ペターニの街角、一人歩くマリアに声を掛ける者がいた。
「マリアさ〜ん!」
「あらソフィア、何か用?」
マリアに声を掛けたのはフェイトの幼なじみであり、今は行動を共にしているソフィアである。彼女もまた創造主FD人に対抗するため遺伝子改造を施された人間だった。
「マリアさん、美味しいケーキ見付けたから一緒に食べませんか?」
見るとソフィアの手に少し大きめ紙袋が握られていた。
「それはいいわね」
二人は常駐している宿に向かった。
宿の一室、ソフィアが手に持った包みからケーキを取り出す。ショートケーキが二個。見た目にも美味しそうなケーキである。
甘い香りが部屋に漂う。その香りにマリアが眉をピクリと動かした。
「それじゃぁわたし、お茶を貰ってきますね」
陽気に言うとソフィアは部屋を出ようとした。だが…。
カチャッ
鈍い金属音と共にソフィアの後頭部に冷たいものが突きつけられた。マリアのフェイズガンだ。
「何をするんですか、マリアさん?」
突然の事態にも関わらずソフィアは落ち着いた態度である。
「とぼけないで、あなたこれに『惚れ薬』を混ぜたでしょ?」
「惚れ薬」、名前からすれば元々任意の相手を自分に惚れさせる薬の事なのだが、ここでいう惚れ薬はそれとは逆で相手を遠ざけてしまう薬なのだ。
「マリアさん、何を…?」
「誤魔化しても無駄よ。この甘い香り、ケーキのものとは違うものね。明らかに惚れ薬のあの嫌な甘ったるい香りよ」
そう言ってマリアは銃口をソフィアの後頭部に押しつけた。
「ばれちゃ仕方ないですね」
覚悟を決めたようにソフィアが言う。
「確かにマリアさんの言うとおりこのケーキには惚れ薬がたっぷり20個分入っています」
アッケラカンとして話すソフィア。いつもの純朴そうな少女とは別のどす黒い感情が垣間見えた。
「ゆっくりこっちを向きなさい」
そういってソフィアを振り向かせるマリア。
「見てなさい」
ケーキに左手をかざすマリア。次の瞬間、ケーキは砂の山が崩れるように粉々に砕けてしまった。一瞬にしてケーキの水分が全て無くなってしまったのだ。
「アルティネイションの力、こんなところで役に立つとはね」
マリアは冷淡に言ってのけた。創造主に対抗するための変革の力、それはこの世界の物質を任意に変換できるという使いようによっては世にも恐ろしい力だった。
「あなた自身で試してみる?」
銃を突きつけながら左手をソフィアにかざし冷酷に言ってのけるマリア。その気になればソフィアを先程のケーキのように破壊することも可能だった。
「なんでこんな事を…いえ、聞く方が無粋ってものよね」
「…全部マリアさんがいけないんです」
感情を押し殺すようにしてソフィアが語りだした。
「わたし、ずっとフェイトのことが好きだった。ハイダから逃げるときのバンデーンに捕まったときもフェイトがいるから安心できたし、フェイトが助けてくれると信じてた」
「実際フェイトが助けに来てくれた時は本当に嬉しかった。けどもの凄く嫌な存在がフェイトの側にいた。マリアさん、あなたです」
淡々と語るソフィアの目には目の前の女性に対する嫉妬と怒りの炎が静かに燃えていた。
「街で休息をとるときも戦闘の時もフェイトはあなたを見つめてばかり、いっそあなたがいなくなればとどれだけ思ったか…」
「だから私に惚れ薬を盛ってフェイトから遠ざけようと?」
「そうですよ」
二人とも平然と語ってはいるが心の中で互いに対する嫉妬の炎を燃えたぎらせていた。
「でも残念だったわね、あなたの策略に引っ掛かるようじゃクオークのリーダーなんて務まらないから」
そう言ってマリアは口元をにやりとさせた。
「わたしも馬鹿でした。マリアさん相手に下手な策略なんてするもんじゃなかったです」
そういってソフィアはとっさにステップで後ろに引くとステッキを構えた。
「だから正攻法であなたを叩きつぶします」
ソフィアの目は本気だ。
「ちょうど良いわ、私もいい加減フェイトがあなたに優しくすることが我慢ならなかったから」
マリアも改めてソフィアに狙いを定める。
互いのレベルは150を突破し、エリクールにはびこる断罪者すらもはや相手にならないほどの強者となった二人。
ペターニの中心街で大暴れすれば大損害が出ることは間違いなかった。
一触即発の二人。とそこへ…
「ソフィア、マリア、いるのかい?」
何も知らないフェイトが部屋に入ってきたのだ。
突然のことに驚く二人。慌てて構えた武器を隠す。
「あ、フェイト急にどうしたの?」
慌てて平静を繕うマリア。
「う、うんいるよ」
同じく繕うソフィア。
「特に用事はないんだ、二人とも見掛けないから心配していたらクリフが二人が宿にいるって教えてくれたから来てみたんだ」
知らぬが仏とはこのことである。
「それじゃ僕はまだ用があるからまた後でね」
そういってフェイトはまた部屋を後にした。
「ふぅ」
フェイトが出ていくと緊張が一気にとぎれたのか二人はその場にへたり込んでしまった。
「マリアさん」
「…何?」
「わたし達こんなことしている場合じゃないですよね」
「そうよね…」
そういって二人は顔を見合わせると笑いあった。
「でもフェイトは絶対に渡しませんよ」
真顔で言うソフィア。
「私だって、彼は絶対に渡さないわ」
それに答えるマリア。
二人の一人の青年を巡る戦いはまだまだ続きそうである。