを通り越して呆れが先に出る。  
マリアは思い溜め息をついた。  
「じゃあ、話して?」  
「…あ、あぁ。  
 あの、今日喫茶店でさ、マリアの事怒らせちゃっただろ?  
 僕はその事で謝ろうと思ってマリアの部屋に行ったんだけど、返事が無くて…。  
 カギが開いてたからいるかいないか確認してから帰ろうと思ったら、テーブルの上に綺麗なビンがあってさ。  
 興味本位で開けてみたら美味しそうな匂いがして…その、味見しようと思ったら手が滑って飲んじゃって…。」  
この有様、とフェイトが自分の胸を指差す。  
「全くもう…。貴方って何処か抜けてる所あるわよね。」  
「…ゴメン。」  
フェイトの声がさらに沈んだ。どうやら大分反省しているらしい。  
マリアは苦笑いを浮べる。  
「もういいわよ。全然怒ってないから元気出しなさい。  
 ま、それは良いとして…その胸、なんとかしないとね…。」  
チラりと、フェイトの胸を見る。  
多少女顔のフェイトとはいえ、流石に巨乳がくっつくと気味が悪い。  
まぁ、クリフが飲まなかっただけマシだが。…否そんなことはどうでもいい。  
とりあえず薬の効果を消さなくては。  
「…な、何か方法は無いのか?」  
「ちゃんとあるわよ。ホラ。」  
マリアはポケットからくしゃくしゃのメモを取り出した。  
使い方も載っていれば、解毒方法も載っているハズである。  
 
「えーっと、うん、あったわよ。  
 何々?解毒方法は使用者が恋している相手と―――。」  
ピタり、とマリアの声が止まる。  
「ん?マリア?どうかした?」  
「…コレ、見てみなさい。」  
マリアは机にそのメモを置いた。  
フェイトは顔を近づけて、その内容を読み取る。  
「…えっと、解毒方法は使用者が恋している相手とキスを…って何だよコレッ!?」  
「し、知らないわよ!そう書いてるんだから……そう、なのよ…。」  
「…………。」  
「…………。」  
嫌な沈黙が二人を支配する。  
(……フェイト…。)  
「ね、ねぇフェイト。貴方の好きな人って誰なの?」  
最初に沈黙を破ったのはマリアだった。  
自分では平常を保っているつもりなのだが、言葉の始めに声が上ずってしまった。  
「…ぼ、僕の…?」  
「そ、そうよ!じゃないと、薬の効果を消せないでしょ。  
 大丈夫よ!き、きっとフェイトの好きな人も、キスくらい協力してくれるわ。キス…くらい…。」  
マリアは横目でフェイトを祈るように見つめた。  
もし、ここで自分以外の名前が出たら、一体どうしようか。そんな事が頭の片隅をよぎる。  
そんな事を考えると、胸が締め付けられるような感覚がマリアを襲う。気分が悪い。  
 
「で、でも…す、好きな人がいなかったらどうするんでしょうね、この薬。一生そのままだったりして――」  
「マリア…。」  
「…え?きゃあッ!」  
――ドサッ。  
突然ベッドに押し倒されるマリア。  
驚き目を剥いている間に、フェイトの唇がマリアの唇と重なった。  
「んっ……ぷぁっ…ふぇ、フェイト……んむぅっ……。」  
舌を絡める濃厚なキス。口内に侵入してくるフェイトの舌。  
初めての感覚に、マリアの脳は麻痺していた。  
「マリア。勿論、君も協力してくれるよね?」  
「…え?…ちょ、ちょっとフェイト…ひゃぁんっ…!」  
フェイトの口が、マリアの唇から耳へ移動する。  
耳を甘噛みされて、小さい喘ぎ声をあげるマリア。  
くすぐったいような感触に、ふるると体を震わせる。  
「ゃあ…だ、ダメ…。薬の効果はキスだけで消え――んんっ…」  
マリアの言葉は戻ってきたフェイトの唇によって中断される。  
「キスだけじゃ、満足できないよ。」  
フェイトは顔を離して、微笑を浮べる。  
さっきまであったフェイトの胸の膨らみは、消えていた。 
 
 

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